自称勇者と呪印の少女06
赤茶けた荒野に横たわる巨大な影、その巨影を作り出しているちょっとした丘くらいある巨大な物体はもちろん黒雲龍ヴリトラの屍である。
そんなヴリトラを見上げたマリィさんがやや呆れたように口を開く。
「結局、ほぼ私達だけで倒してしまいましたわね」
「エレイン君達のフォローあってのことですけど倒せるものなんですね」
モルドレッドによる攻撃にフレアさん達の嫌がらせ、エクスカリバーの乱入やらと、前もっていろんな人(?)達がダメージを入れてくれていたおかげもあるのだろうが、最終的には僕とマリィさんの連続電撃地獄によってヴリトラは沈んだ。
当然、戦っている間には強大なパワーを持った爪や牙などを存分に生かしたヴリトラからの反撃もあったのだが、そこは防御に特化してくれたエレイン君達のフォローや、万屋謹製の高級ポーションなどを大量放出して凌ぎきり、万屋からのアイテム供給を受けながらも、ただひたすらに雷攻撃を打ち込んだ結果、龍の撃破という偉業をなし得たのだ。
さしもの龍種も、頭の中を直接かき回されてしまっては流石に堪らなかった、といったところだろうか。
しかし、龍種という存在は知能が高い生物だと聞いていたのだけれど、ヴリトラはどうして頭に刺さったエクスカリバーを抜こうと考えなかったのだろうか。
やっぱり復活モンスターだけあって、本来よりも数段劣る形で復活したからとかだろうか。
いや、リドラさんとかと違って人語も話さなかったし、もしかしてエクスカリバーが言ったように脳筋とかそういう括りに入る龍種だったとか?
それとも、もともと彼の龍は黒雲龍とかヴリトラという名前を背負うに足りない龍種だったのだろうか。
倒してみてから改めて感じる疑問は多々あるも、
「これで本物の【龍殺し】が名乗れますわね」
そういえば龍種を倒した場合【竜殺し】とはまた別の実績が得られるんだったっけ?
まあ、誰がどのくらいヴリトラ退治に貢献したのは神のみぞ知る領域で、ステイタスプレートで調べてみなければ分からないところなんだけど――、
「それよりも先に、えと、そういえば名前を聞いていませんでしたね。まずは例の少女と、あと、フレアさんの様子を見に行きませんか」
『ちょっと待て、我を放置してどこへ行く』
マリィさんの声にそう応え、振り返ろうとしたところで、ヴリトラの頭に突き刺さるエクスカリバーに呼び止められる。
そして、マリィさんもそんなエクスカリバーに追随するように。
「そうですの。エクスカリバーをさしおいてあの男の下へ行くなんてありえませんの」
そりゃ、マリィさんとしてはエクスカリバーを忘れていくなんて言語道断なのだろうけど、龍の尻尾に跳ね飛ばされたフレアさんが未だ回復してこないことを考えると、それはあまりに酷いのではなかろうか。
とはいえ、エクスカリバーは今回の戦い最大の功労者であり、万屋の目玉目玉商品。
いつまでもヴリトラの頭に突き刺しておく訳にもいかないというマリィさんの主張もあながち間違ってはいない。
『なかなか分かっておるではないか小娘』
「勿論ですの。それで、あの、その、この機会に一度エクスカリバー様を手に携えたいのですが――」
エクスカリバーに褒められたマリィさんが照れながらも、躊躇いがちにもエクスカリバーを手に取りたいとお願いすると、
『うむ。まあ、今回の戦いではお主も頑張ったようだしの。いいだろう。今回に限って我を持つ権利をくれてやろう』
おっとこれは、マリィさんにとっての一大チャンスではないか。以外にもエクスカリバーからOKが出る。
エクスカリバーからのお誘いにゴクリと喉を鳴らすマリィさん。
あれだけ熱望していたエクスカリバーを手にするチャンスが訪れたのだ。緊張するなと言う方が無理だろう。
そして、エクスカリバー声に導かれるようにヴリトラの頭に駆け寄ったマリィさんは、自らに軽い身体強化の魔法を施し、ポヨンと軽やかなジャンプでヴリトラの頭の上に飛び乗ると、深々とヴリトラの額に突き刺さるエクスカリバーの柄を掴み、その黄金の刀身を慎重に引き抜いていき、そして――、
「まるで抵抗を感じませんでしたの」
