加藤さん家のディストピア
元春を見送った後の自宅で、加藤さんに見守られながら僕が鑑定するのは、加藤家が今までに退治してきた妖魔の一部だ。
「使えるものはありそうかの」
「正直微妙なところです。ディストピア化には元になる魔獣の強さも重要ですが、素材に宿る魔力や残留思念、格が重要になってきますから」
魔女の皆さんがディストピアを作ったという話を聞きつけて、加藤さんが秘蔵の素材を持ち出してきてくれたのが、
「とりあえず可能性がありそうなものがこちらの三点ですね。ちょっとソニアに見てもらいます」
「それで報酬はどうなるのかの」
「先にお話した通り、使わなかった素材の一部を回収させてもらえればそれで構いません」
母さんが出したお茶に手を伸ばす加藤さんの言葉に僕が手に取るのは割れた鏡だ。
例えば、この雲外鏡のように希少な属性を宿した素材などは、それが力を持たないものだとしても魔導器の触媒に使えるということで有用なものもあり。
「しかし、蔵番に厳選させたものを持ってきて、これだけしか残らぬとはな」
加藤さんが持ってきてくれた素材は五十以上――、
地球の魔素濃度を鑑みれば、その中から一つでも素材が残れば上々の結果なのだが、お弟子さんの数を考えれば加藤さんもできるだけ多くのディストピアを確保しておきたいのかもしれない。
「だったら後でアヴァロン=エラに行ってみますか?深夜になるとアデプトに使えるアンデッドが迷い込んでくることがありますから」
そう、これからの時間帯には強力なアンデッドがアヴァロン=エラに迷い込んで来ることが多く、
もしかしたらディストピアに加工できる素材が手に入るかもしれないと、加藤さんと母さんと一緒にアヴァロン=エラに舞い戻り、夕飯を食べたり、魔法の練習をしたり、交代で仮眠を取りながら待っていると、深夜一時を回った辺りで大量のアンデッドが転移してくる。
その殆どはディストピア化には程遠い雑魚であったが、中には強力な個体も紛れているようで、僕達はすぐに出陣。
ディロックをフルに使って雑魚を蹴散らすと、それぞれに狙いを定めたアンデッドに戦いを挑み、一体また一体と仕留めていき。
「小さな竜巻を作る技か、面白い」
「それは武器由来の技みたいですね」
戦闘中のため詳細な鑑定こそ出来ないものの、上空のカリアからはしっかりと情報が送られてきている。
それによると、いま加藤さんが戦っている手枷を付けたアンデッドが持っている剣はワイバーンの骨を削って作ったもののようで、
「それをしかりと自分の戦いに昇華している部分は褒めていい」
加藤さんはそう言うと「しかしな」と続けながら一刀両断。
「亡者になりさがった故じゃろう。戦いの流れというものが読めていない。まともな状態で戦いたかったが、そこのところどうなんじゃ」
アンデッドはもともと思考能力が高くなく、ディストピア化による自我の消失の影響は少ないものの本物を上回ることは決してなく。
「残念ではあるが仕方ないの。ならば儂らも敵の首魁を叩きにいこうかの」
そう言って振り向いた視線の先にあるのは、ナイフやロープやボールをどこからか取り出し、母さんと戦う巨大バルーンのような道化師の姿。
「相手は空間魔法の使い手でしょうか」
「となると、彼奴のシンボルとやらは虎助の取り分となるか」
「それは倒してからご相談ということで――」
僕と加藤さんは母さんに声をかけた上で戦いに加わり。
「どういった魔法を使われているのかはわからんが、
横一文字いくぞい」
ピエロの背後に回った加藤さんが手の平を鞘に見立てた抜刀術を放ち、扇状に広がった斬撃が母さんと戦っていたピエロに襲いかかる。
すると、その斬撃がピエロに到達する瞬間、その周囲だけがまるで何もなかったように掻き消されてしまい。
ただ、斬撃そのものは消すことが出来ないようで、母さんは自分にも飛んできた斬撃をジャンプで交わすと空中から大量の魔弾を射出。
「そこまでの影響力はないのかしら」
「空間魔法は制御が難しいから」
「だけど、こうも綺麗に嵌るって場合はわざとそうしてる可能性も考えないといけないかしら」
そう言って母さんがピエロの頭なら投げ落とすのは水のディロック。
すると、これも掻き消されてしまうのか――と思いきや、吹き上がった水流がピエロに直撃。
コミカルに打ち上げられたピエロを追いかけ、空中を駆け上上がった母さんは魔力を足場に蹴りのラッシュをピエロに加え。
「底が見えたの」
最後、踵落としで地上に落とされた太っちょなピエロは風船のようにパンと弾けてしまうが、しかし相手は道化師だ。
これもパフォーマンスの一環かと思って警戒するも、どうやら本当に死んでしまっているようだ。
自前の探知とカリアから送られてくるデータでピエロの死を確認すると、
