21.感情の獣
「さーて、おばさん。この前はよくもやってくれたわね」
メリアンは杖をかざしながら、未だ棒立ちのベアトリーゼへ近づいた。
杖を使えば、触媒のないベアトリーゼよりも早く魔法陣を展開できる。
「今度は油断しないわよ。さあ、覚悟しなさい」
「助けてもらわなくても平気?」
「うるさい!」
メリアンの杖から緑色の魔法陣が飛び出す。
「『樹海』!」
そう唱えると、ベアトリーゼの周囲の地面が盛り上がり、無数の木が凄まじい勢いで飛び出した。
空に打ち上げられたベアトリーゼは動じておらず、水色の魔法陣を出し、氷の柱を作って、そこに降り立った。
その周囲を、メリアンは魔法の樹木で囲み、さらに魔力を追加した。
「樹木の海の精霊よ。我の呼びかけに応え給え。悪しき者を封じ、善なる者の願いを聞き届けん。叩き潰せ! 『大津波』!!」
ベアトリーゼの周りの樹木たちが、一斉にしなり、氷の柱めがけて波打った。
凄まじい力で打ち付けられた柱は、一瞬で粉々に砕け散り、その勢いのまま、ベアトリーゼも吹き飛んだ。
「ハッ! やったわ! これが私の実力よ!」
土煙があがり、魔法の樹木は土へと還っていく。
あの中心にいたのだから、無事なはずがない。
そう思って土煙が晴れるところを待っていると、丸い氷で自分を覆った、ベアトリーゼの姿があった。
「あなたの魔法、パワーはあるけど、やっぱり経験不足ね。木が生える時間や、力を込める時間を、魔法使いは待ってくれないわ。火や氷の魔法が一般的に広く用いられているのは、初動が早いから。あなた、他の魔法の練習をした方がいいんじゃないかしら?」
氷の中からでも、ベアトリーゼの透き通るような声は聞こえた。
メリアンは一層腹を立て、むきになって、魔法を展開した。
「うるさい! そのパワーで、氷ごと粉砕してやるんだから!」
太い木の根を打ち出す『猛樹の大槍』を、ベアトリーゼに向かって撃った。
普通の魔物なら、これで貫き、倒せる。
メリアンは、彼女の氷を破れない原因は、力不足だと思っていた。
力さえあれば、どれほど硬い氷であっても、砕けるに違いない。
自分の出した木の根が、あっさり凍らされて砕け散るまで、自分の考えが間違っているとは、微塵も思っていなかった。
「なん、で……?」
「いい? 植物の根っていうのは、水分を吸うために小さな穴がたくさんあるの。そこに私の氷の魔法が入り込んだら、どうなると思う? ……これが、魔法の相性ってものよ。魔法使いの戦闘というものは、大きければ勝てるなんて、単純なものではないわ。勝つためには魔法以外の知識もいる。教えてくれる人がいなかったのかしら?」
ベアトリーゼが魔法陣を展開させ、メリアンの周囲の地面を、足ごと凍らせる。
「え、やだ、動かない!」
足が地面から離れない。
ゆっくりと歩み寄るベアトリーゼを阻むため、木の魔法を連発するも、全て凍らされて、塵と化す。
「もうやめなさい」
ベアトリーゼが杖に触れると、結晶になって砕け散った。
「ひっ……」
メリアンは、木の魔法しか使えない。
魔物相手には、他の魔法が必要なかったからだ。
人間なんて魔物以下だと思っていたから、軽い気持ちでキリアについてきた。
これほど簡単に追い詰められるなんて、思っていなかった。
「そのままここでじっとしてなさい。あなたの仲間の戦いも、もうすぐ終わる」
そう言われて、メリアンはキリアたちの方を見た。
目を疑うような光景が広がっていた。
キリアの体は、宙に浮いていた。
足を掴まれて、逆さに吊るされていたのだ。
「なんだよ!?」
血の鞭のようなものが足に絡みついている。
キリアは刀でそれを斬り、脱出した。
目の前にいたのは、キマイラの血が、そのままキマイラの形を成したものであった。
「も、問題だ。感情は、魔力と、生命力、どちらに属するか、知っているか?」
レジ―の問いに、ローズマリーが憤って答えた。
「知らないよそんなこと! それより、なんでこんなことをしたの!?」
「こんなこと、とは?」
「すごい感情が渦巻いてる。これ、血じゃなくて、感情なんでしょう!?」
「ほう、い、一番馬鹿かと、思っていたが、本質を理解する、とは。永久人形も、侮れん。これは、全て、濃縮された、感情だ。魔力とも、生命力とも、違う、第三の、力。わ、私は、魔物が、どうやって生きているのか、調べた。彼らは、感情を、食っているのだ。怒り、悲しみ、恐れ。彼らは、ただ命を、も、弄んでいたのではない。あ、あれこそが、彼らの、捕食形態なのだ」
キリアは、静かに、口調は荒げず、レジ―に言った。
「これだけのものを作るのに、いったいどれだけの人間を殺した?」
感情が液体になり、力を持つほど集めたのだ。
片手で数えられる人数ではないはずだ。
「さ、さあ、覚えていない。ヨウルカスからの、もらいもので、作ったのでな」
キリアには、ローズマリーが言っているような、感情そのものが直に理解できるわけではない。
しかし、この怪物を生み出すために犠牲になった命が、死んで尚利用されていることに、怒りを感じずにはいられなかった。
「俺は、人を殺すために剣を磨いているわけじゃない。でもな、テメェみたいなクズは、斬り捨てねェと、鍛えた剣の腕が泣く! 覚悟しとけよ、陰険野郎。テメェに殺された人間の痛みを、思い知らせてやる」
「く、口は達者だが、死ぬのは、お前だ」
レジ―は高笑いをして、その場から少し後ずさった。
巻き込まれないようにしたのだろう。
「キリア! 絶対負けないで!」
ローズマリーの声に、キリアは親指を立てて答えた。
「心配ねェ。今までの戦いで、これほど燃え滾ったことはない」
キリアの精神は、すでに負ける気がしないなどという状態にない。
こんなことをした元凶を潰す。
ただそれだけしか、考えていなかった。