『我くらいの名剣になると龍の鱗を斬り裂くくらい朝飯前だからの』
いや、そんなことを言うのなら最初から首を刎ねてくれればこんなに苦労はしなかっただろうに。
マリィさんの感想やエクスカリバー本人(?)からのプチ自慢にそんなツッコミが脳裏を過るも、それを言ったらまた叱られてしまう。だからと僕はそんな心の声を胸の中だけに留めて、万が一にもエクスカリバーを落とさないようにと、エクスカリバーを掲げるようにヴリトラの頭からばるんと飛び降りたマリィさんに歩み寄り、名残惜しそうに渡されたエクスカリバーをポーチのから取り出した布で綺麗にして、
「あの、エクスカリバーさんは自分で店に帰れたりしませんよね」
エクスカリバーに聞いてみるのだが、
『何を言っておる。そんなことが出来るくらいなら、いつまでもこんなクズ龍の脳天に突き刺さっておらん』
ですよね――、
だったら先ずは鞘を出さないといけないなと、すぐ傍にいたベル君に、前々から作ってあったエクスカリバー用の鞘を取り出してもらおうとしたところで、ふと思い出す。
「そういえば、エクスカリバー用の鞘はこの前に来たレイさんに渡しちゃったんだっけ」
すると、そんな僕の独り言を聞きつけて、『なんだと――』とエクスカリバー文句を言いかけるも、すぐにその言葉をキャンセル、『いや、そうか、しかし彼奴への手向けなら仕方が無いことなのか――』となにやら事情を把握しているような口振りで呟くので、
「あれ、もしかしてエクスカリバーさんとエクスカリバー2に宿る精霊さんはお知り合いなんですか?」
『まあ、短くはない時間を過ごした世界で生まれた光の精霊だからの。繋がりはあろうて、そうさな。お主等の概念で言うところの姪と伯母のような関係といったところか――と、誰が伯母かっ!!』
いや、自分で言ったんじゃないですか……。
おそらく様々な世界を見ても史上初なのではないだろうか、聖剣様からのノリツッコミはおいておいて、どうやらエクスカリバー2に宿った光の精霊は、エクスカリバーの影響を受けてこの世界に生まれた光の精霊らしい。
まあ、周囲の環境に応じて自己を確立する精霊の特性を考えれば、エクスカリバーの言う伯母と姪という関係もあながち間違いではないのかもしれないけれど――、
うん。さすがは精霊とはいえど、その精神が女性とあらば年齢云々が関わる微妙な話題はどうにも引っかかってしまうのかもしれない。
「でもどうしましょうか。エクスカリバーさんを鞘無しの状態で運ぶのは危ないですよね」
工房から万屋の中という距離なら抜き身のままでも問題はないのだが、僕達が今いるこの場所は、万屋から数キロ離れた荒野の真ん中だ。そんな距離を切れ味が鋭すぎる金属剣を持って帰るのはけっこう骨の折れる仕事になるだろう。
しかしそうなると、さっきみたいにヴリトラの頭にぶっ刺したままで運んだ方がむしろ安全だったんじゃあ……。
僕は目の前に横たわるヴリトラの屍に目をやるも、さすがにそれは許してくれないだろうと他に代わりになるものはと、魔法窓を開いて、バックヤードに収められているアイテムに検索をかけるのだが、そこに本人(?)からこんなアイデアが入る。
『たしかお主達は神の供物を狩っていたのではなかったか、あれの革ならば龍の鱗とまではいかぬものの、それなりの耐久力がある。我を包むのに丁度よいのではないか』
神の供物というと、ベヒーモのことだったよね。たしかにあの革ならエクスカリバーを持ち運ぶのに充分な強度を持っているかも。
そして、本人がそういうのならと、僕はベル君に頼んで出してもらったベヒーモの革でエクスカリバーを梱包。ぐるぐる巻きにしてしまったけど大丈夫なのかとエクスカリバーの機嫌を心配しながらもようやく移動を開始する。
まず向かったのは、ヴリトラが倒れている地点から少し離れた場所にあった筈の魔法陣の片隅、近くのトレーラーハウスに運び込む為だろうフローティングボートのストレッチャーに乗せられた少女のところだ。
「どうですの?」
「たぶん儀式の所為で魔力が枯渇してしまったのでしょうね。急激な魔力低下によるショック症状を起こしてしまったみたいです」
