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22.永久人形の力

血のキマイラは、全身から刃のような形状の血液を作り出した。

爪や牙だけなら、姿が変わろうと、キリアの障害にはならない。

しかし、武装そのものが変化するのであれば、話は別である。


図体は、キリアの四倍ほどだろうか。

その全身から薄い半月状の刃が飛び出し、全ての間合いを把握することが不可能であるように思わせる。

尾にあった蛇は、まるで重荷を結ぶ縄のように太く、二股に別れていた。


刀を握る手に、力が入る。


(やつの弱点は、どこだ?)


物理的な衝撃に対する耐性の高さは、流動的な見た目から、なんとなく予測がつく。

脳はない、心臓も恐らくない。

感情の塊が、その感情に任せて、攻撃を仕掛けてくる。


キマイラが、尾を鞭のようにしならせて、キリアを狙った。

考え事をしていた頭を切り替え、すぐに横に飛んだ。

蛇の尾が跳ねた地面がえぐれ、弾け飛ぶ。


(なんて威力だよ!)


蛇である必要がないほど、強力な攻撃である。

尾はそこで止まらず、キリアを追いかけ、口を開いて、噛みつこうとした。


咄嗟に刀で受け止めるも、蛇はお構いなしに噛みつき、キリアごと空中に放り投げた。

空中で体勢を立て直す。

しかし、その着地点には、全身刃のキマイラが待っていた。


キリアは舌打ちをして、刀の峰に足をかけ、全身の体重を乗せて、キマイラの刃のひとつと衝突した。

軽い金属音が響き、キマイラの刃が折れて、地面へ刺さった。


キリアの体も反動で地面へ転がるが、すぐに立ち上がって、キマイラを視界にとらえる。

やつは追いかけてくる素振りを見せず、尾を振って、こちらを見ている。


(この感じ、人間の感情が液体になったものと言っても、恐怖を煽る魔物のやり方だ)


ゆっくりいたぶり、トドメを刺す。

キリアの脳裏に、昔の記憶がフラッシュバックするが、すぐに振り払い、目の前の敵に集中する。


キマイラの折れた刃はすぐに再生し、元通りになっている。


キリアは、まだ判断材料が足りない、と思い、とにかく攻撃を重ねることにした。


キマイラの尾を斬り飛ばすが、再生する。

キマイラの刃を切り飛ばすが、再生する。

キマイラの足を切り飛ばすが、再生する。


全くもって、徒労のように思えていた。

斬り飛ばされたキマイラの一部が、地面の上で液体に戻り、辺りを赤黒く染めている。


感情とは、これほど強いものなのか。

キリアは敵の攻撃を全て躱していたものの、じりじりと追い詰められている気分をぬぐえない。


(人間の負の感情、斬ったところでなくなるはずもなし、か。だが、思考を止めるな。考えるんだ)


戦いながら、キリアは気がついた。


(負の感情、ということは、反対に正の感情も存在するってことだよな。怒りや憎しみの反対ってなんだ?)


キマイラの突進を躱し、後ろ足を斬り飛ばす。


(喜び、慈しみ。そういう感情をぶつければ、魔物は退治できるのか?)


後ろ足はすぐに再生して、キリアに尾を振り下ろした。

少し距離をとって、思考に集中する。


(暗さに対する明るさ。相反する感情によって、肉体が耐えられなくなったとしたら?)


発想が飛躍していることは承知の上だ。

しかし、白く固まって死んでいたガルムの姿が、キリアの頭には浮かんでいた。


(昔、親父に聞いた。多すぎる生命力は体を蝕むことがある、と。感情の力でもそれと同じことが起こせるなら、ガルムはあの時……)


