●森の中の暗闘
◆今回は魔女vs脱獄した超能力集団という構成になります。
早朝のフロリダ郊外の森の中を走る道路上――、
煙を上げて横転する車の前に二人の男が立っていた。
その周囲には首が捻じ曲がった状態の黒服の男が数名倒れており。
「殺してよかったのかボス」
「向こうが先に仕掛けてきたんだろ」
相手の死亡を確認するべく、しゃがみ込んだマックスに悪びれずに手を振る野性味あふれる巨漢はドゥーベ――反体制的な超能力組織・ハイエストの幹部の一人である。
その彼が捕らえられていた米国陸軍の秘密施設から脱獄。
潜伏生活する中で旧知の情報屋から、近々政府の施設で大掛かりな輸送作戦が行われるという情報を得て、この強行に及んだというのがここまでの流れであり。
「今回は外れだな。知ってる臭いが一つもない」
「そっか、俺ァなんか繋がってる気がするんだけどな」
「ボスの勘か……」
ライカンスロープの野生の勘というのは侮れないものがある。
それがドゥーベ程の実力者のものならとマックスが頭を掻くべく手を伸ばしたかけた瞬間、横殴りの衝撃が二人に襲いかかる。
突然の攻撃に大きく吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、地面から這い上がってきた泥縄を潰しながらも顔を上げるドゥーベとマックス。
すると、そこには背の高い二人の女性の姿があって、
「なんでお前等が奴等の協力してやがるんだ。魔女ォ――」
「最初に言っておくが私達とアメリカ政府との間に協力関係にある訳では無い。だが、狩り場の中で眼の前に飛び込んできた獲物を放っておくバカがどこにいる?」
喧嘩腰なドゥーベに挑発的な言葉を返すのはジョージア。
魔女の工房・北米支部の支部長を預かる女傑である。
そんなジョージアのセリフをドゥーベは「はん」と鼻で笑うと、
「どっちが獲物なんだか」
「いつまでも私達がお前達よりも弱いと思うなよ」
ライカンスロープにとって魔女という存在は狩猟の対象でしかない。
ドゥーベはもちろん、マックスにも少なからずそういった意識はあるのだろう。
しかし、いつまでもその力関係が続くとは限らない。
それを証明するかのようにジョージアの手の平から無造作に放たれた雷撃が二人に襲いかかる。
「さっきの攻撃か」
「来るとわかってりゃ効くわけねぇ」
放射状に広がる雷撃に後ろに下がっての回避を選択するマックス。
一方、ドゥーベは雷撃を喰らいながらもジョージアに襲いかかる。
「なっ」
しかし、気がつけば空を見上げている状態で、ドゥーベは眼前に落とされた雷を帯びた掌底に舌打ちをしながらも右手を払い。
これにジョージアが薄闇の中でも目立つ金髪を靡かせながら大きく飛び退ったのを横目に起き上がる。
「なにしやがった?」
「何をしたって、お前を投げただけだが」
そう、ジョージアがつい今しがたした攻撃は不格好な空気投げだ。
パワー不足の面を多少魔力で補ってはいるものの、体術でドゥーベの攻撃に対処をしてみせたのだ。
しかし、ドゥーベはそれが信じられないと、先ほどと同じ様にジョージアに攻撃を仕掛け、ふたたび空を見上げることになる。
「本当にお前の動きは直線的だな」
「なに笑ってやがる」
自分を見下ろすジョージアに本能を呼び覚ますドゥーベ。
すると、ドゥーベの体がみるみる内に獣のそれとなり、凶悪な爪で地面を掴み、その巨大を強引に持ち上げ、本能のままにジョージアを引き裂こうとする。
しかし、いざ立ち上がってみるとそこにジョージアの姿はなく。
スパーク。
死角から放たれた雷撃に一瞬意識を飛ばしそうになるも、獣王と呼ばれる者としてのプライドか、ドゥーベは倒れることを気力で拒絶。
体のどこに衝撃を受けたのかを読み取ってバックハンドで巨腕を横に薙ぎ払うのだが、ジョージアがいつまでも同じ場所に留まっている筈もなく。
「まったく、日本での敗北になにも学ばなかったのだなお前は――」
短いながらもジョージアの口から具体的なシチュエーションが語られたことで、ドゥーベの表情が大きく歪む。
「さすがに気付いたか、そうだ。全力でやって尚、お前が勝てなかった方々がいるだろう」
「ふざけるなっ!!」
それは羞恥からくる表情の変化か、鬼の形相で襲いかかるドゥーベ。
しかし、ここまでに繰り返された指摘などまるで耳に入っていなかったとばかりに同じ失敗を繰り返す、その攻撃がジョージアを捕らえられる筈もなく。
余裕を持って躱され、無防備な背中に一点集中の雷撃が打ち込まれる。
すると、さすがのドゥーベもその巨体をぐらつかせ。
「私もあまり人のことは言えないが、人のアドバイスは聞くものだ」
