vs街喰い
「艱難辛苦を乗り越えて、辿り着いた未開領域」
「艱難辛苦って――、
道中はずっと空の上だったし、襲ってきた魔獣もぜんぶ魔法障壁で一発だったじゃない」
場所はロベルトの研究所から東へ千キロほど離れた空の上、飛空艇から見下ろす先にあるのは見渡す限りの樹海だった。
「しかし、あれが街喰い」
「想像してたよりもずっと大きいわね」
ナタリアとホリルが向ける視線の先にいるのは山のようなカタツムリが一匹。
そう、彼女達の目的は眼の前の巨獣の討伐とその素材の確保にあった。
ちなみに、今回の作戦のメンバーは、前に潮涸球の材料である下位竜種の海綿体の採取に赴いたホリル・ナタリア・プルの三人に加え――、
『本当に二人で戦うんですか』
「あの程度のスピードなら失敗しても逃げれば問題なし」
自分もなにかしたいと玲が、本来、ロベルトが操作する予定だった魔導鎧ウッディクラブのオペレーターとして参加していた。
そして、残るロベルトとアニマは通信越しのサポートに回っており。
『まずは潮涸珠を試しておけよ。せっかく作ったんだから』
「たしかに、わざわざ素材を確保しにまで行ったんだから、実験はしておかないと損だろうね」
そう話すのは、対街喰い用のアイテムとして用意した、この世界の伝説の中でも謳われる、海を枯らすマジックアイテム・潮涸珠のことである。
そして、潮涸珠の使用については、素材の確保に動いたナタリアとしても、その成果を見るのはやぶさかではなく。
「効果によっては撤退時期の判断も見直さなければなりませんから、確認は必要でしょう」
潮涸珠の効果を試しつつも攻撃するということで作戦はまとまり。
「じゃあ、真上に行って落とすって感じにする?」
『いや、飛空艇に結界があるとはいえ、街喰いの触覚が届く範囲にはいかない方がいいだろ』
現在、街喰いは食事の真っ最中のようで、頭部から何本も飛び出す触覚を操り、周囲の木々を引っこ抜き、その体に取り込んでいる状態で、
ロベルトとしては街喰いの食事中にその範囲に入るのは危険と判断したようだ。
一方、この世界ではどういう訳か、高高度の空の上にフェニックスやドラゴンなどの強力な存在が住み着いており。
「上空の存在を刺激しないようにすべく、あまり高度を上げないほうがいいでしょう」
『となると、後ろから近づき狙撃するのが一番安全な方法になりますか?』
そうした存在を刺激しない為にも、アニマの述べた案にロベルトが『そうだな』と肯定を示し。
「だったら私の出番?」
『いえ、ここはわたしが撃ちます』
ホリルがぐるぐると腕を回して気合を入れるも、ここでウッディクラブを操る玲が潮涸球の射出役に立候補。
「そのゴーレム、潮涸珠も撃ち出せるんだ」
『俺の武装だからな。薬なんかも飛ばせるようになっているそうだ』
ウッディクラブはもともとロベルトに合わせて作られた魔導鎧である為、錬金術で作られた薬剤を飛ばせるようになっているのだ。
「じゃあ、後ろのハッチを開けて私達はそこから攻撃って感じになる?」
飛空艇の後部ハッチは吊り下げ式になっている。
あまり周りをうろついて目をつけられたら面倒と、プルの操縦で背後に回り込み、その間に開いたハッチの上に二人が横並びでスタンバイ。
ナタリアが魔法窓から三次元的な魔法式を展開し、その巨大な式に魔力を注入し始めたところで街喰いの動きに変化が見られる。
食事をしていた触覚を止めて、周囲の木々をなぎ倒しながらその巨体を傾け始めたのだ。
『なんか、こっち向こうとしてないか』
「ナタリアの魔力に反応したんでしょ」
『あの、これもう撃った方がいいですか』
『いや、できれば潮涸球は頭部に当てたい。
こっちを向いたところを狙った方がいいだろ』
『わかりました。
狙いをつけます』
ロベルトの指示に玲がウッディクラブの両肩に乗る砲塔を微調整。
しっかりと狙いを定めたタイミングでナタリアの準備が整い。
「いつでもいける」
『撃ちます』
玲がその砲身から二発の潮涸珠が発射。
その二発ともが街喰いの頭を捉え。
『……効いてない?』
『いいえ、触覚の縮小を確認』