眠るように気を失っている彼女を横から心配そうに覗き込むマリィさんに僕はそう答える。
アヴァロン=エラの濃密な魔素を受けて既に回復しているだろうが、急激に失われた魔素によるショック症状はすぐには回復しない。
エレイン君の見立てでは、他に異常がある訳でもないようだし、問題の呪印もすっかり消え去ったようだから、安静にしていればたぶんその内に目が覚めるだろう。
念の為、彼女に〈浄化〉施した僕は、エレイン君達に彼女をトレーラーハウスまでの搬送を頼んで、未だに倒れた場所から動かないフレアさんの下へと足を向ける。
そして、遠くに見える半壊したトレーラーハウスを横目に数百メートル。
トレーラーハウスもすっかりボロボロだな。また買い直すべきなのか。でも、最近、元春も賢者様も使っていなかったし、新型のインベントリやメモリーカードがある今となっては、もうここも必要ないのかもしれないな。
しかし、また今回の呪印の少女みたいに問題を抱えたお客様が来た場合、隔離する場所は必要になるかもしれないし、
いっそのこと、バックヤードに収められる素材でガチガチに強化したキャンピングカーみたいなものを作ってしまうとか。
まあ、その辺は後でソニアと相談だな。
と、今後の事を考えながらもエレイン君達の警護を受けながらも、ポーリさんの治療を受けるフレアさんの下に辿り着き。
「皆さん。大丈夫ですか?」
「ああ、それよりも役に立たなくてすまないな」
僕の声に気付いたのか苦しそうにしながらも起き上がろうとするフレアさん。
だが、僕はそんなフレアさんを「無理しないでくださいね」を押し留める。
そして、ヴリトラに弾き飛ばされてから回復に手間取っているようだけど、そんなに酷い状態なのだろうか。未だ治療を続けるポーリさんに訊ねてみたところ、どうも、ヴリトラの尻尾にも強力な毒針が隠れていたらしく、その除去に時間がかかっていとのことらしいのだ。
成程、理由がわかれば尤もな話だ。
そして、そういう事情ならば戦いに加われなかったとしても落ち込む必要はないとフレアさんを慰めるのだが、フレアさんは自分から言い出した救出作戦でのこの体たらくに打ちのめされてしまっているようだ。毒で動けない体のまま何度も何度も謝ってくる――のだが、
「これはこれで気持ち悪いですの」
うん。たしかにマリィさんの言う通り、いつも無駄に自信満々なフレアさんにここまで殊勝な態度に出られると、どうしても違和感を感じてしまう。
でも、そんなことを言っていると、やっぱりというかなんというか、「アンタ馬鹿にしてるの」とティマさんがつっかかってくる訳で、
このままでは、また二人の不毛な争いが始まってしまいそうなので、取り敢えず見た目よりも重症らしいフレアさんの状態をダシに、争いになりそうになる二人をどうにか抑えて、その流れからフレアさんを搬送してしまおうとするのだが、
搬送の前に確認したいことがあるとフレアさんが苦しそうにしながらも上半身を引き起こして聞いてくるのは、
「それで彼女はどうなった?」
「ここに来る前に見てきましたけど大丈夫そうでしたよ。呪印の方もきちんと消えていました」
僕の報告にホッとしたように息を吐くフレアさん。
「彼女は黒雲龍から開放されたのだな」
「僕が全身をくまなく調べる訳にもいきませんから、後でベル君かポーリさんに調べてもらわないとはっきりしたことは言えませんけど、それが終わったらフレアさん次第ですか」
そんな僕の最後の一言にフレアさんは小さな疑問符を浮かべて。
「俺次第とは?」
「元の世界に連れて帰るんでしょう。彼女の身の振り方を決めておきませんと」
「俺で、いいのか?」
「いいも悪いもフレアさん以外に誰が彼女を守るんですか」
これから彼女がどう生きていくのかは分からないが、いつまでもこのアヴァロン=エラに引きこもっている訳にもいかないだろう。
そして、そうなった時、頼りになるのは、やっぱり同じ世界に生きるフレアさん達だ。
「それに彼女の事はフレアさんが面倒をみると約束したでしょう」
「そうだな。約束した」
「とはいっても、しばらくは経過観察ですから、ここに留まってもらいますけどね」
