魔法少女
◆ちょっと遅れてしまいましたが一周年です。
そして、明日の更新で百話。
ここまで読んでくださった全ての読者様に感謝を――、そして、これからもよろしくお願いします。
「ありがとうございました」
とある夏の昼下がり、お会計を済ませたお客様方をいつものように見送った僕は、買い取ったばかりのチープなデザインのステッキをカウンターの上に置く。
すると、認識阻害の結界の向こう側にある和室からマリィさんがのそのそとやってきて、
「虎助、これは何を買い取りましたの?」
「えと、〈扮装〉という魔法が付与されたステッキですね。一見すると武器のようですが、魔法名を唱えると防具に変形するっていう能力を持つ珍品みたいですよ」
「つか、それってまんま魔法少女のステッキって感じじゃね?」
マリィさんからの質問に僕が買い取る際の鑑定結果を伝えると、そのたわわなお胸の動きに誘われついてきた元春が、その鑑定結果から連想したどこかずれたことを口にする。
「魔法少女というと、マオがときどき見ているアニメですわよね。
しかし、あのように摩訶不思議な道具を簡単に再現できるとは思えないのですが」
マリィさんの言いたいことは理解できる。理解は出来るのだが、なまじ科学文明が発達した世界からファンタジー世界にやってきた人間からしてみると、そんな魔導器があってもおかしくはないのでは?
「だったらさ――、マリィちゃんがちょっと使ってみたらどうなん。もしかするとかっこいい鎧とか剣とかそんな装備に変身するかもしれねーし」
元春がマリィさんを惑わすようなことを言いながらも携帯のカメラを構える。
元春としては、もしもこのステッキがさっき自分が言ったように魔法少女に変身するようなアイテムだったのなら、その変身したマリィさんのお姿を写真に収めたい。そんなことでも考えたのだろう。
しかし、まだきちんと検証もしていないアイテムをお客様であるマリィさんに試してもらうというのはいただけない。
どこまでも欲望に忠実な元春の露骨な誘い文句にそう考えた僕は、先ずは僕が実験台にならないと――と手を上げるのだが、
「お前――、そういう趣味が……」
そう言って残念なものを見るような目線を向けてくる元春。
「別に変な意味で僕がやるとかじゃなくてだね。変身といっても魔法少女限定って訳でもないでしょ」
そもそもこの魔導器を置いていったお客様は男性ばかりのパーティだ。
だったらこのステッキは身に付けている鎧の形とか強度とかを変更するアイテムなのではないか。
そんな仮説を口にする僕に、
「クソッ、そっち系の装備ってこともあんのかよ。盲点だったぜ」
元春はカウンターに拳を振り下ろして本気で悲しむも、でも待てよ。悲しみの中にあって別の可能性を思い浮かべたようだ。まだ希望は捨てるべきじゃないと顔を上げ、
「鎧姿に変身するってんならビキニアーマーっつーのもありなんじゃないのか」
なにやら都合のいい理論を呟き希望の光を目に灯す。
だけど、ビキニアーマーなんて防御力が低そうな鎧を作り出すアイテムなんて、ふつうに役に立たないと思うんだけど。
元春の自分勝手な想像に『何を言ってるんだか』と呆れ顔を浮かべる僕。
でも待てよ。
このステッキがゲームとかにありがちなネタ装備とか、そういう類のものであったとしたら――、
ふと悪い予感が脳裏に過ぎるのだけれど、いまさら嫌だとも言えないし、
結局は僕が実験台になるしかないのか――と、覚悟を決めて件のステッキを手に取ろうとしたところ、元春がこんな事を言ってくる。
「てゆーか、そもそもどういう仕組みになってんだ。そのアイテム?」
よく調べることで、ある程度は魔導器の全貌が見えてくるのかもしれないか。
別に何か意図があったわけではないのだろう。場繋ぎのように元春が口にした言葉に僕がカウンターの脇に置いてあった〈金龍の眼〉を使って詳しい鑑定をしてみると、
「魔法式の形式から、たぶん錬金術に近い感じになるのかな。装備している防具を分解、半魔法物質化して新たな鎧を作る。そんな魔法が付与されているみたいだね」
「そんなことが出来んのかよ」
「そこは錬金術だからって言うしかないね。そもそもポーションだってまともな化学変化なんかで作れる代物じゃないんだし」
