自称勇者と呪印の少女05
「何を言っていますの貴女、聖剣が喋るなど当たり前のことではありませんの。貴女はインテリジェンスソードという言葉を知りませんの?」
ヴリトラとの戦闘中に現れて唐突にしゃべりだしたエクスカリバーに驚くティマさんを見て、マリィさんが呆れたような声を出す。
マリィさんとしては聖剣の仕様を聞いて、その可能性もあると考えていたのかもしれない。
そもそもからして、魔法が使える世界自体が既にファンタジーなのだから、喋る剣があったとしても驚くべきところではない。改めてマリィさんから指摘され、ティマさんもこう思ったのだろう。
だが、フレアさんを本物の勇者と信じているこの少女にとっては、剣が喋りだすという珍現象よりも、その剣が発した発言の方が許されるものではなかったらしい。
驚愕から一気に覚めたティマさんがヴリトラの脳天に突き刺さる黄金の剣をビシリと指差し言い放つ。
「ふ、ふん、まあ、剣が喋るってのはこの際どうでもいいわ。でも、なんでフレアに抜かれないのよ」
いきなり喋りだした剣に驚いてしまったことを恥ずかしく思ったのか。若干の動揺を残しつつもいきり立つティマさん。そんなティマさんにエクスカリバーは当然とばかりにこう答える。
『何故?女を助ける為だけに我を抜こうとする男になぜ我が使われてやらなければならないのだ。我を手にしたいのなら、先ずその女を助けてから出直して来いというのだ』
前々からフレアさんがエクスカリバーを抜けない原因は分かっていたのだが、まさか、その本人(?)からズバリ言われるとは思ってもみなかったのだろう。ティマさんの詰問を受けてエクスカリバーが発したまごうことなき本音に声もなくその場に崩れ落ちるフレアさん。
そんな、言葉の刃によって真っ白に燃え尽きる自称勇者様の一方で、エクスカリバーは淡々と、
『それよりもお主達、そろそろこの邪龍が目覚めるようだぞ。戦闘準備をした方がよいのではないか」
「えっ、倒したんじゃないんですか?」
『何を言っておる。お主も知っておろう。力こそ全てとほざく龍共がこの程度でやられると?」
不意にかけられた声を聞き、質問を返す僕にエクスカリバーから当たり前だとばかりの言葉が返ってくる。
ああ、ドラゴンってやっぱり脳筋とかバトルジャンキーとかそういう存在なんですね。
しかし、脳みそが貫かれても生きていられる生物だなんて、龍種って随分とデタラメな生物なんだな。
いや、たしか、世界のビックリニュースを集めたテレビ番組かなんかで頭にナイフが刺さった状態で普通に病院に出向いた人がいたなんてエピソードを見たことがある。人間でもそんな事が起きうるのだ。龍種がそうなったとしても別に不思議でもないのかな。
ともかく、まずは白く燃え尽きてしまったフレアさんをなんとかしないと――、
僕がエクスカリバーからの忠告に取るべき行動の優先順位を決めて動き出そうとしたところで、
既に目覚めていたらしいヴリトラが霞むスピードでひょろりと長い尻尾を横薙ぎに振るう。
おそらくフレアさんからはその攻撃は見えなかっただろう。
いや、気が付いていたとしても今のフレアさんにその攻撃を避けられただろうか。
ヴリトラの真正面で呆然と立ち尽くしていたフレアさんが鞭のようにしなる黒龍の尾打を受けて吹っ飛ばされてしまう。
「「フレア(様)――っ!!」」
ドン!!とまるでトラックにでも跳ねられたような音を立て、パチンコ玉のように吹っ飛ばされたフレアさんを追ってポーリさんとティマさんが走り出す。
龍種を前にして、それでも躊躇なく背中を向けてフレアさんの下に走り出すティマさんとポーリさんに一瞬気を取られる僕だったが、
「放っておきなさい。それよりも来ますわよ」
「わかっています」
マリィさんの仰る通り、今はフレアさんなんかに構っていられる余裕などない。
モルドレッドが使えない今、誰かヴリトラを抑えておく人間がいないといけないからだ。
僕は吹っ飛ばされたフレアさんの介抱をティマさん達に任せるとして、
儀式が終わって魔法陣の片隅で倒れている呪印の少女の救助をエレイン君達にお願い、
対ヴリトラ戦で既に実績があるという唐辛子爆弾を牽制にディロックの乱打で様子を見ようとするのだが、
『虎助。我の浄化能力を前にそんなオモチャなど使っても無駄である』
おっと、名指しでの注意を受けてしまった。
どうも、ヴリトラの腐食霧を一発で晴らしたエクスカリバーの浄化能力はカプサイシンの効果すらも浄化してしまえるみたいだ。
拡大しかけた赤黄色の煙が一瞬にして消え去ってしまう。
エクスカリバーを装備した勇者が催涙スプレーでやられました――なんてことになったら恰好がつかないから当然なのかもしれないな。
だが、唐辛子爆弾が役に立たなかったとしても僕のやることは変わらない。
僕は腰のポーチから取り出した魔鉄鋼製の千枚通しでブリトラの目を狙う。
誘引の魔法を利用して放たれた千枚通しは通常ではありえない速度で飛んでいき、ダイヤモンド並の硬度があるという龍種の眼球に突き刺さる。
ゴガァァァァァァァアアァァアア!!
