子供達の帰還とトレーディングカード
魔王様の拠点にいる妖精飛行隊の皆さんから、行方不明になっていたエルフの子供達がエルフ達が住む森に戻ったという報告が届いた。
森にある一番大きな集落では、帰ってきた子供達が精霊を連れていたということで大々的な歓迎が行われたみたいなのだが――、
「いま、その子供達が監禁状態にあると?」
「連れ去られた状況の取り調べもあるようですし、なにより精霊を連れ帰ったことが大きいようです」
要は権力者による囲い込みだ。
「ついに禁断の扉が開かれるってか」
元春が期待するのは、エルフの子供を救出する際に遭遇した精霊の卵を宿したエルフを調べる過程で発覚した世界樹の盗難事件のことだろう。
「春先に祭事があるみたいだから、そこでのお披露目になるのかな」
「ワクワクが止まらねーな」
まあ、あの森のエルフ達が魔王様にしたことを思えば、元春が楽しげにしているのはわからないでもない。
「しかし、そうなりますと、またマオが理不尽な疑いの目を向けられるということもあるのではありませんの?」
「あの森のエルフは自分達が高潔な種族という自負があるみたいですからね」
世界樹の枝の盗難が発覚したとして、彼らエルフは自分達が高潔な種族だと思っているのだから、仲間内に犯人がいることはあまり考えないだろう。
とすれば、誰が世界樹の枝を盗んだということになるのだが、
そうした時に周囲を見回し、魔王様が目をつけられるのは大いに有り得る話であって。
「そのヘイトがボロトス帝国に向かってくれればいいんですけど」
「それだとボロトスの一般市民はいい迷惑じゃない」
「帝国民もいまの国のあり方を是としている時点で当然の報いではありませんの」
玲さんの心配に対するマリィさんの返しはまさに火の玉ストレート。
ボロトス帝国の侵略主義的な国家運営の結果というか、生粋のボロトス人に関しては自業自得とも言えるのだが、侵略の末に帝国民になってしまった周辺の民からしてみるととばっちりでしかなく。
「なんにしても監視の目は広げていくということで」
「……ん」「りょ~かい」
そんな結論に、魔王様と一緒に遊びに来たフルフルさんから了承がとれたところで話題は移り。
「それで虎助と次郎が持ってきたその大荷物はなんですの」
「トレーディングカードゲームです」
「へぇ、次郎はアイドルしか趣味がないと思ってたけど普通にそういうのやるんだ」
「アイドルですよ」
真面目な話が終わり、部屋の片隅に追いやられていた大量の紙袋の中身に対し、マリィさんと玲さんのそれぞれから寄せられた疑問。
これに対する回答はまさに次郎君らしいものであって。
「ご贔屓のアイドルがカードゲームでコスプレするってんで、コンビニとかゲームショップとかに寄って大人買いしてきたんすよ」
そう、次郎君が集めるものはお気に入りのアイドルグッズ以外に有り得ない。
「しかし、買い込みましたわね」
「必要な投資ですよ」
「理解できないわ」
箱の多さに若干引き気味な玲さんをよそに、淡々とトレーディングカードの箱をコタツテーブルの上に広げていく次郎君。
「いやいや、いまだ未練たらたらでタラチネガチャをやってる玲っちが言うんすか」
「なっ」
ただ、続く元春の誂うようなツッコミには光線が飛ぶも、それはあくまでツッコミレベルのものでしかなかったみたいだ。
元春は額から一筋の煙を立ち上らせながら仰け反った上半身を引き起こし。
「玲っちは『どきキラ』とかやってたイメージだけど」
「あれね。小学生の頃にちょっとやってたわ」
「そのどきキラというのはどういったものですの?」
「……これ」
マリィさんの疑問符に魔王様がご自分のマジックバッグから取り出したのは、実際にゲームで使うカードである。
「ゲームセンターにある育成ゲームの一種です。
自分が選んだアイドルに衣装や小物を着せてダンスバトルやファッションショーをしていくんです」
僕達の周りでは巡さんとひよりちゃんが特にハマっていて、僕も付き合いでプレイしたことがあるので、以前、魔王様が興味を持った時に家から探して持ってきていたのだ。
「てゆうか、マオのそれレアカードじゃない?