実際、錬金術を使っていると分かるのだが、魔法で可能な物質変化というのは、明らかに化学反応だけでは不可能な変化すらも起こすことができたりする。
おそらくはこのアイテムも、そんなトンデモ魔法反応を利用して変身を可能としているのではないか。
僕は〈金龍の眼〉によって読み取った情報を元に説明するのだが、
「よくわかんねーや。とにかく、どうなんのかが分かんねーってんなら先に虎助が使ってみりゃいいんだろ。後が詰まってんだからよ。早くやろうぜ」
元春としてはそんな魔法理論よりも、この変身ロッドを使った時にマリィさんがどんなお姿に変身するのかの方が重要なようだ。
ある意味で魔法使い向きともいえるお気楽な友人の発言に僕は空笑いを浮かべつつも、
せめてマリィさんには被害が及ばないようにしなければと、
そう心に決めて、杖に魔力を装填、ステッキに刻み込まれた魔法名を唱える。
「〈扮装〉」
すると、杖が光の粒に分解、それが僕の体に纏わりつくようにして装備品というか服の錬金反応が始まり、そして、一秒と経からずに防具の再錬成は完了したようだ。
見下ろした感じ魔法少女ではなく鎧姿のようではあるみたいだけど――、
「えと、どうですか?」
「か、か、か、カッコイイですの」
感想を求めた結果、マリィさんがキラキラした瞳で駆け寄ってきて、元春がチッと舌打ちをする。
それにしても元春の態度は露骨過ぎなんじゃないだろうか。
抱きつかんとばかりに急接近してくるマリィさんを見て、嫉妬の炎を燃え上がらせる元春に、僕は苦笑いを浮かべながらも、変身した自分の姿を確かめるべく改装の際に作りつけた試着室の姿見の前に立ってみる。
うん。たしかにカッコイイ。カッコイイかもしれないけど。
「なんかこれ悪者ってイメージじゃないですか?」
試着室の姿見に映っていた僕は、良く言ってダークヒーロー、悪く言えば悪の大幹部とか、そんな表現が似合いそうなデスメタルな鎧姿だった。
でも、この鎧、なんだか見覚えがあるような――、
しげしげと鏡に映る自分の姿を見ながら僕が記憶を探っていたところ、羨ましそうにするマリィさん顔が鏡の中に映り込んでくる。
「それで、その鎧はどれくらいの強度なのですの?」
「一応、結界術みたいなものを応用しているみたいで、多少の強化はされているようですが、基本的には変身字に身に付けている服や防具にその性能が依存するみたいですね」
「そうですの。少し残念ですわね」
僕が訊ねられた質問に答えるとマリィさんが少しトーンの落ちた声でそう答える。
マリィさんとしては、この機能を使えば自分でも手軽に本格的な黄金の鎧が再現できるのでは――とでも考えたのだろう。
しかし、それは使い方次第で、
例えば変身する前に予め防御力の高いベヒーモの革やヴリトラの革なんかで作ったドレスを装備していれば、金属製の鎧にも負けない装備に変身することができる可能性は高い。
まあ、この万屋で扱う防具の質を基準とするならちょっと心許ないけど、
このステッキに刻まれる魔法式そのものを改良すれば、防御力の底上げだって出来るだろうし、上手く改良できれば特殊部隊員さんが希望していた目立たず持ち運べる装備っていうのも作るのも夢じゃないのかもしれない。
ステッキそのものの性能ではなく、そこに使われている技術の利用法に考えを巡らせる僕。
だが、ふとプレッシャーを感じ顔をあげると、そこには早く自分も試してみたいと言わんばかりのマリィさんの顔があって、
そんな期待の目に晒されてしまってはさすがに交代せざるを得ないだろう。
僕は〈解除〉と呪文を唱えて装備解除、再構築されたステッキをマリィさんに渡す。
すると、マリィさんは喜び勇んで変身ロッドに魔力を注ぎ込み。
「〈扮装〉」
魔法名を唱えた瞬間、先程と同じくロッドが分解、発生した魔素の光がマリィさんを覆い隠して、
変身中……、 変身中…………、 変身完了。
艶めかしいシルエットを描き出す魔力光が収まったそこにいたのは、ついさっき話題に登った魔法少女のコスチュームを身に着けたマリィさんだった。
ただ、一見清楚なそのコスチュームは、マリィさんが持つ超弩級兵器によって引き伸ばされていて、セクシー過ぎるというかなんというか、いろいろと目のやり場に困る状態になっていて、
こうなってしまうとこの男が黙っていられる訳がなくて、
「うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお――っと、エロ魔法少女きっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
ブリッチせんとばかりに仰け反って喜びを表現する元春。
そして、パシャパシャと携帯のカメラを連射――、
からの爆死。
うん。格闘ゲームの必殺技を参考にしたのかな。『くらいやがれ――』とばかりに放たれた火炎攻撃に元春が轟沈する。
そして、〈解除〉を唱えたマリィさんがこちらに回れ右、動揺も顕に僕に詰め寄ってくる。
「どどど、どういうことですの?」
どういうことですのって聞かれても――、
そもそも、〈金龍の眼〉の鑑定能力がいかに有能だとしても、その鑑定結果は魔導器そのものが蓄えた知識によるところが大きい。だから異世界からもたらされた、特に今回のようにダンジョンでドロップしたらしきアイテムに付与される魔法の効果を完全な形で解説するのはなかなか難しいことなのだ。
そんな説明を僕がしていたところ、ちょうどゲームが区切りになったのか、畳座敷からハイハイでやってきた魔王様が冷静な分析をくれる。
「……微かな魔力を感じた。たぶんこれが周囲の景色を読み取ってる」
「つまり、この杖の頭の部分の水晶で周囲の武装を記録して、それを錬金術で再現していると――」
「……(コクリ)」
どうやらこのステッキには装備を映像を記録する機能が備わっているらしい。
もしかすると、僕が変身した姿に見覚えがあったのも、このステッキがこの部屋にあるゲームや漫画本に登場する鎧を読み取っていたからなのかもしれない。
そんな魔王様の説明に、
マリィさんが自前のポーチから凛々しい黄金の騎士が書かれた本を取り出して、
「ならば、こういうのはどうですの」
どうもその本の挿絵を参考に黄金の鎧を呼び出せないかを試そうというらしい。
「でも、その黄金の騎士の本、いつも持ち歩いているんですか?」
「た、たまたま、今日はたまたま偶然ポーチの中に入っていただけですの」
明らかに嘘としか思えない動揺っぷりだけど、マリィさんがあそこまで照れているんだ。そういうことにしてあげよう。照れ隠しの一撃で元春の二の舞い――なんて事にはなりたくないからね。
床に転がる友人をチラリと見て、口を噤む僕の目の前で、マリィさんが杖の魔力の流れを確認しながら魔法名を唱える。
「いきますの。〈扮装〉」
その結果、完成したのはビキニアーマー姿のマリィさんだった。
「えと――」
「マリィさんが着ると破壊力バツグンだなあ」
死んでいた元春が復活してカシャリと一発、携帯のカメラで撮影したその直後、「我が生涯に一片の悔い無し」と再び火炙りの刑に処せられる。
一方、汚物の焼却を無事に果たしたマリィさんは、豊満な自分の胸を隠すように両腕で抱えるようにしてしゃがみ込み、素早く変身解除を行って、
「だだだ、だからこれは、ど、どうなっていますのよ?」
「もしかすると、その杖が今までに記録してきた装備がランダムで再現されるのかもしれませんね」
そう考えてみると僕も危なかった。
まあ、男性なら男性の女性なら女性に合わせた装備が選ばれているのかもしれないけど……、
「いや、もしかしなくても便利そうなこのアイテムを売りに出したのはそういう理由なのかな?」
ふと気付いてしまった疑問符込みの独り言に『おそらくそうだろう』と魔王様が頷く。
「これは封印ですわね」
マリィさんがそう言いたくなるのもわかるけど……。
「変身機能そのもの有用そうな魔法ですから。封印するにしてもオーナーに調べてもらってからにしましょうか」
このステッキの機能を上手く流用できれば、量産型のゴーレムにまた一工夫を加えられるかもしれない。
その可能性を感じた僕は未だ赤い顔をしながら鋭い視線を向けてくるマリィさんをどうにか説得、決して悪用しないことを約束して問題のステッキを回収するのだった。
◆ちょっとした魔法解説。
〈扮装〉……魔法のステッキなど特殊な魔導器専用の魔法。変身魔法というより錬金術に近い。
〈解除〉……状態変化をもたらす魔導器などに共通して見られる解除の魔法。
◆誤字を修正しました。
「魔法少女というと、マオが『どきマオが』見ているアニメですわよね」
「魔法少女というと、マオが『ときどき』見ているアニメですわよね」




