自称勇者と呪印の少女01
◆今週の一話目です。
それは常連の皆さんが帰った後の午後八時半、僕もそろそろ自宅に戻ろうかなと帰り支度をしていた時だった。
イルミネーションで着飾ったモルドレッドのその向こう、巨大なストーンサークルに光の柱が立ち上り、一人の青年が土煙を上げてこの万屋へと駆け込んで来たのだ。
「虎助――、虎助はいるか!?」
「どうしましたフレアさん?」
「説明は後だ。取り敢えずポーションを――、いや、ハイポーションか、それと横になれる場所を提供してくれまいか」
そう言ってフレアさんが見せてくれた背中には、15、6歳くらいか、肩に大きな入墨が施された黒髪の女子が背負われていた。
真っ青な顔をしているが、見たところ外傷は無いようだ。
病気なのか、いや、これは――、
気になるところは多々あるが、フレアさんが仰る通り、彼女を楽にしてあげることが先決だ。
僕は目で見て確認できる少女の様子から、これではないかという不調の原因を思い浮かべながらも、フレアさんをカウンター横に新たに儲けた商談スペースに案内する。
そして、向かい合わせに並べられたベンチを合体させて、その上に彼女を寝かせてもらうと、一体何がどうなっているのか。この状況の説明を求める。
「フレアさん彼女は一体?」
「事情は後だ。それよりもまずはポーションを――」
しかし、フレアさんは説明を求める僕の声を振り払い、商品棚の高級ポーションに手を伸ばそうとするのだが、
「待ってください。その前に彼女を調べさせて下さい」
「彼女を疑っているのか!?」
僕の静止を疑いと捉えたのかフレアさんの目が鋭く尖る。だが、僕が懸念しているのは彼女の素性ではなく、その症状の方で、
「そういう意味ではなくてですね。どうも普通の状態ではないようですから、ポーションを投与したところで治らない可能性があると思いまして」
「そういうものなのか?」
「そういうものです」
勘違いしている人が多いがポーションという魔法薬は万能薬の類ではない。魔力によって治癒能力の向上や一時的な再生能力を付与する魔法薬なのだ。
故に、もしもデバフ効果が――、いわゆる魔法などによるマイナス効果が回復対象にかかっていた場合、ポーションの効果が逆に働くことだってあり得るのだ。
僕はそんな説明を簡単にしながらも〈黄金の眼〉でその少女の体をくまなく鑑定する。と――、
「これは――」
「どうしたのだ虎助。彼女になにかあるのか!?」
「はい……、これは呪詛ですか?」
呪詛――それは、魔剣などを装備した時に見られる状態異常である。
しかし、見たところ彼女が呪われたアイテムを装備しているようには見えない。
まあ、ぱっと見て、その原因となっているものの予想できるのだが、取り敢えずは治療の方が優先だな。
と、僕は一瞬脳裏に過ぎった可能性を横にフリック、魔法薬の棚の片隅に置いてあった蛍光色の粉が入った小瓶を手にとると、
「それは?」
「これですか。これはディスペルパウダーというんですが、その身にかけられた全ての魔法効果を打ち消す魔法薬です」
ディスペルパウダーとは、力を失った魔石に吸精吸魔の力を使う魔獣の骨灰、いくつかの薬草と上質の聖水を錬金合成したものを乾燥させて作る貴重な魔法薬だ。
それを、まるで魚に塩を振るようにさらさらとまんべんなく彼女にまぶしていく。
すると、彼女に降り注いだディスペルパウダーがその体に届こうとした瞬間、バチッと黒色の電気のようなものを発生させる。
「原因はやはりこの入れ墨のようですね」
ディスペルパウダーが反応したのは少女の腕から首にかけて刻まれている入れ墨だった。
「呪われたタトゥーということか?」
「どうでしょう。僕の印象では、どちらかといえば加護のような力の気もしますが」
この万屋でアルバイト店長を勤めて早半年、これまで僕は幾本もの魔剣の整備を手掛けてきた。だからこそ呪いの感触などは肌で感じて覚えている。
