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大きな繭

「いきますわよ」


「よろしくお願いします」


 僕の掛け声で大きな火球を作り出すマリィさんの視線の先にあるのは巨大な水球に包まれた大きな繭。

 これは昨晩、このアヴァロン=エラに漂流してきた巨獣の繭で、

 モルドレッドにゲートから西に離れた荒野に運んでもらい。

 放課後、みんなが集まったところでその処理をしようとしているところだ。


 具体的には精魔接続をした僕とアクアで巨大な水球を作り出し、そこに元春や玲さん、魔女の皆さんが大量の熱球を投入。

 最後にマリィさんの巨大火球で一気に沸騰させるといった方法で繭を(ほぐ)していくことになるのだが。


「これってどれくらいやればいいんだ?」


「だいたい一時間くらい煮ればいいみたい」


 ここまでやって暫く見学というのも暇なので、魔女の皆さんに手伝ってもらって、魔法の染料を作っていくことにする。


 とはいっても、その作り方は簡単で、地球で購入してきた布用染料に、それぞれの色にあった魔獣の血や薬草などの搾り汁を混ぜ、魔力を込めれば完成と、マリィさんに飲み物を差し入れたりしながら染料の量産を進めていたところ、上空からゲート周りの警戒と共に繭の状態をチェックしてくれていたカリアから、繭の癒着が十分弱くなったとの報告がポップアップ。


「マリィさん、いいみたいです」


「わかりましたの」


 マリィさんが軽く手を振って火球を消したところで、アクアに頼んで繭をくるんでいた大量の熱湯を廃棄して、後は人海戦術で巨大な繭を(ほど)いていく。


「あっつ、鎧の隙間から中に入ってきたんだけど」


「温かい内にやらないとうまく解けないみたいだから、そこは我慢して」


「てゆうか、熱いなら鎧脱げばいいじゃない」


「それだとパワー不足になるんじゃね」


 いや、どちらかというとパワーが必要なのは、繭から(ほぐ)し出したシルクを巻き取っていく作業の方なんだけど。


「でっかいから一本一本も太いって思ってたけど、綱みたいになってるのね」


「細い糸を束ねた方が強くなりますから」


 一般的な繭玉から取れる糸が百メートル前後だということで、綱状になったシルクをホースドラムを使って巻き取っていき、ドラムがいっぱいになったら一端カットしてという作業を繰り返し、回収したシルクを更に細く糸にしていく作業は工房で待つエレイン君にお任せで。


「そういえばこの中身ってどうなったんだ?」


「先に取り出して工房に置いてあるよ」


 本物というか、小さなカイコを解す前に熱風で乾燥させて殺すという作業があるのだが、怪獣サイズの繭玉の中身を殺すまで乾燥するとなるとかなり大変な作業になってしまうので、昨晩の内に空切を使って繭の一部にに切り込みを入れ、止めを刺して取り出しておいてある。


「中身はどんなんだったん?」


「普通におっきい虫の蛹だったよ」


 繭を開いてみたら中身はロクに動けない状態だったので倒すのは簡単だった。

 昆虫というのは蛹状態でもしっかり呼吸はしているので、繭の中に水を流し込んでしまえば後は待つだけなのだ。

 そうして止めを刺した蛹はマジックバッグを使って、先に繭の中から抜き出してあり。


「そういえば虫が蛹の時って、内臓とか中身がドロドロって聞くけど」


「ベル君のスキャンでも中身は半分液体みたいだってなってます。

 開いてみたら、また何か素材になりそうなものが出てくるかもしれませんが」


 中身が液体といっても、内臓などの形はある程度残っているようで、後でメリーさん達の錬金修行に使えるんじゃないかと、倒した蛹はそのまま取ってあると応えると、玲さんは青い顔をして、