ヴリトラの悲痛な叫びが大気を震わせる。
『前々から思ってたのだが虎助の戦い方はえげつないな。 しかし、それ程の戦闘力があるのなら一思いに首を刎ねた方が早いのではないか』
口振りから察するにエクスカリバーには今迄の記憶もきちんとあるらしい。
というより、もともと意識があって話せるようになっただけと言うべきか。
だが、それはそれとしてドラゴンの首を一発で刎ねろだなんてまた難しいことを仰ってくれる。
空切を使えばたぶん龍の鱗すらも簡単に切り裂けるのだろうけど、そもそもちょっとしたトンネルサイズの首を一太刀にするなんて、それこそ達人とか呼ばれる人じゃないと無理なのではないか。
そもそも僕の実績に剣術に対応するものは一つだってないのだ。
あるとすれば【忍者】くらいなもので、それだって基本的に体術やら耐性やらと、現代日本でも鍛えられるものに特化している。
今後の事を考えると、武器術を含む実績も狙って取りにいった方がいいのかもしれないけど、今は手持ちの武器でどうにかするしかない。
そうなるとだ。
「あの、エクスカリバーさんの力を借りることはできませんか? たとえば、さっき仰ったみたいに、そのままスパンと首を斬っていただくとか」
『我を持つ事ができる資格がある者が全くもって情けない。そもそも今の我は内在魔力を使い果たして動けないのだ。その要求には応えられないな』
脳天に一撃を食らわした時のように、自分で動いて首を刎ねてくれないものかと丁寧なお願いをしてみたのだが、本人によると現状の保有魔力でそれは難しいらしい。
しかし、エクスカリバーは地力での魔力回復ができないのだろうか?アヴァロン=エラなら、念動系を使う魔力量くらいすぐに回復できると思うのだが……。
とはいえ、エクスカリバーの助けは期待できないとなれば、自分達の力で何とかするしかない。
「マリィさんの魔法の魔法でどうにかなりませんか」
エクスカリバーに指摘され、すぐのこのお願いは情けなくもあるのだが、
龍種の鱗を貫けるくらいの出力となると僕に出すのはなかなか難しい。
そんな訳で、マリィさんに頼ってみたのだけれど。
「こう暴れ回られては魔力を込める余裕はありませんわね。それに、天然の鎧ともいうべき龍の鱗を突破する為にはそれなりの溜めが必要ですから」
速射の出来る〈炎の投げ槍〉を放ちながらも答えてくれるマリィさんによると、龍種に手傷を負わせる程の魔法ともなるとそれなりの準備が必要なのだという。
「と、危ない!!」
爆炎を斬り裂くように振るわれたヴリトラの爪撃に少し失礼かとは思ったが、僕は掬うような動きでマリィさんをお姫様抱っこ、〈一点強化〉によって強化された一歩で大きくその攻撃を回避する。
「た、助かりましたの」
そして、たったの数歩でヴリトラから約百メートルほど離れ、腕の中に抱えたマリィさんからお礼を言われるが、ちょっと限界かな。
「どうしましたの?」
移動からすぐにマリィさんを地面に下ろした僕にマリィさんが不安げな視線を送ってくる。
もしかすると、体重とかそういうことを気にしているのかもしれないが、そうではない。
実は回避が間に合わず、肩口を浅く引っ掻かれてしまったのだ。
それがただ引っ掻かれただけだったのなら大したダメージでも無かったのだが……、
「完全復活したことによって毒も進化しているみたいですね」
「大丈夫なんですの?」
「たぶん――、聖水の効果と前に攻撃を受けた時の耐性がちゃんと働いているんだと思います。放っておいても死ぬことは無いでしょうが、マリィさんが受けたら危ないでしょうね」
そう説明しながらも、僕は僕達を追いかけてくるヴリトラにサイドスローで氷のディロックを遠投、空中で発動状態になった氷の塊で足止めをしながらも、もしも毒を受けた場合、すぐに治療できるようにとマリィさんに言い聞かせ、ヴリトラに的を絞らせないようにと散開する。
「マリィさん。動きながら大魔法の魔力を溜めるというのは可能ですか?」
「そうですね。できるとは思いますけど、相応の時間をいただきますわよ」
このままでは埒が明かないとヴリトラの毒爪を避けるべく後衛に陣取ったマリィさんに改めて声を飛ばすのだが、やはりそれにはかなりの時間が必要だとのこと。
「取り敢えず、エレイン君達を総動員して防御を固めて、隙を見て少しでも強力な魔法をぶち当てて、あわよくば首を狙っていく――とそんな感じいきましょうか」
「早くあのお馬鹿が復活してくれると少しは楽なのですけれど」
マリィさんはチラリ目線を遠くに飛ばしそう言うが、さすがのフレアさんでもドラゴンの一撃を食らっては無事でいられまい。
エクスカリバーからかけられた口撃のダメージを加味すると短時間の戦線復帰は難しいだろう。
