シルビア夜の訪問
「すごいですね」
早めの夕食を取って、姉妹揃って万屋にやって来たシルビア達が見上げるのは光りに包まれた巨大ゴーレム、万屋のシンボルマークであるモルドレッドだ。
「綺麗な光ですがどのようなものなのでしょう」
「LEDというものらしいですよ」
「LED?」
「金属のようで金属でないものを光らせているとのことでしたね」
「金属のようで金属ではない?なにか特殊な錬金素材なのでしょうか」
興味津々のティファリザの疑問に答えるのはトワである。
彼女はスノーリズと共にシルビア以下二人の姉妹を連れてモルドレッドの股下を抜けると、こじんまりとした万屋の店内に入る。
すると、そこではいつものように虎助がカウンターに座っていて。
「いらっしゃいませ。準備は出来てますよ」
「すみません。お手数かけます」
「いえいえ、僕は奥にいますので、後の事は訓練場にいるエレイン君に声をかけてください」
五人に気を使って虎助が店の奥へと下がったところでカイロス家一行は訓練場へ。
そう、今日は視察を終えたシルビア達がカイロス領へと買えるのを前に、訓練場を貸し切りにしてディストピアに挑戦しようという集まりだった。
そうして五人が万屋の片隅に備え付けられたシンプルな扉を開いて中に入ると、夜とは思えない煌々とした明かりが広い訓練場を照らし出していた。
「ここの照明も先ほどと同じLEDというものでしょうか」
「こちらはその技術を応用した魔素灯になるようですね。カンテラサイズのものならお店の方で売っていますよ」
トワの発言を聞き回れ右をしようとするティファリザ、そして、その首根っこを捕まえるシルビア。
ただ、シルビアも性能の高い照明器具は魔の森の探索の際などに役立ちそうだと――、
「予算の残りは心許ないが幾つか試しに買ってみるか」
呟きつつも入口の近くに用意された大きなテーブルの下へ。
すると、そのテーブルの上には様々な種類の武具がずらりと並べられていて、
その品質の高さ――いや、伝説級の武具の数々にシルビアが「これは我々が使ってもいいのか」と戸惑うように呟けば、テーブルの脇に控えていたエレインの頭上に『どうぞご自由にお使いください』というメッセージがポンと軽快な音と共にポップアップ。
「先日もそうだったが、よくこれだけの武器をポンと貸し出せるものだな」
「品質が高過ぎるからこそ、迂闊に出せないようですから」
逆にこういう機会でもない限り出せないとトワが万屋の裏事情を話せば、ティファリザが、
「城のギャラリーも凄いですもんね。どこの古代遺跡の宝物殿かと思いましたよ」
「そうだな。あれを名目に攻め入られてもおかしくないんじゃないのか」
それは心配というよりも忠告か、そんなシルビアの言葉にトワはどこか誇らしげに。
「攻めていただいても構いませんよ。
我々もおりますし、なにより五指であらせられるマリィ様に加え、ギャラリーには最強の守護者が控えておりますので」
「例の黄金騎士か、あれはそれ程までの性能なのか?」
シルビア達もマリィが所有する鎧の数々とそれを扱うゴーレム・八龍については紹介をされている。
しかし、実際に動いている姿を見ていないので、その実力がどれ程のものなのかがわからずに、こういったリアクションになってしまうのだが、これにスノーリズから補足が入る。
「お姉様はダフテリアンとの諍いの件は聞いておられますか」
「勿論聞いているぞ。なにせフィーの夫が代官として派遣されることになったからな」
訓練を隠れ蓑にガルダシア東側の通商破壊を狙った隣領ダフテリアンの一件は、カイロス伯爵の娘婿が領主として派遣されることが決まったということもあって、シルビアもその詳細は把握している。
「あの時、領軍を追い返したのはユリス様が操る八龍でした」
「それは本当のことなのか?」
「まごうことなく真実です。
なにより、城内の仕掛けはそれだけではありませんので」
知らない方が身の為かとシルビアは肩を竦めたところで話は戻り。
いろいろ脅しかけるような話も出たが、やはり伝説級の武具には興味があるのだろう。
シルビア達、カイロスからの派遣組は少し浮かれながらも装備を選び。
「さて、どのディストピアから挑戦してまいりましょうか」
「どれ言われても、外面を見ただけで判断するのは難しいんじゃないか」
