13.森の戦い
食事を終え、アリアネのところへ戻ると、彼女は座ってお茶を飲んでいた。
ローズマリーはまだ眠ったままで、起きる様子はなかった。
「おや、メリアンじゃないか。どうしたんだい?」
「おばあさま。私、この方の手伝いをすることにしましたの」
「そうかい。頑張っておやりよ」
アリアネはそう言ってメリアンの頭を撫でた。
「アリアネさん。ローズマリーを見ていてもらえますか?」
「ああ、それはかまわないが、目が覚めたらどうするね?」
「これからローズマリーと初めて会った場所に行きます。サラスの森の旧街道の、ちょうど中央辺りです。目が覚めたら、そこへ連れてきてもらえますか?」
「了解した。賢人会の連中が待ち構えているかもしれない。注意して行くんだよ」
アリアネはまた、魔法陣の紙を壁に広げ、通路を作り出した。
肉の通路を通るのは二度目だが、未だに薄気味の悪さはぬぐえない。
「それではおばあさま、行って参ります」
「ああ、行っておいで」
アリアネに見送られ、キリアとメリアンは回廊を抜けた。
抜けた先は、サラスの森の手前である。
ガルムの変死体はすっかり片づけられており、衛兵たちも姿を消していた。
「少し、魔法で準備をしておくわ」
「準備?」
「ええ。だって、私てぶらだもの」
メリアンの足元に緑の魔法陣がひとつ浮かぶ。
すると、そこから細い木の根が絡まり合ったような形状の杖が、まるで生えるようにして姿を現した。
「よし、次は」
杖を振ると、周囲に水色の魔法陣がいくつも浮かび、濃霧を作り出す。
「なんだ、これなら俺の魔法いらねェな」
自分の上位互換とも思える優秀な目くらましに、キリアは感心した。
「これくらい楽勝よ。これで、あなたも自分の剣だけに集中できるわ」
魔法が苦手なら無理に使う必要はない、と彼女は言いたいのだろう。
キリアも今回はそうさせてもらうことにした。
ふたりが森へ一歩足を踏み入れると、波紋のように、空気が波打って辺りへ広がっていった。
その瞬間に、キリアは察した。
(罠を張られていたか!)
探知する魔法をかけられていたのだろう。
確認せずに足を踏み入れたのはうかつであった。
メリアンは、キリアの肩を指さきでちょんちょんとつつき、散開しよう、と手振りで伝える。
その提案に賛成したキリアは、メリアンと別れ、森の中へ入った。
濃霧のおかげでこちらも相手の位置は分からない。
キリアは敵の気配に注意しながら、あの馬車の方へ向かった。
メリアンは、杖を地面に立たせ、魔力を練った。
この程度の広さの森なら、『声』を聞けるはずだ。
(この地に眠る木の精霊、スプリガンよ。私の呼びかけに答えて)
根に向かって思念を送ると、反響するようにして、『声』が返った。
それは、人間と同様のものではなく、言わば振動そのものであり、正確に理解出来る者はそれほど多くないだろう。
メリアンは、昔から彼らと対話することが出来た。
(悪しき集団が、この森に足を踏み入れた。彼らの居場所を知りたい)
また、『声』は返ってきた。
たくさんの方向から一度に返ってきた声から、彼女は敵の位置を割り出す。
杖を手に持ち、緑色の魔法陣を空中に浮かべた。
(森の中は、あの人に任せるとして、とりあえず、直線上にいる敵はこれで充分ね)
魔法陣は、魔力の量に応じて、街道と同じ大きさまで、その直径を広げた。
そして、次の瞬間、その太さと同じだけの巨大な木の根が、真っ直ぐに飛び出した。
『猛樹の大槍』と呼ばれる魔法である。
大槍はまるで止まることを知らない牛のように、街道を駆け抜けていく。
道中には、賢人会の人間が数名いた。
魔法に引っかかった間抜けな侵入者を待ち構えていたのだろうが、目の前に迫ってきたのは、何もかも貫き倒していく樹木の根っこであり、彼らの体を紙きれのように吹き飛ばした。
「あっ、殺さないようにって言われてたんだった。……死んでないよね?」
メリアンは、彼らの安否を確認するために、倒れた人間の脈を調べる。
全員、意識は失っているものの、生きていた。
ほっとして、魔法の植物で縛り上げて、近くの樹木に吊るしておく。
そうしていると、ふと、スプリガンの声が、メリアンの元に集まってきた。
注意や警戒、そういった意味の声であったため、メリアンは杖を構えて、魔法陣を展開する。
いつの間にか、周りを囲まれていた。
「貴様か、邪魔をしているのは」
「何のことかしら。私はたまたまここに来ただけよ」
黒いフードで顔を隠した男が言う。
(何よ、この人たち。みんなでお揃いの黒い服着ちゃって。私まで仲間だと思われちゃうじゃないの)
メリアンは、スプリガンたちに協力してもらい、彼らの一挙一動を見張った。
誰かひとりでも魔法陣を出せば、すぐさま仕留めるつもりである。
「アレはどうした? なぜひとりだけなんだ」
「アレ?」
「永久人形のことだ。貴様が我々から盗み出したことは知っている。さらには、あろうことか情を持つとは。許してはおけぬ」
「うーん、あなたたちの言ってることが分からないわ。詳しく聞きたいんだけど、教えてくださる?」
「あくまで白を切るつもりか。我々を相手にして、無事に帰れると思うなよ」
賢人会の面々は、一斉に各々の得意な魔法陣を展開させる。
一足先に準備をしていたメリアンは、彼らよりも早く植物魔法を行使し、隠れていた者も含めて全員の身柄をあっという間に拘束した。
狙いが上手くいった様子に満足したメリアンは、体を伸ばして、噛み締めるように言った。
「気持ちがいいわ。やっぱり、魔法は外で使うに限るわね」
「くっ、この魔法の精度は何だ? 聞いたことがないぞ」
「頭を使うばかりで、魔法の練習を怠ったからじゃないの?」
「我々は賢人会だぞ! 分かっているのか!?」
「だから何よ、それ。知らないわ」
城暮らしの長いメリアンは、賢人会の名前を本当に聞いたことがなかったのだ。