ちょうどエレイン君達が守りについたところだろうか、遠方に展開された強固な結界からヴリトラに視線を戻したマリィさんが、目や耳、羽といった、比較的に脆い部分を狙って速射性に優れた魔法を放っていく。
一方、僕も定番となった氷のディロックや千本通しを使った牽制をしながら、空切で部位切断を狙っていくのだが、
さすがに龍種の動きを崩すのはなかなか難しく。
エレイン君達が展開する魔法障壁の影から氷のディロック、そして接近してからの空切&解体用ナイフの連撃と、チクチクとではあるがダメージを与えていくという我慢の戦闘が暫く続いて、
「大きい上に早いというのはどうなんですの?」
なかなか決定的な一撃が入れられないと焦れたマリィさんから声が上がる。
「でも、たまに大きな隙が出来ますよね。あれは何でしょう?」
「もしかして、あの黒い霧を出そうとしているのではありませんの。体を震わせた瞬間、エクスカリバーに浄化されているからそれが隙となっているのでは?」
そういえばエクスカリバーが戦場に現れてからあの腐食霧の攻撃が無くなっているな。
こちらとしては都合がいいことなので、特に気に留めていなかったのだが、そこに大きい魔法を一発を撃ち込めば――、
とはいえ、いつ来るかもわからない隙を狙ってマリィさんに魔法を溜めてもらうというのも一つの賭けになる。
ここはじっくりヴリトラを観察して腐食霧を出すタイミングを見切るのが安全か。
マリィさんの言葉からヴリトラの隙を見出した僕は、長期戦を覚悟して、
牽制に使うディロックを求めて腰のポーチに手を突っ込むのだが、イメージするアイテムが手元に来る感覚が帰ってこない。
この感覚が示すものは――、
氷のディロックがつきたのか。
まあ、手持ちのディロックが無くなっても、工房からエレイン君の口を通して追加のディロックを戦場に送ってもらえばすぐに解決する話なのだが、その受け渡しには少々の時間が必要だ。
そうなると――ドラゴンにはあんまり効くようには思えないけど、この際だから仕方がないか。
心の中で呟いた僕は、魔法窓を開いて工房に連絡を取ると同時に、氷のディロックが到着するまでのつなぎにと腰のポーチから雷属性のディロックを取り出す。
そして、そのディロックを片手にヴリトラに急接近、少しでも毒爪の被害を小さくできればと迫る黒の手を撫でるように空切を這わせて毒液を滴る爪の一本を切り落し、その置き土産にと黄色いディロックをばら撒いて大きくバックステップ。
すると僕が離脱した三秒後、バチッと電気が弾け、ヴリトラが嫌そうに体をよじらせる。
なんだ? そんなに強い雷撃じゃなかったと思うけど――、
もしかしてゲームなんかにありがちな弱点属性みたいなものなのか?
威力以上の反応を見せるヴリトラに、僕は「なんだろうと」もう一発、雷のディロックをヴリトラへと投げ込んで、その攻撃が引き起こす現象の一部始終を観察する。と、
「ハハハ――」
「どう致しましたの?」
いきなり笑いだした僕を不審に思ったのだろう。マリィさんが疑問符を投げかけてくる。
しかし、僕はそれに待ったをかけて確認の為にもう一度、雷のディロックを投げ込んだところでネタバラシ。
「マリィさん見ていてくださいね」
「と言われましても――」
「電気の流れです」
そう言って、また一つ、雷のディロックを投げ込むと、
「あ」
「気付かれましたか?」
「雷撃がエクスカリバーに集められていますの」
そうなのだ。ヴリトラの周囲で炸裂した電撃がヴリトラの脳天に刺さるエクスカリバーに引き寄せられるように集まっていたのだ。
おそらくは光属性であるエクスカリバーが雷属性の攻撃を集めているのだろう。
そして、その刀身を通じ、電流がヴリトラの脳内に直接流れ込んでいたのだ。
これなら強い魔法を使わなくてもヴリトラを倒せるかもしれない。
思わぬ発見に勝機を見出した僕は、
「マリィさんは雷の魔法を使えますか?」
「残念ながら使えませんの」
風の魔法が得意なマリィさんなら雷系の魔法も使えると思っていたんだけど――、
その辺りの科学知識をマリィさんに教えてあげれば使えるようになるのだろうか。
ともあれ、今はヴリトラを倒すのが先決だ。
「でしたらここはディロックですかね。それとも適当な魔具を用意しますか?」
「ここでの実戦は魔法の修行にもなりますから、魔具の方でお願いしますの」
「まあ、どちらにしても取り敢えずは〈標的指定〉
簡単なやり取りを交わした後、僕は誘引の魔法を使ってエクスカリバーを〈標的指定〉。
ありったけの雷のディロックと幾つかの魔具をそれぞれ手に持ち、僕達はヴリトラの額に向けて雷の華を咲かせる。
ヴリトラが雷の連打に沈んだのはそれからしばらく経ってのことだった。
◆インテリジェンスソードは希少な存在です。しかし、万屋には多くの喋る剣が存在します。(魔剣)




