赤い薔薇と仮面の少女
◆今回はちょっと長めのお話となっております。
「こんにちは」
そう挨拶をしながら元気よく店の中に入ってきたのは赤い薔薇の皆さんだ。
ただ、今回はいつもの五人だけではないようで、メンバーの中で一番小柄なポルカさんの後ろに怪しげな仮面をつけた女の子が隠れていた。
「いらっしゃいませ。そちらのお嬢さんははじめましてですね。新しいお仲間でしょうか」
「ああ、この子はちょっと訳ありでして」
見た目年齢からある程度予想していたが、その仮面をつけた少女は、親交のある貴人から護衛を任されたそうで、護衛対象でダンジョンを抜けてここに連れてくるなんて大丈夫かとも思ってしまったのだが、現地の状況も考慮して、むしろ万屋にいた方が安全だと判断したようだ。
正直、わざわざダンジョンを抜けてまでここまでやってくるのが安全かと言われると疑問符が残るものの、最初に来た時は商人さんを連れていたことを考えると、赤い薔薇の五人からしてみると人一人守ってここまで辿り着くことはそこまで難しいことではないのかもしれない。
「お泊りは前回と同じテントでよろしいですか」
「お願いします」
赤い薔薇の皆さんが前回・前々回と宿泊したのは、ちょっと豪華なテントになる。
そこに一人増えたところで問題はないだろうとチェックイン。
「じゃあ、飯にしようぜ」
ロッティさんの声でバーベキューの用意でもと思ったのだが、ここでクライさんが「それでこれなんですが」と真っ赤なマンドレイクを取り出す。
聞けば、それはアムクラブに来るまでの道中で採ってきたものだそうで、魔法薬の素材は勿論、香辛料にもなるようだ。
そして、これを使ってなにか面白い料理が作れませんかということなので、正直あまり自信はないのだが、ウチにも卸してもらえるとあらばやらない訳にはいかないだろうと、その赤いマンドレイクの特徴を聞き、味を確かめ、インターネットで使えそうなレシピを調べて、エレイン君に手伝ってもらいながら調理をしていく。
そうして一時間後、赤い薔薇の皆さんと常連の皆さんを集めての試食会をしていこう。
「うわっ、真っ赤っ赤」
「どれから食べたらいいのでしょう」
「とりあえずポテトから食べるのが無難かと」
目に痛い料理の数々の中で、僕がまずオススメしたのは、市販の冷凍ポテトに乾燥させて粉にした赤いマンドレイクとコンソメを混ぜてふりかけたものだ。
これは、おばあちゃんのキャラクターでお馴染みのポテトチップス風の味付けを試してみたもので、
「普通に美味しい」
「いや、辛くね」
「……暴君」
どうやら後からじわじわと辛さが増してきたみたいだ。
すでに三口目まで食べていた元春が慌てて近くのペットボトルに手を伸ばすも。
「元春、それは――」
「――って、ブフォ。なんじゃこりゃ」
「見た目がショウガっぽかったから、ジンジャーエールもいけないかなって作ってみたんだけど」
そう、これも赤いマンドレイクを使った一つで、いわゆるサラトガクーラーを炭酸水で割ったものであり。
元春は口が辛くなっているところに飲んだからここまで大きなリアクションになってしまったようだが、普通に飲めば問題はないようで、
「これ単体なら悪くはありませんわね」
そんなハプニングを挟みながらも今回のメインディッシュとも言うべきカレーを試食していこう。
ちなみに、このカレーについては、さすがにスパイスから作るのは難しそうだったので、料理動画を参考に、トマトのホール缶をベースにカレー粉と香辛料を使ったレシピの、香辛料の部分を赤いマンドレイクに差し替えて作ってみたもので、個人的には少しだけ入れた市販のカレー粉のおかげで激辛ながらもコクのある仕上がりになったとは思うのだが、さて皆の反応はいかがなものか。
「これはっ!?」
「しっかりカレーになってますね」
「カレー粉がどれくらいの仕事をしているのか確認する必要がありますけど、これは前に作ったグリーンカレーに近い味なのでなんとか再現したいですね」
「頼んだぞ」
「にしても辛いです」
よかった。少し辛かったようだが味自体は悪くないようだ。
ただ、辛いのが苦手な人にはあまり受け付けられなかったようだと、次に紹介するのは残った味噌汁をベースにしたなんちゃって麻婆豆腐だ。
「この麻婆豆腐めっちゃ美味い」
「辛さが控えめで食べやすいです」
本来ならこの麻婆豆腐はキムチを刻んだものを入れて辛味を出していくのだが、今回はその代わりに赤いマンドレイクを少量使ってみた。