「うん、そっちの処理は頑張って――」


 ふだん魔女の皆さんと一緒に錬金術も学んでいる玲さんであるが、蛹の処理に関しては不参加のようだ。

 そんな雑談をしながらも作業を進めていくと繭の形がだんだんと崩れてゆき。


「あれ、なんか水晶みたいなのが落ちてるけど」


「それは幼虫の時の抜け殻の一部ですね」


 (ほど)けたシルクの間から見つかったのは幼虫が蛹になる時に脱ぎ捨てた殻の一部。

 大きな抜け殻は回収したが、小さな破片はそのまま残っていたみたいだ。


「これが抜け殻?」


「巨獣ですし、クイーンという名前がつくくらいですから」


「削り出せば凄い武器とか作れそうですわね」


「どちらかといえばアクセサリーの類に使った方がいいのでは」


「いえいえ、杖のヘッドに使うのがいいんじゃないですか」


「大きなものは回収してありますから、後でそちらを見せますね」


「「「是非――」」」


 今更であるが、この蛹の持ち主はクィーンエメラルダという蛾の巨獣であり、そんな巨獣が幼虫から蛹になる際に落とした殻の欠片には皆さん興味津々のご様子だ。

 ただ、今はこの熱々のシルクの処理を急がなければならないので、先に取り出してある大きな殻をどうするのかは後回しにするとして――、


「やっと終わった」


「この糸は何に使うの?」


「とりあえず糸や布に加工して、手伝ってくれた皆さんに配ろうと思ってるんですけど」


「それは私達にもわけてもらえるものですか」


「もちろんです」


 まずは現在進行系で回収しているシルクをどう使っていくかだが、これに元春と玲さんが難しい顔をして、


「つっても、布だけもらってもな」


「だよね」


 たしかに、元春や玲さんがぱっと素材だけを渡されても使い道がないか。


「だったらタオルにしておきます?」


 これなら作る布をパイル生地にするだけなので大した手間ではないと提案をしたところ、それに玲さんが肩を竦め。


「シルクのタオルとか贅沢すぎない」


「そもそもシルクでタオルを作っても、水とか吸うんか?」


 たしかに、シルクのタオルって聞かないと、そう思って調べてみたところ。


「普通にありますね」


「ちょっ、このタオル、高っか」


 シルクのタオルは安物のタオルの十倍近くはする値段になるようだ。


「こりゃ知らねーのもしょうがねーわ」


「だけど美容にはいいみたいだよ」


「美容?」


「飲むシルクやシルクパウダーを使った化粧品もあるから、そういう感じじゃない?」


 たしかに、玲さんの言うようにシルク入りの化粧品やらなんやらは、前にトワさん達から注文を受けたおぼえがある。


「だったら、加工する時に出る端材なんかで錬金術を試してみるのもいいかもしれませんね」


「そういうのも魔法薬で作れるん?」


「もともとそういう効果もあるみたいだし、前にトワさんからの注文で似たようなものも作ったことがあるから」


「「「「「詳しく」」」」」


 と、これに食いついたのは元春とまた一部の魔女さん達だ。


「そう言えば、城のお風呂にはシルクが入ったシャンプーが常備されていますわね」


 綺羅びやかな金の巻髪をなびかせたマリィさんがそう言えば、元春も魔女のみなさんも黙っていられる筈もなく。

 結局、端材だけに留まらず、多くのシルクが美容関係の魔法薬に加工されることになるのだった。


   ◆


 場所を移してガルダシア城――、

 万屋でクイーンエメラルダの繭の解体が行われた夜、教務を終えたメイド達が会議室に集められていた。


「えーと、この集まりはなんですか?」


「本日、マリィ様が万屋にて手に入れられた特別なシルクの使い道についての相談です」


「特別というと魔獣から取れるシルクでしょうか、それでしたらマリィ様とユリス様にドレスを作り、余った分でハンカチなどの小物を作ればいいのでは?」


「普通に考えればそうですが、そのシルクからはこういったものも作れるようで」


 そう言って、トワが取り出すのは大小二枚のタオルと魔法薬が入った幾つかの小瓶。


「タオルはわかりますが、そちらの魔法薬らしきものはなんでしょう」


「これを飲めば、シルクのような白くて滑らかな肌が手に入るとのことです」


 その説明がなされた直後、室内にざわめきが起こる。


「メイド長、それは本当のことなのでしょうか」


「あくまで虎助様による鑑定の結果で、毒見もしてみたようですが、虎助様はまだお若いので効果の程まであ確認できなかったようです」


「そういうことですか」


 しかし、虎助による鑑定の結果とあらば、その効果に疑う余地はなく。


「なので、その効果を確かめるべく、今ここで私が毒見をしてみようと――」


「お待ちなさい」


 何かに急かされるように早口で話しながら伸ばしたトワの手がスノーリズによって掴まれる。


「この魔法薬に興味を抱くのはマリィ様ではなくユリス様でしょう。ならば、この薬を試すのは、その筆頭メイドである私なのでは?」


「スノーリズ……」


 現在、マリィの旗下に入っているもののスノーリズの主はあくまでユリスである。

 そして、この魔法薬の性質上、実際に使用するのはマリィではなくユリスになる筈だ。

 であるならば、実験台になるべきなのは自分だと、そう主張するスノーリズとトワの間で火花が弾ける。


 しかし、それも数秒のことだった。

 何故なら、自分達が争っている間に他の誰かが手を上げてしまえばまた面倒になるからと、トワとスノーリズはこの短い睨み合いの中で判断。


「わかりました。ここは同時に飲みましょう」


「そうですね」


 何が『わかりました』なのかは自分達がわかっていればいいことだと、共に笑顔で瓶を手に取った二人はキャップを外し、その中身を一息に飲み干すと次の瞬間、二人の体から淡い魔力の光が発せられ。


「これはっ」


「素晴らしい」


 多くのメイドが明らかに変わった二人の肌艶に驚きの声を上げる。

 しかし、そんな中で唯一ルクスだけは二人の変化に気付けなかったようだ。


「ねえねえフォルカスちゃん、メイド長達のどこが変わったの?」


「ちょっ、ルクスちゃん――」


「なにを言っているのですかルクス。この肌の艶がわかりませんか」


 不用意な発言をしたルクスに鬼気迫る表情で迫るトワ。

 そして、困惑するフォルカスを見てしまえば、流石のルクスも今の発言がいかに迂闊だったかを理解したようだ。

 ルクスは素直に「ごめんなさい」と謝り、トワも「わかればよろしい」とそれ以上の叱責をすることはなく。


 いや、今はそんなことよりも魔法薬の扱いをどうするかを優先すべきだと判断したのだろう。

 手元にある瓶と残る魔法薬の数、

 そして、ここに集まったメイド達を見回して、


「これはユリス様に増産を進言していただく必要がありそうですね」


「ええ、意義のあるものはいませんね」


『はい』


 他のメイドの同意を得たトワとスノーリズは、この世界の基準で考えるのなら既に就寝間近という遅い時間にも関わらず、魔法薬を手に取り、まっすぐ主達の部屋へと向かうのだった。

◆お盆に少し私用がありまして、次の投稿は日曜日になりそうです。

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