訓練の総仕上げ
アメリカから訓練にやって来たメリーさん達がそろそろ帰国するというタイミングで、きな臭いニュースが飛び込んできた。
僕が捕まえたハイエストの戦闘員の一人――、
群狼がバラバラ死体で見つかったというニュースが現地で流れたというのだ。
ただ、そのニュースは、身元の情報提供を求める最初の一報があっただけで、続報が発信されることはなく。
「どういうことでしょうか?」
「政府がなにかしたならそもそも発表自体が無い筈なので、この事件なり事故なりが政府とはまったく関係ないところで起きたものだと思われます」
たしかに、メリーさんの言っていることはまったくもってその通りである。
だとするなら、一番怪しいのが同じ時期に脱獄したハイエストのメンバーになるのだが、
先日、脱獄したメンバーは同じ派閥に所属している者ばかりのようで、
しかも、その集団の指揮をしていたのが幹部の一人ともなると、内輪揉めのようなことが起こることはあまり考えられないとのことである。
「しかし、人相や身体的特徴は完全にあの男なので、これについては我々が独自に調べるしか無さそうですね。その旨をジニーに伝えておきましょう」
と、思いがけないニュースもそれ以上の情報は無いということで終了。
「錬金釜を作っていきましょうか」
「よろしくお願い致します」
今日は帰国が迫った魔女の皆さんの為に、工房の目玉として設置する錬金釜の仕上げをしていこう。
ちなみに、この錬金釜作りについては、メリーさん達のグループが来日した当初から進められていて、
ものづくりが得意な魔女の皆さんの努力のおかげで、人が一人入れるような大きな純銀製の釜が三つ、ほぼ完成の状態で並んでいた。
「いい出来ですね」
「この短期間でどうなることかと思いましたが、三つも作れるとは驚きです」
「本当なら、これ一つ作るにも数年単位の仕事になりますもんね」
実際、特注の巨大な釜に魔法式を刻む作業は相当な根気と技術が必要になる。
ただそこに、万屋製の工具と玲さんが彫金細工の練習に使っている魔法窓の転写機能を加われば、その効率は何倍にも跳ね上がる訳で、結果的にこの数の釜を仕上げられたということだ。
「ちなみに、地球で作る時もやっぱり純銀製で作った方がいいんですか」
聞いてきたのはメリーさんの補佐的立場のアネットさんだ。
「地球で同じようなものを作るのなら、魔法金属への変質が用意な銅製のものがいいみたいです」
錬金釜に加工する際の素材の変化を考えると、純銀製のものに比べると魔力の通りが悪くなってしまうが、元となる釜の手に入りやすさも考えて、銅製のものにした方がいいみたいだ。
「変質ですか、それはつまり完成までにはそれなりに時間が必要になるということでしょうか」
「触媒の質、パワースポットの出力にもよるようなのでハッキリしたことは言えませんが、銅製の釜なら地球でも数日単位で違いがわかるくらいには変化があるみたいです」
「少しの変化に数日ですか、それでも時間がかかるんですね」
「ここと地球とでは魔素の濃度がまったく違ってきますから」
その差は実数にして万単位で変わってくると話している内にも釜の最終チェックが終わったみたいだ。
「では、錬金釜の中に釜を入れて錬金釜に仕上げていきましょう」
錬金釜の中に釜を入れて錬金釜を仕上げるとはこれいかに?
