●鳥籠の少女
◆前話に関連してドゥーベの副官だった少女・ビスタを中心とした短めのお話です。
ワシントン郊外にあるセーフハウス。
ドゥーベ達と行動を共にしていた少女・ビスタは、このセーフハウスで生まれて初めての平穏な日々を送っていた。
彼女の生まれは研究所の中、超能力の実験の為に生み出された私生児だった。
実験漬けの日々を送っていたある時、研究所内部で反乱が発生し、混乱の中で出会ったライカンスロープについて施設を脱出した。
思えばこの時に彼女の才能が開花したのだろう。
その後、身を寄せることになった組織の力で、彼女がライカンスロープの一種であることが発覚――その能力が動物との共感性にあることが判明したのだ。
それから、能力を買われてドゥーベが長を務めるライカンスロープを主とした部隊に配属されると、その能力と獣人達との親和性も相まって、あれよあれよという間に副官にまで上り詰めていた。
しかし、いくら共感性に長けた能力を持っていたとしても、それが人としてのコミュニケーション能力に直結するとは限らない。
ビスタは立場が上に上がる度、その幼い容姿も相まって、実力主義の傾向が強いライカンスロープの一部メンバーから嫌がらせを受けるようになっていった。
その結果、元々の生い立ちから感情表現が上手くなかったビスタは、ロボットのようにただ淡々と自分の仕事を熟すだけとなり、必要なこと以外は喋らないような少女になってしまっていた。
しかし、そんなビスタにふたたびの転機が訪れる。
ドゥーベ配下の群狼が指揮を取る実行部隊の一つが任務に失敗し、捕えられてしまったという情報が飛び込んできたのだ。
その救出に獣王のプライド――もとい暇つぶし的な理由から、ドゥーベ自らが名乗りを上げたことにより、ビスタも共に日本へと向かうことになるのだが、そこで思わぬ強敵と遭遇することになる。
それはまさに埒外の存在だった。
現代兵器すらも凌駕する力の持ち主であるドゥーベを、まるで子猫のようにあしらい、さらに離れた場所からサポートをしていたビスタ達をも捉えてしまう。
運悪くもビスタ達はそんな相手とバッティングしてしまったのだ。
その結果は言わずもがなで、
その後の処遇は因果応報――仕方のないことであり。
本音をいえば、自分を捉えた女性の下に居たほうが安全だというのが個人的に思うことであるが、相手が国とあらば仕方がないことは真っ当な教育を受けていないビスタにも理解できた。
そうして、アメリカに戻ることになったビスタはこの軟禁生活を送ることになったのだが――、
ただ、人によっては耐えがたいその生活も、生まれた時から自由のない施設で暮らし、常に監視の目がある中で育ってきた彼女にとっては苦ではなく。
世話係を務める政府関係者との接触は最低限に現状を受け入れて淡々と生活を送る日々――、
そんな中で不意に眼の前に謎のメッセージが浮かびあがる。
突然のことに驚くビスタ。
しかし、そのメッセージが自分にしか見えないもので、もともとビスタが感情を表に出す性格でないことが幸いしてか、周りには不審に映らなかったみたいだ。
ちなみに、そこに記されたメッセージは『同胞かもしれない少女に向けて――』というもので、
同胞という言葉がドゥーベ達がよく使う言葉であることから、当初ビスタはその文章の送り主にあまりいい印象を抱いていなかったのだが、文章を読み進めていく内にその意識は薄らいでいくことになる。
何故なら、そのメッセージにはどうして文章の主が自分をそのように表現するのかが、幾つかの証拠らしきものと共に説明されていたからだ。
ただ、その文章の最後にドゥーベが自分を助け出す為に動いていて、すでに捕らえたこと――、
その処遇に対して意見を求められたりしたのにはビスタも困った。
ドゥーベ達に関しては多少仲間意識のようなものがあるものの、自分を含めた仲間がこれまでに魔女にしたことを考えると、殺されたとしても仕方がないというのがビスタの率直な考えであり。
むしろ、自分だけに良くしてくれているようなメッセージの括りに、今までそういう経験がないビスタはどう返事をしたものかと、ただただ困惑するだけであった。
◆
「とりあえず興味を持ってもらえたみたいだな」
「しかし、捕まった男共のことはなにも言ってこないさね」
「現在の彼女の立ち位置を考えれば仕方のないことではありませんか」
「たしかにね」
実際、ビスタの立ち位置は魔女の中でも微妙な問題になっていた。
もともとは敵対する組織の人間で、いまはアメリカ政府に囲われている少女。
そんな彼女にこちらから声を掛けてどうするのかと主張するものも少なくはなく。
ただ、場合によっては彼女を保護しなければという意見も魔女の中にはあって、
今後の可能性を考えるのなら、ドゥーベの処置には彼女の意見も考慮しなければならないと、ビスタの年齢を考え、イズナが日本で貼り付けておいた魔法窓を利用させた貰ったというのが、ここまでの経緯であり。
「森に閉じ込めた連中が無事な内になんらかの結論が出ればいいんだが」
「場合によっては食料の供給も考えなければなりません」
「選り好みしなければ生きていけるんじゃなかったか」
「あの方々を基準にされても――」
「それもそうだな」
「で、この子との連絡はどうするんだいボス?」
「そうだな、燦に任せてみるのはどうだ」
「成程、それはいいアイデアかもしれません」
小練杏の姉で群狼との交戦で今は元に戻っているとはいえ、生きながらにして片手片足を食い千切られるという責め苦に合っている。
そんな彼女が交渉役につくとなればビスタと関わるのに消極的な魔女達も文句は言い辛く。
「いい返事が貰えるといいのだが」
「まあ、最終的にイズナ様にお任せする手もありますが」
「ああ、それならどこからも文句は出ないだろうが、なにも知らない少女にあの苦行を強いるのは流石に心苦しいな」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