ディストピアはその外見から、それがどのような生物を元に作られたかは読み取れるものの、中身がどういった相手なのかを完全に把握することは難しく。
「ティファリザ、なにか意見はあるか」
「いまここにいる五人は、トワ姉さま以外、遠距離からの攻撃が得意です。なので、この鳥の羽があしらわれたものなどはいかがでしょう」
このティファリザの考察にシルビアが「どうだ?」とトワとスノーリズを見ると、二人は楚々とした様子で、
「今日の主役は三人ですので、我々はそれに従うだけということです」
今日の自分達はあくまで三人を楽しませる役割だと軽く笑みを返せば、シルビアとしても無理に聞き出すことは出来ないと、最終的にティファリザの意見を採用し、五人は羽で飾り付けられたディストピアを取り囲み、アイコンタクトでタイミングを合わせ、ディストピアに手を伸ばす。
すると次の瞬間、五人は荒涼とした大地に立っていた。
そして、耳に届いた大きな羽音に見上げれば、そこに居たのは半人半鳥の怪鳥で、
「大き過ぎるでしょう」
思わず大声で叫んでしまったからだろうか、その怪鳥はティファリザ目掛けて急降下。
「ティファリザ、ボーっとするな。早く逃げろ、やられるぞ」
「そんなこと言われましても」
逃げることよりも文句を優先してしまったティファリザにシルビアが大声で指示を出すも、慌てたティファリザは足をもつれさせ、動きが止まったそこに怪鳥の大きな鉤爪が振り下ろされる。
その結果、ティファリザはあっけなく光の粒となって消えてしまい。
「あの馬鹿――」
「私が引き付けます」
そう言ってデッキブラシを構えるトワにシルビアが「頼む」と下がろうとしたその時だった。
半透明の魔法障壁が四人を取り囲むように展開されて。
「閉じ込められた?」
「どうやらそのようです」
「こうなっては仕方がない。我々だけでもなんとかするぞ」
「はい」
逃げ場がないのならと四人は果敢に抵抗を試みたものの、怪鳥が展開する魔法障壁の仕掛けが解き明かせずに全滅。
遅れてやって来たティファリザもなにも出来ずにやられてしまい、チャレンジは失敗となってしまった。
「ティファリザはもう少し動けるように鍛えるべきだな」
「申開きもございません」
実際、ティファリザが怪鳥の初撃でやられたことで魔法障壁に対する考察が遅れてしまったのが敗因だった。
もしこれが実戦だったのなら、本当に間抜けな最後という他ないと、ティファリザは反省させられ。
帰郷後の訓練が決定したところで、
「どうしましょう。また先程のディストピアに挑みますか、それとも別の――」
「トワ姉様、今しがた激戦があったばかりですが!?私、殺されてしまいましたが!?」
すぐに次に行こうとするトワにティファリザから不安と驚きの声が上がるものの。
「綺麗にやられたので消耗はほぼなかったものでしょうに」
ディストピア内部でやられた場合、精神的な疲労以外のすべてがリセットされる仕様になっている。
だから、何も出来ずに倒されてしまった場合、その消耗は限りなく少ないと、そんなトワの指摘に、ティファリザは確かに自分の体調が平時とほぼ変わらないことに気づき。
「それでも疲れたというなら魔法薬もありますし、問題ないでしょう」
圧を感じる笑顔でトワが手に取るのはテーブルの横に置かれた箱に入れられた魔法薬の一つ。
「ここにある魔法薬は飲んでいいものなのか」
「これは錬金術の修行をしているメイドが作ったものですので、いくら使っても問題ありません」
ディストピアで使うアイテムなどがストックしてあり、今回はそれを放出しているというわけだ。
「ガルダシアではメイドまで錬金術を使うのか」
「メイドは村の教育施設の管理も任されていますので、使えないという訳にもいかないでしょう」
自分達が使えないのは情けないということで、そこに収められる技術はメイド達が分担して、習得しているといえば、シルビアも納得するしかなく。
その後、五人は幾つものディストピアにチャレンジ。
最初の失敗が逆に良かったのか、幾つかのディストピアの攻略に成功するのだった。
◆おまけ
「ねぇ元春、出てくんじゃなかったの?」
「流石にあの中には出ていけねーだろ」
「本当に君ってヤツはよくわからないね」
「うるせー」
◆ちなみに今回、トワとスノーリズは通常のメイド装備でメルビレイなどの本装備は使っておりません。