そんな疑問に対する回答は、巨大な錬金釜の中に魔法式が刻まれた巨大釜が入れられる眼の前の光景が全てであって、
実は今から作る巨大錬金釜は主に地球での錬金釜の制作に使うものでもあり、今回の錬成はそのシミュレーションも兼ねているのだ。
さて、そんな大型の錬金釜作りにまず用意するのはドラゴンパウダー。
大量に余っているワイバーンの骨を戦闘系魔女の皆さんが必死になって削ったこれを、ディーネさんのお宅から供給されている精霊水と混ぜ合わせつつ巨大錬金釜の中に注いでいく。
「ちなみに、この時に使う水はやはり特別なものの方がいいのでしょうか」
「基本的には魔法薬を作る時と同じでいいと思います。
ただ、以前渡した精霊金や水に関係するスクナに協力を願えば安定性が増すようですよ」
パワースポットに湧き出す天然水でもじゅうぶん使用に耐えられると思うのだが、より高い品質の錬金釜を欲するなら人か精霊の手が入った精製水を用意する方がいいようだと、魔法窓片手に答えている間にも注水は進み。
錬金釜の中に入れた釜がしっかり水に浸かったところで、投入したワイバーンの骨粉が均等に行き渡るように撹拌。
「副長、準備が整いました」
「配置につきなさい」
メリーさんの凛々しい声に魔女の皆さんが巨大な錬金釜を取り囲み。
「錬成を開始します」
最初に魔力を放出するのはヘルヴィさんさんだ。
「まずは抽出からです。アネット」
続く指示でアネットさんが錬金釜に刻まれた〈抽出〉を発動すると、釜の中に入れられたワイバーンの骨粉から膨大な魔素が精霊水に溶け出し始め。
錬金釜を囲むように作られた足場の上からキサラさんが感知系の魔法を使って状態をチェック。
「は、反応ありました」
釜内部の魔素が想定しているレベルに達したところで、
「添加」
「〈添加〉」
アネットさんが使用する錬金術を〈添加〉に切り替える。
すると、錬金釜の内部に滞留していた魔素が渦を巻くように錬金釜の中に入れられた釜に集まり、輝きを放って沈められた釜を変質させ。
しばらく〈添加〉を続けていると、その輝きは徐々に収まっていき。
「反応、そろそろ終わりそうです」
「定着」
「〈定着〉」
メリーさんがタイミングを見極めて合図を出すと、アネットさんが使う錬金術をふたたび切り替え、釜の内部に残った魔力で添加した魔力の定着を促し、その反応が落ち着いたところで魔力の供給をストップ。
安全を確認した後、錬金釜の中の水を抜いて完成品を引き上げてみると、その出来栄えは一目瞭然だった。
「ミスリル止まりだったみたいですね」
「やはりですか」
「龍種の骨を触媒に使ったとはいえワイバーンのものでしたから――」
さらにそれが初めての作業ともなれば大成功を引き当てるのは難しく。
「しかし、材料はたくさん用意しましたし釜はまだ二つあります。次こそは成功させましょう」
「「「「「はい」」」」」
◆
それは魔女の皆さんと巨大錬金釜作りにチャレンジした夜のこと――、
僕の帰宅を前に真剣な顔をした三好さんが、母さんを伴い和室の畳に三つ指をついて、神妙な顔つきでこう頭を下げる。
「皆さんの帰国に合わせて、私も帰らせていただこうと考えております」
聞けば、皇宮警察内部でお家騒動の兆しがあるようで、
今の三好さんなら示威行動も取れるだろうと、母さんのお墨付きもあって組織に戻ることになったみたいだ。
ただ、組織内部が安定したら、精鋭を連れてまたここに戻って来たいとのことで、
「そんな訳だから、今からちょっとディストピアを使ってテストをしたいの」
いきなり頭を下げられたから何事かと思ってしまったけど、そういうことか。
ちなみに今回、三好さんが挑戦するのは皇宮警察を苦しめたマッドワームのディストピア。
これをソロ討伐することができるなら、皇宮警察の幹部にも余裕で対処が出来るだろうということであり、僕はすぐにエレイン君に指示を出し、訓練場を整えてマッドワームのディストピアを設置。
準備を整えた三好さんがそのディストピアに触れるとその姿が消え、ポップアップした大画面に、サバンナの真ん中にデンと置かれた石舞台の上に立つ三好さんが映し出される。
ディストピアに入った三好さんがまずしたことはスクナを呼び出すことだった。
三好さんは陰陽系の術者として式神の召喚などに強い憧れがあったようで、スクナカードの存在を知ると、すぐにお金を用意して、自分と同じ派閥の仲間に渡すスクナカード――しかも上位金属製のもの――を購入したのだ。
さて、そんな三好さんが呼び出すスクナはかわいい小鬼型スクナのセキである。
その特技は〈撃震〉という地面を踏み鳴らすことで局所的に弱い地震を起こさせるというもので、
手の平サイズのセキが可愛らしく地団駄を踏んで地面に生み出した波紋が、平岩から降りた三好さんを飲み込まんと地面を移動してきたワームに直撃。
フィッシュとばかりに地表に現れたところでセキの出番は終了と、三好さんはカードに戻ったセキを一本釣り。