しかし、そうなると、やっぱりトレーラーハウスをどうにかしないといけないかな。
フレアさんとの会話から改めて今後の展開を予想した僕は、魔法窓開いて、ソニアにトレーラーハウスの処理を検討しておいてくれるようにお願いすると共に、フレアさんの移動の準備を整えて、
さて、後はエクスカリバーを届けて後片付けといったところかな――と、フレアさん達と別れて暫く、マリィさんがこんなことを聞いてくる。
「あの、虎助――、虎助がヴリトラの件の真実を伝えればあの子の勇者になれたのではありませんの?」
「そんなの柄じゃありませんよ。それにヴリトラを倒すことができたのは僕だけの力じゃありませんし、僕は僕でお目当てのものは手に入りましたから」
そもそも僕の――いや、僕達の目的は龍種の素材にあったのだ。ヴリトラの呪印に侵された彼女を救いたいという思いもたしかにあったのだが、実利も合わせて積極的に協力したという感は否めないのだ。
だから、感謝されても罪悪感があるというか、なんとなく申し訳ない気持ちが先に来てしまって、彼女から、もし勇者認定されてしまったら申し訳ないどころの騒ぎではないのである。
「それでなくとも勇者なんて肩書は僕には似合いませんから、そういうことは本物になりたい勇者様に任せた方が無難です」
僕の言葉を受けて、「ほう」と関心したようなリアクションをするマリィさん。そして、
「なんと言いますか、虎助らしい考え方ですわね」
何故だろう。結構ドライなことを言っているのにも関わらず、何故か楽しそうにも聞こえるような――。
そんなマリィさんの態度に僕は少し疑問を覚えながらも「居心地の悪い話はこれでお終い」と手を叩き。
「さて、マリィさんには報酬として素材から2%。フレアさん達の倍の素材を渡すことになっていた訳なんですが、どうします?」
「そうですわね。やはり武器として加工できる牙や角がいいですか。もしくはヴリトラの鱗を使って本物のスケイルメイルを作ってあのお馬鹿さんに見せるのも面白いのかもしれません」
サラマンダーを討伐した時だったっけ?たしかそんな言い争いもしていたっけな。
「では、どちらも作ってしまえばいいのでは?」
「いいんですの?」
「それはもう、あれだけ大きいドラゴンですからね。剣と鎧を作ったところで取り分の一割にも届きませんよ」
仮にこのヴリトラの体重が百トンだとして、マリィさんの取り分は二トン程となる。剣一本、鎧一式、作ったところで簡単に消費できるような量ではないのだ。
「そういう問題ではないと思うのですが、まあ、いいですの。もともと私だけでなくメイド達の防具もいつかは作りたいと思っていましたので、ヴリトラの素材はそちらの方に回すとしましょう」
しかし、龍の素材で作った防具を着るメイドさんだなんて、それは最早、可愛らしいメイドではなく、いわゆる冥土なんて呼ばれるような戦闘メイドに匹敵する戦力になってしまうのではないだろうか。
それでなくともマリィさんのお城に勤めるメイドさん達は、マリィさんに連れられてこの世界に訪れ、投擲術やらなんやらの修行を受けたりしているのだ。これ以上の戦力アップは過剰になってしまうのでは?
マリィさんからのお願いにそんな感想を抱きながらも、マリィさんの現状を考えると戦力は可能な限り増強しておいた方がいいのかも。そう思い直して、
「なら、先ずは解体ですね。素材が素材なだけに、鮮度にはあまりこだわらなくてもいいかお思いますけど、手の開いてるエレイン君を総動員してさっさと済ませてしまいましょうか」
「ドラゴンのお肉は美味しいと聞きますが」
「でも、あのヴリトラのお肉ですよ。取り敢えず回収してから個別で鑑定して、安全そうなら食べてみましょうか」
しかしそうなると、ベヒーモと合わせてまた食料の不良在庫を抱えてしまうことになってしまうか。
まあ、食べられないなら食べられないで処分に困りそうではあるのだが、何かドラゴンのお肉で作れるような錬金アイテムがないか、その辺りをソニアに聞いておいた方がいいのかもしれないな。
素材の利用方法を考えながらも、取り敢えずエクスカリバーを万屋に届けるべく、足早に荒野を進む僕達だった。




