23.暴食の竜
「竜……」
最初に声をもらしたのは、メリアンだった。
続いて、ローズマリーが、頭を抱えてうずくまる。
「どうしたんだ!?」
「いたい……。頭が、割れそう……」
よく見ると、ラドンの体から、黒いもやのようなものが、ローズマリーに向かって伸びていた。
そのもやは、さきほどベアトリーゼから吸った、目に見えるほど濃い感情である。
レジーがローズマリーに負の感情を抱かせようとしていることに気がついたキリアは、咄嗟に間に割って入った。
すると、感情が、記憶と共に流れ込んできた。
見えた映像は、ベアトリーゼと息子の会話、そして、レジーが行った苗床としての実験。
原因と過程と結果が、同時に伝わる。
濃く、新鮮な、憎悪の感情。
「こんなことが、許されるのか……?」
唖然として、キリアはラドンを見上げた。
ベアトリーゼは、彼が最終手段を用いるために必要な因子であり、最高の憎悪と憤怒を引き出せるよう、息子を利用し、賢人会に引き入れた。
苗床としての実験を行ったあとの息子の言動は、全てレジーが仕込んだものである。
賢人会に忠誠を尽くすよう、行動を操作した。
因子は、誰でもよかったわけではない。
それなりの能力を持っていない人物を、幹部まで昇格させるわけにいかないからだ。
皆が認める才能でなくてはならない。
賢人会は、専門分野が違う人間が多い。
しかし、ほとんど皆が魔法を使える。
魔法の才能を持つ人間が、適任だった。
魔法学校の校長もしているナウビスに、過去の卒業生から主席で卒業した者を聞き出し、その中から、操作が容易な者を選んだ。
家庭があり、幸せな未来の待っている者。
ベアトリーゼの旦那はすでに他界していたが、だからこそ、子供のもつ影響力を最大限に発揮できる。
全ては、レジーの手によって最初から仕組まれていた。
ラドンへ姿を変えた瞬間、できるだけ多くの人間の感情を逆なでするためだけに、長い期間を使って、それだけのことを仕込んでいた。
「許せねェ……!」
罵倒する言葉すら、浮かばない。
キリアは、刀を抜き、鞘を捨てた。
少しでも、軽い方がいい。
鏑木流の剣術で、空を飛ぶ竜に効きそうなものは、ふたつしかない。
一刀の元に全てを別つ『落雷』と、空中で回転し、その勢いで斬りつける『軽雷』。
そもそも、踏み込みが命の剣術では、自身の身長より大きすぎる相手や、空を飛ぶ相手は向かないのだ。
選択肢は、カウンターか、空中技しかない。
攻め手を考えていると、メリアンが魔法陣を展開していた。
「倒すんでしょ!? しっかり動きなさいよ!」
メリアンの出した樹木がラドンを包もうとするも、キマイラの時と同様に、すぐ枯れ果てる。
しかし、メリアンは何度も魔法を繰り返す。
(ああ、しっかりしろ。相手に合わせて攻撃方法を考えているようじゃ、ダメだ)
キリアは、メリアンに言った。
「そいつに魔法は効かない!」
「分かってるわよ! どうするの!?」
「俺をあいつに向かって投げてくれ!」
メリアンは、了承の返事もせずに、すぐ木の根を使い、キリアを投石器のように放り投げた。
弧を描いてラドンへ迫る。
まだ、やつは何の動きも見せていない。
だが、先に倒せるなら、問題はない。
キリアは、体を丸め、高速回転を始めた。
『軽雷』は、前宙返りで出す技のため、一回転しかしない。
キリアもまだ習っていない、鏑木流の剣術には、この技も存在している。
高台から、下にいる敵を斬るための技で、名を『激雷』と言う。
ごく限られた状況下でしか使えない技のため、鏑木流でも口伝でしか伝えられない、実用性のないただ存在しているだけの技であった。
『激雷』による一撃は、鋼鉄の塊すら両断できるが、放った者の体も無事では済まない。
勢いがついているため、両足から着地しても、骨は砕けてしまう。
キリアがそんなことを知っているはずもなく、『激雷』はラドンの眼前へ飛ぶ。
当たれば斬れる必殺の剣だが、ラドンは口を開き、回転するキリアを難なく咥えた。
口の中はずたずたで、血が絶え間なく流れていくが、キリアの回転が止まるまで、ラドンは一切表情を変えずに、待った。
(分かってる。お前、いや、お前ら魔物は、すぐには人を殺さない。だから、ここに乗ることができた)
キリアは、舌の上に立ち、刀を構えた。
ここならば、最も効果的な打撃を与えられる。
踏み込みに必要な足場があるからだ。
「痛みを味わえ!」
下段に構えた刀から、上あごに向けて『渦雷』を放った。
『激雷』によって出来た切れ目をさらに広げるようにして、斬りつけたため、上あごは皮一枚を残して、ぱっくりと裂けた。
ラドンもそのような反撃は予想していなかったのか、キリアを口から離し、全身を揺らして暴れた。
「へっ! キマイラ以下だな!」
キリアは地面へ落ちながら、そう言って、その違和感に気がついた。
やつの切り札がキマイラ以下なはずはない。
何か隠している特性があるに違いない。
突如、空気が凍った。
「ベアトリーゼ!!」
気絶から目覚めたベアトリーゼが、メリアンに寄りかかったまま魔法を発動させ、ラドンを巨大な氷塊で包んだ。
「殺す……!!」
満足に声も出せないほど弱っていても衰えない魔法の威力は、流石としか言い様がないところである。
ラドンは全く身動きが出来ず、氷の中で微かにもがいている。
(なんだ? 何か見落としてる気がする)
レジーがラドンへ姿を変えた時、何か起こったはずだ。
ベアトリーゼを煽って、殺意を抱かせ、その感情を吸った。
離れた相手の感情をも喰うとするならば、ベアトリーゼとレジ―の関係を知ったキリアたちが囲んでいるこの状況は、餌場以外の何物でもない。
ラドンを包んでいる氷塊が震えた。
「な、力で……!?」
ベアトリーゼのかけた魔法は砕け散り、ラドンは翼を大きく広げた。
キリアの斬った上あごも、いつの間にか治っている。
そのうえ、先程よりも、体が一回り大きくなっているようだ。
「感情を喰うって、そういうことなの……?」
メリアンは、ベアトリーゼの体を支えながら言った。
殺意を抱けば抱くほど、憎悪を抱けば抱くほど、全て魔物の糧になる。
言うなれば、ラドンの特性は『暴食』であり、周囲の人間全ての感情を吸うものであった。
レジーは、喰うことのみに特化した魔物となったのだ。
そして、食料となる人間は、広場の周囲にもたくさん住んでいる。
キリアは、ラドンが次にどうしようとしているか、すぐに分かった。
「都市を攻撃するつもりだ……」
口元に炎がちらつき、ラドンは空へ飛び去った。
魔法も効かず、メリアンの樹木では捕まえることが出来ない。
都市全ての人間から恐怖の感情を吸い取られては、手がつけられなくなる。
そう思ったものの、攻撃しようとする意志すら吸い取られてしまっては、対処する手段がない。
都市の住宅街へと飛び去るラドンの姿を見ていた、その時だった。