「お疲れ様」
「これなら見に回る必要はなかったかしら」
母さんは周辺に散らばる大量の骨を眺めながらガッカリしたようにそう呟き。
「私の記憶が確かなら魔人って元は人間だったじゃなかったかしら?」
「魔人になると体そのものが変質することがあるみたいだから」
パキートさんのように人間とまったく変わらない人がいる一方、完全に人外の存在に変化してしまう人もいる上に、いま戦ったピエロはそこからアンデッドになっているのだ。
「だけど、これじゃあディストピアにするのは難しいかしら」
「それは大丈夫、シンボルはまた別にあるみたいだから」
ペラペラになってしまったピエロの端をつまみ上げる母さんに、僕は魔法窓を横目で確認しながら「ちょっと待って」とピエロの体にナイフを入れて、開いた穴から手の平サイズの魔石を取り出してみせる。
そう、魔人になった時かアンデッドになった後かわからないが、ピエロの体内には魔石が生じていたようなのだ。
「じゃあ、この魔石は加藤さんの取り分で」
「この皮、布っぽいから戦装束にしたいわね」
「うむ、それでいい」
そんな戦いがあって数日後――、
僕は加藤さんの道場にお邪魔していた。
「今回用意したのは、加藤家から提供された多尾狐と烏天狗、それからバーゲストです」
「多尾狐と烏天狗はわかるがバーゲストというのはなんなのじゃ」
「爺さん、バーゲストってのは狼の妖魔だぞ」
件さんの言う通り、バーゲストというとゲームなどに出てくる狼型のモンスターというイメージがある。
ただ、今回ディストピア化に成功したバーゲストは、
先日、加藤さんがアヴァロン=エラ戦ったアンデッドがつけていた鎖付きの手枷が核となってできたものであって、どちらかといえばリビングアーマーのような存在になっており。
「このバーゲストは一人用のディストピアになるので気をつけてくださいね」
複数人で入っても戦う時はみんなバラバラになってしまうしようとなっていると、あえて存在をぼかして説明をしたところでディストピアにチャレンジ。
「思ったよりも楽しめたわい。
ただ、バーゲストだったかの。あの鎧と戦う時は術を禁止にした方がいいかもしれん」
というのは、早々にバーゲストをクリアした加藤さんである。
僕の感覚でいえば、それは加藤さんだから余裕の勝負になっただけで、お弟子さんには魔法を使ってもらっても構わないレベルの相手なんじゃないかっていう印象なんだけど、最終的な判断するのは加藤さんだ。
「しかし、皆が戦う様子を見るに、彼奴の強さにはバラツキがあるようじゃな」
「実はバーゲストの核となった手枷に相手の魂を吸い取る力が宿っていたようで」
「成程、儂が戦ったのはそうやって吸い取られた魂の一つということか」
そう、加藤さんが戦ったバーゲストはその手枷に吸収された戦士の一人ということで、
このディストピアはアンデッドとディストピア、その自我に関わる仕様によって、手枷に残る宿主の残留思念と戦えるものとなっているようなのだ。
「となると、儂が戦った相手はその中でも上位のものとなるかの」
「はい、一二を争う使い手だったんじゃないかと思います」
まあ、この辺は使用武器やお互いのバトルスタイルによっても変わってくる為、はっきりしたことは言えないが、
「しかし、皆苦戦しておるの」
「やっぱり木刀一本で戦いに挑むのは無謀だったんじゃ」
「とはいえ、あれを相手にするなら数打ちの刀よりもお主のところの木刀じゃろうて」
今回、ディストピアのチャレンジしている皆さんには、あらかじめ万屋から持ち込んだおみくじ木刀を配っているのだが、
「戦いながら魔力を維持するのは難しいですよ」
「数打ちの刀じゃともっと難しいじゃろ」
たしかに、魔法金属をまったく使っていない武器に魔力を通すのは難しい。
「堀川さんにミスリルを見てもらいますか」
「それが一番かの」
堀川さんというのは加藤さんが懇意にしている鍛冶師で、僕も何度か工房にお邪魔したことがあって、
「じゃあ、短刀を作れるくらいのミスリルの板が手持ちにありますので渡しておきますね」
僕が自前のマジックバッグから携帯ゲーム機くらいの大きさのミスリル板を取り出して渡すと、加藤さんは少し困ったような顔になり。
「これを渡すとまた彼奴の嫁に小言を言われてしまいそうじゃの」
職人気質の人なので、新素材となるといろいろと試行錯誤をすることになるのは目に見えていて、
結果として他の仕事が滞ることになってしまうのだ。
「その辺のことはミスリルを格安でお譲りするということでお願いします」
「仕方ないのう」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




