ドラゴンステーキ
◆定番の話ですみません。
ヴリトラ討伐から数日後、世界樹だったりヴリトラの鱗だったりと贅沢な応急処置がなされたトレーラーハウスの前には多くの人が集まっていた。
人の輪の中心にあるのは巨大な鉄板、その裏側には熱魔法の魔法式が刻印されており、魔法窓と連動させることによって温度調節されるようになっていた。つまりはホットプレートだ。
熱せられた鉄板に真珠のように七色に輝く純白の油が乗せられる。
その油がしっかりと溶けたところで乗せられるのは大振りに切られた扇状の肉の塊。ヴリトラの肉だ。
そう、今日ここで行われているのはヴリトラ討伐の祝勝会。
何故か関係のない元春まで参加しているけど、そこは気にしないでくれるとありがたい。
集まっている一同がゴクリと生唾を飲み込む前でヴリトラの肉を焼いていくのはもちろん僕である。
じゅーと食欲をそそる音を奏でる大振りな肉を軽く焦げ目がつくまで焼いていく。
ひっくり返したところで蓋を被せて待つこと暫し、焼きあがったそれをアルミホイルに包んで休ませる。こうすることによって肉を切っても肉汁が外に漏れ出しにくくなり、ジューシーな仕上がりになるのだという。
そうして五分ほど休ませた肉を、熱した一人用の鉄板に移し替えて、集まる人の前に並べていく。
「これが憧れのドラゴンステーキかよ」
「取り敢えず今回は尻尾の部分を使ってみたよ」
特にこだわりがある訳ではないのだが、ドラゴンステーキは尻尾のお肉を輪切りにしたものをそのまま焼くというイメージが僕にはある。
とはいえ、ヴリトラのサイズをそのまま輪切りにしてしまうと、さすがに鉄板にも乗らなくなってしまうので、今回はさきっぽの部分を四等分に、それを更にハードカバーの小説くらいのサイズに切って焼いている。
「ドラゴンの肉というと食べるだけで強くなれると聞くがどうなのだろうな」
「マジかよ。そういや龍の肉を食べると不老不死がどうとかこうとかいう話があったよな」
自分に出されたドラゴンステーキにらしいことを言い出す脳筋のフレアさん。そして、どこで聞いたのだろう元春が知ったかぶりを発動させる。
でも、不老不死って話は人魚の肉じゃなかったかな?いや、北欧神話なんかにそんな話があったような。
僕が男性陣の会話に思いを巡らせつつ、女性陣にはこの量は厳しいだろうとサイコロステーキを作っていると、
「あの、本当に私も食べても、いいの?」
「ええ、今日は一応祝勝会ということですから、それにヴリトラの肉を余らせるのも勿体無いでしょう?」
「そうよ。ドラゴンのお肉が食べられるなんて滅多にないんだから、食べておくべきよ」
呪印の少女改めメルさんが遠慮がちにも聞いてくるので、僕は勿体無いとサイコロステーキを振る舞い、ティマさんそれに追随する。
何しろヴリトラの総重量は百トン超、その半分以上がお肉なのだから、ジャーキーにしたりベーコンにしたり缶詰にしたりと各種保存食に加工したとしても、恐るべき量の在庫を抱えてしまうかもしれないのだ。
因みに肉の缶詰といえばランチョンミート缶をイメージしがちだが、それだけでは味気ないと、以前、賢者様が持ってきてくれた結界魔法を利用した魔法的な缶詰〈クアリア〉の技術を応用して、定番の大和煮から味噌煮、異世界のお客様に人気のカレー煮にトマト煮、そしてテールシチューと、短時間で食材を柔らかく出来るその技術を利用してと色々と作ってみたりした。
「でもよ。このステーキさ、すげーレアになってるけど大丈夫なのか?」
メルさんの遠慮から始まり、僕がヴリトラの肉の処理方法に思いを馳せる中、元春がナイフを入れた分厚い肉を覗き込み、そう訊ねかけてくる。
「ちゃんと〈金龍の眼〉で鑑定してみたけど、生でも食べられるって説明が出てるから大丈夫だと思うよ」
初めて食べる肉だ。たぶん元春が言ったような意見も当然出てくるだろうと、この食事会を前に一応鑑定などをしてみたりしたのだが、結果的にヴリトラの肉には細菌や寄生虫の類は存在しなかった。
龍種の免疫力が高さがその結果の一因でもあるようなのだが、それよりも、カプサイシンの煙すらもはねのけたエクスカリバーの浄化能力がヴリトラにも及んでいたらしい。
退治した後にヴリトラの体内から摘出した毒腺に溜められた毒すらも、まるで聖水の如き清らかな体液に変質してしまっていたのだ。
と、そんな訳だから、このヴリトラ肉に限っては何かと誤解されがちな無菌豚などと違って本当に生食も可なのだが、
「不安なら〈浄化〉をかけるけど、どうする?」
「ま、虎助がそこまで言うんだったら大丈夫だろ」
「それよりも早く食べようではないか」
少し躊躇いながらも母さんが作る料理を知っている元春は、僕が食事関係で下手を打つ事は無いだろうと一人納得。フレアさんがもう待ちきれないと急かしてくるので、全員にドラゴンステーキが行き渡ったところで、いざ実食の運びと相成る。
『いただきます』
「召し上がれ」
因みに、この「いただきます」という日本式の挨拶は、バベルによる翻訳ではなく、実際にフレアさん達が口にしている言葉である。
なんでも、フレアさんの世界において、かつて世界征服を目論んだ魔王を倒した聖人が広めた食前の挨拶がこの『いただきます』だったのだという。
もしかすると、フレアさんの世界には、ファンタジー小説よろしく、僕達の世界からその世界に転移なり転生なりした人がいたのかもしれない。
とまあ、そんなこんなで食前の挨拶をみんな揃ってしたところで、それぞれに食べやすい大きさに切り取ったドラゴン肉を口の中に放り込んでいく訳なのだが、ヴリトラの肉を口にした瞬間、全員が全員、食べたままの表情で固まってしまったのだ。
あれ、この反応、もしかしなくても口に合わなかったとか?
