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●カイロスから来た女02

「お帰りなさいまし、キメラとの戦いはいかがでしたの」


「聞きしに勝るとはこのようなことを言うのだろうな」


 椅子に座り声をかけるのはマリィ。

 それを受けるのはシルビアだ。


 さて、この状況がなんなのかといえば、シルビアの命を救った浄化の魔法や魔導書の出所である万屋に関する説明をするのを面倒がったマリィによって、シルビアが放り込まれた二首キメラのディストピアについての感想だ。


 そして、興奮気味のシルビアの一方で、ここ一時間ほどの情報爆弾の投下に、すっかり精神と肉体の両方をやられてしまったのが彼女の付き人としてガルダシアまでついてきたティファリザとリースだった。

 ディストピアから出てすぐ地べたに座り込んでしまったティファリザが、呻くように言及するのはディストピアという魔導器の存在そのもので、


「まさかこんな魔導器が存在するとは」


「あら、ディストピアは叔父様のお城にもありますわよ。ティファリザならば、その程度の情報、仕入れていたと思っていましたの」


 マリィのこの発言にシルビアの視線がティファリザに向けられるも、当の彼女は首を左右に振り。


「しかし、叔父様も面目というものがありますものね。情報が表に出ることはありませんか」


「どういうことだ?」


「お城に送ったディストピアは(わたくし)が今の地位に収まるに至った件に対する報復と言えばおわかりいただけますの?

