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春の珍味

 その日、大きな籠を背負ったアイルさんが店を訪ねてきた。


「頼もう」


「いらっしゃいませアイルさん。またサイネリアさんになにか頼まれましたか」


「それもあるのだが、今日はアルラウネの卵がたくさん取れたので持ってきたのだ」


 そう言って、アイルさんが地面に下ろした籠の中には、人の頭くらいはありそうな巨大な植物の蕾が入っていた。


 ちなみに、ここでいうアルラウネというのは、魔王様が精霊魔法として使うアルラウネではなく、魔獣としてのアルラウネのことであるようで、


「見た目はフキノトウみたいな感じっすね。サイズは全く違うけど」


「同じようなものだと考えてもらえばいい」


「同じものって、もしかしてコレ、食うんすか?」


「美味いぞ」


 聞けば、この蕾は魔法薬の材料としても使えるそうだが、アイルさんが暮らす里では主に食材と見られているらしく。


「どうやって食うんすか」


「丸焼きだ」


「ワイルド」


 その調理法は豚の丸焼きを作るように真ん中に串など(・・)を指して直火で焼いていくものだそうで、焼き茄子のように外側の皮が黒焦げになって、串が通れば完成とのことだ。


「サイネリアがこれが好きでな。たくさん採れたから持ってきたのだ。もちろん皆も持って帰ってくれて構わない」


 と、アイルさんが持ち上げる籠の中には、二十個近くアルラウネの卵が入っていて、これなら今ここにいる皆で分けても一人三つは持って帰れるだろう。


 ただ、まずはサイネリアさんに食べさせてあげなければと、僕は魔法窓(ウィンドウ)念話通信(メッセージアプリ)を立ち上げてその旨を送信。


「しばらくすれば、気付くと思いますので焼き始めておきましょうか」


「頼めるか、私は一時間ほどディストピアに潜る」


「だったら幾つかディストピアの新作があるんですけど、お出ししましょうか?」


「それは楽しみだな」


 焼いている間、アイルさんは修行がしたいということで、そのお相手をベル君に任せ、みんな揃って店を出る。


「しっかしデッケーよなコレ、家だと丸焼きは無理そうだし、どうやって食べりゃいいんだ」


「キャベツっぽいし、千切りにしてキャベツ焼きみたく食べればいいんじゃない」


とりあえず千代さんには新種のキャベツということで説明してもらおう。


とはいえ、このアルラウネの卵をどう扱ったらいいのかは、まずは食べてみないとわからないということで、僕達はサイネリアさんが暮らすトレーラーハウスの前までやってくると、そこにいたジガードさんに事の経緯を説明して焚き火台を設置。

 続けて用意するのはアウトドア用品として市販されているキワモノ商品を参考に作り上げた自動回転装置だ。

 空手の型で使う(サイ)のようなそれでアルラウネの卵を貫き、焚き火台の上にセットすれば、後はマリィさんに火を起こしてもらって待つだけだ。


 すると、そんな僕達の様子を見ていたジガードさんが、


「アルラウネの卵か、珍しいな」


「珍しいですか?」


「ああ、あまり採れないものなのだぞ」


 アイルさんの話ではアルラウネの卵はよく取れるということで、実際に今日アイルさんが持ってきてくれたアルラウネの卵は二十個近い数があった。


 それが珍しいとはどういうことだろう?


 そう思ってジガードさんに訊ねてみると、どうもアルラウネの卵が一般的に食べられるようになったのは最近のことのようで、ジガードさんが里で暮らしていた頃は卵で見つかるのは本当に運が良かった時だけで、大抵の場合、成長したアルラウネを討伐、その素材を弓の弦や魔法薬の素材として使っていたのだという。


「しかし、それだけ多くの卵が見つかるとなると少し心配だな」


「というと?」


「アルラウネという魔獣は成長の際にその土地の魔素や養分を大量に吸収するのだ」


 その結果、周囲の植物が枯れてしまい、森やそこに住む精霊に悪影響をもたらすというのだが、


「おや、お祖父様は卵を見つける魔法があるのを知らないと」


 ここでサイネリアさんとアビーさんが合流してきたみたいだ。


「卵を探す魔法だと」


「うん、地脈探査の亜種で〈脈衰検知(オドサーチャー)〉って魔法なんだけど」


「知らない魔法だな」


「だったら、お祖父様が里を出てから知られるようになった魔法かも」


 あくまでエルフの時間間隔での話という前提になるのだが、アルラウネの卵が大量に見つかるようになったのは、わりと最近になって採れるようになったみたいだし、サイネリアさんが教えてくれた魔法にしても、魔法名からして特にアルラウネに特化したような魔法でもなさそうなので、後にアルラウネを発見するのに使えると脚光を浴びた魔法なのかも知れない。


ちな(ちなみに)、そのアルラウネってのをここで育てたらどうなるんすか?」


「それは興味深い意見だね」


 マンドレイクの例を鑑みれば普通に育つ気もするが、今回アイルさんが持ってきてくれたのは野生のアルラウネなので、どうなるのかわからないと――、

 ここでコメントを挟んできたのはソニアだった。


『マールに見てもらえばいいんじゃない』


 BGMの代わりに垂れ流しにしていたこちらの様子がふと気になったのだろう。

 しかし、あえてコメントを飛ばしてきたということは、ソニアとしてもここでアルラウネを育ててみたらどうなるのかに興味があるようだ。

 ということで――、


「オーナーのお許しが出たので実験してみましょうか」


 いま焼いているアルラウネの卵を食べてから実験をしてみようと、ソワソワするサイネリアさんとアビーさんをどうにか抑え、魔王様を中心に弾幕系魔法アプリをプレイしながら、卵というか巨大な蕾の焼き上がり待っていると、しばらくして辺りに甘い香りが漂い出し。


