24.ムルカ
「メリアン! もう一度俺を飛ばしてくれ!」
「無理よ! 遠すぎる!」
「だからってあれが街に行くのはやばいだろ!」
ここにいる四人には空を飛ぶ手段がない。
頼みの綱のベアトリーゼは先程の氷で力を使い果たしたのか、立っていられないようであった。
「待って、キリア。何か感じる」
ローズマリーは、空の彼方を見つめ、そう言った。
キリアの目には何も写っていないが、しばらくすると、甲高く空気を切り裂く音と共に、白い何かが空の彼方から、ラドンへ向かって一直線に飛び込んだ。
「なんだ!?」
「こっちに来るよ!」
骨で出来た竜が、ラドンの首に噛みつき、その勢いのまま、広場へ向かって突っ込んだ。
メリアンが咄嗟に出した樹木の魔法で壁を造り、破片や石から身を守った。
土煙をあげながら、二匹の竜が絡み合い、互いに相手を押さえつけようと暴れている。
間に入ろうものなら、人間くらいなら簡単につぶされてしまうだろう。
何もすることが出来ずに様子を眺めていたキリアたちの背後、広場のアーチの方から、紺色のローブに身を包んだ白い髪の女性が歩いてきた。
「無事ですか?」
彼女の左手は、紫色に光っており、おそらく骨の竜は彼女の魔法なのだろうということが分かる。
メリアンだけが、彼女が誰なのか分かっているためか、目を見開いて驚いていた。
「ムリンに住んでいた人たちは避難させました。あいつは私が引き受けます」
「ムルカさま! なんでここに!?」
『軍団』の長、ムルカは、微笑んで言った。
「アリアネに聞きました。あれの相手は、人には難しいでしょう」
骨の竜とラドンの組み合いはまだ続いている。
ラドンも、魔法で作られた生き物からは感情吸い取れないようで、これ以上大きくなるということもなく、ところどころ傷が出来ている。
「あなたが、ローズマリーさんですね。はじめまして。ムルカです」
「あ、はじめまして。ローズマリーです……」
ローズマリーは恐る恐る彼女と握手を交わした。
「あなたを保護するために来た、と言うと嘘っぽいですね。私たちは賢人会を潰すため、その足がかりとして、ここに来たんです。彼らが大きな事件を起こしたとなれば、口実が出来ますから」
「あの、ムルカさん。賢人会を潰すって、どうしてなんですか?」
「賢人会には、因縁のある人がいるんです。身柄を拘束する前に賢人会の傘下に入ってしまい、居所が分かっていても手が出せませんでした。名前をヨウルカスと言い、すごく悪いやつなんですよ」
その名前にベアトリーゼが顔をあげて、反応した。
「ヨウルカスが、何を?」
「知り合いですか? ……少しじっとしていてください。楽にしてあげましょう」
ベアトリーゼの頬に、ムルカが手をあてると、みるみるうちに顔色が良くなった。
「生命力を補充しました。でも、魔法はまだやめておいてくださいね」
ひとりでなんとか立てるくらいに、ベアトリーゼは回復出来たようで、ムルカに礼を言った。
「ヨウルカスは私たちが戦った敵の一味なんです。あいつだけが最後に残っていて、今もまだ何食わぬ顔で実験を続けています。賢人会がヨウルカスのためだけに動くようになってから、さらに顕著になってきました。ローズマリーも恐らくはその被害者です」
「私が、被害者?」
「あなたは記憶が曖昧になっていると聞きました。それを探ってみるのもいいでしょう。私たちが相手にするのは賢人会だけですから、事が済んでもあなたに接触する気はありません」
ムルカは話ながら魔力を手の平に込め、骨の竜をさらに強化した。
感情の供給ができなくなったラドンの体力が底を尽き始めた頃合いを見計らって、骨の竜はラドンに巻き付き、全身の骨を砕いた。
完全に身動きの取れなくなったラドンは、小さな悲鳴をあげ、口から血を吐きながら、地面に横たわる。
「さて、こんなところですね」
ムルカが骨の竜にかけた魔力を解くと、瞬く間に白い骨粉に変わった。
そうしていると、街の方から、ザルド、ジュガイ、ホウツの三人が走ってきた。
その中でも、ホウツはいの一番に駆け寄る。
「姐さん! ムリンの街の閉鎖終わりました!」
「ごくろうさまです」
キリアは、眉をひそめてその様子を見ていた。
「三人そろって何してんだ?」
ザルドに聞くと、ほがらなかな顔で言った。
「おう、手伝ってくれって言われたからな」
「俺が言うのも変だけど、親父には言ったのか?」
「言ってねえ。だが、姐さんは親父の古い知り合いなんだと。話通してくれるってさ」
姐さん、とキリアは口の中で繰り返しながらムルカを見た。
知らない間にやたらと仲が良くなっているようだ。
「ムリンを閉鎖って何をするんだ?」
「ここで迎え撃つんだろ」
「誰を?」
「魔法使いどもをさ」
ザルドは嬉しそうに言った。
鍛えた腕を誰かのために使える貴重な機会だ。
その気持ちはキリアにも分かる。
しかし、賢人会に所属しているからと言って、悪い人間ばかりではない。
ベアトリーゼのように、仕方なく入っている者もいるに違いないのだ。
出来るだけ死人の出ないようにはしてほしいが、自分がそれを命令するわけにもいかず、キリアは少しばかりの憂いを覚えた。
「ザルド、ジュガイ、ホウツ。三人は街中を見回って、本当に残っている人がいないかどうか最後の確認をお願いします。そして、キリアとローズマリーは、聖墓に向かってください。あなたたちは、この戦いに勝利することよりも、大事なことがあるでしょう?」
「聖墓にいったい何が?」
「行けば分かります」
キリアとローズマリーは、いくつかの疑問を残したまま、聖墓のある広場の中心へと向かって行った。