だが、彼女から放たれた黒色の衝撃からは、呪い独特のぬめるような不快感はあまり感じられなかった。
それよりも、むしろ、あのテンクウノツカイから受けた加護のように、ただ純粋な力の発露と、そんな印象を受けたのだ。
「だが、加護を受けて呪われるなんて事がありえるのか?」
「さあ、僕はどういう経緯でこの入れ墨が彼女に入れられたのか知りませんから――」
それが分かればソニアに聞いて原因の目星はつくのだが、フレアさんも彼女がどこの誰だか知らないそうで、
「そういえばフレアさんはこの少女とどこで出会ったんですか。ヴリトラを倒しにいったんじゃあ――」
今更ながらではあるが、フレアさんがここにやって来たということは無事にヴリトラを倒せたのだろうか。ふと気になって訊ねると、
「すまない。あれだけの支援を受けておきながら黒雲龍を取り逃がしてしまった。いざ止めというところで煙のように消えてしまってな。その事後処理をしていたところ、彼女を発見したのだ」
なんでも、フレアさん達は自分達の世界へ帰るとすぐにヴリトラによる各国の被害状況を調べ、その進路を予測、とある渓谷で待ち構え、唐辛子爆弾でヴリトラを行動不能に陥らせたところで解体用ナイフで攻撃と、一時はヴリトラを討伐寸前まで追い詰めたらしいのだが、いざ止めを刺そうとしたところでヴリトラが煙のように消えてしまったというのだ。
そして、消えたヴリトラのがどこにいってしまったのかを調べるべく、カプサイシンの霧の晴れた戦場跡を探索していたところ、藻掻き苦しむ彼女を発見したという。
すぐに仲間に頼んで治療を施してもらったそうなのだが、仲間が使う回復魔法や手持ちのポーションなどでは症状が一向に改善せずに、そうしている内にも彼女の症状は悪化の一途を辿り、最後の手段として数々の魔法薬が揃うこの万屋にやってきたという。
成程、状況は理解した。理解したのだが、これって彼女自身が黒雲龍ヴリトラとかいうテンプレートな展開なんじゃないのかな?フレアさんの話を聞く限りだと、単純にそう思ってしまうのだが、でも、そんなことを言ったらきっとフレアさんは怒るだろうなあ。なにしろフレアさんは本気で彼女を助けようとしているのだ。それに、いくら戦場で倒れていた少女が実は敵だったという展開が定番だったとしてもだ。現実にそうであるとは限らないのだから。
とはいえ、彼女が怪しいのには違いない。
「そういえばティマさんとポーリさんはどうしたんです?」
だから、取り敢えず姿の見えない二人を心配するフリをして、そこを入り口にフレアさんから情報を得られればと考えたのだが、
「唐辛子爆弾といったな。黒雲龍との戦いの最中にティマと俺達の戦いについてきてくれた味方がな、あの煙に巻かれてしまって、今は治療中だ」
おっと、以前ここにやって来た不埒なエルフの剣士がそうだったように、ティマさん達も、戦いの最中にヴリトラが巻き起こした羽風によって唐辛子成分を存分に含んだ煙に巻かれてしまったらしい。
「その、すいません……」
「虎助が謝ることではないだろう。これはこちらの落ち度だからな」
こんなことなら使用の際の注意点をもっときちんと話しておくべきだった。思わず頭を下げてしまう僕をフレアさんが慰めてくれる。
「まあ、そういう訳でな、俺が一人、先行してこの万屋にやってきたのだ」
「それで、これからどうします?」
「できれば、彼女はこのままここに置いて欲しいのだが、
見つかった状況が状況だけに、もしかすると彼女にいらぬ嫌疑がかかってしまうやもしれんからな」
会話を広げるつもりがなんか聞きづらくなってしまったな。そう思いながらも会話を続ける僕にフレアさんがこんなお願いを言ってくる。
まあ、実際に僕も彼女がヴリトラを呼び出した関係者だという疑いを持っているから、フレアさんの言うことも尤もなんだけど。
