レーヴァと魔女・獣化の秘密
『えっ、あっ、嘘っ、やられちゃった』
「さすがは私のレーヴァね」
映画セットのような建造物群を前に自信満々なヴェラさんが見るのは、工房横の訓練施設の地下に作った人口ダンジョン内の映像だ。
その内容は現在進行系で魔女さん達が行っているレーヴァを相手にした鬼ごっこで、いままさに一人の魔女さんがレーヴァに捕まっていた。
ちなみに、どうしてレーヴァが魔女の皆さんを相手にどうしてこのようなことをしているのかといえば、米国で生まれた超能力組織・ハイエストには転移系の能力者がいるそうで、本日レーヴァに密閉空間での転移訓練をさせたいと、ヴェラさんから人工ダンジョンを使いたいとの申し出があったことを聞きつけたメリーさんの要請で、こうして合同の訓練を行うことと相成ったのだ。
「やはり転移系の能力はその予兆を捉えるのが重要ですか」
「ヘルヴィさんなどの立ち回りを見る限り、そうでしょうね」
レーヴァはまだ転移を使い始めて一ヶ月くらい――、
その発動にはまだ粗があるようで、戦闘系の魔女の皆さんはその粗を感知、レーヴァから逃げおおせることに成功しているみたいだ。
と、そんな訓練の状況をしばらく見学していると、ヴェラさんが不思議そうな顔をして、
「ねぇ、この子達って魔女なのよね。なんで変身しないの?」
「ええと、それはどういうことですか」
「ほら、魔女って森の魔素とか精霊を取り込んで、エルフとか獣人みたいになったりするじゃない」
魔女の皆さんにそんな特技があるなんて僕は聞いたことが無いけど……、
と、それは今ここにいる魔女の代表であるメリーさんも初耳のことだったようだ。
「詳しくお聞かせ願っても」
「別に構わないけど、そのままよ」
ずいと身を乗り出したメリーさんに、ヴェラさんから語られたのは魔女を名乗る人間との戦いの記憶だった。
とはいっても、その戦い事態は深刻なものではなく?
龍種の宿命というかなんというか、ヴェラさん達は龍の谷から離れると、その素材的な価値から欲深な人間から狙われることがあるようで、
そうして戦った相手の中に魔女と名乗る者達がいて、そんな魔女たちの多くが自分の姿を変える術を使っていたらしく、ヴェラさんからしてみるとメリーさん達がそうしないのが少し不自然に映ったみたいなのだ。
と、おおよその話を聞いたところでメリーさんがポツリと口にしたのはこれまた意外な事実だった。
「実はライカンスロープは、我ら魔女から分派した一つの種族という説があるのです」
曰く、魔女狩りによって世界各地に散らばった魔女の皆さんであるが、最後までヨーロッパに残った仲間の中に変身魔法を得意として好戦的な一派がいたそうで、それら魔女の子孫がいまハイエストに身を寄せるライカンスロープ達ではないかという説があり、ヴェラさんが戦った魔女もそうしたグループではないかとのことである。
と、そんな話をしている内にレーヴェが疲れてしまったみたいだ。
いつの間にやら転移を使ってヴェラさんの頭の上に戻ってきていたので、訓練はそこで終了。
メリーさんはすぐに数名の魔女を集めてブリーフィングを行うことに――、
そうして、つい今しがたヴェラさんから聞いた話を他のメンバーに伝えたところ。
「成程、問題はどうすれば我々がその魔法を使えるかですね」
僕としては魔女の皆さんとハイエストの超能力者、そして魔女狩りからの関係性を考えると、魔女の皆さんに変身系の魔法への忌避感が出来ているのではないかと思ったのだが、他の皆さんの反応は案外あっさりしたもので、
聞けば、技術に貴賤はないというのが皆さんのスタンスらしく。
そして、ここからが本題だ。
「待っている間、少しデータベースを漁ってみたんのですが、ヴェラ様が仰る魔法はこの三つになると思います」
一つは自然の魔素を取り込み、肉体を変化させるといった魔法――、
一つは霊を憑依させて戦うという魔法――、
そして、最後に精魔接続の元になった精霊合身があって――、
それぞれに才能や憑依させる対象との相性など、いろいろと条件が存在するようで。
「ライカンスロープの変身は一番目に近い能力でしょうか」
「二つ目のそれはネイティブアメリカンに伝わるシャーマニズムに近いものですかね」
「とすると、我々がやるとしたら三番目になりますか」
ちなみに、皆さんが三番目を選んだ理由は単に可能性の問題で、
前述の歴史から、いまの魔女に獣化とでも呼ぶべき魔法の才能を持った人間がいる可能性は低く。
実際に皆さんの中にはそれらしき得意属性を持った人はいなかったということで一番目の選択肢を除外。
特殊な霊体が必要になるという理由から二番目の選択肢も難しいとなると、消去法で三番目の選択肢しか残っていなかったということであり。
「なにより精霊ならばアテがありますから」
メリーさんが仰るアテといのは言わずもがなスクナのことだ。
「だけど、それって危なくはないんですか?」
アネットさんが懸念するのは、僕達が保護した八百比丘尼さんの状態を見てのことだろう。
ただ、これに関しては、
「今回用意した式はしっかり安全性を担保したものなので問題はありません」
八百比丘尼さんの治療と聖魔接続を作るにあたり、ソニアが多くの精霊との融合に関する魔法の分析、その過程で精霊と融合するような魔法式の改良にも取り組んでいたのだ。
