●エルマの無人島開発
◆今回のお話はダンジョンの掃除屋に飲まれてゲートに降り立った旅人・エルマのその後です。
万屋さんの手によってリュクコ帝国・宮廷技術院から助け出されて早二ヶ月――、
私ことエルマは当初の目的地だった大陸の向こう側の外洋に出ていた。
脱出の道筋こそ同じだったものの、万屋さんの準備が完璧だったこともあって、
前回、帝国の鞍部によって包囲網が敷かれていたゼース運河沿いの峠道もあっけなく抜けられた。
本当にあっけなかったんだよ……。
そうして、いったん帝国の勢力圏から抜け出してしまえば追手の影はないみたい。
というよりも、どうも帝国は私を反帝国を掲げるボロン連盟の一員と見ているらしく、まったく別の方面に追手を差し向けているそうなのだ。
ちなみに、心配だった私の家族については離れた土地で無事が確認されているようで、
まあ、父さんも母さんも私以上の放浪癖の持ち主だから、あまり心配はしていなかったんだけど……。
相変わらずな両親のことは心配するだけ無駄として、私はとある無人島に上陸していた。
その島はかつて偏屈な魔法使いが住んでいたそうで、周辺の沿岸地域の人達からは危険な島と認識されているみたい。
普段ならそんな物騒な島になんて近づかないんだけど、いまの私にとってその噂は逆に都合がよかった。
旅を続けるにしても、しばらくほとぼりを冷ます必要があるからだ。
私は多少不安に思いながらも潜水艇をしっかり回収して、ラファの案内でその魔法使いが住んでいたという塔を目指す。
ちなみに、この島は長い間無人だったということで荒れ果てている――っていうのはちょっと違うかな?
草が生い茂っていて、まさに大自然って状態なんだけど、先にこの島の中に入ったラファが最低限の人が歩ける道を作ってくれていたみたいで、塔まではそれほど苦労することなく辿り着けた。
と、意外とすんなりやって来れた塔なんだけど、さすがは魔法使いが暮らしていたという建物なのかな。
人が居なくなって百年以上たっている筈なのにちゃんとした状態で残っていた。
ただ、流石にところどころがひび割れているようで、魔法の保護も消えちゃってるらしく、まずはそっちをどうにかしないといけないみたい。
というわけで向かったのは塔の地下に作られた神殿のような場所、
ちなみに、場所が地下ということでヤートとプイアには塔の前で待っていてもらうことにする。
そうして地下に降りると、そこには大仰な儀式で使われるような祭壇があって、その中心に大きな宝珠があって、魔法による保護を復活させるには、どうもこの宝珠を交換する必要があるらしく、用意されたのは宝珠と同じくらいの銀色の玉。
聞けばこれはミスリルとその上位魔法金属で作られた魔導器だそうで、私としては私の為にそんな貴重なものを使うのは遠慮したいんだけど、この島で暮らしていくには必要なことだとラファに言われて、何から何までお世話になりっぱなしで申し訳なく思いつつも、私は役目を終えた宝玉を取り外し、その銀の玉を祭壇に収める。
すると次の瞬間、地下から噴出した魔力が塔内を駆け巡り。
これで魔法による塔の保護が動き出したのかな?
私が微かに魔力光を放つ銀の玉を見ていると、どこからかカチリと何かが開くような音が聞こえてきて、少し周りを調べてみると目立たない階段の影に少し空いた状態の扉を発見。
その奥にあったのは今はあまり思い出したくない宮廷技術院のような研究所で、「えっと、これって――」と思わず零れた声に反応したのはラファだった。
それによると、おそらくこの部屋は塔の持ち主だった魔法使いが何かしらの研究に使っていた場所で、状況から塔を再起動した人に引き継ぐようになっていたのではないかということなのだが、
正直、私としてはこういう部屋を貰ったとして、それを生かすことが出来ない訳で――、
塔を再起動させたのはラファを遣わしてくれた万屋の皆さんだから、ここの施設は万屋さんの好きに使ってもらうのが一番だと、この部屋のことはラファに押し付けて、私はヤートとプイアが待つ塔の一階に戻り、沈みかけた気持ちを戻すべく、ちょっと豪華なご飯を食べることにする。
ちなみに、この食事は帝都を脱出した後、修理と改造の為に一度、万屋さんに戻ったレオが持ってきくれたものだ。
これがまだ沢山残っているということで、今は贅沢にそれをいただかせて貰っている。
さて、そんなこんなで昼食を食べた後はしっかり休みをとって、気分が戻ったところで住処を整えることから始めよう。
魔法の保護が復活したとはいえ、百年以上放置されていた塔は至るところに亀裂や小さな穴があるみたいだから、まずはそれを直さないと塔の前に潜水艇を出してそこで寝ることになっちゃうからね。
ということで、私が塔の中を――、ヤートとプイアが外壁を――と分かれて浄化の魔法を使って、塔全体を綺麗にしたところで土魔法で補強をしてみることにする。
正直、土の魔法はあまり得意じゃないんだけど、万屋さんからいただいたメモリーカードから魔法式を引き出せば、下位の魔法くらいなら適正が低くても使えるみたいだからちょっと頑張ってみた。
とはいえ、この魔法でしっかり補強ができたのかは雨が降ってみないとわからない。
だから、ちゃんと修理されているかは、いつの間にか地下から戻ってきていたラファに任せて、私は塔の周りの探索に出かけることにする。
食料はまだ沢山あるんだけど、いつまでもこれに甘えているのは良くないし、できれば何か食べるものを見つけておきたいのだ。
それに元々この島は凄い魔法使いが暮らしていたんだから、自分と従魔二匹分くらいの食料は確保できるくらいの何かが残っているんじゃないかという期待があった。
