●シルビア帰還
それはシルビア達がガルダシアからの帰る道中のこと――、
トンネルを抜けて領都に向かう馬車の中での会話である。
「行きも思ったが山越えはトンネルを使うと本当にあっという間にだったな」
「むしろ領内の移動に時間がかかっていますよ」
「領都が前線にあるのだから仕方がないことなのですが」
領都というのは、通常――領地中央付近に置かれることが殆どだが、カイロス領の領都は辺境を守るという性質上、国境沿いに作られており、
ガルダシアから領都へ戻るためには領を斜めに縦断せねばならないのだ。
「そういえば以前、トワとスノーリズが領都に現れた際、奇っ怪な飛行船に乗ってきたという話があったが」
「それは虎助様よりお貸しいただいたという飛空艇でしょうね。私も見せていただきました」
「ティファリザ、いつの間に――」
「訓練の後、お姉様がお風呂に入り浸っている間にですよ」
それはアヴァロン=エラでの訓練の後、風呂の気持ち良さに目覚めたシルビアが、つい長風呂をしてしまっている時間――、
ティファリザは万屋に足を運び、虎助からいろいろと情報を聞き出していたのだ。
「しかし、あれほどの船となると運用には相当な魔石が必要なのではないか?」
「それが、あの世界の膨大な魔素と上位金属を組み合わせられれば炉の代わりになるようでして」
「あれは反則ですね。最近めっきり上がっていなかった魔力が一気に上がりました」
「私も必中の矢が二発は撃てるようになったな」
事実、シルビア、ティファリザ、リースの三人は視察の間を縫って訓練の時間を捻出し、
短い時間で驚くほどの魔力量を上げていた。
「正直、私は残りたかったですよ。いや、今からでも引き返したい」
「それも含めて父上に報告せねばならないだろう」
出来ることなら自分もという気持ちがあったが、立場的に難しいことはシルビアは分かっていた。
そして、話題――というよりもテファリザの要望――は尽きることなく馬車は進み。
時間後、領都に到着。
シルビア達が馬車を降りると、そこにはすでに数名のメイドが待ち構えていた。
「おかえりなさいませシルビア様、成果の程はいかがでしたか」
話しかけてきたのはメイド長のアデラだった。
「それも含めて父上に相談がある。会えるか」
「首を長くしてお待ちしております」
当然のことではあるが自分達が戻るという先触れはすでに出されており、すぐに領館の中央に作られた訓練場に案内される。
すると、そこでは伯爵が中心となった模擬戦が行われていて、場内に入ってきたシルビアに気付いたのだろう。訓練を中座した伯爵が手拭いで汗を拭きながら近付いてきて単刀直入にこう訊ねる。
「それでどうだった?」
「マリィ様――、ユリス様――、共に壮健でガルダシアに問題はありませんでした」
「当然だろう」
ガルダシアの五指の一人であるマリィが収める土地に問題がないのはわかっている。
それよりも報告すべきことがあるだろうと急かす伯爵にシルビアはため息を吐きながら。
「お父様達が要望されていた魔導器・装備類は手に入れてまいりました」
「そうか、では――」
「お待ち下さい。訓練に戻る前に聞いていただきたい案件が幾つかあるのです」
新しいおもちゃを試すのが待ちきれないというように先を促すカイロス伯爵。
そんな伯爵にシルビアは半眼を向けながら続けて、
「まずは新たな訓練場の建設の許可をいただきたい」
「む、新しい訓練場の建設とな?」
辺境を守るカイロス領にはすでに数多くの訓練施設がある。
にも関わらず、他領と合同で訓練施設を作る意味があるのかとカイロス伯爵は首を傾げるも、
「特別な訓練を行う為です」
「ふむ、それはどのようなものなのだ」
新しく作る訓練場で行う訓練の内容とそこで使う魔導器、そしてガルダシアに工事を手伝ってもらえば、見張り台としての役割も期待できる訓練場が作れるとの説明をシルビアがする一方、ティファリザとリースがセッティングを行い。
兵士達が見守る中、カイロス伯爵が訓練に使うものの一つとしてシルビアの持ち帰った〈ティル・ナ・ノーグ〉を実際に試してみれば、伯爵はすぐにその魅力に取り憑かれてしまったようだ。
「フハハ、これはいいな。領にいながらも様々な強者と戦えるのがいい」
兵士達から文句を言われながらも、〈ティル・ナ・ノーグ〉を操作するティファリザに連戦をせがむ伯爵の様子に、狙い通りの結果になったとシルビアは口元に笑みを作りながら。
「それで訓練場の建設許可は――」
「当然作る」
「では、次にディストピアの素材の確保は了承していただけるということでよろしいでしょうか」
「そうさな。面倒な相手こそ作るべきだろう」
領軍の戦力を増強するという意味ですべてディストピアに使うとは言えないものの、一つの武具よりも訓練の方が重要と考えるような相手なら、ディストピアにしてしまうのも一つの手だと、カイロス伯爵は着流しの老人と斬り結びながらそう口にして戦闘に集中、どうにか相手のパターンを読み切って勝利を収めたところで、
「しかし、世界にはこれ程の強者がいるのだな」
「その方は店主の師の一人だそうで、あちらの世界でも指折りの人物だということです」
「本物と手合わせ願いたいものよ」
「それは――、
あちらもお忙しい方のようなので難しいかと」
そもそもカイロス伯爵自信がこの土地から離れることが難しく、通常なら伯爵の要望は実現不可能であるのだが、
「ただ、こちらから記録を送れば擬似的にも戦うことが可能かと」
「それでは意味がないのではないのか」
「いえ、この魔導器は双方が幻影と何度も戦うことで戦う相手の性能が向上していくそうなのです」
「つまり、間接的にではあるがお互いを高め合っていくことができるのか」
カイロス伯爵は基本的に戦いこそ全てという人間なのだが、頭は回る。
〈ティル・ナ・ノーグ〉の使い方を直ぐに理解して嬉しそうにする伯爵を見て、すかさず手を上げてのはティファリザだ。
「そこでお願いが、私をガルダシアの駐在員していただけませんか」
これにカイロス伯爵は呆れたようにしながらも、娘の性格はよく分かっていると呆れ混じりの顔を作り。
「それはトワかスノーリズに頼めばいいのではないか」
「お父様は忙しいお姉様方の手をこちらの事情で煩わせるのですか」
「ティファリザ、本音を言え」
「一週間程度の視察では足りません」
実際、今回は名目上のガルダシア領の視察もしなければならず、シルビア達はアヴァロン=エラを回りきれていない状態なのだ。
そして、万屋にはまだ面白いものがあるのではないかというのは、カイロス伯爵にも伝わっているのだろう。
「レイアを説得できたらな」
「そんな――」
伯爵がふっと表情を和らげつつも名前を上げたレイアというのは、カイロス伯爵家の三女で、主にカイロス領の人事・運営を担っている才女であり、ティファリザが頭の上がらないと姉の中の筆頭だった。
「どちらにしても、この話はレイアを通さなければならないだろう。ティファリザ、その役目を手に入れたいのなら自分を示せ」
「わ、わかりました。必ずお姉様を説得してみせます」
「それでいい」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




