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ジャングルクラブを調理しよう

◆あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 ガシュッガシュッガシュッと何かを砕くような音がアヴァロン=エラの荒野に鳴り響く。

 音の発生源は万屋の前、僕が特注したアダマンタイトの竪杵を振り下ろすピカピカの大きな寸胴鍋から聞こえてきている。


「虎助。何をやっていますの?」


 そう言って訊ねかけてくるのは、ボリューミーな金髪ドリルとその他諸々を揺らし、ゲートから一直線に走ってきたマリィさんだ。

 僕はそんなマリィさんの声に寸胴鍋に竪杵を打ち付ける手を止め答える。


「ジャングルクラブの使えない素材でアメリケーヌソースってのを作っているんですよ」


 アメリケーヌソースとはフランス料理にあるソースの一種である。エビやカニといった甲殻類の殻をダシに作るトマトソースの一種である。そんな説明をマリィさんにしたところ、


「なかなか豪快な料理なのですね」


「本当はもっと小さな海老の頭で作るソースですから、こんなワイルドな作業は必要ないんですけどね。今回は素材そのものが大きいですからね。いいダシを出す為にもこうして軽く砕いてるんですよ。どうです、マリィさんもよかったらやってみます。風の魔法を使って砕けばすっきりすると思うんですけど」


 僕の提案にマリィさんが目を輝かせる。

 本音を言うと大振りなカニ殻を砕くのに疲れてしまったから、マリィさんの魔法でどうにかならないかなという期待があったりもするのだが、まあ、それはお互いの利害が一致したということで、

 一方のマリィさんは僕がそんなことを考えているとは露知らず、風の中級魔法〈乱気刃(タービュランス)〉を発動、まだところどころに大きな塊が残る蟹殻を楽しそうにバラバラにしていく。

 しかし、前々から気にはなっていたんだけど、マリィさんどうしてこう喜々として破壊活動に勤しむのだろうか。やっぱり田舎の古城に押し込められてストレスが溜まっているのだろうか。

 いつか、そのしっぺ返しがマリィさんを閉じ込めた人達に向かわないことを祈るばかりだが、それは僕には関係ないことで、

 僕は大ぶりな蟹殻を風の魔法で楽しそうに破砕していくマリィさんを横目に、こっちは任せても大丈夫そうだなと、用意してあった給食用の大鍋にオリーブオイルをファサーと高い位置から流し落とし、

 万屋の売れ筋商品の一つとなった簡易型魔導コンロを点火。弱火でじっくりとニンニクを炒めていく。

 そうして暫く、ニンニクの香りがフワッと店の前に広がった頃、マリィさんの作業も完了したようだ。


「いい匂いですわね」


 身を乗り出して香りを楽しむマリィさんに、僕はちょうどいいタイミングだと、ちょっと砕き過ぎなのではと思わざるをえないカニ殻を、近くで料理の補助をしてくれていたベル君に頼んで鍋に移してもらう。

 すると、じゅーと食欲を誘う音が周囲に広がり、茶色だったジャングルクラブの殻がだんだんと綺麗な赤色へと変化していく。

 そして、隣の晩御飯に突撃していきそうな大きなしゃもじを使い、五分ほど蟹殻を炒めたところで、荒くみじん切りにしてあった玉ねぎとセロリを投下、

 透明になるまで炒めたところで、白ワインを大量に振りかけて魚介の臭みを飛ばす。因みにこの白ワインは近所のスーパーで買ってきた350円の安物ワインだから、豪快に一本ぶち込んだとしても特に問題はない。

 数回に分けて白ワインで振りかけたところで、郊外にある業務スーパーで買ってきた一斗缶に入った業務用のトマトピューレをドボドボと流し込む。

 後は特注の蓋でガッチリと固めて鍋の内部を完全密封。そこから強火で十分、圧力をしっかりかけたところで弱火にして更に十分ほど煮ていき、

 フランス料理に使う名称不明の三角形のこし器は家に無かったので、代わりに普通のザルでダシを搾り取られ尽くしたジャングルクラブの殻を更に砕きながら旨味を絞り出していく。

 と、僕がベル君と協力して小さく粉砕されたカニ殻からエキスを絞り出していると、マリィさんが鍋から立ち上る香りを楽しむようにしながらも、


「ソース作っているとのことですが、これはどのような料理に使うものですの?」


 聞いてくるのだが、正直、大量のカニ殻が余ったから、確かそういうのを使ったソースがあったような――と、思いつきでネットを調べて作った料理なので、詳しいことまでは分からない。