僕が毒味をした時はすっごく美味しかったんだけど……。
僕が皆さんのリアクションに『焼き方を間違えたかな?』と冷や汗を垂らして、取り敢えずこの中でこういうことを一番聞きやすい元春に声をかけてみる。と、
「黙っていてくれ。俺はいまこの肉の味に集中しているんだ」
なにやら食通ぶった事を言い始めたぞ。
その一方でドラゴンステーキを口にしてからフリーズしていたフレアさん達が再起動。
一斉にドラゴンステーキに齧り付く。
そして一心不乱にドラゴンステーキを掻っ込むように口に運び、
『おかわり』
「慌てなくても、まだまだありますから――」
注文が入る度にホットプレートに並べられるヴリトラの肉。
なお、ドラゴンステーキの味付けはシンプルに塩コショウのみである。
最初はニンニク醤油やらなんやらと色々な調味料を用意したりしてみたのだが、味見の際に、下手に手の込んだ味付けをしても肉の味に負けてしまうことに気付いたからだ。
そんなこんなで、僕は皆さんが求めるままにヴリトラの肉を焼いていき、そろそろ用意したヴリトラの尻尾肉十キロがなくなってしまうかもといったところで、ポンポンとお腹を叩いた元春が満足そうにこう言う。
「食った食った。さて、食い終わったところでステイタスチェック行くか」
「俺としては不老不死などには余り興味が無いのだがな」
そう言いながらもワクワクが隠せないと言った様子で元春の言葉に続くフレアさん。
僕はそんな二人の様子に呆れたようにしながらも、
「あれ、本気だったんですか?」
「だってよ。ドラゴンステーキだぞ。食ったら実績に【龍喰い】とか付きそうじゃね」
言われてみるとたしかにありそうな実績ではあるのだが、もしもドラゴン肉を食べたくらいで何か変化が起こるのであれば、僕が毒味をした時点で気付いたのではないか、そう思いながらも魔法窓を展開、各種スキャニング系の魔法で自分の体を調べていくと、
「ああ、たしかにヴリトラの肉を食べた効果はあったかもしれないね」
「マジで」
「うん。実績って訳じゃないんだけど、エンチャント――身体的な付与効果の方に、肉体活性っていうのがついてるみたい」
変化があったのはステイタスチェックで判明する実績の方ではなく、体内の魔素の流れを調査することによって確認できる支援効果の方だった。
「ええっと――、付与効果で肉体活性ってどゆことなんだ?」
「まあ、元春にも分かりやすく言うのならゲームとかにありがちな覚醒モードって感じかな。一時的にステータスの全パラメーターがアップして、自然治癒能力もあがってるみたいだから、この状態で修行とかをしたりすると力の上がりが良くなったり、あと、これはゲームの設定とかとは関係ないけど、普通にアンチエイジング効果もあったりするんじゃないかな」
可愛くもなく首を傾げて聞いてくる元春に、僕が自分なりの見解も交えて答えてあげるのだが、最後、付け足すように口にした情報に女性陣が過剰な反応を見せる。
「「「「なんですって!!」」」」」
そして、ポーリさんががぶり寄り、
「マミヤさん。私達の報酬はぜひお肉でいただけないでしょうか」
「はい。それは構わないんですけど……、フレアさん達の場合、角とかヴリトラを倒したという証明部位が必要なんじゃありませんでしたっけ?」
たしかフレアさん達は国の命令を背いてヴリトラ退治を結構したことになっているハズだ。その誹りを回避する為にも確実に討伐したという証拠が必要なのではという僕の問い掛けに、今度はティマさんの方が答えてくれる。
「そんなのちっちゃい鱗の一枚でいいと思うわ。うん、そうね。私達の報酬をドラゴンのお肉にすることは私が了承するわ」
あの、フレアさんの意見は聞かなくていいんですか?
そして、武器や鎧に目がないマリィさんもやっぱり女性だったらしく。
「私としては、その、アンチエイジング効果でしたか。そんなものは特に気になるものではありませんが――、メイド達にもこの美味しいドラゴンのお肉を振る舞いたいと思うのです。なので、先日お願いした鎧と剣の素材以外はお肉でいただこうかしら。いえ、もしかするとその肉体活性という効果はお肉だけに限らないのかしら?」
言い訳のような事を言いながらもヴリトラの肉をご所望のようだ。
そんなアンチエイジングという言葉に飛びつく女性陣の一方で、この友人はいつも通りで……。
「なあ虎助――、その肉体活性には絶倫効果とかも入んのかな?」
「さあ、そういうのは自分で調べてくれるかな」
どちらにしてもヴリトラの肉は十トン単位で余っている。それを引き取ってくれるならありがたい。
僕は求められるがままに彼等にヴリトラの肉を渡し、どうにか不良在庫をさばいていこうと、その肉に宿る肉体活性の効果を宣伝文句に各所知り合いにも軽く営業をかけていくのだった。
◆来週(というか明日)で約一年。
なんとか百話まで仕上げたいと少しバタバタした投稿になっております。
毎度毎度のことですが誤字脱字・文章に違和感などありましたら、遠慮なく感想欄からお申し付け下さい。
因みにフレア関係者の名前は某有名RPGの究極魔法をもじって名前にしてあります。メ○トンは少しマイナーな魔法ですかね。