その際に使ったウィンチ機構を備えたシンプルな籠手は、アラクネの糸の存在を知った三好さんに頼まれて作ったもので、母さんも「なかなか使えそうね」と興味があるようだ。
そうしてカードを回収した三好さんは虎徹を抜き払い、すっかり自分のものにした闇の飛剣でマッドワームの首(?)を狙っていくのだが、
「飛剣の威力はまだまだね」
「流石にこの短期間じゃあ仕方ないよ」
もともと三好さんに飛剣の素養があったとはいえ、この短期間で魔法式の補助無しで使えるようになったことを褒めるべきで、威力まで求めるのはさすがに酷というものだ。
一方、三好さんも自分の飛剣が弱いことなどわかりきったことだと、その斬撃を牽制に自らが近づいてもう一撃。
裂帛の気合と共に放ったのは僕との手合わせで使った虎砲という技だった。
これは単純に魔力を放射状に飛ばして相手に打撃を与えるというものなのだが、魔力値があがった上に武器までパワーアップしている、いまの三好さんが使えばかなり凶悪な技になる。
「使い慣れている技は凄い威力だね」
ただ、これにマッドワームの方も黙ってはいない。
やられた分のお返しだとばかりに泥のブレスを放出して、三好さんを蹂躙せんとするも、彼女はこれに二段ジャンプで対応。
「空歩もだいぶ使えるようになってきたみたいだね」
「だけど、まだ二・三歩が限界といったところかしら」
魔法自体は万屋で売っているスニーカーからの発動になるが、しっかりと空中を蹴って泥のブレスを飛び越え。
ブレスの直後、吐き出した泥を補給するべく地中へ潜ろうとするマッドワームに対し、ふたたびセキを召喚。
〈撃震〉で飛び出してきたところを狙い、前宙をするように回転斬りを放ち、マッドワームの頭から腹にかけて数発の斬撃を入れる。
「これはもう決まったかな」
「まだ装備頼り、魔法頼りなところはあるけど、相手を考えると仕方がないのかしら」
魔力の回復量が多いアヴァロン=エラという前提ではあるものの相手は巨獣だ。
しかも、まだおぼえたての魔法を使うとなると、道具や環境に頼るのも已む無しと、僕と母さんが話している間にも三好さんはセキのカードを回収。
マッドワームの周りを動き回り、時に大振りで強烈な攻撃に一撃死の危険に晒されながらも、着実に斬撃を入れ続け。
「しかし、ああいう大きくて耐久力のある敵に対応する武器を用意しておいた方がいいでしょうね」
「全部が全部、自分でやる必要はないと思うけど」
アヴァロン=エラでも巨獣なんかの止めはほぼモルドレッド任せだし、三好さんもそういう敵が相手の場合、巨大な式神を操る陰陽師に任せればいいんじゃないだろうかと僕なんかはそう思うのだが。
「だけど備えておくことは重要よ」
いま戦っている三好さんも、大きなダメージこそ受けてはいないものの、決して戦いを有利に進められている訳でもなく、チマチマと相手を削っているような状況で、場合によっては何かの拍子に一発逆転されてしまう可能性だってあるのである。
だから、自分でもそういう相手と戦える準備をしておく必要はあるという母さんの主張もわからないではなくて、
ただ、三好さんの体は一般的に小柄である母さんや玲さんよりも更に小さく、これ以上の成長もあまり見込めないとなると、そうした武器を使うのは難しいのではないのか?
いや、身体強化を使えばいけるのか?
それよりも、セキのカードの回収に使った糸にフックと付与を施せば――、
「成程、あの糸を武器にね。
ミストちゃんの糸なら魔法の通りもいいし、斬る方にも使えそうだからいいんじゃない。
私のも幾つか作ってもらえるかしら」
いま、口に出して喋っていたっけ?
そんな疑問は相手が母さんだからと納得するとして、風などの魔力を付与すれば、ゆで卵カッターのような使い方も出来るだろうと、母さんから新しく注文が入ったところで、ギシャーとディストピア内を映す魔法窓から聞こえた絶叫に視線を戻せば、ちょうど三好さんがサンドワームを縦に斬りつける場面で。
「しかし、このワームっていうのは生命力が強いのね。これのオリジナルを倒したロベルト君はよくも簡単に倒せたものだわ」
「口に放り込んた植物の種で内側から食い破ったらしいから、あっさり倒せたのは偶然によるところが大きかったみたいだけど」
「だけど、狙ってやれないことではないでしょ」
その後も激しい戦いは数十分間続き、
三好さんがマッドワームを倒した時には疲労困憊の状態だった。
「お疲れ様」
「元気薬です。使ってください」
「あ、ありがとう御座います」
現実世界に戻ってきた三好さんに元気薬を渡し、体力を回復してもらったところで実績の確認に移る。
「土の魔法の習得に補正がかかるもののようですね」
「おお――」
生来の才能と比べると雲泥の差であるが、それでも闇に特化した才能を持っていた三好さんとしてはありがたい権能なのだろう。
「次は春休みくらいになりますか」
「そうですね。その時はよろしくお願いします」