彼女をここで預かるのはどうなんだろう。さすがに営業中の万屋にずっと寝かせておく訳にはいかないし、宿泊場所というのなら最近作ったキャンプ施設を使ってもらえばいいかもしれないけど、この入れ墨がどういうものかわからない現状で、警察の特殊部隊の皆さんがいる場所に彼女を連れて行くのは危険ではないか。
そうなると他に都合のいい場所は――と考えて、
「分かりました。そういう事情でしたら、彼女の居場所はこちらで用意させていただきます」
そう言って僕が提案したのは、ふだん賢者様や元春がインターネットカフェ代わりに使っているトレーラーハウス。
このトレーラーハウスなら、エレイン君が三人もいれば牽引車がなくても動かすのも難しくはないし、これに乗ってどこか誰もいない場所まで移動してもらえば、万が一の場合にも被害は最小限に抑えられるのではないかと考えたのだ。
しかし、ここで問題になったのがフレアさんだった。
彼女の処遇が決まったところでフレアさんはどうするのか聞いた僕にフレアさんはこう言ったのだ。
「俺もできれば彼女についていてあげたいのだが」と――、
まあ、フレアさんならそう言うだろうな。とは思っていたけど、
誰もいない荒野で男一人女一人を同じ部屋に閉じ込めて大丈夫だろうか。
普段のフレアさんの性格を考えると大丈夫そうなんだろうけど……、
そもそもフレアさんって元々お姫様と結婚したくて魔王に立ち向かってるんだったよね。
そんな人を意識のない女の子と一緒のトレーラーハウスに押し込めたらどうなってしまうのか。
いや、さすがにフレアさんが寝込んでいる人を襲うような人ではないと思うんだけど。
どうしようか。
ここは単純にお付きのエレイン君にフレアさんの行動も見張っていてもらうのが一番かな。
もしもの時は突入するようにといい含めておけば大丈夫だろう。
「まあ、看病する人が必要ですからね。了解したました。一応、各種魔法薬を持たせたエレイン君をつけますので、フレアさん。彼女をよろしくお願いできますか」
「うむ。任されろ」
「では、今からトレーラーハウスに移動しますので、後はエレイン君の指示に従ってくださいね」
しれっと適当な言い訳でエレイン君の同行をねじ込んだ僕は、エレイン君達によって担架に乗せられた入れ墨少女とフレアさんを連れてトレーラーハウスまで移動。彼女をリクライニングシートに寝かせると、施設の簡単な使い方をフレアさんに教えて、トレーラーハウスごと荒野の果てにご案内。
と、ゆっくりとドナドナされていくトレーラーハウスを見送った僕は、さてと魔法窓を開き、まだ工房にいるのかな。万屋のオーナーであるソニアに通信回線を繋げる。
「どう思う?」
『今のところ情報不足だね。詳しく検診してみないことにはねわからないかな』
「物語なんかの定番の展開ですと彼女自身が黒雲龍そのものだとかのパターンになりそうなんですけど」
『まあ、神獣や龍種なら人の姿に変身できるなんて簡単だとは思うんだけど――、とにかく調べてみないとなんとも言えないね。ということで彼等には適当なところで彼には眠ってもらおうか』
「あまり気は進みませんが、やはりそれしかありませんか……。じゃあ僕は薬の準備をしておきますよ」
『悪いけど頼むよ」
そんな風にソニアとのやり取りを締めくくった僕は魔法窓を閉じて、今日は帰れそうにないな。母さんに連絡しておかないと――、そう心の中で呟きつつもと携帯を取り出すのだった。
◆
〈ディスペルパウダー〉……魔法による付与効果を打ち消す力がある魔法の粉。製作者によってその効果範囲は変化する。因みに今回使われたディスペルパウダーは工房のエレインによって量産されたもの。
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