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02.出会ったふたり

サラスの森林の中心を一本の長い街道が通っている。

王都アンローヘイムと辺境の街とをつなぐ、古い道である。

人通りは少なく、整備もろくにされていない荒れに荒れた街道を、一台の荷馬車が走っていた。


御者は早く森を抜けたいのか、一心不乱に走っている。

身を守るための傭兵や冒険者も雇っておらず、強盗にでも会えばあっという間に身包みを剥がされてしまうだろう。


空は青く、澄んでいるが、街道から見える空は木々に阻まれ、細くなっている。

薄暗い街道はどれだけ走っても景色が変わらず延々と続くようであった。


突如、森の中で鳥の大群が大空へ飛び立った。

その音で御者は驚いて飛び上がり、さらに馬を急がせた。


「大金に目が眩んだけど、こんなおっかない道を通ることになるなんて!」


誰に聞かせるでもなく、御者は大声をあげた。

それに答えるようにして森の中からガサガサと大きな音がなる。


「もうやめてくれよ! 急げ急げ急げ!」


馬は全力で走っているが、追いかけてくる恐怖から逃れることができない。

何がいるか確認したわけではないのだが、何かいると一度でも思えば、そんな気がしてくるものだ。

そして、そんな予感は現実となって、彼に襲いかかった。


木々がなぎ倒され、姿を現したのは、三対の足と岩石のような巨体を持つ赤毛の魔物、ガルムである。

ガルムは血走った目を荷馬車に向け、もうもうと土煙を上げながら迫る。


「嘘だろ……? おい!もっと走れ!」


荷物を捨てて、少しでも軽くして逃げられたら良かったのだが、そこまで機転が回るほど、御者は危険に慣れていなかった。

すぐに、ガルムは荷馬車に追いつき、前足で馬車の車輪を叩き壊した。


「うわっ!」


地面へ放り出された御者は大口を開けて迫るガルムから少しでも距離をとろうと必死にじたばたとしたが、ガルムはそれを見て楽しんでいるかのように、ゆっくりと歩み寄り、彼を咥えた。


「あ、ああ……!!」


無数の牙が、ゆっくりと腹部に突き刺さっていく。

凍てついた恐怖の前では痛みや血の暖かさも感じられない。

御者は夢か幻かでも見ているかのように、虚ろな顔で、生きたまま少しずつ、ガルムに食われていった。




そのエルフの青年、キリアは、もう五日ほど森の中を歩き通していた。

上下共に薄汚れているが丈夫な皮の服を着ており、右手の人さし指には金色の指輪、腰には一振りの刀を持っている。


しかし、そのほかに荷物らしい荷物はない。

腰には刀の他にひとつだけ日持ちする食糧を入れるための小さな巾着袋があるが、中身は入っておらず、悲しくも潰れていた。

いい加減歩き疲れたキリアは、なけなしの体力を振り絞って叫んだ。


「どこにいるんだよ!!」


この辺りに出る凶暴な魔物を狩ってこいと命令され、五日も探し歩いたが、魔物の気配など微塵もなく、また、街道を人が通る様子もない。

旧街道は昔使われていた道だが、見通しが悪く左右の森林から動物が飛び出してくることが多いため、今現在となっては使う者がいなかった。


キリアは背こそ小さいものの、体は引き締まっており、普段から鍛えているため、足腰が悲鳴をあげるにはまだ早いが、堪え性のないその精神力は小枝のごとく折れやすく、目的を諦めて帰ろうかとすら考えていた。

倒したと嘘をついても、誰にも分からないだろう。

いや、分かってもいい。

そんなことより、早く帰りたい。

そんな時、木がなぎ倒される音が聞こえた。


「……あっちか! よし!」


五日間で初めて聞いた破壊音が、他の何者でもあるはずはない。

ようやく旅を終えられる喜びに、キリアは駆けた。


魔力を使って少しばかり強化された身体能力で、通常の人間に比べて数倍の速さで風のように走った。

次第に目線の先で何が起こっているのか見え始めると、キリアはさらに足を早めた。

バラバラになった荷馬車とガルムの口元から垂れるおびただしい量の血流。


「どんな確率だよ!?」


普段は滅多に通らない馬車と滅多に現れない魔物が、鉢合わせることなどあるのだろうか。

キリアは刀に手をかけ、咆哮を放つガルムへ突撃した。

噛みつきを躱し、顎の下へ潜り込んで峰で打ち上げる。

しかし、まったく手ごたえはなく、刀は空しく弾かれた。


(ふざけた硬さだ……!)


