幕間・店内BGM
◆今週の二話目。久しぶりのオマケ付きです。
それはとある夏の日のことだった。
「いらっしゃいませ」
「あら、音楽ですの?カラオケではありませんのよね」
「ああ、それはこれですよ」
元お姫様としての嗜みなのだろうか。汗一つ欠かず万屋に入ってきたマリィさんが店内に流れる音楽に気付いて訊ねてくる。
それに応えるように僕が持ち上げたのはカウンターに置かれていたクラッシック風のラジオ。
先日のカラオケで、マリィさんや魔王様が僕達の世界の音楽に興味を持ったようなので万屋の中でも音楽を流してみることにしたのだ。
しかし、店の中で音楽を流すことは著作権やら何やらと面倒そうな事があるとのこと、だからこうしてラジオを持ってきた次第なのだ。
なんでも、こういうラジオを使って流す音楽くらいなら、特に著作権料などが発生しないそうなのだ。
そもそも異世界にまで著作権が及ぶのかという疑問も無きにしもあらずなのだが、ルールはルール、従わなければいつかしっぺ返しが来るかもしれない。
そう、奴等の蒐金意欲を侮ってはいけないのだ。
「しかし、虎助の世界にはこうして遠くから声を飛ばす機械が普通にあるのですね。興味深いですの。これと同じようなものがマジックアイテムであると便利なのですが……」
「あれ、マリィさんの世界には音を飛ばす魔具とかないんですか?」
たとえマリィさんが暮らすのが科学なんて上等のファンタジー世界だとしても、念話やらテレパシーやらといった魔法や効果とはいえ録音録画のマジックアイテムが存在するのだから、たとえば玉音放送用にとか、各街各地域にスピーカーのような魔具があってもおかしくないのではないか、僕なんかは考えるのだが、どうもそうではないらしい。
「う~ん。でも、ラジオみたいな魔具なら割りと簡単に作れそうなんですが」
「それはどういう仕組みになっていますの?」
「糸電話はわかりますよね。あれの発展系といいますか、単純に糸の部分を電波や電気信号に変換して遠くに飛ばしているだけですから、魔力や魔素でも代用が可能だと思うんですけど」
たぶん念話なんかも同じような原理で動いているのだろうと、ラジオやスピーカーなんかの仕組みを身近な魔力なんかに置き換えて、簡単に伝えると、
マリィさんは「まさかそんな単純な事で――、いや、ですが念話の習得には特別な才能が必要で――」などと何やらブツブツと考え始めてしまう。
だから、「たぶんそんなに難しいものでも無さそうですし、試しに作ってみましょうか」なんて訊ねると、マリィさんが「本当ですの?」聞き返してくるので、僕は「風や探知系の魔法を流用すればできるんじゃないでしょうかね」と具体的な例を出しながら和室にあるパソコンを起動して、該当する魔法の検索をかけてみる。
因みにこの検索に使っているアプリは、以前にマリィさんの〈火弾〉などを読み込んだ例の魔法収集アプリである。
あれからソニアが知る魔法を中心としてマリィさんや魔王様が使う魔法、他にも異世界からやってくるお客様から要らなくなった魔具や魔導器等々、時には魔導書なんかを買い取ったりして、着実に色々な魔法のデータを増やしていて、そのアプリに検索を掛けると簡単にではあるが魔法式を自動で組み上げてくれるように改造が施されているのだ。
とはいえそれは、あくまで該当の魔法式を検索、単純に導線を繋ぐだけという簡単なツールであり、各魔法の手法や体系、魔法同士の相性などは考慮に入れない仕組みになっているので、時には全く機能しない魔法式なんてものも出来上がったりもするのだが、所詮は試作品、取り敢えず動けば儲け物――と、それくらいに考えていればそれでいい。
と、そんなこんなでコンピュータ任せで魔法式を組み立てて、お次は本体の制作となる。
使うのは素材置場に放置された廃材だ。
月の終わりに纏めて処理されるそれらの中から、スピーカーとして使えそうな素材を選び、魔法式を刻み込んで試作品とする。
今回使うのは、先日、万屋の改装をする際に使った世界樹の端材。
スピーカー部分をカード状に削った薄い木の板で、それを支える台座には音を電波ならぬ魔力波に変換、送受信する魔法式を組み込んでみる。
と、そんな作業を僕とベル君で分担して、あっという間に出来上がり。
完成したのは手のひらサイズの木の衝立――とそんな見た目の魔具だった。
「もう、出来上がりましたの」
「ただ薄い木の板に魔法式を刻み込むだけの簡単なお仕事ですからね」
そして、完成した魔動スピーカーをカウンターの上に乗せ、
ラジオ――ではなく時報に繋いだ携帯をセットする。
「じゃあ、どこまで声が届くか実験してみましょうか」
因みに送信機と受信機、二つの魔具をリンクさせるのは、スピーカー部分である木の板を支える台座の部分で簡単に行える。
