雪解けを前に――
その日は久しぶりの満員御礼で、普段からお店に顔を出してくれているマリィさんと魔王様に加えて、フレアさんのパーティもカウンター横の応対スペースに集まっていた。
そこにマールさんのところへバイトに行っていた元春が戻ってくると、魔法窓に向き合って真剣に操作するみんなを見て、こう惚ける。
「なんだ今日はみんなでシム大会か?」
「いや、そろそろ雪解けの季節だから、皆さんいろいろ作りたい施設があるみたい」
ちなみに、魔王様の拠点では雪解けは関係ないのだが、
拠点近くの森の中に獣人のみなさんの住処と精霊の皆さんの憩いの場所を作る計画があって。
マリィさんはお隣のカイロス領と合同で訓練場を作るのと同時に錬金棟の整備もしたいらしく。
フレアさん達は昨年生まれたニナちゃんの成長を考えて、別棟を作ろうと計画をしているみたいだ。
「そういえば氷室の様子はどうですか?」
「いまのところ問題はありませんの」
そんな中で僕が声を掛けたのはマリィさん。
氷菓の実のことがあってトンネルの中に氷室を作ったのだが、雪を運びいれた後、どうなったのが気になったのだ。
ただ、実際どうなるのかは暖かくなってからが本番だと話をしているとティマさんが顔を上げ。
「虎助が作る氷室とか凄そうじゃない」
興味がありそうに言えば、マリィさんが胸を強調するように背筋を伸ばし。
「いま作っている氷室に雪を貯める部屋にいっぱいまで雪を詰め込めば、不作の年でも一年は優に食べていけるくらいの作物を保存できるようになっていますのよ」
「……虎助、その氷室はこっちでも作れるのか」
「作れると思いますよ。構造自体はシンプルですし、殆どがモグレムの仕事になりますから」
ただ、フレアさんが欲しいのはパキートさんの指示でモグレムが見つけてきた遺物を保管する場所のようで、
「そういったものを保管するのなら氷室はやめておいた方がいいんじゃないですか」
氷室はその仕様上、庫内の湿度が高くなってしまいがちなので遺物の保管には向いておらず。
「ならば、どんなものならいいんだ?」
「そうですね。こういった簡易的な倉庫を沢山作ってみてはどうですか」
だったらと僕が見せるのは庭付きの家に高確率でおいてある簡単な組み立て式の倉庫。
「脆そうじゃないか?魔獣に見つかったら簡単に壊されそうだ」
「皆さんが転移の始点として使ってる遺跡の空いている部屋に設置すればいいんじゃないですか」
フレアさん達がこことの転移の中継ポイントとして使っている遺跡にはあまり魔獣が侵入しないと聞いている。
あの遺跡には部屋もたくさんあるので、その一つを改造して収納庫にしてしまえばどうかと提案してみると、これにティマさんが顎に手を添え。
「遺跡にそういうのを作るのってパキートが反対しそうだけど」
たしかに、また未調査の遺跡ならパキートさんからなにかしらの意見が上がりそうではある。
ただ、件の遺跡の調査はすでに終了していて、簡易倉庫はただ遺跡の空いている部屋に置くだけのものなので、パキートさんも受け入れてくれるんじゃないかと僕が言えば、フレアさんも『成程――』と魔法窓を開き、パキートさんに連絡を取ることにしたみたいだ。
「おっ、マオっちはツリーハウスを作ってんのか」
「……ん」
そんなフレアさんに代わるように、ここで魔王様のデザインが上がってきたみたいだ。
元春の声に魔法窓を覗かせてもらうと、拠点となる洞窟に開いた大穴から外に伸びる世界樹の周囲を一つの村としてイメージしたのかな?
