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花粉症対策と蜜蜂

 それは、ある日の放課後のこと――、

 学校から帰ってきて一仕事終えた僕と元春が、カウンターを挟んであれやこれやと相談しながら魔法窓(ウィンドウ)を操作していると、和室でまったりしていた玲さんからお声がかかる。


「二人共、何やってんの?」


「それが元春のお母さんである千代さんが花粉症デビューしてしまったみたいで、エレイン君にマスクを注文してたんです」


「ああ、ここなら凄いマスクが作れそうだもんね」


 まあ、実際には、高性能なマスクに心当たりがあるからと千代さんからお小遣いをせびる、元春の意地汚い考えがその根底にあるのだが……、


「わたしも作ってもらおうかな」


「あれ、玲さんも花粉症なんですか?」


「違う違う、わたしじゃなくて、お姉ちゃん」


 大袈裟な否定の後で聞いた話によると環さんの花粉症は相当酷いようだ。

 言われてみれば、先週末にやって来た環さんはどこぞの映画俳優かと言わんばかりの重装備だった。

 あれはぜんぶ花粉症対策だったのか。


「そういえば、暖かくなると辛そうにしているメイドがいますの。

 もしやあれが花粉症ですの?」


 一方、ガルダシアのメイドさんの中にも花粉症の疑いがある人が居るようだ。

 ガルダシアの周囲には針葉樹が多いみたいだから、その被害は大きいのかもしれない。


「でしたら、誘引の魔法を利用した花粉吸着マスクを多めに用意しましょうか」


「誘引の魔法って虎助だけが使える特別な魔法じゃなかった?」


「いえ、誘引はかなり特殊な部類の属性ですけど、下位の魔法なら他の魔法と同じで誰でも使えますから」


 特にそうした魔法の中でも〈標的指定(ロックオン)〉は魔法銃なんかに組み込まれていて、みんな知らず知らずの内に使っている筈なのだ。


「それに対象は鼻周り口周りに漂う花粉ですから、引き寄せるのも難しくないんですよ」


「日本でも静電気とかで花粉を引き寄せるやつとかもあるしね」


 そして、集めた花粉も浄化の魔法で無害化することが可能であり。


「花粉って浄化でとれるんだ」


「体や服などに付いた花粉は汚れと判断されるみたいです」


 ちなみに、植物などに付着しているものには発揮しないようで、植物の近くで浄化の魔法を使っても、その生育には影響がないのだそうだ。

 この辺りの処理はさすが魔法だとしか言いようがない。


「ふーん、それじゃあ用意してもらおうかな」


(わたくし)はトワと相談してからですわね」


「了解しました。魔王様は大丈夫ですか」


「……花の精霊がいるから平気」


 聞けば、花の精霊は花粉のコントロールも出来るみたいで、


「てか、花粉とかコントロールできれば無敵じゃね」


「いや、みんながみんな花粉症になるわけじゃないから無敵ってことはないんじゃない」


「そういえば遺伝的にならないって人がいるって聞いたような」


 厳密に言えば限りなくなりにくいだけで、生活習慣などによっては誰しもが陥ってしまう疾患が花粉症という症状らしく。


「逆にそういうのポーションとかでなんとかならないの?

 ほら、レジストポーションとかで、

 それで治るならお姉ちゃんも助かるんだけど」


「残念ながら錬金術の分野においては、まだアレルギーの研究があんまり進んでないみたいでして」


 そもそも、先ほどのマリィさんのリアクション然り、アレルギーという症状が知られている世界が少ないのだ。


「そりゃそっか、剣と魔法の世界だもんね」


「けどよ、師匠の世界とか近未来っぽいし、そういう薬もあんじゃね」


 薬関係も一通り見せてもらったけど見当たらなかったと思うけど、元春のいうことも尤もだ。

 もしかしたらまだ紹介されていないだけで、そういう魔法薬も存在してるんじゃないかと賢者様と連絡を取ってみたところ。


「あるみたいだね。

 というか、毒消しの一部がアレルギーに対応しているみたいです」


本当(ほんと)?」


 考えても見れば、蜂や蛇の毒で起こるアナフィラキシーショックなんかはまさに免疫の過剰反応が原因で、そういった場合に使う魔法薬なんかがアレルギーに対応しているそうだ。