しかし、赤い薔薇の皆さんの地元では、今のところ味噌に類似するものは見つかっていないようで、こちらも万屋からの調味料の提供なしには再現不可能なものになってしまうものの、あちら世界でも麦や大豆は普通に食材として流通しているみたいなので、麹菌をどうにかすればあちらでも作ることができると思われる。
ただ、麹菌を異世界に持ち込んだ場合、どんな影響が出るのかわからないので、これに関しては後でソニアにでも相談するとして、
「これは?」
「ご飯やパン、麺類に乗せたり混ぜたりして食べるものです」
ここで仮面の女の子を背中に貼り付けたポンデさんが見つけたのはいわゆる食べるラー油だ。
こちらは、植物油が少々ネックとなるものの、塩と砂糖、後はナッツなどがあれば作れなくはないので、あちらでも再現が簡単じゃないかと作ってみた。
ちなみに、赤い薔薇の皆さんからあちらで魚醤を見つけたと渡されており、醤油代わりに少し入れてみたのだが、特に問題はなかったようだ。
「普通に美味い」
「へぇ、食べるラー油ってパンにも合うんだ」
と、リーサさんが食べるのは、フランスパンを薄く切って、その上にチーズ、そして食べるラー油を乗せたもので、
「これは良さそうじゃない」
「いろいろな料理に使えそうです」
この反応からして、ラー油は割りと余らせがちだけど、料理上手な赤い薔薇のみなさんならいろいろと使い道を考えてくれそうだ。
さて、そんな食べるラー油と同じ系統等して登場するのが肉味噌だ。
こちらも当然ながら味噌を使っているので再現性は難しいが、ご飯やパンに乗せて食べてもいいし、各種麺と混ぜて台湾まぜそば風にしてもいいと盛り上がり。
これでだいたい赤いマンドレイクを使った料理を見せられたといったところで、僕が取り出したのは白い粉が入った小さな小瓶だ。
「そういえばこんなものがあるんですけど」
「なんでしょう。お塩にしては細かいように見えるのですが」
「六花草という植物の綿毛を砕いたものです。これには触れたものを凍らせるという力があって、振りかけると食材を凍らせつつも清涼感をあたえるといった効果があるんです」
「それってもしかしてアイスクリームに使えるってことですか」
これに食いついてきたのはウチでアイスクリームを食べて以来、大好物になってしまったニグレットさんだ。
「少し味見をしてみます」
「いいんですか」
「赤いマンドレイクもかなり卸してもらいましたし、皆さんに買ってもらおうと取っておいたものですから」
扱いが難しくいこの調味料も、赤い薔薇のみなさんなら何かに使ってくれるだろうと残しておいたのだ。
ということで、さっそく調理をしていこう。
とはいっても、赤い薔薇の皆さんが来たら、こちらをお出ししようというのはもともと予定していたことなので、アイスクリーム液は赤いマンドレイクを使った料理を作る際に作ってあって、
後はこれを料理用の小さな錬金釜を使い、乱気流でかき混ぜている中に耳かき一杯分を入れるだけと、あっという間にアイスは完成。
それぞれにティースプーンの上に乗ったアイスクリームを食べてもらうと、
「少なくて申し訳ありませんが」
「これは強烈ですね」
「あの量でこれですか」
「ガツンと口の中に冷たさが広がるわね」
どうやら好評なご様子で、
すかさずニグレットさんが、
「もちろん買い取ります」
「ニグレット?」
「いや、どう考えても希少な調味料ですよね。いま動かないでどうするんですか」
「まずは値段を確認してかでないと」
冷静に指摘されればうっかりしていたとニグレットさんが慌てるものの、しかし安心して欲しい。
種は残してあるので追加で栽培をすることも可能で、一瓶で銀貨数枚といった少々ぼったくりなのだが、素材採取の危険度などを安いといえる値段であり。
「買います。構いませんよね」
「はい。その値段ならむしろ買わない方が嘘でしょう」
まあ、かつて胡椒がうんたらという話があるように、希少な調味料というのはそれだけで価値があるのだ。
ただ、その扱いに注意点があることを伝えておくのは忘れてはいけないだろう。
◆
赤いマンドレイクの試食を終え、落ち着いたところで仮面の少女をしていくことになるのかと思いきや、どうも彼女には込み入った事情があるようで、詳しい話は常連の皆さんが帰ったタイミングでということでということになって、 就業時間を延長して午後八時――、
仮面の少女に懐かれているポンデさんを除いた赤い薔薇の皆さんが、夕食とお風呂を済ませた後、お店までやってきてくれて事情を聞かせてくれる。
