ハリセンボンと眠り姫
「うわぁぁぁぁ」
叫ぶ元春を横に逃げているのは巨大な棘の塊。
ゲートから大量の魚が吐き出されてきたと回収に向かったところ、その中の数匹が巨大化して襲ってきたのだ。
しかし、所詮それは陸に打ち上げられた海中生物の悪あがき。
耐久力に優れたエレイン君が足止めしてしまえば、後は締め放題だと、逃げながら倒したものも含めて、すべての巨大ハリセンボンに止めを刺したところで一旦落ち着こう。
「元春はどうしてブラットデアを着装しませんでしたの?」
少し遅れてやって来たマリィさんはここぞとばかりに黄金の鎧・盾無に身を包んでいて、元春も自動着装機能のあるブラットデアを装備すればよかったんじゃないかと、そんな指摘をすると元春は、
「いや、逃げながら装備するなんて難いじゃないっすか」
その為に自動装着なんだけど、急に追いかけられてパニックになってしまったのかな。
「結構ダメになってしまいましたね」
「勿体ありませんの」
僕とマリィさんが見下ろす地面には全身に小さな穴が空いた魚が多く横たわっていた。
どの魚が無事かそうでないかはエレイン君に選別してもらうとして、
「このハリセンボンから捌いていくから、元春も手伝って」
「しゃーねーな」
エレイン君に氷水の用意をお願いしつつも僕と元春とでハリセンボンの解体に取り掛かる。
「手際がいいですわね」
「ブートキャンプは山だけじゃないんすよ」
そう、母さんのブートキャンプの開催地はなにも山ばかりではないのだ。
なにより、膨らめば大玉転がしサイズのハリセンボンともなると、元春のブラットデアも合わさって、解体の作業自体は簡単で、
内蔵を抜いて、力を合わせて棘付きの皮を剥げば、その奥から綺麗な身が現れ。
「これって毒はないんだよな」
「ハリセンボンだし鑑定してるから大丈夫だよ」
戦闘中、毒を使ってくる素振りもなく、解体の時に浄化の魔法も使っていた。
ただ、この魔獣がフグの一種ということで念の為に鑑定魔法を使ってみたのだが、体内のどこにも毒はないようなので、元春に手伝ってもらって適当な大きさに切り分け。
「明日にでも唐揚げにするから千代さんに言っておいて」
「よっしゃ」
マリィさんや魔王様はともかく、元春にはこのまま持って帰ってもらうのは難しいから、日を改めて唐揚げにしてお土産にしようと提案。
「しかしこの皮、面白そうな防具が作れそうですわね」
「いや、魚の皮って生臭くね」
「その辺の心配はしっかり処理すれば平気だと思うけど、売れますかね」
トゲトゲの防具なんて奇抜かつ手入れが難しそうな防具なんて、個人的にはあまり売れそうにないといった印象なんだけど。
「……肩パッド」
「おっ、マオっち、いいじゃんそれ」
「盾の方がよろしいのではありませんの」
「ですよね」
魔王様が世紀末装備を提案すると、元春が面白がってそれに乗っかってきて、
ただ、その用途を考えると作ったところでというような防具になってしまうので、実際に作るのかはまた後で相談することになって、
「肝や白子は魔法薬行きかな」
「食べねーの」
「これだけの量があると流石に魔法薬に回した方がいいでしょ」
内臓系は足も早いしプリン体も多いから全部食べたら通風まっしぐらである。
「これは食べられるものでしたの」
「高級食材として知られていますよ」
「てか、俺もフグの肝とか白子は食べたことないんだよな」
「ちょっと食べてみます?」
しかし、マリィさんと魔王様が興味津々なご様子なので、ハリセンボンの肝も普通に食べることが出来るとなれば試食もまたやむなしと七輪を用意。
炭火で炙ってポン酢に付けて食べてみたところ。
「柔らかいレバーって感じ?」
「白子の方は悪くありませんわね」
「……ん」
肝の方はイマイチな反応だったけど白子の方は好評のようだ。
「どうしましたの」
「マリィちゃんが白子を食べるって興奮するかと思ったけど、そうでもないんだなって」
「どういうことですの?」
「白子はフグの精巣なんです」
「精巣?」
「つまり金玉っすね」
それは暴論じゃないかなと僕がフォローを入れる前に悪は滅び。
「気にすること無いと思いますよ。日本では普通に女性も食べますし、人間と魚ではまったく違いますから」
「そうですわよね」
「それでどうしましょうか」
「試しに少し持って帰ろうかと思いますの」
「……チェトラヴカが好きそう」
「じゃあ、お持ち帰りを用意しますね」
◆
「差し入れ持ってきたけど調子はどう?」
「ボチボチってところかな」
「あんまり根を詰め過ぎないようにしなよ」
「わかってるって、いくら虎助が居るとはいっても直ぐにどうこう出来るとは思っていないから、適当に手を抜きながらやってるって、わかってるでしょ」
実際、ソニアは既にお姉さんにかかりっきりという訳ではなく、僕達から送られてくる要望などに応えていてくれている。
「今日はなにをやってたの?」
「干渉系の魔法を使って比丘尼に呼びかけてた。
彼女には悪いけど、姉さんを助けるいい試金石になりそうだから」
たしかに、半分精霊状態で地脈に封印されていた八百比丘尼さんは、ソニアのお姉さんとある意味で似たような状態ともいえのかもしれない。
しかし、その成果についてはあまり手応えを感じていないようで、
「彼女がああなった状況は大体わかったけど、こと詳細までは伝わっていないから、アプローチが難しいんだ」
八百比丘尼さんは、かつて日本で大きな災害が起きた時に周囲の被害を減らす為、精霊魔法を使い過ぎてこのような状態になってしまったという。
ただ、どういった経緯で八百比丘尼さんがその決断を降したのかまでは、今だに分からず終いということで、彼女の復活にはもう少し時間がかかるようだ。
「今日は何を持ってきてくれたの?」
「魔獣化したハリセンボンの肝と白子の炙りだよ」
「渋いチョイスだ」
「いらなかったら僕が食べるけど」
「いや、ありがたくいただくよ」
ソニアに促されるように向かうのは研究室の片隅に作られた小さな神棚だ。
この儀式魔法を元にした祭壇を介せば、霊体のような状態のソニアも魔素に還元した物体を取り込むという形で食事を楽しむことが出来。
「肩パッドを作るんだっけ?」
「みたいだね。ちなみに、ソニアは欲しい素材とかある」
「ボクとしてはこっちがちょっと気になるかも」
そう言って、ソニアが見せてくれた魔法窓に映し出されるのは食べられないと判断された一匹の魚。
「比丘尼用にちょっと、物理的に覚醒を促せないかって思ってさ」
要するに気付け薬のようなものかな。
「無茶しないでよ」
「安全性は君に確かめてもらうから」
あまりいい予感はしないのだが、それも僕の仕事なので、その時は甘んじて受け入れるとしよう。