地面から山のように飛び出す世界樹の頭の周囲にたくさんのツリーハウスが作られている絵が描かれており。
「普通に作ると難しそうですが、魔王様のところには精霊の皆さんがいますから問題なさそうですね」
ツリーハウスが作れるような木が都合よく一箇所に固まっていることは普通ありえないのだが、多くの精霊が集まる魔王様の拠点なら、そういった環境を整えることも難しくはなく。
精霊の皆さんの憩いの場所については、水の精霊のみなさんが多い上に屋外の施設ということで、デザインとしては京都などにあるような川床を意識したものになっているみたいだ。
「このデザインですと畳は防水のものを用意した方が良さそうですね」
「……重要」
「防水の畳ですか、私にも詳しく聞かせていただいてもよろしくて?」
「構いませんけど何に使うんですか?」
「アシュレイの寝床に使えないかと思いましたの」
アシュレイというと、ガルダシアのトンネルで保護しているカーバンクルの亜種だったかな。
だけど、あのカーバンクルはたしか氷系の属性だった筈であり。
「六花草の茎を使って猫ちぐらみたいなのを作った方がいいんじゃありませんか」
六花草というのは動物などの死骸に育ち、綿毛に凍結効果がある危険な植物で、
その茎を使えば保冷効果の高い猫ちぐらが作れるのではないかと提案したところ、これに元春が反応。
「その花ってかなりヤベーんじゃなかったっけか、大丈夫かよ」
しかし、今回使おう考えているのはあくまで茎の部分であって、
綿毛が開く前に収穫してしまえば問題はないと言えば、マリィさんも安心したみたいだ。
「危険がないのでしたらお願いできますの」
六花草を使ったアシュレイの寝床を作ることが決定。
細かなデザインを決めてもらっていたところ、パキートさんが映る魔法窓を横に浮かせたフレアさんが、
「虎助、先程の説明をパキートにもしてくれないか」
これはフレアさんの説明が上手く伝わらなかったパターンかな。
どこか申し訳無さそうにするフレアさんに、『これは上手く説明が出来なかったパターンかな』と僕はティマさん達に視線を送りつつも「いいですよ」と説明を代わって、倉庫の大まかな作り、そして付与する魔法式の種類によっては温度や湿度などの調整も細かく行えることを伝えたところ、パキートさんは遺跡だけでなく、いま暮らすログハウスの近くにも置きたくなったみたいだ。
ただ、パキートさん達が暮らすログハウス近くの泉には精霊が住んでいて、共存を考えるのなら周囲の環境への配慮は必須であるからして、
「それなら建材の一部に世界樹の枝を使えばいいんじゃないですか」
実はアヴァロン=エラにある世界樹からは、季節ごとの剪定で丸太サイズの枝がそれなりの数、確保できていて、もともとある古代樹と合わせて過剰在庫になっており、せっかくだから使ってもらえるとありがたいと僕が提案すると、フレアさん達もこちらの事情は把握しているのだろう。
「それならパキート達の家を世界樹の枝を使って作るのはどうだ。ニナに祝福があるかもしれないからな」
「ええと、いいのでしょうか」
「構いませんよ。使うあてもありませんし」
「だったら設計をし直した方がいいかもね――と、さっそくレニからメッセージが飛んできた」
と、別棟はフレアさん達が暮らすことを想定していたがパキートさん達が暮らすとなれば話は別だ。
おそらく裏でずっとこちらの様子を伺っていたと思われる、四天王のレニさんからティマさんにメッセージが入り、向こうと通信を繋いで設計を一から組み直すフレアさん達を見て、ここで元春が羨ましそうに呟く。
「なんか俺も作りたくなってきたな」
「じゃあ、ライカ達の家でも作ってあげれば、いまは元春のベッドに住んでるんでしょ」
「よしっ、ちょっちやってみっか」
◆
「完成だぜ」
急に立ち上がった元春がなにを完成させたのかといえば、ライカ達の為に考えていた家だ。
しかし、完成した予想図を見て僕は腕を組んでしまう。
「うーん、これは微妙じゃない」
「なんでだよ」
「ライカ達の家ってことは元春の部屋に置くんでしょ。このサイズの家を置くスペースってある?」
元春の部屋はけっこう広いのだが、フィギアや思いつきで始めた趣味のおかげで物が多く、ライカ達のサイズに合わせてこのサイズの家を作るとなるとさすがに邪魔になってしまうだろう。
「それにこれだけ大きいと千代さんも気になっちゃうんじゃない」