 面倒なわらかずやの説得も兼ねて、中に入ってしまったのなら相手を倒すまで出られないディストピアを叔父様に送りましたの」


「成程、そういうことか、

 まったく、あの男も余計なことをしたものだ」


「叔父様は見栄を張り過ぎですの」


「違いない」


 と、笑い合うマリィとシルビア。


「しかし姫様、もしその話が本当ならば――いえ、本当なのでしょうが、それならばこそ姫様は中央に戻れたのではありませんか」


 一方、ティファリザが言及するのはマリィの復権ついてである。

 しかし、これにマリィは残念そうに――、


「そんなことをしてもお父様は喜びませんの」


「そうだな。ドナート様ならむしろ悲しむだろう」


  自分の父親ならどう考えるのかと応じると、これにシルビアも同調して流れる沈黙。

 そんな沈んだ空気の中に、まるで見計らったかのようなタイミングで現れたのは虎助である。


「皆さんクリア出来ましたか」


「なんとかな」


「こちら飲み物を用意しましたのでよろしければどうぞ」


 なにか伺うようなシルビアの視線に、笑顔で応じる虎助が差し出すのは、スポーツ飲料が入ったペットボトルだ。

 それを受け取ったシルビアは、瓶の形状から魔法薬のようなものかと、疑うことなく蓋を開け、そのまま煽り飲むのだが、これに慌てたのがまたティファリザとリースであり。

 二人が迂闊な姉の行動にわたわたと手を伸ばすも、シルビア本人は呑気なもので「美味いぞ、お前達も飲んでみろ」とペットボトルを用意する虎助を顎で示す始末。


「それで実績の方は得られましたか?」


「え、その、なにかが変わったような気はしませんが」


「特別なものでもない限り、倒しただけではそういうものですの」


 おずおずとペットボトルを受け取るティファリザ。

 そんな彼女に虎助があえて軽く問い掛けると、ティファリザが自分の体を見下ろし、マリィが慣れた様子でアドバイス。

 そう、実績の開放によって得られる権能の効果はその殆どが潜在能力の向上になる。

 だから、実績の獲得からすぐに力の実感が出来ることはほぼ無ないと確認し直したところで、シルビア・ティファリザ・リースの三人が二首キメラから得た権能であるが。


「〈音撃耐性〉というのが私の得た権能になるようだ」


「私は〈並列思考〉というもののようです」


「私は〈目測〉となっております」


「三つとも聞いたことがないものですの」


 マリィが首を傾げる一方、虎助はその一部に聞き覚えがあると万屋のデータベースにアクセス。


「シルビアさんのそれは咆哮(ハウル)を使ってくる魔獣から得られるものですね。

 リースさんのそれは物理攻撃の範囲が広い魔獣から獲得しやすい権能で、

 ティファリザさんの〈並列思考〉は二つ頭があるキメラだからこその権能でしょうか。

 開発者にデータを送りたいのですが、よろしいですか」


「構わないぞ」「お姉様がそう仰るなら」「どうぞご自由に」


  三人の了承が得られたところで、虎助がそのデータをディストピアの制作者であるアビーとサイネリアに送信。


「次はどうする」


「とはいっても、手持ちの装備でこれ以上の相手に挑むのは無謀ではありませんか」


「たしかに、こんなことなら森に入る時の装備を用意するべきだったか」


 そもそも今回シルビアが万屋を――正確にはガルダシアを訪れた理由は会談と視察を行う為である。

 そして、ガルダシアにはトワやスノーリズといった、身内かつ手練れが居ることが事前にわかっていたので、必要最低限の装備しか持ち合わせていなかったのだ。

 そんなシルビア達の話を聞いた虎助がここで一つ提案する。


「よろしければ、皆さんの装備をこちらでお作りしましょうか」


「それはありがたい申し出であるが、手持ちが心許なくてな」


  シルビアも今回の訪問が領を代表しての訪問だけに、資金はそれなりに用意していた。

 ただ、その殆どはほぼ使い道が決まっているもので、新しく装備を買い揃えるような資金の捻出は難しく。


「支払いはまた後でも構わないのですが」


 しかし、虎助もこれまでに様々な世界の人間と交流する中で、貴族が一般庶民とどういった取り引きをするのかはある程度理解していると、ここは後払いでも構わないのではと提案するのだが、シルビア達が今いる――ということになっている――場所はガルダシアである。

 独立領地扱いとなっているこの土地で――いや、たとえ自領地だったとしても――真っ当な貴族家であるカイロスの人間が無駄に権力を振りかざすことを良しとする筈もなく。


「では、ウチで作っている装備を貸し出すというのはどうでしょう」


「装備の貸し出しですか」


「実は最近、表にはあまり出せない素材を大量に手に入れまして、試作品を作ってみたはいいものの、なかなか使う機会が無くて――」


「虎助、それは例の装備が完成したということですの」


 後払いが駄目ならと虎助が提案したレンタルという案に食いついたのがマリィである。


「はい。マリィさんが設計した剣も勿論ありますよ」


「やりましたわ」


 テンション高く喜ぶマリィに若干の不安を感じる三人。

 ただ、ディストピアという魔導器にそれぞれ別の理由から興味を持つ三人としては、どうせならこの訪問の間に他にもいろいろなディストピアに潜りたいという想いは当然のようにあって、

 結局、安く強力な武器が借りることが出来るなら否はないと虎助の申し出を承諾。


 しかし、用意された武具を見て彼女達は後悔することになる。


「虎助殿、マリィ、これは?」


「龍種の爪や牙、鱗を使った武具ですね」


「自信作ですの」


「待ってください。そんな龍種の素材から作った武器なんて――」


 まず大きな声を上げたのはここまで声を発することのなかったリースだった。


「たまたま大量に手に入る機会がありまして」


「いや、それってどういうことですか」


「そう言われましても、手に入ってしまったものは仕方ないでしょうに」


  これが虎助に言われた言葉だったのなら、まだ反論の余地は合ったかもしれないが、圧倒的に位の高いマリィから言われてしまえば、特にこの中では身分の低いリースとしては納得するしかない。

 結局、三人は万屋が試作品として作った龍種由来の装備を借りて、おっかなびっくり幾つかのディストピアに挑むことになるのだった。


   ◆


 以下の会話はシルビア・ティファリザ・リースの姉妹三人がガルダシア城に戻った後、

 黒いキメラに関するアレコレの礼を名目に、割り当てられた部屋にトワを招いた際のものである。


「トワ、あの虎助という少年は何者なんだ」


「マリィ様が通う万屋の店主様になりますが」


「いや、そういうことではなく」


「龍殺しにして神獣に認められし者とでも言えばよいのでしょうか」


「龍殺しに神獣に認められし者――、

 一笑に付すのは簡単だが」


「お姉様ならば龍殺しくらいにはすぐなれるかと」


「私が龍殺しに?