具体的には人間と精霊との融合の際、お互いがお互いの存在に引っ張られすぎないようにと、魔法式の中に安全弁のようなものを組み込んでいるそうで。
「それに精霊の格によって強化度合いも変わってきますから、いま皆さんが連れているスクナとの合身ならアネットさんの懸念はあってないようなものかと」
そう、スクナカードによって繋がりを持つ精霊は基本的に原始精霊。
その力はまだ精霊としては最下級のものでしかなく、そうした点からも八百比丘尼さんのような状態になることはまずあり得ず。
「そうですか、そういうことなら平気かもですね」
「では、次に誰が最初に使うかですが」
「普通に戦闘班の誰かから選べばいいんじゃないですか」
「とはいっても、私達はあんまりスクナを持ってないぞ」
「あっ、それとですが精霊と合体するという魔法の内容から、精霊との親和性は高い方が成功率が高いと思われます」
「とすると、誰か心当たりはありますか」
「あの副長、だったら――」
そうして手を上げたアネットさんの提案で呼ばれたのは、今回のグループでなにかと名前の上がることが多いキサラさんで、
「えっと、私なんで呼ばれたんでしょうか?」
「詳細は省きますが、アナタに精霊合身を試してもらいたいのです」
「せ――って、あのその例の水槽の――、それって私が使っちゃって大丈夫なんでしょうか?」
「安全性ならば問題ありません」
いきなりの呼び出しに魔法の実験と不安そうなキサラさんにきっぱりと言い切るメリーさん。
「だけど、なんで私なんかが?」
「それはアナタとスクナがここにいるメンバーの中で一番良い関係を築いていると判断したからです」
そして、キサラさんも真正面から褒められて悪い気はしないのだろう。
スクナとの仲の良さを基準に自分が選出されたことを知ると「えへへ、そうですか」とボサボサ頭を掻き。
ただ、すぐに表情を戻して「でも、私なんかができるでしょうか」と自信なさげに俯けば、彼女と仲が良いアネットさんが「キサラちゃんなら大丈夫だよ」と励まし。
その後、メリーさんやヘルヴィさんの硬軟合わせた説得が続けば、さすがに諦めもついたのだろう。キサラさんはおずおずと自分の相棒を呼び出して、
ちなみに、キサラさんのスクナは短パンの少年執事のような格好のジョバンニで、見た目は戦闘向きのスクナではなさそうだが、このジョバンニがキサラさんと合体した時、どういった結果になるのか。
とにかく、やってみないとわからないということで、メリーさんの流し目を受けた僕がソニアの手で改良された精霊合身の魔法式を用意。
「お、おっきい魔法式ですね」
「精魔接続と一緒で人と精霊が同時に使う魔法ですから」
ちなみに今回、精霊との合体に使う魔法式は、精魔接続の数倍はあるだろうヤジロベーのような立体型の式で、
その使い方は、魔法式の両側から人と精霊が魔力を流し込んで発動させるというものになる。
なので、キサラさんとジョバンニの二人には、そのヤジロベーの腕のように伸びた両端に分かれてもらい。
そこから魔力を注いでもらうと、ジョバンニのスクナ化が解除され。
カードから漏れ出た光がキサラさんに吸い込まれ、キサラの髪色や服がジョバンニ基準のものに――つまりボクっ娘スタイルに変化する。
「成功か?」
「ぱっと見、コスチュームプレイをしているようにしか見えませんけど」
「具合はどうです。キサラ」
メリーさんからの問い掛けにキサラさんは変身後の格好が恥ずかしいのか、少しもじもじしながらも自分の体を確認し。
「たぶん成功してると思います」
「身体能力の方は?」
「えっと、どうすればいいんでしょう」
「その場でジャンプをしてみるというのはどうでしょう」
単純な身体能力の上昇ならこれでわかる筈だと、僕がアドバイスすると、キサラさんがその場で「えいっ」とジャンプ。
しかし、その跳躍はまさしく運動音痴な女の子のそれであり。
「これは酷い」
「ですね」
「ちょっ、アネットちゃんまで」
ふたたび恥ずかしそうにするキサラさん。
「だけど、この結果は身体能力は上がってないってこと?」
「どうなんでしょう。精霊基準になるとその強化値も精霊依存になっているのかもしれませんし」
「えっと、ジョバンニの特徴っていうと頑張りやさん?」
アネットさんはジョバンニの特徴も良く知っているみたいだ。
「あっ、でもでも、結構力持ちって印象もありますよ。
よくキサラの手伝いで自分よりおっきな荷物を運んでいますし」
それだということで実際に試してもらうことになったのだが、近くにちょうどいい荷物はなかったので、ここで友人であるアネットさんが実験台となり抱き上げてもらったところ、しっかりとお姫様だっこが決められ、なぜかアネットさんが「凄い凄い」と大はしゃぎ。
その一方でメリーさんはこの結果を冷静に分析。
「スクナの特徴にもよりますが、その強化率はなかなかのものですね」
その後、より多くのデータを得る為に、自分を含めたスクナ持ちの魔女の皆さんで精霊合身を試していくことになるのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