そうしたらライカ達が見つかってしまうこともあるんじゃないかと僕が言えば、元春が「わかってたんなら言えっての」と文句を言ってくるけど、こういったものは自分の部屋に置く前提で逆算して作るのが普通なんじゃないだろうか。
「じゃあ、虎助はどんなのが出来るって予想してたんだよ」
「それは――ほら、ジオラマ風のフィギュア棚に見せかけたヤツとか?」
お高いフィギュアだと背景のようなものがあって、元春も幾つかそういう形態のフィギュアセットを持っているから、そうした偽装を施してしまえば違和感なく部屋に溶け込めるんじゃないか。
「もしくは昔やったみたいに机の引き出しの奥を改造するとか」
これはまだ僕達が中学生だった頃、とある青春病を発症していた元春が隠す必要のないモデルガンやコスチュームを隠すべく、勉強机の棚やベッドを改造していたといったことがあった。
今回も同じような方法で隠してしまえばいいんじゃないのか。
「考えてもみりゃ、ここで作ればスゲーのとかもできそうだしな」
「外の見た目を段ボールっぽくすれば、見つかった時でも不自然に思われないんじゃない」
「なーる」
「ただ、出入り口は少し工夫した方がいいかも」
「出入りのたびに、いちいち布団捲ったりするのとか面倒だもんな」
「元春のベッドってどういうのだっけ?」
「通販でかった有名どころのヤツだし、調べれば出るんじゃね」
元春にそう言われてメーカーのページを調べてみると、それそのものかはわからないが、かなり似たデザインのベッドが見つけられたので、これをベースに考えようとその画像を三次元モデルとして取り込んだところで、それを横から見ていたマリィさんが、
「なんといいますか、こういった無駄を徹底的に省いた意匠のベッドも悪くはありませんわね」
「それならマリィさんもなにか設計をしてみてはいかがです。いいものが出来れば新しく作っても構いませんし」
僕が言うとマリィさんは「そうですわね」とさっそく自分の魔法窓を開いでデザインを始め。
「けどよ。
こういうシンプルなのにマリィちゃんが使うような天蓋付きは合わないんじゃね」
「そうかな。
二段ベッドとかでも普通にカーテンとかつけるし、別におかしくないと思うけど」
「いや、それちげーだろ」
元春はこう言うが、機能美の観点から考えたのなら僕はそう間違ってないと思うんだけど。
「それで三人の部屋はどうする?」
「さっき作ったヤツをバラせばイケんじゃね」
「出来ないこともないけど、せっかくベッドの下に作るんだから、最大限スペースを使うために寸法を合わせた方がいいんじゃない。
そうだな――、昔おっきいモデルガンを買ったじゃん。あれをしまってることにして鰻の寝床みたいにしたら」
それは元春が前述した多感な年頃にただ格好がいいと買ったもので、その段ボール箱はかなり大きかった筈だ。
僕がそう言えば、元春も「いいじゃんいいじゃん、それでいくべ」と新規のページを開いて設計を開始。
「しかしコレ、ベッドに下に入れんなら光はどうするん?ちっちぇーLEDでもつけんのか」
「別にわざわざライトを付けなくても、ベッドのポールに光ファイバーを通せばいいんじゃない」
光ファイバーなら世界樹の樹脂から上部で透過率が高いものが作れるから、ポールの頭に仕込めば元春が起きている間は光が届くようになるから問題ないんじゃないかと提案。
「後は入口をどうするかだけど、どうする?」
「逆にどんなんがいいん?」
ライカ達の物なんだから少しは自分で考えて欲しいんだけど……、
「例えば小さいラックをベッドの横に置いて、その奥に入口を作ってカーテンで目隠しにすればいいんじゃない」
「それ採用」
と、そんな他力本願な元春の一方でマリィさんはしっかりしたデザインを上げてきてくれたみたいだ。
「これでいかがですの」
「いいんじゃないですか」
「思ったよりもカッチョイイな」
マリィさんがデザインした新しい天蓋付きのベッドは真っ白な箱というイメージで、かなりシンプルなものだった。
「それでどういう防御機能をつけますか」
「それも考えましたの。周りの布が鎧になるというのはどうですの」
「成程、源氏八領の中には源太産衣がありますもんね」
別に狙っていた訳ではないと思うが、ちょうどいいモチーフになりそうだと僕が言うと、マリィさんはハッとしたように。
「ふふふ、これは生半可なものは作れませんわね」
「とりあえずトワさんに相談してからですね」
「わかりましたの」




