雛祭り
「おっ、ここにも雛人形が飾ってあんのな」
「環さんが飾っていったんだよ」
「しっかし、こんな小せーのもあんだな」
放課後、万屋にやってくるなり元春が注目するのは、都会の住宅事情に合わせたミニチュアサイズの雛人形。
そんな僕達の会話におやつを食べていた玲さんが聞いてくるのは以下のような内容で、
「ここにもっていうのは?」
「虎助ん家のリビングにも志帆姉のが飾ってあるんすよ」
「へぇ、志帆さんってそういうの興味ないと思ってた。
というか、わたしが言えることじゃないけど、もう雛人形を飾る年じゃないでしょ」
たしかに、玲さんのこの指摘はもっともなものであるのだが。
「義姉さんの雛人形は代々受け継がれて来たものなので、メンテナンス的な意味でも、年に一回は出す必要があるんですよ」
「そうなんだ」
なにより、その雛人形は義姉さんがお義母さんから受け継いだ数少ない品なので、その出し入れについても義姉さん自らが率先して行っていて、
例の報告ついでというか、例の怪しい車の件もあって、二月の末にいったんこっちに戻ってきてくれていたのだ。
「だけど、古い人形ってちょっと怖くない」
「髪が伸びる人形とかそういうのっすか」
「そうそう」
「義姉さんの雛人形は古いものだけど原始精霊が住処みたいに使っているくらいで、特に問題はありませんでしたよ」
先日、三好さんから私邸の蔵に大量の呪いのアイテムが所蔵されているという話を聞き、少し気になって義姉さんの雛人形も一応調べてみたのだが、かなり古いものである所為か、原子精霊が出たり入ったりと遊び場のように使っているような節は見られたが、それ以外は特段問題はみられなかった。
「ちょっと、それって逆に大丈夫なの?」
「だけど、人形とかそういうものにはわりと原子精霊が集っていますよ」
「集ってるって言い方――」
うん、いまのは失言だったね。
しかし、グラムサイトを手に入れて以来、周辺をいろいろ調べてみたのだが、現代日本でも意外と精霊などの霊的存在を集めるものや場所は多く見られ、中にはソニアが驚くほどに精霊が集まっているような場所も発見されいるのだ。
「昔からあるものには何かしらの意味があるんじゃないかっていうのがソニアの見解みたいです」
「……精霊はみんなの味方」
特にそれは神社とか歴史的伝統文化にまつわるものに多く見られ、特定の精霊の気を惹いて邪気を払うとかそういう効果があるんじゃないかと話したところ、玲さんが酷く真剣な顔になり、なにを言い出すのかと思いきや。
「もしかして、婚期が遅れるとか、そういうことにも関係してたりする?」
「さすがにそこまでは関係ないんじゃ……」
まあ、人形を仮宿にする精霊の種類によってはあるかもしれないけど……。
「てか、いつまでも出しておくのはズボラだからとかそういうことなんじゃないんすか?」
ここで元春からの至極もっともな正論が入り、元春と玲さんとの間でいつもの軽いじゃれ合いがあって、
その動機が動機だけにか、無事に元春を成敗した玲さんが場の空気を誤魔化すように話題に出したのは雛祭りでは定番のお菓子の話。
「そういえば、雛祭りの時のあの三色だんごみたいな餅のヤツって食べたことある?」
「菱餅ですね。僕は食べたことありませんけど、元春は?」
「ひなあられだっけか?
あれなら食ったことがあるけど、それ以外はねーな」
まあ、元春は一人っ子だし、僕が知ってる親戚一同にも年頃の女の子はいないから当然か。
「羊羹のようなものでしょうか」
「待ってください」
マリィさんに聞かれて調べてみると、菱餅はその名の通り餅を加工したもののようで、その味や食べ方なども地方によって違うみたいだ。
「要するに大福の皮みたいな感じか、ふつうに美味そうじゃね。
俺あんこ苦手だし」
「元春、貴方なにを言っていますの。
薄い餅皮にあんこ、そして熱いお茶、これが至高ではありませんの」
和菓子って基本、お茶と一緒に食べるように作られているから、マリィさんの仰ることは尤もで。
「しかし、気にはなりますわね。その菱餅とやらがどういう味なのか」
「普通にスーパーで売ってなかったっけか」
「明日の帰りにでも探してみますね」
「催促したようで申し訳ありませんの」
「いえいえ、僕も興味がありましたから」
ということで翌日、幾つかのスーパーによって、菱餅などの雛祭りスイーツを探した結果――、
「あら、次郎も一緒でしたの」
「ええ、雛祭りライブの撮影がありまして」
義姉さんの雛人形を撮影して、それを立体映像のように表示。
それを背景にライブを撮ろうと、次郎君がアクアとオニキスを連れて工房にあるミニチュアスタジオに旅立ったところでおやつタイムだ。
「本当にいろいろ買ってきたじゃない」
「次郎君が花吹雪用の折り紙を買いにコンビニに立ち寄りましたから、ついでにそちらでも仕入れてきました」
こちらは古式ゆかしい雛祭りのお菓子ではなく、雛祭り仕様のコンビニスイーツだ。
そんなおやつをビニール袋から取り出し並べていると、魔王様もゲームの手を止めて興味津々のご様子なので、ここで本日のメインディッシュを中央に持っていく。
「ご注文の菱餅です」
「なんかマグロの柵みたいにパックに入ってると違和感が凄いわね」
それは菱餅を見つけた時、僕も思ったことである。
ただ、こちらの方がみんなで食べるには都合がいいからと、その塊をまな板の上に取り出し、菱餅らしくひし形に切り揃え。
「あ、俺、そこの端んとこ貰っていい」
「ちょっと、それズルい」
元春と玲さんが端っこの部分の奪い合いがあったりして、小皿に取り分けて皆に配り。
「うん、想像通りの味というか普通においしい」
「なんつーか、モチモチ感の強い羊羹って感じか」
「ふむ、これは良いものですの」
お店によって違うかも知れないけど、近所のスーパーで買ったそれは優しい甘さでういろうに近い触感だった。
「あ、ひなあられもどうぞ」
そして、木皿に入れたひなあられを僕が差し出すと、これに皆が手を伸ばし。
「あれ、ひなあられって甘いんじゃなかったっけ」
「甘いですわよ」
「……色によって違う」
「わたしがむかし食べたやつは全部甘かった気がするけど」
これも地域に差があるのではないだろうか。
なんにしても美味しいものは美味しいということで。
「コンビニスイーツですけど、どうします?」
立て続けに食べて、菱餅に見立てたムースとか、ひなまつりとは直接関係ないものの季節物として売られていた桜餅も用意したのだが、
さすがにこれは食べられないかと思いきや、女性にとってやはり甘いものは別腹のようだ。
「当然味わいますの」
「ちっちゃかったしね」
「……デザートは別腹」
結局、マリィさん位魔王様に玲さんの三人で、買ってきたスイーツはほぼ処理されてしまった。