「なんか焼き芋っぽい匂いがしてきたかも」


「これは期待できますわね」


「そろそろ串を通してみましょうか」


「いいのではないか」


 タイミングを見計らったようにやってくるのはアイルさんだ。

 まあ、アルラウネの卵の調理はアイルさんに教えてもらったそのままの方法でやっているから、どれくらいで焼き上がるのかくらいは簡単に予想がつくのだろう。

 そんなアイルさんの言葉で串を通してみるとすっと中心まで刺さったので、真っ黒になったアルラウネの卵を焚き火から外し、外側の焼け焦げた葉っぱを取り除けば、周囲に先ほどよりも濃い甘い香りが溢れ出し。


「おお、すっげ甘い匂い」


「……カラメルと似てる?」


「まさに新芽の季節が来たって感じだねえ」


「お前に季節など関係なかろうに」


 みんなの歓声が上がる中、僕はナイフを使って焼き上がったアルラウネの卵を切り分けて、それを用意してあったお皿に乗せてみんなに配れば、少し遅めのおやつタイムだ。

 それぞれがしっとりといい塩梅に焼けたアルラウネの卵を口に運び、まず声を上げたのは元春だった。


「これ、なんにもつけてねーんだよな」


「見てたよね」


 とはいえ、この甘さは味付けしたのではと疑ってしまうのも無理はないだろう。

 それ程までに焼きアルラウネの卵は完成された甘さだったのだ。


「なにかつけるとするならバターとかですか?」


「……ん」


 ちょっと前にもこんなことがあったようなと思いながらも、僕は万屋に残っていたベル君にバターを持ってきてもらい、削ぎ取った小さな塊を熱々のアルラウネの卵の上に落とし。

 程よく溶けたタイミングでパクリ。


「完&璧」


 いや、なんで元春が食べちゃうのさ。


「上に乗せたバターで足りなかったコクが足された結果ですわね」


「ただ焼いただけの野菜がこんなに美味しいなんて」


 アルラウネの卵の丸焼き舌鼓を堪能したところで実験といこう。


 実験の舞台は世界樹から少し離れた場所に作られた実験用の畑だ。

 ここにアルラウネの卵を植えてみる。


「楽しみだな」


「あんまり期待しない方がいいんじゃない」


 元春が期待するのは、魔王様が精霊魔法で生み出す《アルラウネ》のイメージから、精霊としてのアルラウネが生えてくるのを想像しているのだろう。

 しかし、何度も言うが、今回栽培するのは魔獣としてのアルラウネだ。


「わかってるけど、二人が監修すんだからもしかするかもしれないっしょ」


 たしかに、魔王様とマールさん指導の下で育てれば、それが野生のアルラウネであったとしても『もしかして――』という希望は無い訳でもないのだが、


「なにも起こりませんわね」


「いえ、よく見てください」


 地面に埋めて数分――、

 僕が指差すその場所の地面から指のような茶色いなにかが突き出し、プールの縁を掴んで水面に上がるように現れたのは土留(どどめ)色をした人型のなにかだった。


「この臭い」


「腐ってやがる」


 ただ、それは根腐れを引き起こしてしまっているらしく。


「それにしても、まさかこんなになっても動けるなんて」


「……暴走?」


「野生種で無駄に大喰らいなアルラウネなら、こうなるのも仕方ないわよ」


 成程、土地を枯らすほど貪欲なアルラウネが容赦なくアヴァロン=エラの魔素を大量に取り込んだ結果、世にも珍しい植物系のアンデッドになってしまったのではないかということか。


 さて、そんなマールさん達とはまた別の意味で冷静に分析するのがサイネリアさんとアビーさんの二人である。


「しかし、これはこれで希少な存在じゃないかい」


「うん、植物系のアンデッドなんて見たことないよ」


「アイルお祖父様、アレの討伐を――」


「いわれるまでもない」


「任せろ」


 サイネリアさんの要請に、アイルさんとジガードさんが毒々しい色の蔓を大量に生み出すアンデッドアルラウネに突撃をかまし、僕が手を出すまもなく斬り伏せられてしまう。


 しかし、アンデッドのような状態になったアルラウネは体を半分に切り裂かれながらも力尽きることはなく、蔓を使って這うように僕達に近づこうとしているみたいだ。


「ちょっ、これ完全にゾンビだろ」


「植物とアンデッドのかけ合わせだから、生命力が凄まじいんだね」


「体の方はボロボロみたいだけど、まだ向かってくる」


 肉体的な耐久力はかなり低いようだが、生命力はかなりのもののようで、最終的にアイルさんとジガードさんが、上下二つにわかれたアルラウネの体に剣を突き刺し、地面に縫い止めた後、止めとばかりにその頭を蹴飛ばしたところで本体の動きも止まり。


「素材はもらってもいいかな」


「構いませんよ」


 もともと、このアルラウネの蕾はアイルさんがサイネリアさんの為に持ってきたものだし、ソニアには飛び散った破片をサンプルとして送ってあげればいいだろう。


 ただ、その前に――、


「アイルさんとジガードさんはお風呂に入った方がいいと思います」

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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