「パスタに絡めたりグラタンに使ったりするのが一般的みたいですね」


「私の分もありますのよね」


「勿論、好きなだけ持って帰ってくださって構いませんよ」


 大量に出てしまったジャングルクラブの端材に分量を合わて、こんな量のソースを作ってしまったが、基本的に四人家族の家の二人が放蕩の旅に出てしまっている家で、すべて使うのは不可能だ。

 マリィさんが暮らす古城はそこそこ大きい城らしく、ソレに比例して側付きのメイドさんの数もそれなりだから、大鍋一つ渡しても一日かそこらで使い切ってしまうだろう。

 それでも結構な量のソースが残ってしまうと思うけど、後の処理は、毎週のようにマジックアイテムの購入にやってくる望月さんにでも渡してしまえばいいだろう。

 いや、せっかくだからこれを期に、空カツオやらベヒーモやらと余っている食材も、ちょっと遅めのお中元として、マリィさんと魔女さん達の両方に渡すのもいいかもしれない。関西の方だと一ヶ月遅れでお中元を渡したりするなんて話を聞いたことがあるそうだし。

 まあ、それでもまだたっぷり余っているベヒーモの肉なんかは、向こうの世界で元春が企画してるバーベキューに持っていっても喜ばれるんじゃあないかな。

 と、マリィさんからのアメリケーヌソースのお強請りからはじまり、バックヤードに貯蔵される食材の処理方法に思いを巡らせている間にも、無意識に行っていたカニ殻の処理が全部終了。


「後は適当に煮詰めて小麦粉とバターを混ぜたヤツでとろみをつけてやれば完成ですね」


「楽しみですの」


 ここまでくればベル君に任せても問題ないだろう。僕は後の作業をベル君に任せて、まだ少し早い時間だけれど、お客様がいない今のうちかなとお昼ご飯の準備をするべく、万屋に新しく作り付けられたキッチンスペースに移動する。

 そして、僕が冷蔵庫からソレを取り出すと、後をついてきたマリィさんがこう聞いてくる。


「それは?グラタンではありませんよね」


「ちょっと違いますかね。グラタンとしても美味しく食べられると思うんですけど、今日はこういう風に使うんですよ」


 答えながらも僕はジャングルクラブを加工した昨日の内に作っておいた、牛乳、とろけるチーズ、シチューのルーと、どこにでもある材料から作った簡単蟹入りホワイトソースを俵型に整形して、小麦粉、卵、パン粉をまぶしていく。


「グラタンコロッケですの?」


 まだちょっと違うけど、この辺りは惣菜パンとしての知識からくるものだから仕方がないのかもしれないな。

 僕は大きな胸を前で手を合わせてぴょんぴょんするマリィさんに軽く苦笑しながらも、


「正確にはカニクリームコロッケですね」


 温まった油の中にコロッケを投入。油が温まり過ぎないように気をつけながらクリームコロッケを揚げていく。


「成程、しかしどうしてここでクリームコロッケを作るんですの?」


「これにアメリケーヌソースをかけて食べようと思いまして――」


 せっかく作ったソースだ。それを生かす料理が作りたいと適当にネットを調べていたら、カニクリームコロッケにかけて――というかつけて食べるフランス料理があるというのだ。

 もし、元春がここにいたら、なにそんな小洒落た料理作ってんだよ。とか言いながらもバクバク食べそうだけど、それはそれとして、

 先日、バーベキューと称して、開いた焼き蟹パーティを持っても全てを消費しきれず、魔王様も遠慮なのか何なのかジャングルクラブの身を全部持っていってくれなかったので、せっかくだからとこんな料理を作ってみようと思ったのだ。


「カラカラソースを、そしてコロッケにはたっぷりな蟹の身ですって、な、なんて贅沢な料理ですの」


 大きく目を見開くマリィさん。

 うん。先日の焼きガニパーティでのマリィさんの喜びようを思い出すと、その驚きもわからないでもないんですけど……。


「じゃあ、ちょっと早いですけどお昼にしましょうか。マリィさんも食べますよね」


「勿論いただきますの」


 因みにその後、いざ食べようとしたタイミングになって魔王様がご来店。ついかでクリームコロッケを揚げることになったのはお約束というヤツなのだろう。

 ◆

 新年一発目のネタとしては、このお話はどうなんだろうとも思ったんですけど。作品の内部時間(夏真っ盛り)のこともあって、ごくごく普通の日常回にしてみました。


 今年もこんな感じでのんびりマイペースに書いていきたいと思いますので、どうぞお付き合いの程、宜しくお願いします。


 あと、年末年始の忙しさによる文字数の低下を補うために投下した一部完(全32話予定)の新作(旧作)も現在投下中です。お暇なら片手間に読んでやってくださいませませ。

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