●英雄候補vs元勇者
「くっ、すばしっこい奴だ」
場所は旧魔王城周囲の森に新しく発見されたダンジョン内――、
ルベリオン王国にある冒険者ギルドの新たな筆頭冒険者候補として期待されている黄金世代の三人は、不意に遭遇したとある魔獣(?)に苦戦していた。
始まりは探索の最中に受けたシャドウウルフの群れによる挟撃だった。
三人は厄介なこの状況に、ひとまず後方を塞ぐシャドウウルフに集中して戦いの場を変えることで、どうにかこのピンチを切り抜けようとしたのだが、いざ作戦を実行に移そうとしたところ、眼の前にいたシャドウウルフの数匹が一瞬にして真っ二つになってしまう。
突然の出来事に三人が呆気にとらわれる中、走り込んでくる小さな影。
それはネズミを縦に伸ばしたような小動物で、その小動物がシャドウウルフの群れを蹂躙し始めたのだ。
そうしてシャドウウルフを殲滅した小動物は三人と睨み合い状態になるかと思いきや、小動物はすぐに三人には興味がないと言わんばかりに背を向けて、その場を去ろうとしたのだ。
これに怒りを燃やしたのがヘルマンだ。
小さな形で自分達を鼻にもかけないその態度が許せないと追いかければ、リーダーであるクロードも、シャドウウルフの群れを短時間で壊滅させてしまうような危険な存在は見過ごせないと後に続き、残るフィンスも文句を言いながらも走り出す。
そうやってこの追いかけっこのような状況になってしまったのだが、三人はまったくその小動物に相手にされず。
「ちょこまかちょこまかと面倒臭ぇ」
「仕方がありません。先の通路を〈土壁〉で通路を塞ぎます」
「そんなことが出来るなら最初からやれっての」
「出来るものならやっています。ただ、剥き出しの地面がないこの場所では準備に時間がかかるんです」
「なんでもいいから、さっさとやれっての」
文句ばかりのヘルマンにフィンスは会話が成り立たないと内心で溜息を吐き出しながらも魔力を高め。
「分岐を抜けたところで仕掛けます」
前を走る二人にそう伝えると杖を前に突き出し魔法を発動。
これでようやく追いかけっこは終わりかと思いきや――、
斬っ!!!!
フィンスが作った土壁は紙くずのように切り裂かれ、魔力となって霧散してしまう。
「オイオイ、ダメじゃねぇか」
「煩いですね」
「いまのはむしろ相手を褒めるべきだろう」
これはクロードの言うことが正しくて、これまで彼等はフィンスの土壁には何度も助けられてきた。
そんな土壁がこうもあっさり切り裂かれるなんて異常事態に他ならないと三人――いや、二人――は小動物への警戒心を高め。
「あの威力は異常だ。なにか制限があるのではないのか」
「言われてみればあの魔獣、シャドウウルフを倒した後、すぐには動きませんでしたね」
実際、クロードの予想は当たっており、三人が追いかける小動物はいま攻撃を打てない状態にあった。
「フィンス、もういちど壁を作れるか」
「時間はいただければ可能です」
これにクロードが「だったらすぐに準備を頼む――」と言いかけたところでバッと顔を前方に向ける。
その理由は――、
「まずい。前方から誰か近づいてくる」
「チッ、邪魔すんなってんだよ」
「火球に切り替えます。魔法が弾ければ前からくる何者かへの警告にもなるでしょうし」
「なんでもいいぜ」
「準備ができたら声をかけてくれ」
「わかりました」
端的な会話で作戦がまとまったところでフィンスが火球を放ち――通路が爆炎で包まれる。
しかし、小動物の動きは止まらない。
「獣にも関わらず火を恐れないか」
「へっ、一瞬でも足止めが出来れば十分だぜ」
一方、ヘルマンの方も小動物が爆風を避けるように壁を蹴ったその一瞬に、加速系の魔法を使って追いついて、
「死にやがれ」
極大の一撃を見舞おうとするも、その攻撃はぬるりと躱され、顔を蹴られてしまう。
しかし、ヘルマンの顔を足場にその場から逃れようとした小動物の眼の前に割り込む者がいた。
クロードだ。
「残念だけど詰みだよ」
彼は気障なセリフと共に剣を横薙ぎに振るうも、小動物はこれにも即応。
クロードが振るう剣の刃に足を乗せてバク転をするように縦回転すると、長い尻尾を無防備な顎に叩きつけてその包囲網から抜け出し。
「待て――」
足元が覚束なくなったクロードが手を伸ばす先に見えるのは四人の人影。
このままで犠牲が出てしまうのかと震える手を伸ばして叫ぶも、その小動物の勢いは止まらず、四人に飛びかかり。
「何やってるんすか」
「お前ら――」
そこに居たのはダンジョンの入口で分かれた白盾の乙女の四人だった。
そして、リーダーであるエレオノールの肩の上には、先程までクロード達が追いかけていた小動物が乗っていて、
「えっと、その魔獣は?」
「魔獣?
この子はウチ等のゴーレムっすけど」
「これがゴーレム?」
「それ以外になにに見えるっていうのよ」
よくよく見てみれば、その小動物には魔獣特有の凶暴性は見られず。
「紛らわしいだろ」
「あの、ギルドにも報告してあるのですが聞いていませんか?」
呆れたようにそう言われ、三人はただただ顔を見合わせるしかなかった。
◆
それから数時間後の万屋――、
夕飯の買い出しへと来たフレアに店主である虎助がこう声を掛けていた。
「フレアさん、売り出し中の新人はどうでした?」
「売り出し中の新人?」
「今日ダンジョン探索途中で白盾の乙女の皆さんと合流しましたよね。
その前に追いかけてきていたのが、ルベリオンの冒険者ギルドが筆頭冒険者として売り出しそうとしている人達みたいなんです」
虎助からもたらされた情報にフレア達から「えっ」という困惑の声があがり。
「あんなのが私達の後釜なの?」
「そうみたいですよ。一部の人が言っているだけのようですが」
続く補足にティマとポーリが納得したような顔を浮かべ。
「ダガンダ侯爵辺りが動いているのでしょうね」
「ありそう」
「ダガンダ侯爵ですか?」
「鉱山で戦った騎士達がいたでしょ。その派閥の重鎮って感じ」
アギラステアを使っていた近衛騎士の関係者――、
その情報にロゼッタ姫とフレア達の状況を鑑みて虎助の顔が難しいものとなる。
「それとなく情報を集めてみましょうか、白盾の乙女の皆さんに手伝ってもらえれば情報は手に入りそうですし」
「どういうこと?」
「実はギルドがその新人さんと白盾の乙女を結びつけようとしているみたいなんです」
「パーティのバランスを考えてか」
「どちらかというとエレオノールさんの後ろ盾を狙っているフシがあるようですが」
ギルド主導のパーティ合流というこの情報に、フレアは純粋にパーティバランスを考えての動きと理解したようだが、実際には隣国の貴族家に連なるエレオノールの立場が目的じゃないかという予想が本人から出されており。
「そういえばあの子、ベルタの貴族家出身だったっけ?」
「こちらはギルド側の思惑でしょうか」
「面倒事にならなければいいが……」