少しして潮涸珠がその効果を発揮する。
そして、街喰いの触手が縮んでいくのをウッディクラブの視覚の画像解析を行っていたアニマが確認したところで、
「行く」
『やっちまえ』
ロベルトの声を受けてではないのだが、ナタリアが準備していた上位魔法を発動。
「〈深侵霜葬〉」
その変化は街喰いの足元から現れた。
白い霜柱がまるで小高い丘そのものが動いているような街喰いの歩みを止め、その大きな身体を這い上がるように侵食していったのだ。
『す、凄い』
『さすが上位魔法だな』
「私の魔力じゃ一発で撃ち止めになるけど」
そう言っている間にも街喰いの体が霜で覆われていき、カリカリという何かを引っ掻くような小さな音が、街喰いの体内までもを急速に凍り付かせていることを知らせていた。
そして――、
「後は私が――」
『やれるのか?」
「これがあるから余裕」
ホリルが自慢げに打ち鳴らすのはグローブのパーツの一つ。
それは龍種の鱗から作られたナックルカバー。
これには地龍が持つ破壊の力が込められており。
「移動しますか」
「ここからでいいわ」
プルの問い掛けにホリルは手を振って答えると、クラウチングスタートの構えを取って、飛空艇のハッチから飛び出す。
そして、斜めに落下しながら空を走り、そのままの勢いでその拳を街喰いの顔に叩き込むと、ビキリと顔面にヒビが走り、そこから連鎖をするように街喰いの全身へ割れ目が広がっていき、そうして広がったひび割れが、その巨体をガラス細工のように砕いてしまう。
『やったか』
『ロベルトさん。それフラグです』
『バラバラなんだし大丈夫だろ』
これは現場の様子から見るにロベルトの意見の方が正しく思われるも、
「ドローンを飛ばしてみましょう」
現地のプルがカリアと同型機――こちらはリモート操作が必要になるが機能はそのまま――のゴーレムを飛ばし、バラバラに砕けた街喰い体をスキャン。
すると――、
「生体反応があります。
まだ街喰いは死んでおりません。
ホリル様、お気をつけを――」
『って言われても』
飛空艇から降り、そのコメントが通信回線に切り替わったホリル反応はどこか困ったようなものだった。
そして、プルとロベルト、アニマが更に詳細な分析を進めた結果――、
『粉砕された体の一部組織が死んでいないようですね』
『多分これが再生してあのでっかいカタツムリになるんだろうな』
『えっと、それってプラナリアみたいな感じですか?』
『ああ、似たようなもんだろうな』
ちなみに、プラナリアはロベルトの世界でも認知された生物のようで、このプラナリアが魔獣化したものが天然のキメラになってしまうような現象も見られているようだ。
『それでどうするんです?』
『そうだな。とりあえず回収できるものは回収して、まだ生きてそうな組織には潮涸珠を突っ込んでおけばいいんじゃないか』
ホリルとナタリアが街喰いの素材を回収。
玲がウッディクラブで生きていると判定された街喰いの破片に潮涸珠を撃ち込んでいき。
『仕上げにドローンを近くの木の洞にでも残していって、問題があったらまた虎助にでも相談すればいいだろ』
「……未知の巨獣だものね。仕方ないか」
飛空艇を反転させるのだった。
◆
場所は移ってアヴァロン=エラ――、
街喰いの討伐に出ていたホリル・ナタリア・プルの三人が一日かけて研究所に戻ったところで、ロベルトとアニマがその素材を万屋に持ち込んだ。
「それで街喰いはどうなったんですか?」
「いまのところ問題はないみたいだな」
一通りの説明をした後の虎助の質問に肩を竦めるのはロベルトだ。
凍結状態で粉々に砕かれても生きていると判断された街喰いの体組織も、自然解凍されるに従い、潮涸珠がその効果を発揮してしっかりとその再生を抑えているようで、このまま効果を発揮すればいずれは残った体組織もすべて死滅させることが出来るのではないかとの予想だった。
そんな話をしながらもロベルトはアニマと共に回収してきた素材を工房の広場に広げていくのだが、この様子に元春が、
「なんかにゅるんって出てきたっすね」
「元が大きいからからな」
「んで、この殻はなにに使うん?」