追撃とばかりに突き出したのとは逆の手に魔力を再充填するジョージアを見て、
マックスが我慢しきれず全身から体毛を伸ばして戦いに加わろうとするのだが、
そんな彼の眼の前に数本の石柱と大柄な黒人女性が割り込みをかける。
「ボス同士の戦いに横から混ざるのは無粋じゃないかい」
「邪魔をするな」
しかし、獣化したマックスの勢いは止まらない。
両の拳と強靭な牙で石柱を砕き、そのままジニーにも噛みつこうと大口を開けるのだが、これにジニーは足元を蹴って土の散弾を発動。
その攻撃は殺傷力こそ低いものの、確実にマックスの勢いを削ぎ。
さらに舞い散った土が偶然にもマックスに対する目潰しとなって、このチャンスに横へと回り込んだジニーがソバット。
側頭部に重い一撃を食らわすとマックスはその場に倒れ込んでしまう。
そうして足元がおぼつかなくなってしまったマックスにジニーが追い打ち。
地面に手をつき、泥縄を呼び出すと、その場にマックスを縫い付けてしまう。
ただ、マックスも伊達にドゥーベの副官をしていない。
頭に受けた衝撃によって力が入らず、格好はすでに死に体にも関わらず、泥縄を振り解こうと足掻くマックス。
「しぶといねぇ。仲間を呼ぼうとしても無駄だよ。残りは全員制圧してるから」
そんなマックスの行動にジニーはため息交じりに魔法銃を抜いて睡眠弾を撃ち込む。
と、そんな戦いを横目に――、
「さて、側近がやられてしまったようだがどうする?」
「五月蝿ぇよ」
ジョージアがした問いかけに強気に返すドゥーベ。
しかし、その動きは最初と比べると明らかに鈍っており。
さらに二人の周囲にはドゥーベの部下達の拘束に動いていた魔女達が集まってきてと、状況はどんどんドゥーベの不利に傾ていくのだが、ドゥーベはそんな状況にも折れることなく闘志を昂らせ、どうにか勝ち筋を探すのだが、根本的なスタイルがそう簡単に変えられる筈もなく。
「……これは埒が明かないな。悪いが決めさせてもらうぞ」
「なんだそりゃ」
チマチマと攻撃を与えるだけでは時間がかかり過ぎるとジョージアが切ったカードは精霊合身。
雷を衣のように纏ったジョージアを目にしたドゥーベが思わず零したのは驚きというよりも純粋な疑問だった。
「お前のそれと似て非なる技法だ。お前の戦い方を説教した手前、あまり使いたくはなかったのだが、あまり時間をかけるとFBIの連中が来てしまうからな」
ジョージアはそこで言葉を切ると弾けるようなスピードでドゥーベの眼前に迫り。
「眠れ」
極大の電撃を見舞うのだった。
◆
電撃に倒れたドゥーベが動かなくなったのを見て、精霊合身を解いたジョージアは息を吐いてマナポーションを煽る。
「それでコイツの目的はなんだったんだ?」
「やっぱり杖が狙いだったんじゃないのかい」
『彼等は仲間が輸送されると思い込んでいたようです』
ドゥーベを見下ろすジョージアの疑問に答えるのは念話通信越しのメリーだった。
「群狼のことはなにかわかったか」
『関係なさそうですね。
むしろ彼に襲われたという証言を得ています』
「はっ!?
襲われたってどういうことさね」
一緒に脱獄した仲間に襲われるというのはどういうことか?
驚くジニーにメリーが淡々とした口調でこう応える。
『彼等の証言を鵜呑みにするなら、脱出時に別行動を取っていた群狼に待ち伏せを受けたとのことです』
これが只の戦闘員だったのならトカゲの尻尾切りで理解は出来るのだが、ドゥーベはハイエストの幹部の一人である。
戦力的な理由からも、彼を切り捨ててしまうのはハイエストにとっても大きな損害であることは明白であるのだが、これは一体どういった状況なのか。
「詳しい話はこの男に聞くとして、その後が問題だな」
「あの子のことだね」
『イズナ様が目をかけているようなので慎重に対応しなければならないでしょう』
「とはいっても、このバカ共には責任を取ってもらうがな」
これに当然とばかりに周囲からは頷きがあって、
「で、その後はどうする? たぶんアタシ達が戦ったことはあっち側にもバレるだろうし、引き渡すのかい」
『政府に管理できるとは思えませんが』
ジョージア達の知る限り、政府はすでに超能力者の脱獄を二度許している。
そんな状況を鑑みるに、捕らえたドゥーベ達をそのまま引き渡すのはあまり良い選択とは思えない。
「とりあえず森で閉じ込めておくしかないだろうな。メリー場所の選定は――」
『すでに済ませています』
「だったら、さっさとコイツ等を連れてずらかろうじゃないかい」
「そうだな。誰か車を回してくれるか」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