それによると、よくある話と言っていいのだろうか、あの仮面の少女は赤い薔薇の皆さんが本拠地とする国の侯爵家当主が、その家に奉公するメイドとの間に作った子供だそうで、あまりいい待遇を受けていなかったそうだ。
ただ、最近になって侯爵本人が急逝してことでお家騒動が勃発。
それに少女が巻き込まれないようにと、侯爵が没してしまった後のゴタゴタから後ろ盾なってしまった貴人から護衛を任されたみたいだ。
ちなみに、彼女がつけている不気味な仮面は父親である侯爵が用意したものらしく、一度つけたら取り外すことが出来ないのだという。
成程、万屋に来たのはそういう事情もあるのか――、
と、そうした事情から、この護衛の障害になりそうな仮面も万屋なら外せるのではという思惑もあって万屋にやってきたとのことである。
それで、問題はこの仮面が外せるかであるが――、
「外すことは難しくないと思います」
「本当ですか」
「ちょっと待っててください」
そう言って僕が店の奥から持ってきたのは、先日魔女の皆さんと一緒に作った聖水の一つだ。
この聖水なら身体に影響がなく、ただ外れないといった程度の呪いなら綺麗さっぱり浄化できる筈だと渡せば、クライさんはそのお値段を気にするものの、いまお出しした聖水の材料は万屋の水道水であって、これでお金を取ったら申し訳ないと僕がお金の受け取りを断ると、最初は遠慮していた赤い薔薇の皆さんも「ここの料理が美味しいのにはそういう秘密もあったのですね」と、妙な納得のされ方をしてしまったが、しっかりと聖水を受け取ってくれて。
「しかしそうなりますと、彼女がいる内はここに出入りしている人をチェックした方がいいですかね」
「いえ、そこまでする必要はないかと」
「アムクラブの知り合いに私達がここに向かう情報を流しておいたから、わざわざ敵に回る人はいないでしょ」
そもそもアムクラブからアヴァロン=エラまで辿り着くには高い実力が必要で、万屋から得られる利益を考えると問題を起こすだろうと予想される人間に協力する探索者はいないだろうとのことであり。
「じゃあ、皆さんはしばらくこちらに滞在するということですか?」
「そうですね。ただ一度、情報収集に戻ろうかと考えているので、その時は彼女ことをお願いしたいのですが」
滞在中のお客様の安全を図るのは当然のことなので、それは構わないといえば構わないのだが。
「皆さんで帰ってしまうんですか?」
「いえ、護衛を任されたにも関わらず、誰もついていないっていうのはさすがに問題ですから――」
お客様の安全を守るのは当然のことなので、一人で残ったとしても問題はないのだが、
直接護衛を引き受けた赤い薔薇の皆さんとしては、最低限自分の仕事はしなければいけない訳で、
「セウスかポンデに残ってもらおうと考えています」
クライさんの発言に「えっ」と驚くのはロッティさんとニグレットさんだ。
そんな二人の一方でリーサさんが「まったく」と腰に手を当てて。
「一人だけ残るなら、私かポンデのどっちかでしょ」
「戦力的に私なのでは?」
「待て待て、ニグレットが抜けてるとエレメントの対処が出来ないだろ、ここはアタシが残りたい」
ちなみに、エレメントというのは各属性の魔素が魔石を核に形を持ったような存在で、
物理攻撃があまり効かない厄介な相手である。
「だけど、この前ここに来た時、皆さんも店長さんからおぼえやすい魔法を見繕ってもらいましたよね」
「そうだけど、さすがにこの短期間じゃものできないわよ」
以前、ここを訪れた際に小さな世界で得意な属性を測定、個人個人に合わせた攻撃魔法をおすすめしたのだが、皆さんの反応を見る限り、まだ実践レベルとまではいっていないらしく。
「すぐに戻るわけではないのなら、しっかり話し合って決めた方がいいんじゃないですか」
「そうですね」
誰が残るのかという議論はいったん棚上げ。
「それでスクナカードを購入したいのですが」
「素材は何にします?」
「オリハルコンとムーングロウを一枚づつ、あとミスリルのものも一枚お願いします」
ちなみに、ミスリルのスクナカードは仮面の少女自身のもののようで、万が一の場合はこれで自分の身を守ってくれればという備えなのだと、すぐにそれぞれのカードを用意すると、クライさんとニグレットさんがさっそくスクナカードを使ってみるとのことだ。
「使用上の注意点はなにかありますか」
「具体的な目的があるならしっかりイメージした方がいいかと、ただ、何も考えない方が本人と相性のいい精霊が来てくれるかと」
僕のアドバイスに二人は少し考え込んてから「やります」とカードに魔力を送り、呼び出されるのはずんぐり丸い蓋付きの小鍋と紐状の手が生えた壺のスクナだった。