タッチパネルのように台座をなぞって、受信機、送信機となった二つの魔動スピーカーの周波数を合わせるだけでいい。
「うん。聞こえてる聞こえてる」
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。と、ちゃんと繋がっている事を確認したところでマリィさんを伴って店を出る。
ゆっくりと音の具合を確認しながらゲートの方へ移動していき、もしかして、巨大な魔導器でもあるゲートに近付くと何らかの障害が起こるのかもしれないと思ったりもしたけれど、それもなく、ゲートを通り過ぎ、少し歩いたところで音にノイズが入り始める。
そして、ゲートから更に進んで暫く、徐々にノイズが走るようになって、やがて音も小さく消えていき。
「いまの状態だと五百メートルくらいが限界ですかね」
念話とかテレパシーとかそういう魔法に比べると、大した距離を飛ばせる訳では無いものだが、ほんの数十分の工作で作ったものとしてはまあまあの出来なのではないだろうか。
マリィさんに意見を求めたところ。
「ちょっと虎助、これは何なんですの!?」
「なんですの――と言われましても、マリィさんのご注文通り、簡易型の魔動ラジオですよ」
「こんなに簡単に出来てしまうものですの」
「いや、普通にコールブランドみたいな魔法剣とかを作るのに比べたら、これくらいの魔導器くらい簡単に作れるんじゃないですか」
なにやらマリィさんはご不満らしい。話を聞くに、あまりに簡単に音を飛ばす魔具を作った事が気に入らないみたいなのだが、
その辺りは、ソニアが作ったアプリが高性能過ぎるのがいけないということで納得してもらおう。
因みに、その時に作った試作品にはソニアによる魔改造が加えられ、カラオケの時にも約束した録音機器と一緒にマリィさんの城の業務連絡に使われることとなる。
◆◆◆オマケ◆◆◆
「お、虎助、新しいイヤホン買ったんか?」
「ああコレ、世界樹を削り出して作った自作の音楽プレイヤーだよ」
「マジかよ。こんなちっせーのがプレイヤー?つか、魔法ってのはそんなモンまで作れるんだな」
「実はこの前、ちょっとしたお遊びで作った魔動オーディオをマリィさんにあげたんだけどね。その中に記録させた曲の幾つかをメイドさんが気に入ったみたいでね。個人でも楽しめるようにってオーナーに作ってもらったんだよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、メイドってなんだよ?」
「えと、マリィさんのお付きに結構な数のメイドさんがいるんだけど、そういえば元春は会ったことなかったんだっけ?――っていうか、聞くのソコ?」
「び、美人なのか?巨乳なのか?」
「…………まあ、ご想像におまかせするよ」
「くっ、まあいい。今度紹介しろよ。で、そのプレーヤーって、どんくらいの性能なんだ?」
「性能といっても、今こっちある製品をそのまま魔法技術に置き換えただけだからね。機能としてはそのままだよ」
「いやな。俺が聞きたいのはそういうのじゃなくってよ。容量――、つか、どれくらい曲が入るのかってことだ」
「ああ、そっちね。うん。僕の場合、中型の〈インベントリ〉を中継機みたいに、そのまま使ってるから、それこそ何億とか何兆とかって入るんじゃないかな」
「お、億!? 兆っ!! マジかよ。これってこっちで売り出しゃボロ儲けなんじゃね」
「残念だけどそれは難しいかな。このプレーヤーは使用者本人の魔力で動いてるからね。普通の人だと一週間くらいで魔力の回復が追いつかなくなって切れちゃうんだよね」
「じゃあ俺も使えねーとか?」
「元春くらいの魔力があれば十分使えるよ。でも、元春ってさ。普通に携帯で音楽を聞いてたんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけどよ。最近、いろいろと保存しとかなきゃなんねーデータが増えてさ。容量が足んねーんだよ」
「はぁ、また変なゲームばっかやってるから」
「違うぜ。ゲームもそうだけどよ。高校に入ってからさお宝写真や動画が一気に増えてな。少しでも無駄なデータは削りてーんだよ」
「お宝写真って――元春、大丈夫なの?ソレ」
「ん、虎助も欲しいんか?」
「いや、いらないけど……」
「そうか……、まあ欲しくなったら何時でも言ってくれたまえ。
とまあ、そんな感じで音楽は音楽で別のところに入れておきたいんだよな」
「ふぅん。まあ、動機はともかくとして作れって言うなら作るけど――」
「ちょ待った。金はどれくらいかかるんだ?」
「別に趣味で作ったものだから無料でいいよ。材料である世界樹の栽培はマールさんの担当だから」
「愛してるぜベイビー」
「ハイハイそれよりも、登校日だからって遅刻したら皆勤賞がパァになっちゃうんだから急ごうよ」
「おうっ♪」




