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自称勇者と呪印の少女02

◆今週の二話目。

 フレアさんが謎の入れ墨少女を万屋に運び込んでから一夜が明けた。

 その間、僕は「今日は万屋の方に泊まるから――」という旨を母さんに伝えたり、眠る入れ墨少女と二人っきりのフレアさんが若い衝動をたぎらせて衝動的になにかやらかしてしまわないようにと錬金術で作成した睡眠ガスを使って強制的に眠らせてみたり、二人を眠らせた後に入れ墨少女のステイタスやら何やらをソニアと一緒に調べたりしていた。

 そして、そろそろ二人も目覚ます頃かと、ベル君に手伝ってもらいながらトレーラーハウスの簡易キッチンで朝食の準備をしていたところ、背後からふとこんな声が掛けられる。


「誰?」


 どうやら先に目覚めたのは呪われの君の方だったようだ。

 声に振り返ると、彼女はベッドの代わりとして使っていたリクライニングシートから起き上がり、警戒するような視線をこちらに向けていた。

 まあ、目覚めてみたら別の世界にいて謎のゴーレムに看護されているんだから、そういうリアクションになってしまうのも当然だろう。

 僕はそんな彼女を刺激しないようにとベル君と一緒に軽く会釈、穏やかさを心がけた声で話しかける。


「はじめまして、僕の名前は間宮虎助といいます。この近くで万屋を営んでいる者です。因みにその緑色のゴーレムはベル君って言いまして、万屋(ウチ)の店員兼警備員ということで危険はありませんからご安心を」


 すると、彼女は僕の言葉を確かめるように僕とベル君それぞれに伺うような視線を向けた後、決して短くない沈黙を挟んで、言葉足らずにも聞いてくる。


「ここはどこ? 私、どうしてここにいるの?」


「そこで眠っている男性――、フレアさんというのですが、彼がとある場所で倒れていたアナタを見付けてここまで運んできてくれたんですよ」


 僕が彼女の疑問に答えると「そう」と一言、少女は爆睡するフレアさんをじっと見て、

 再び流れる沈黙――、

 別に僕としては静かな空気は嫌いな方ではないのだけれど、誰とも知らない女子と二人っきり――というか、フレアさんも含めると三人なんだけど、このシチュエーションでのこの空気は少し居心地が悪く感じてしまう。

 だからというだけではないのだが、


「すぐに朝食を作りますから、取り敢えずこれでも飲んでいて下さい」


 僕は微妙な空気を誤魔化すようにそう言って、前もって用意していた飲み物をベル君に運んでもらう。

 因みにその飲み物は、状態回復に効果のある魔法薬をスポーツ飲料で割ったものだ。

 スポーツドリンクで薄めたのは、別にケチったとかそういう訳ではなく、昨夜からずっと意識がなかった状態だったということで、口が乾いているだろうという理由と、昨夜の治療で既に相当量の魔法薬を吸収している彼女の体を慮ってのことである。魔法薬の過剰摂取は重篤な症状を引き起こす場合だってあるのだ。

 彼女は受け取ったクリアブルーの液体に不信の目を向けながらも、軽く口に含んで毒の類ではないと判断したのだろう。ゆっくりとではあるが飲んでくれるようだ。

 そして、飲み終わったタイミングを見計らって、さて、質問タイムに移行しようとしたのだが、僕よりも先に彼女の方が口を開く。


「……ねえ、私をどうするつもりなの。これだって安くないんでしょう」


 あからさまに警戒している様子の彼女、たぶん特製魔法薬カクテルを飲んで、いま自分が飲んだものが魔法薬であることに気付いたのだろう。

 もしかしなくても、魔法薬を飲ませて、後で代金を要求するとかそういうパターンを警戒しているのかな。

 いや、ファンタジーな世界観の定番だと、高い魔法薬を飲ませておいて、お金が払えないから奴隷落ちとか、そういうことだってありえるのか。

 彼女の口振りから、そう当たりをつけた僕は、


「少なくともフレアさんはあなたを助けようとしていたみたいですよ」


「アナタは?」


「フレアさんは万屋(ウチ)の常連様ですからね。その信頼を裏切るような行為はしませんよ。


 それでなんですが、こちらも事情を聞かせてもらってもいいですか。何分、昨夜、急にフレアさんがアナタを連れてきてこの状況ですから、僕の方もどういう事情なのか知りたいのですよ」


 彼女をここまで運んでくれたフレアさんをダシに使いながらも、

 ここへやってきた詳しい経緯を求めるのだが、


「私、邪龍の生贄らしいの」


「らしいというのは?」


「見ればわかると思うけど、私、奴隷だから――」


 そう言って自分の首輪を指差しながらしてくれた詳しい話によると、

 もともと彼女は親の事業失敗の埋め合わせとして奴隷に落とされた借金奴隷なのだという。

 ノスリアという国の首都で自分が売られるのを待っていたらしいのだが、数日前に奴隷商の下に豪奢な鎧に着飾った兵士達が訪れて、彼女達を接収、檻に入れられ彼女達は、そのまま馬に引かれてどことも知れない洞窟の中にある神殿に移送されたのだそうだ。