まあ、もしも何も見つからなかった場合でも、海に出て魚でも獲ればいいからとヤートとプイアを空に放って、私もナタを片手に塔周辺の探索に取り掛かる。
ちなみに、これは後で気付いたことなんだけど、どうもこの島には人が近付きたくないと思わせる仕掛けが張り巡らされているみたい。
ただ、塔の魔力炉を再起動させたおかげか私達には効かないようで、陸と空からの探索をして、まず見つけたのは薬草の群生地だった。
軽く切り開いてみるとそこは畑のように区切られている場所で、もしかしたら昔ここで薬草が育てられていたのかもしれない。
しかし、普通に食べられる野菜の類は見つからなかったので、どこからか種を手に入れなければならないかな。
ということで群生地を後にした私達が次に見つけたのはヤシの実だった。
ただ、このヤシの実、実は上陸した直後に見かけていたのだが、その時は急いでいたこともあって、あえて無視していたんだけど、海岸に出たところでちょうど喉が渇いて、飲み水代わりに一つ割ってみたところ、中に白い実がぎっしりと詰まっていたのだ。
それで少し調べてみたところ、どうやらそのヤシの実はパンヤシという種類のヤシの実だったらしく、中身を焼くとパンのような食感と風味になるということで、せっかくなのでおやつ代わりに食べてみることにした。
ナイフでくり抜いた白い実を万屋さんで食べた食パンくらいの厚さにスライス。
それをフライパンで焼いていく。
はじめての食べ物なのでどれくらい焼けばいいのかがわからないけど、いい匂いがしてきたところでフォークを刺して中間で火が通っているか確認。
大丈夫だとは思うけど、まずは私が毒見して、その後でヤートとプイアにも食べてもらったんだけど、これが意外と好評で――、
大満足のおやつの後、岩場で貝を取ったりしながら海岸沿いを調べていると、空から周辺の警戒してくれていたヤートが近くの崖の上に何かを見つけたみたいだ。
甲高い声で鳴いて知らせてくれたので、一緒に貝採りをしていたプイアと一緒に崖の上まで登ってみると、そこには立派なお墓があって、そのすぐ横には半分以上風化してしまったローブを着た白骨死体が寄りかかるように倒れていた。
「えっと、このご遺体は話にあった偏屈な魔法使いさんかな?」
ただ、そうなるとこのお墓には誰が入っているのか、気になるところはあるんだけど……、
「お墓を作った方がいいんだよね」
一応、塔のお宝(?)を貰ったお礼と間借りするお返しに、元あったお墓の隣にこの骸骨のお墓も簡単にはなっちゃうんだけどつくってしまい。
「仕上げはラファに手伝ってもらうとして、こっちのお墓も綺麗にしないと」
もともとあったお墓の方も浄化を使うとどうなるかわからないから手持ちの道具を使って掃除しようと思うんだけど、
「ここの周りが綺麗なのはあの魔法使いさんのおかげだったのかな?」
お墓がある崖の上は海が近いこともあるかもしれないけれど意外と綺麗な状態で、
軽く掃除をした後に、お墓の周りに咲いていた白いアイリスの花を供える頃には日が暮れる寸前で、私達は急いで塔に戻るのだった。
◆
すっかり春めいてきたある日のこと――、
エルマさんの無事を知らせるレオの子機を介して色々と荷物が送られてきた。
調べてみると、その殆どが魔法薬やマジックアイテムの類のようで、魔法薬の方は大部分が薬としての効果を失っていたんだけど、マジックアイテムの方はまだ使えるものが多く残っているみたいだ。
「役に立ちそうな感じじゃん」
機能的にはあんまり珍しいものはなかったみたいだけど、ソニアならその中から有用なものを見つけてくれるんじゃないかな。
僕が解説を入れながら一つ一つ魔導器を鑑定していると、元春が包帯のようなマジックアイテムを手に取って、
「このパワードスーツみてーな包帯とかおもしれーんじゃね」
「そんなに複雑な動きはできないみたいだけど、これは何かに使えそうだね」
「漫画とかみてーに筋肉の動きを再現させたりとかな」
この包帯にはそこまでの自由度はないみたいだけど、捕縛に使うマジックロープの応用で面白いことが出来るかもしれない。
「だけど妙に積極的だね」
普段の元春なら、見た目怪しいアイテムはあんまり手に取らないんじゃないかとそんな僕の指摘に元春は、
「いや、ちょっと前に加藤さんのとこのお弟子さんが来るって話があったじゃんよ。そん時に使えねーかなっておもってな」
成程そういうことか――、
動機は不純だけど、有用なのは変わらなそうだから少し考えてみることにしようと、そんな元春の一方でマリィさんが興味を持ったのは一見すると普通のナイフなんだけど。
「こちらのナイフも医療器具ですの?」
「そのナイフはキメラを作り出す魔導器ですね」
「キメラ!?
それって魔剣なん」
「薬草と薬草をつなぎ合わせて新しい薬草を作るみたいなものみたいだから」
ビックリしている元春には悪いけど、このナイフはそんな凶悪なものではなくて、簡単に言えば接ぎ木なんかをやりやすくするアイテムってところかな。
「なんだよ。俺はキメラとかいうからてっきりヤベー魔剣とか想像しちまったぞ」
僕の説明にあからさまにがっかりする元春だったが、ものは使いようで。
「でも、マンドレイクとかの改良にはかなり良さそうじゃない」
「ああ、そう聞くと確かにスゲーアイテムっぽいかもな」
「ということで、このナイフはスキャンしてから魔王様にお渡ししますね」
「……ん、楽しみ」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