キリアは舌打ちをして距離をとった。

このくらいの打撃では野生動物の脳を揺らすことはできない。


首を落とせばすぐに倒せることくらいは分かるが、これだけの体格差がある相手の骨を断つことは並大抵のことではない。

何にせよ、弱い敵ではないということが、一度のやり取りで十分に分かった。


「こういう時はァ!」


襲い来る鋭い爪を避けながら、キリアは腹の下に潜り込んだ。

激しく動く前足はあとにして、注意が向いていない後ろ足を斬りつけたが、すんでのところでガルムは飛び退いた。


「勘の良いやつ!」


関節を狙ったのだが、刃が浅く、切り飛ばすには至らない。

しかし、少しだけ機動力を奪えた。

ガルムは怒っているようで、血が出るのも構わず、キリアに襲いかかる。


「仕方ねェ!」


キリアの眼前に青色の魔法陣が浮かんだ。

それと同時に思い切り息を吸い込んで肺を膨らませる。

ガルムが近づいてきたタイミングで、キリアは息を濃い霧に変えてぶつけた。


一瞬にして、辺りは濃霧に覆われる。

それは、キリアに使える唯一の魔法『白煙(ホワイトスモーキー)』であった。


突然の煙幕に、ガルムは完全にキリアの姿を見失った様子であった。

煙の中から、不意に飛び出した刀の先端が、その目に突き刺さるまで、ガルムはキリアの姿を捉えられなかった。


「よし! もう片方もいくぜ!」


キリアは刀を眼窩から抜き取り、一旦離れたあと、またガルムの眼前に現れた。

しかし、二度も同じ手法が通じる相手ではない。

キリアは反射的に刀を縦にして防御の姿勢をとった。

次の瞬間に、巨大な爪がキリアの体を弾き飛ばし、そのまま半壊した荷台へぶつかった。


「いってェ!」


背中を強く打ち付けたが、上手く受け身をとれたことで気を失うことは避けられた。

急いで立ち上がると、キリアがぶつかった衝撃で荷台からごろごろと木箱や樽が転がり落ちた。

その中に麻袋があり、口を縛っていた縄が解けていた。

そして、その袋の中から微かにうめき声がしたのだ。


「ううっ……」


まさか、と青ざめた。

ただこの目の前のやつを倒して帰るだけだと思っていたキリアだったが、すぐに思考回路を切り替えた。

麻袋の端を切りとばし、ガルムの注意をひくためにそこから離れた。


「おい! そこのやつ聞こえるか! 聞こえているなら静かにゆっくり出てこい!」


ガルムから視線を外さずに、キリアは言った。

手足を縛られているかどうかもここからではわからない。


「ここは、どこ?」


袋の中から、まるで人形のように美しい女性が姿を現した。

服装も汚れなく色鮮やかで、馬車が人さらいだったのではないか、とキリアは推測した。


「怪我はしてないのか!?」


ガルムと剣を交えながら聞く。

隙を見て爪を弾き飛ばし、彼女の隣へ飛んだ。

ガルムはキリアの煙を警戒しているのか、すぐには追ってこない。


「ええ。していない、みたい」

「よし。じゃ、逃げるぞ。立てるか?」


彼女が立ち上がると、随分長身であることが分かった。

キリアも背が高い方ではないとはいえ、頭二つ分は大きい。

彼女の足元に目をやると、ヒールの高いクツを履いていることに気がついた。


「なんだそのバカみてェなクツは! 走れるかよ!」

「な、なによバカって!」


何にせよ、そのようなクツでは走れないだろう。

キリアは焦る気持ちを抑えながら言った。


「クツ脱げ!」

「え?」

「死にてェのか!?」


彼女に自分のクツを履かせ、手を引くも、彼女は動かない。


「どこ行くの?」

「逃げるんだよ! 状況を見ろ!」


キリアは無理矢理彼女を走らせ、ガルムの様子を伺う。

向こうもこちらを警戒しているようで、すぐには襲って来ない。

怪我を負わせたことで慎重になっているのだろう。


「お前、魔法使えるか?」

「魔法?」


そのきょとんとした顔を見て、キリアは追求を諦めた。

戦力にならない、完全なお荷物である、と判断を下すに充分な答えだ。


突如、キリアの背中がざわついた。

反射的に刀を抜き、背後へ斬りつけると、甲高い音が響いた。

ガルムの爪は、いつの間にか、そこまで迫っていたのだ。


「振り切れねェか!」


ガルムは少し目を離した隙に背後へ回っていた。

足を斬られているにもかかわらず凄まじい速さであり、とても走って逃げられるものではない、とキリアは感じた。

ここで倒すのが最善であることに間違いはないが、彼女を守りながらそのような芸当ができるだけの自信はない。

そんなことを考え、ガルムとの間合いを図っていると、その間に彼女が飛び出した。


「あなた! 何で急に襲うの!? 危ないでしょう!?」

「……は?」


彼女はあろうことか言葉の通じない魔物に向かって啖呵を切ったのだ。


「バカ! 何やってんだ!?」

「あなたもさっきから人のことをバカバカって! いい? 私にはローズマリーって名前があるの! ちゃんと名前で呼んでちょうだい!」

「今そんなこと言ってる場合かよ!」


突然の横槍にガルムも驚いたようで、少し様子を伺う素振りを見せていた。

キリアもそれを見逃さず、もう一度煙を出すため魔法陣を広げる。

そして、ローズマリーを肩に担いだ。


「ちょっと、まだ話は終わって……」

「後だ、後!」


キリアは気絶する寸前の量の魔力を練り込み、先ほどまでとは違い、半径百メートルほどを完全に覆えるだけの煙を吐き出した。

そしてその白煙が晴れる前に、ローズマリーを担いだキリアは、ありったけの力を振り絞って、その場から逃げだした。


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