 そして、言い渡されたのが生贄として我が国に命を捧げよという命令だったのだという。

 その後の展開は言わずもがなか、怪しげな魔法陣の中心に檻ごと設置された彼女達は、淡々と進められる儀式をどうすることもできず、数時間か、数日か、延々と行われる怪しげな儀式にさらされ、その儀式の影響なのか、時間が経つごとに檻の中の奴隷が、一人、また一人と発狂しながら死んでいったらしい。

 そして、ついに彼女と、あと数人の奴隷しか残っていないというところで、儀式が完了したのか、魔法陣から一際強い魔力光が放たれ、視界が黒い霧に覆われたかと思いきや意識を失い、気が付けばここにいたのだという。

 ふむ。その時、ヴリトラが復活したということか? まあ、彼女の話を全て信じるならだけど……。

 と、だいたいの事情を聞き終えたタイミングで、ベル君越しにここまでの話を聞いていたソニアからの通信が入る。


『まるで、むかし聞いたインチキ宗教の邪神召喚にそっくりだね」


「(インチキなんですか?)」


『作り話としてよくあるものさ。自称神の使いやらなんやらが、少しかじった程度の魔術知識を元にして信者を集めたりして、君の世界で言うところのカルト教団みたいなのを作ってね。神を降臨させようとか馬鹿なことを言い出すんだよ。まあ、やろうとしても簡単にできるものじゃないけどね』


 けれど、今回の場合は国が主導して行ったということで、儀式はきちんと発動していたといったところか。

 しかし、本当にそういう類の話はどこの世界も変わらないな。

 いや、この場合は妄想が実現できる分、魔法世界の方がタチが悪いのか。

 僕が魔法窓(ウィンドウ)越しに送られてきたソニアの見解に苦々しげな顔をしていると、


「ねぇ、それ魔法?」


 どうも、いきなり現れた魔法窓(ウィンドウ)が彼女の警戒心を煽ってしまったようだ。

 魔法窓(ウィンドウ)を指差して聞いてくる彼女に、


「すみません。上司から魔法でメッセージが送られてきまして」


 さて、これで誤魔化せただろうか。

 ……彼女の目を見る限りダメだったんだろうな。

 こうなったらもう彼女の事はフレアさんに任せてしまった方が無難かな。

 再びの警戒モードに入ってしまった彼女を見て、僕は溜息一つ。ここは運び込んだ本人に懐柔を丸投げしようと、トレーラーハウスの片隅に寝かされるフレアさんを起こすべく振り返ったところで、不意の激痛が背中にはしる。


()っ!! なんだ!?」


 そして聞こえてくる絹を裂くような悲鳴。


「キャア――!!」

 まるで焼きごてでも当てられたかのような熱痛に耐えながらも、聞こえてきた悲鳴に僕が振り向いた先で見たのは、鳥や爬虫類を思わせる漆黒の鱗に覆われた巨大な手を肩から生やす少女の姿だった。

 なんだコレは――、

 いや、考えるまでもないか。

 これがヴリトラの加護(呪い)

 おそらく僕はあの毒々しい液体を滴り落とす爪に引っかかれたのだろう。

 熱毒に体を侵されながらも冷静に状況を分析する僕の一方で、この事態を引き起こした入れ墨の少女はパニックに陥っていた。


「えっ?あっ!! な、なに、コレ?」


 彼女は目の前で起きた凶行が信じられないと声を上げ、その凶行を引き起こした存在が自分の肩口から生える手だと知ると、どうにかしてそれを遠ざけようと華奢な両腕を伸ばす。

 だが、それは悪手だ。

 もしかすると、その黒い手はその宿主たる彼女自身にも牙を剥くかもしれないのだ。そう考えた僕は、黒い腕に手を伸ばす彼女を止めようとするのだが、

 踏み出そうとした足に力が入らない。

 体内に入り込んだ熱毒?もそうだが、どうやら相当の深手を負ってしまったみたいだ。

 これは解毒のポーションが必要か?いや、毒の効果はだんだんにではあるけれど緩和されてきている。たぶん【忍者】の実績に組み込まれている権能〈異常耐性〉がその力を発揮してくれているのだろう。

 だったらここは傷の治療が最優先。

 僕は刹那の判断で優先すべき回復先を決定、腰のポーチからポーションを取り出そうとするのだが、

 ポーチが無い?