「これがスクナ?」
「手が生えた鍋や壺にしかみえないんだけど」
「手元の魔法窓が浮かんでいますよね。そこからスクナ達の特技が見れますから」
その言葉に赤い薔薇の皆さんがクライさんとニグレットさんの手元の小さな魔法窓を覗き込み。
「ええっと、この子は〈発酵〉と――、
これはアイスが作れるんですかね。〈冷却〉という特技を持ってるみたいです」
ニグレットさんのスクナは生産特化のスクナになるのかな。
一方、クライさんは足元をコロコロ転がっていたご自分のスクナを抱え上げながら。
「私のスクナは〈頑強〉と〈密閉〉ですか。
圧力鍋みたいなことが出来るのでしょうか」
「ねぇ二人共、趣味に走り過ぎなんじゃない」
たしかに、ぱっと特技だけを聞くとリーサさんがツッコミたくなるのもわからなくはないが、
「あの、クライさんのスクナの〈頑強〉というのはどこまでの影響範囲があるんでしょうか」
「どういうこと?」
「いえ、鍋の中に入ったものにも〈頑強〉の効果が及ぶのなら、魔法の防具のようにも使えるんじゃないかと」
「それはありそうね。
クライ――」
「ちょっと待ってください。その前にこの子達の名前を決めてあげませんと」
さっそく試そうとしているところ悪いけど、まずはせっかく宿ってくれた精霊に名前をつけてあげなければと僕が言えば、クライさんとニグレットさんが自分にじゃれつくように体を動かす鍋と壺を見て、やや苦笑いになり。
「そうですね。
ならば君の名前は角煮です」
「クライ、ちょっとそれはストレート過ぎない?」
「ダメですか?
私としてはいい名前だと思ったんですけど」
「もう、クライさんはしょうがないですね。
この子達には精霊が宿っているんですよ。もっと可愛い名前をつけてあげないと、
ねっ、アイスちゃん」
「いや、響とか――わからなくはなんだけど、アンタも言ってることはクライと同レベルだから」
◆
さて、そんなこんなでクライとニグレットによるスクナの名付けを終えたところで、赤い薔薇の四人はテントに戻る。
ちなみに、その後の実験の結果、角煮の特技が本体以外にも鍋の中に入った状態のものなら何にでも発揮することが判明して、赤い薔薇の面々はこれで一つ手札が増えたとホクホクで、
テントに到着したところでさっそく仮面の少女にこう切り出す。
「まずはこれから君の仮面を外していこうと思う」
これは単純に警護の問題で、特徴的な仮面を外すことで、彼女を害そうとする一部の人間から、逃げやすくしようということなのだが、この申し出に少女はポンデの背中に隠れてしまう。
「嫌?」
ただ、ポンデがそう声を掛けると少女は首を左右に振るので、仮面を外すことが嫌という訳でもなさそうだが、
「不安なのかもしれないわね」
赤い薔薇の五人も詳細は把握していないが、その仮面は少女が幼い頃からつけているものらしく、今更それを外すのは不安なのだろう。
「呪いを解いても、その下面がなくなる訳じゃないから」
しかし、クライが再度、優しく言葉をかければ、少女もおずおずとしながらもポンデの背中から顔を出し、ニグレットが差し出す聖水を受け止めるタオルを手に取ると『お願いします』とばかりに頭を下げて。
「じゃあ、かけるよ」
クライはそう確認した後、少女がもう一度うなずくのを見て、静かに聖水をかけていく。
すると、その変化は劇的だった。
聖水が触れた側から黒い煙が立ち上り、真っ黒だった仮面が純白のものへと変化する。
それと同時に少女の仮面と同じだった彼女の髪色が南国の海の色を映したようにアクアマリンに染まり。
「これは――」
「成程」
「そういうことなんですね」
クライ、リーサ、ニグレットの三人の驚きつつも納得したようなリアクションに、ロッティとポンデがどういうことなのかと説明を求めるような視線を送るも、三人は少女の事情を鑑み、ゆるく頭を振ってこの場での言及を避け。
「このカードは君を守ってくれる精霊を呼び出すことができるものだ。その子は君の友達となってくれるから」
その代わりにと買ってきたスクナカードを少女に渡す。
すると少女はどこまでクライの説明を理解したのかはわからないが、ミスリルのスクナカードを受け取ってポンデを見上げ。
それにポンデが頷くと、カードを両手で持って祈るように力を込めるのだが、どうやら少女は上手く魔力が使えないようだ。
「そっか、そこから教えないとだね」
ということで、まずは魔力の使い方から教えないといけないと、赤い薔薇の五人はお互いに顔を見合わせるのだった。
◆次回投稿は日曜日の予定です。