「いろんなところで建材に使おうと思ってるよ」
実際、この殻の使い道はすでに決まっている。
しかし、ことが先日の転移実験に関わるものだけに、あえてそれを知らせる必要はないだろうと虎助はわざと大雑把にその使い方を応え。
「しかし、改めてこのマジックバッグの容量には驚きだな」
「かなりいい素材を使っていますから」
具体的にこのマジックバッグはトワイライトドラゴンの鱗を中心に龍種や巨獣の素材を集めて作られた、かなりの高級品となっている。
「体の方はどうするんだ?」
「食べられはするみたいなんですけど――」
「カタツムリを食べますの?」
ここで疑問の声を上げたのはマリィである。
ただ、街喰いがいかにもなカタツムリの巨獣ということで、玲が嫌そうな顔をする一方、マリィとしては純粋に食べられるかどうかが気になるようで、
「カテゴリとしましては陸貝の一種で魚介類になりますから、〈金龍の眼〉の鑑定とベル君のスキャンでも病原体や寄生虫もいないみたいですし」
「えっ、カタツムリって魚介類なん?」
「エスカルゴはそうなってるみたいだよ」
虎助が見せたインターネットページにはエスカルゴがサザエの仲間になることが書かれており、この街喰いもその係累に入るという鑑定が出ているようだ。
「でしたら、少し食べてみたいですわね」
「……ん」
「二人共チャレンジャーだな」
街喰いを食すのに前向きなマリィとマオに対し、若干引き気味なのは元春・玲・ロベルトの三人だ。
「しかし、貝の仲間なのでしょう?」
「とはいっても普通は食べないものだからな」
カタツムリなど陸上の貝は病原体や寄生虫を持っている場合が殆どで、どこの世界でもあまり食用として扱われるような存在ではないようだ。
マリィもその辺の事情は理解して入るものの、巨獣などの強力な魔獣というものは体内に魔素を保有しており、それが関係してか、その肉は美味であることが多く。
虎助の鑑定で安全と確認されている上に巨獣となれば食べてみたくなるのは当然の成り行きであり。
これにはロベルトも研究者としての心が疼いたか。
「じゃあ、少しだけ」
結局、魔法で半解凍状態にしたものを焼いて味見をしてみることが決定。
「なんか冷凍のイカ柵みてーだな」
切り出された肉にそんな感想を口にしたのは元春だ。
たしかに、見た目はまさにそれそのもので、
虎助がそれをサイコロ状にカット。
たこ焼きプレートとエスカルゴバターを使って焼いていく。
ちなみに、エスカルゴバターの作り方は簡単で、無塩バターに塩と刻んだにんにく・玉ねぎ・パセリを混ぜるだけるというものであって、万屋の冷蔵庫に無塩バターがなかった為に、虎助は塩分を控えめにして普通のバターで作ったみたいだが、
そうして調理した街喰いの肉を小皿に取り分け、まずは香りを確認。
「匂いはいい感じっすね」
「ああ、うまそうだ」
恐る恐る口に運び、ゆっくりと咀嚼したところで、まずはロベルトが、
「ちょっと塩っけが足りないか」
「塩分を控えめにしすぎましたか」
今回使ったのが普通のバターということで虎助が入れた塩はごく少量だった。
すると、そんな虎助とロベルトの横でマオがどこからか取り出した醤油をたこ焼きプレートの凹みに一垂らし。
「……美味し」
「マオっち俺にも」
美味しそうに食べ始めれば他の面々も興味を抱かざるを得なかったようだ。
元春を筆頭にそこにいた全員がマオから醤油を借りて、まだ調理中のものにかけていき。
「これ、ふつうに醤油バターとかで良かったんじゃね」
変にエスカルゴにこだわるよりもサザエとして扱った方が正解だったみたいだ。
「しかし、これ酒が飲みたくなる味だな」
「なら、お酒と一緒に持って帰りますか」
「そうだな。頼めるか」
◆
ロベルトが街喰いの素材を届けてくれたその日の夜――、
虎助はエレインと一緒に街喰いの殻をすべて加工し、それをすべてゲートから送り出すと、工房の地下にあるソニアの秘密研究室を訪れていた。
「街喰いの殻、ぜんぶ送り出してきたよ」
「お疲れ様――」