わたし、ガチャ運とかあんまりよくないから、わりとすぐに挫折したわ」
「〈豊乳〉出ないっすもんね」
まったくもって言う必要がないことを言ってしまうのは元春だとしか言いようがない。
そもそもタラチネのみならず、同じ魔獣から複数の権能を得るのは確率の面で難しく、玲さんが思ったような権能を手に入れられないのは当然のことであるからして――と、元春はまた玲さんから制裁を浴びながらも。
「ちなみに、虎助は玲っちと逆でめっちゃガチャ運いいっすよ」
「なんとなくわかるわそれ」
「そういう事なので、わざわざこちらに来たという訳です」
話が一周回って戻ってきたところで、僕の側に魔王様がやってきて、僕に小さな魔法窓をそっと出し。
「……虎助、引いて」
「いいんですか」
そこに表示されていたのは、とあるソーシャルゲームのガチャ画面。
僕はみんなの証言が必ずしもあてにならないとしっかり確認した上で、それでも引いて欲しいという魔王様のお願いを受けてガチャを引いてみると、新規入手の演出がないままにガチャの抽選は終了。
「すみません。やっちゃいました」
「……まだオマケが残ってるから」
やっぱりそんな上手い話はなかったかと思いながら次の画面を開いてみると、なにやら光り輝く演出が入り。
「おお~、ピカってなった」
「これって好きなキャラを選べる演出だよな。初めて見たわ」
「……奇跡」
フルフルさんが飛び回り、魔王様が珍しく驚いたような顔をしているけど、今回は本当にたまたま大当たりが出ただけで、普段ならここまでの当たりはなかなかないことだと、珍しくテンションの高い魔王様の褒め言葉に謙遜をしていたところ、次郎君の方の準備が整ったみたいだ。
「じゃあ虎助君、はじめましょうか」
いざ開封作業を始めようとしたところで玲さんが、
「虎助、今度一緒にタラチネに行かない?」
「で、虎助が巨乳になると」
まったくなんてことを言い出すんだこのお馬鹿な友人は――、
不用意な発言をした元春が玲さんに処される一方で、僕は次郎君と一緒にカードの開封作業を開始。
ちなみに、なにをもって開封したカードの中で当たりカードを判別するかであるが、こちらは僕が次郎君が応援しているアイドルのことを知っているということもあるのだが、次郎君が今日の為にわざわざ必要なカードがわかるように資料を用意してくれていたようで。
「では、こちらのリストにあるものも振り分けをお願いします」
その資料を片手に次郎君と慎重に開封作業を進め。
半分ほどの開封を済ませたところで、元春が山積みになったハズレカードを見て。
「こっちのカードはいらねーの」
「観賞用に保存用、撮影用に儀式用、ゲームに使うものに交換用と、予備を含めて既に十分な数を確保してありますので好きに使って構いませんよ」
いろいろとツッコミどころはあるのだけど、次郎君がアイドルに関して僕達の予想の斜め上を行くのはいつものことなので、あまり気にしないことにして。
「玲っちこのカードを使って対戦しようぜ」
「いいけど、あんたこのゲームのルールとか知ってんの?」
「ルールって、これVSコロシアムっすよ」
「あのシリーズってこういうのも出してたんだ」
そう、次郎君が買ってきたこのカードゲームは、いろいろなキャラをベースにしたカードバトルシリーズの一つとなっていて、玲さんもそのシリーズについてはそれなりに知識があったみたいだ。
元春の説明に納得したように頷き、マリィさんと魔王様も引き入れて、カードバトルをすることになったみたいだが、そこは経験者である元春の独壇場になってしまったようだ。
しばらくは元春の天下が続いたものの――、
「なんじゃそのカード、三ターンかけた強化コンボが一発でひっくり返された。
てか、マオっちが使ってるそれって当たりカードじゃね。
次郎さん、ここに禁止カード使ってる人がいます」
「大丈夫ですよ。虎助君のおかげで十分な数を揃えられたカードはそちらに回していますから」
「にゃん、だと……」
開封作業が進み、狙っているカードも被りが増えてきたということで、強力なカードが女性陣に供給されたことで立場は逆転。
「次はわたしの番ね。黒メイドデッキでボコボコにしてやるから覚悟しなさい」
「ちょ待っ――」