キリアは、刀を鞘におさめ、走り出した。


「に、逃げるのか?」


走る先には、ローズマリーがいる。


「え、え、え?」

「口閉じてろ、舌噛むぞ」


キリアは、彼女を抱きかかえて、肩に担いだ。

そして、踵を返し、追ってくるキマイラの方へ、突っ込んだ。


「ローズマリー、少しだけ怖いかもしれないけど、ごめんな」


走りながら謝ると、ローズマリーは何も聞かず、答えた。


「うん。わかった」


信頼しているからこそ、何も聞かないでいられる。

キリアは、彼女の信用に感謝し、キマイラの尾を躱した。

一切攻撃せず、キリアは敵の攻撃を避け続けた。


「な、何を、やっている!?」


驚いた声をあげたのは、レジーだった。

その行動の意味を理解していたのだろう。


キリアは、ローズマリーを抱えたまま、キマイラから距離をとった。


「どうだ? 何か変化はあったか?」

「……うん。あの子の声が、聞こえた。苦しんでた。だから私は、大丈夫だよって言ったの。そしたら、黒いものがとても小さくなっていっちゃって……」

「やっぱり、そういうことなんだな」

「え?」

「ガルムの死んだ理由がだいたい分かった」


キマイラを見ると、完全に動きを止め、固まっていた。

そして、すぐに、変化は起こった。


額から白い光が溢れ、全身へ広がっていく。

液体の体は白い石像となって、その場に固まった。

そして、バランスを崩し、地面にぶつかった衝撃で粉々に砕け散った。


数秒と経たずに、キマイラは、その場から完全に姿を消した。


「な、な、なんてこと、これは、私の、成果が……」


レジ―だけが、頭を抱えて震えている。


「ローズマリーは、魔物の天敵なんだ。負の感情を全く持たないということは、魔物にとって猛毒。ガルムが死んだのは、近くに寄りすぎて、その毒気に当てられたからだ。分かったぞ、賢人会が追う理由が」

「そ、そんな、単純なものでは、ない!」

「じゃあ、なんだよ」

「貴様らには、分からないだろう! セレーネさまの、軌跡に、ようやく、たどり着いた、我々の、気持ちが! それを、渡すのだ!」


レジ―は、声を荒げて言った。

しかし、キリアも、負けずに眉をひそめて返した。


「話にならねェ」


キリアが刀を振り上げ、レジーに振り下ろした、その時であった。

突如現れた硬い氷に弾かれ、刃は跳ねあがった。


「……なんで、邪魔をするんだ? 俺は今、気が立ってる。あんたでも、手加減できる余裕はないぞ」


ベアトリーゼが、レジーの身を守るため、氷の魔法で、壁を作っていた。


「死ぬとか、殺すとか、そう簡単に言わないんでしょ?」


氷に守られたレジ―が、勝ち誇ったように笑った。


「くはははっ、私を、助けたか。氷の賢者よ」

「あなたのためじゃないわ。私だって、あなたのことは嫌いよ。でも、私も賢人会だから」

「そうか。それで、いい」


レジーは、またしても、懐から何か取り出した。

それは、赤黒い丸薬であった。


「ほ、本当は、こんなところで、使うものでは、ないのだが、私の、人生をかけた、キマイラを、殺されたと、あっては、命に代えてでも、償わさせなければ、気が、済まない」


レジーが丸薬を口に放り込んだ。

嫌な空気が、辺りに満ちる。


先程のキマイラとも違う、離れていても伝わる濃い負の感情。


「レジー! それは、禁忌に触れるから、使ってはいけないと……」


ベアトリーゼすら焦って、彼に語りかける。


「じ、実に、清々しい、気分だ。わ、私の、研究材料のくせに、口を、出すな」

「研究材料?」


ベアトリーゼは、鼻で笑った。


「私がいつ、あなたの研究材料になったのよ」

「あ、ああ、お前では、なかった。お前の子供、だったな」


その瞬間、ベアトリーゼの顔から、一切の表情が消えた。


「今、何って言った?」

「研究材料、だ。お前の、子供は、私が、苗床として、使っていた、被験者の、うちの、ひとりだ。魔物の、感情に、あてられて、死んだが、そのおかげで、キマイラは、完成、できた。礼を、言う」


今までに、感じたことのないほどの冷気が辺りを包み、広場の草花は、あっという間に白くなって凍った。


「レジー、詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」

「感じる、感じるぞ、お前の、負の感情。今、この話をした、意味を、理解するが、いい」


ベアトリーゼの体から、黒いものが吸われ、レジーの体へと入っていく。


「な、なに、これ。立ってられな――――」


その言葉を最後に、ベアトリーゼは気を失って、地面に倒れ込んだ。

ぶつかる前に、周囲から木の根が生え、彼女の体を浮かした。


「あーあ、お気に入りのブーツ、ダメになっちゃった」


裸足のメリアンは、杖を構えて、そう言った。


「今これ、どういう状況?」

「あいつが最低のクソ野郎だって分かったところだ」

「なるほど。そんな感じがするものね」


レジーが、黒いものをすっかり体内に収めると、体がボコボコと変形し、一匹の竜となった。

長い首を持つ赤褐色の竜、ラドンである。

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