そう言って、その場でゆっくりとムーンサルトするソニアの向こうに見える巨大な魔法窓には、森の間を走る長い岩壁のようなものが映し出されていた。
「もう完成してるの?」
「加工はこっちでやって、後は組み立てるだけだったから」
街喰いの殻を切り分け、それを綺麗に研磨して、つるつるになった表面に特殊な結界の魔法式を刻み込み、そのブロック一つ一つが大きな結界を維持するパーツとすることで、接着剤を必要としない建材へと加工することができるのである。
「だけど木はそのままなんだ」
「ここの風景をあんまり変えたくなかったってのもあるけど、そもそも切っても意味がないみたいなんだよ」
「切っても意味がない?」
すっかり出来上がった巨大の壁を映す魔法窓を見て鸚鵡返しする虎助に、ソニアは「わかりやすいのはあそこかな」と待機モードにしていた銀騎士を起動して、街喰いの殻で作った壁を乗り越え、森の一角に辿り着くと。
「ここどこだと思う?」
「どこって――」
そこは、一本一本の木が大きいという注釈はつくだろうが、なんの変哲もない森の中で、
ただ、ソニアが言うには、
「実はここ虎助が大量のメイド達と戦った場所なんだよ」
「えっ、でも、あの時に戦った場所って――」
この世界への転移を果たした直後の奇襲から世界樹を守る為に降り立った場所――、
そこで虎助は複数体のメイド人形から自爆特攻を受けていた。
もし、ここがその場所だったとしたら、もっと周囲が荒れていてもおかしくないのだが、その場所には爆発の後はおろか、踏み荒らされた形跡すらなかった。
「本当にここがあの場所なの?」
「嘘はついてないよ。
ってゆうか、そもそもこの森って最初からおかしかったじゃない」
そう言いながら、ソニアは銀騎士の視界を振って、森の木々をオレンジ色に染め上げる沈むことのない太陽を映し出す。
「ボクはこの森がボクの故郷のある一瞬を切り取った世界なんじゃないかって考えてるんだ」
「それって、この世界は止まった時間の中にあるってこと?」
「それはちょっと言い過ぎだね。
ボク達が植えた世界樹はしっかり育ってるし、設置した拠点がなくなることもなかったから」
たしかに、この夕焼けの森が止まった時間の中にあるのなら、世界樹が大きくなることはなかった筈だ。
「ただ、荒らされた森は元に戻るし、実は潜入の前にモグレムが掘った穴も、もう殆ど残ってないんだよ。
最初は単に地盤が弱いだけって思ってたんだけど、大きく破壊された森が戻っちゃってるから、そういう力が働いてるんだと思うけど」
歯切れの悪い言葉に虎助が続きを促すと、ソニアは曖昧に微笑み。
「姉さんのこともあるし、じっくり腰を据えて調べてみるよ」
せっかく見つけた姉がいる世界で下手は打てないと肩を竦め。
「そういえば、ソニアのお姉さんはどんな状態なの?」
虎助も発見されたソニアの姉には魂がなく、強欲な蜘蛛によって生命維持が行われていることまでは聞いていた。
しかし、それ以上の情報は聞いていないと、せっかくの機会だからと訊ねると、ソニアはベッドに横たわる姉を映す魔法窓に目を落とし。
「少なくともこの空間に魂は存在してないみたい。
ただ、こういった魔法の形式上、魂もそんなに離れた場所には置いてない筈なんだ」
この世界には存在していないのに、離れていない場所にあるとはこれいかに?
「ボクは相違世界に閉じ込められているんじゃないかって考えている」
相違世界というのは言ってしまえばパラレルワールドのようなものである。
「じゃあ、またゴーレムを使ったローラー作戦でもするの」
「それも一つの手なんだけど、今回は手元に姉さんの体とそれに繋がる魔動機があるから、そのラインを辿ってなんとか魂に呼びかけられないかって考えてる」
つまり、体と魔動機に刻まれた術式を辿って、その魂をこちら側に引き戻すような作戦を取りたいということだ。
「だから、また虎助に力を借りることになるんだけど、いい?」
と、上目遣いで見てくるソニアに、虎助はふっと笑い、こう応える。
「約束だからね」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