 どうも背中からの一撃によって腰のベルトが切り落とされてしまったみたいだ。見れば床に見慣れたポーチが転がっていた。

 僕は心の中で舌打ち一発、〈誘引〉の魔法を使ってポーチを手元まで引き寄せようとするも、その動きに漆黒の鱗に覆われた手が反応する。

 まるでどこぞのゴム人間のように黒の腕がその身を伸ばし僕に迫ってくる。

 成程、こうやってあの離れた位置から攻撃をしかけてきていたのか。

 僕はそんな黒の手からの攻撃に対して、魔法窓(ウィンドウ)を素早く展開、〈聖盾(アイギス)〉を発動。防御を選ぶのだが……、

 呼び出した光の盾は黒の手の対してほぼ意味を成さなかった。

 一瞬の抵抗の後、粉々に砕け散ってしまう光の盾。

 これはちょっとヤバイかも。

 呆気なく砕かれてしまった〈聖盾(アイギス)〉に軽い驚きを覚えつつも、僕は重症の体を引き摺るように〈聖盾(アイギス)〉を貫いてきた爪撃を緊急回避。軽く太ももを切り裂かれてしまったが、どうせだからと、そのまま転がるようにポーチを確保しようと動く。

 だが、黒の手の攻撃はそこで終わりではなかった。

 僕の動きに合わせるように急激に角度を変え、僕の体を貫こうと追従してくる。

 しかし、その攻撃が僕に届くことはなかった。

 咄嗟に〈聖盾(アイギス)〉を発動させた僕と黒の手との間に、トレーラーハウスの片隅で爆睡していたフレアさんが颯爽と割り込んできたのだ。


「大丈夫か?」


「ええ、どうにか」


 僕はフレアさんが黒の手の攻撃を引き受けてくれている間にポーチを回収、フレアさんの声掛けに応えながらもポーチの口に手を突っ込む。

 もしかすると背中への一撃でマジックバッグの機能が壊れてしまったかも――などと少し心配もしたのだが、手を突っ込んだ感触から機能そのものは無事だったみたいだ。

 僕は常備している魔法薬の中で一番効果の高いエクスポーションを取り出し一気に煽り、念の為にともう一本、背中の傷に振りかける。

 そうして怪我から回復した僕は、背後からの一撃にもかろうじて無事だったらしい腰のホルダーから空切を抜き放ち、やや離れた位置でこちらを伺うようにする黒の手と対峙するフレアさんの横に並び立つ。


「しかし、これはどういう状況なのだ。説明してくれないか」


「と言われましても、彼女も目覚めた彼女と軽く話をして、寝ているフレアさんを起こそうとしたら、この状態ですから――」


 ここまでの経緯を軽く説明。それぞれに武器を構え直す僕達の手前、


「お願い殺さないで」


「大丈夫だよ。勇者は助けを求める人を見捨てない。待っていてくれ、すぐ助ける」


 命乞いをする入れ墨の少女に優しげな声で答えるフレアさん。その言動はまさに勇者そのものだ。

 しかし、ここからどうやって彼女に生えた腕を無効化すればいいものか。いや、きちんと対峙したのなら、あの黒い手を無効化するのは難しくないだろうが、黒の手への攻撃がそのまま彼女に被害を及ぼすかもしれない。

 空切を使えばダメージそのものは発生しないのだが、あの伸縮自在の能力があってはあまり意味を成さないのではないか。

 僕が黒の手の対処法を考えている間にも、フレアさんはのたうち暴れまわるように攻撃を仕掛けてくる黒の手をなぎ払い、黒い暴風の中心にいる入れ墨の彼女を助けようと少しづつではあるが前進する。

 その様子を見る限り、黒の手のダメージ(イコール)彼女へのダメージとはなっていないようなのだが、

 ふむ、取り敢えず彼女の事はフレアさんに任せて、僕はソニアに対応策を相談してみようと、僕が小さなナイフ一本で嵐のように荒れ狂う黒の手と対峙するフレアさん声をかけようとしたその時、まるでこれまでの事が嘘だったとばかりに荒れ狂っていた黒の手が煙となって消えてしまう。


「消えた――のか?」


「ええ、そのようですね」


 困惑するフレアさんにやや呆然となりながらも僕が答える。


「なんだったんだ今のは――」


 しかし、その原因を聞かれても僕としては「さあ」と答えるしかないのだ。

◆誤字を修正しました。


『作り話としてよくあるものさ。自称神の使いやらなんやらが、少しかじった程度の魔術知識を元にして『新茶』を集めたりして、君の世界で言うところのカルト教団みたいなのを作ってね。神を降臨させようとか馬鹿なことを言い出すんだよ。まあ、やろうとしても簡単にできるものじゃないけどね』


『作り話としてよくあるものさ。自称神の使いやらなんやらが、少しかじった程度の魔術知識を元にして『信者』を集めたりして、君の世界で言うところのカルト教団みたいなのを作ってね。神を降臨させようとか馬鹿なことを言い出すんだよ。まあ、やろうとしても簡単にできるものじゃないけどね』

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