「それって手に入るのかな」


「賢者様からの情報で作り方もわかってますから、工房で錬成できますよ」


「じゃ、いちおう作っておいて」


 ということで、いま話しに上がった解毒薬の製造をエレイン君にお願い。

 鑑定して安全性が確かめられれば、飲むか飲まないかは環さん(ご本人)に任せるとして、


「そういえば花粉で思い出しましたが、今年、村の方でミツバチの巣箱の設置を大々的にやりたいようですの」


「なんていうか、いきなりじゃん」


「ハチミツや蜜蝋は普通に売る以外にも錬金術の素材としても優秀ですし、果樹を育てるなら蜂が居た方がよいそうなので、昨年虎助と相談して少し試してみましたの」


「言われてみればそういうの最近どっかで見たような」


 と、玲さんがそう呟くのは、和室や裏のトレーラーハウス、その他いろいろな場所においてある漫画の中には、農業や田舎暮らしを取り扱った漫画もあるからじゃないだろうか。


「なら、まずはミツバチ探しからですね」


「餌で釣ってから紐をつけて追いかけるんだっけ?」


 残念、それはスズメバチの巣を探す方法だ。

 まあ、ミツバチでも同じようなことは出来るかもしれないけど、そうやって巣を強制的に移動しても居着いてくれるとは限らず。


「巣を移動してもらわないといけないので、林の中に巣箱を設置して入ってくれるのを待つんですよ」


 ただ、そうなると巣箱の量産を急いだ方がいいだろう。

 温かくなったこの時期に新しく嬢王蜂が生まれた巣から古い嬢王蜂が働き蜂をつれて移動するからだ。


「そういえば前にニュースでそういうの見たかも、なんかどっかの標識だったか看板に蜂がたくさん止まって現場が一時騒然ってやつ。

 だけど、新しい方が移動するんじゃないんだ」


「巣にいる働き蜂は古い嬢王蜂の子供ですから」


 前の女王が出ていった後、残った巣に自分の子供を生んで新しいコミュニティを作るという仕組みになっているらしい。

 まあ、それが別の世界の蜜蜂にまで適応されるか否かはわからないが、巣箱で呼び寄せる手段が有効であることは前年の実験で確認しているので、


「たくさん作りますね」


「数撃ちゃ当たるってか」


 狙って設置はするものの、自然任せなのでできるだけ多い方が成功する確率があがるというものだ。


「あと、砂糖水や蜜蝋を置いたりしておびき寄せるんだけど、砂糖水はともかく蜜蝋が手に入るかですね」


「蜜蝋くらいなら普通に売ってそうだけど?ロウソクとかで使ってるやつとか」


「それが蜂によっても蝋の成分がじゃっかん違うみたいなんですよ」


 去年成功率がいまいち振るわなかったので、いろいろと調べてみたのだが、蜂によっていろいろと好みというかこだわり?のようなものがあるようで、できれば現地の蜜蝋が手に入らないかと僕が言うと、マリィさんは――、


「リシアに頼んでおきますの。蜜蝋ならば錬金術でも使いますので」


 ちなみに、リシアというのはポッケ村のサポートを担当するメイドさん達の長であり。


「あと、こういうのもあるみたいなんですけど」


 そう言って、開いたインターネットページに表示されるのは、とあるミツバチ研究所から出ている誘引物質だ。

 これを使えばミツバチを引き寄せられるというが、問題はこれがニホンミツバチに対するものであることなのだが。


「失敗してもともとなのですから、こちらも試してみますの」


「そうですね。

 じゃあ、こちらも取り寄せておきますね」

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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