 いや、ディストピアか」


「正解です」


「ふむ、あのディストピアそのようなことまで出来るのか。

 ……なぁトワ、我々があれを手に入れることは出来ないのか」


「交渉次第だとは思います。

 ただ、素材さえあれば作っていただけることもあるかと」


「たしか、強力な魔獣のシンボルを使って作られておられるのでしたか」


「少なくともワイバーン級の魔獣でなければ素材として成り立たないそうですが」


「ワイバーン級か、それは難しいな」


「我が領地の場合、良い素材があればまず武具に加工されてしまいますものね」


「それで交渉というのは?」


「聞くところによれば、ディストピアは表に出せないものがかなりの数あるようです。

 ですので、なんらかの対価を払えば、それを手に入れることは不可能ではないかと」


「表に出せないというとどういうことでしょう?」


「生半可な力では攻略不可能なものや、得られる力が相手の実力と見合っていないものなど、虎助様が実際に入ってみて、そう判断したディストピアです」


「実際に入ってみてか……、

 あの少年が化け物じみている訳だ」


「ふふっ」


「どうした。急に笑いだして」


「いえ、お姉様があまりに虎助様を持ち上げるのがおかしくて」


「そうは言うが、あの若さであの実力は驚異的なものだぞ」


「マリィ様も同じようなものでしょうに」


「姫様とあの少年では強さの方向性が違うだろう」


「そうでしょうか、距離にもよりますが、マリィ様も虎助様も似たようなものかと――、

なにより虎助様にはアクア様がついておりますので」


「アクア?」


「虎助様のスクナです。

 彼の方は水の精霊と契約しているのです」


「例のカードか」


「しかし、あのカードで契約できるのは原始精霊と聞きました。

 それでは姫の魔法に対抗できないのではありませんか?」


「虎助様の場合は契約が特殊で、アクア様は中位精霊に当たるのだそうですよ」


「中位精霊を使役しているのですか!?」


「友誼を結んでいるというのが正しい表現ですね。

 ティファリザもスクナカードを手に入れるつもりなら、そう意識することをオススメします」


「も、申し訳ございません」


「しかし、その話が本当だとしたらますます手がつけられんな」


「そうでもありませんよ」


「お前が粗相がないようにと言っていたイズナという人物か」


「彼女だけということではありませんが、相手が単騎で巨獣や龍種を圧倒する力を持つ常識外の強者ともなると、さすがの虎助様でも厳しいと思いますよ」


「その話が本当ならば凄まじいが――」


「お姉様もそういった存在に会うことがあればおわかりになられるかと」


「お前にそこまで言わせるか、

 しかし、あそこにそこまでの人物があの地を訪れるのなら、トワの懸念のわからないでもない」


「お父様の性分を考えればこそです」


「しかし、アベルも生まれましたし、

 いくらお父様といえど領地をほっぽりだしてこちらで戦闘三昧なんてことは無いのでは?」


「いや、父上のことだ。むしろ次期当主を鍛え上げるなどの名目を掲げて、お母様達を連れてマリィ様に迷惑をかけるなんてこともありえなくはない」


「それは――、

 有り得る話ですわね」


「……」


「まあ、父上にどう報告するかは三人で考えてください」


「お前、なにを他人事のように――」


「そういわれましても、私はすでに家を出た身ですので」


「そう言わずにお姉様、お知恵を貸してくださいませんか」


「ふふっ、とにかく頑張ってくださいな」

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