●カイロスから来た女01
◆新章はマリィが領主を務めるガルダシアからの開幕です。
「お待ちしておりました。シルビア様」
「久しぶりだな。スノーリズ」
ガルダシアとルデロック王国西の辺境を繋ぐトンネル。
そのガルダシア側の出入口で、スノーリズ達メイドが出迎えるのは、魔法使いとメイドを連れた美丈夫だ。
彼女は辺境を守護するカイロス伯爵家次女で、
先日、カイロス領内で発生した黒いキメラ襲来の際に前線で指揮をとっていたその人だ。
「父上が来たがっていたのだが、あんなことがあった直後なのでな。私が来た」
あんなことというのは先に触れた黒いキメラの襲来のことである。
「当然の判断でしょう。
それよりもお加減の方はいかがですか」
「トワが来てくれたのでな。私も領地も問題ない。
ただ、フォルダニア国内はかなり混乱しているようだが……」
事の発端である隣国の名前を口に顔を顰めるシルビア。
だが、その詳細な報告は彼女の主であるマリィにすべきだと、話を切り上げるように周囲を見回し。
「しかし、こちらの建物はずいぶんと立派だな。
とても突貫工事で作ったようには見えない出来栄えだ」
「優れた職人の協力があってのことです」
スノーリズはシルビアの称賛を素直に受けつつも、トンネルの入口に作られた施設についての簡単な説明をし、関所を通り抜け、トンネル前の広場に出たところで、正面に停められていたパイプやら車輪やらがついた巨大な箱型の魔導機の前まで三人を連れて行く。
そして、自らが率先してその魔導機に乗り込むと体を屈めて手を伸ばしながら。
「では、こちらにお乗りください」
「これは?」
「除雪機と申しまして、雪原の中に道を作るゴーレムです」
通常、貴族を招いて領地を移動するとなれば豪華な馬車を用意するところである。
しかし、今回招き入れる相手は武闘派でならしたカイロス伯爵家に連なる三人だ。
となると、優先すべきは見栄えよりも移動効率だと、同じくカイロス伯爵の娘であるトワとスノーリズからの提案により、魔法の断熱膜で覆った除雪車を移動の足に使おうということになったのだが、その選択は正しかったようだ。
客人である三人は当然のように除雪機に乗り込んで、他のメイド達に見送られてトンネルを後に――、
すっぽりと雪に埋もれた道を進んでいくと、しばらくして遠く正面に見えてくるのは灰色の巨像。
「あの城も変わらんな」
そう言って、シルビアが忌々しげに睨むのはガルダシア城だ。
彼女の言葉はここ数年におけるガルダシア城の存在理由から零れたものであったが、
現在、その城に暮らしているスノーリズからしてみると、シルビアが抱く印象とはまた違うものがあり。
「中身は別物になっていますが」
どこか楽しげなスノーリズに「ほぉ」と興味深げな声を漏らすシルビア。
そんなスノーリズの考えがどこからくるものなのか、シルビアがそれを訊ねようと口を開こうとしたその時だった。
雪原に『オォン――』と狼系魔獣特有の魔素を帯びた甲高い遠吠えが響き渡る。
その声にシルビアが除雪機の上に立って周囲を見渡せば、ポツポツと木々が目立ち始める雪原の端の方で、数名の子供が真っ白な毛を持つ狼の群れと対峙しており。
これにシルビアが持ってきた弓に矢をつがえようと、座席の脇に立てかけてあった矢筒に手を伸ばすのだが、それをスノーリズが横に手を広げて静止。
すると、シルビアが『なにを――』と思わず声を荒らげかけるも、「見てください」とのスノーリズの声に視線を戻せば、そこには何事もなかったように倒れる狼達に近づく子供達の姿があり。
「この短い時間であの数の雪狼を仕留めるとは、彼らはお前の弟子か?」
「いいえ、ガルダシアの子供ならあれくらいのことはできますので」
至って当たり前というようなスノーリズの言葉に、「それは……」と驚きをあらわにしたのはシルビアに同行していた妹の一人・ティファリザだった。
一方のシルビアはこれに「どんな教育をしているんだ」と呆れ気味に笑うも、スノーリズの反応は「後で見学できるようにしておきます」と事務的なもので、
ただ、続く心配の声にはスノーリズも「まったく仕方がありませんね」と優しげな声で除雪車を方向転換。
手を振りながら子供達に近づくと、まずはシルビアから仕留めた子供達に労いの言葉があって、「運ぶのは大変だろう」と続ければ、スノーリズも当然のように子供達に除雪車の後部に仕留めた狼を乗せるように提案すると、これに子供達は手を上げて喜び、水の魔法で血抜きを行い、除雪車の後部に備え付けられたカーゴに狼を乗せていく。
そうして、スノーリズとシルビア一行は狩りを続けるという子供達と別れてポッケ村に向かい、村の入口で獲物を下ろすと、村の入口で遊んでいた子供達に解体を任せて再出発。
そんな予定外の寄り道があったものの、大した遅れもなくガルダシア城に到着すると、ズラッと並んだメイド達がシルビア一行を出迎え。
城門で除雪車から降りたシルビア達がスノーリズに先導されて城内に入ると、中庭に面した回廊でマリィとユリスが待っており。
「お久しぶりですマリィ様。ユリス様」
「こちらこそ、わざわざお越しいただきありがとうございますの」
三人それぞれに挨拶代わりのハグを交わすと――、
「お疲れのようでしたら部屋を用意しますが、いかが致しましょう」
「お気遣いなく、こちらとしてもフォルダニアの動きを含めて話しておかない事柄が幾つもありますので」
マリィが病み上がりで長距離を移動してきたシルビアを気遣うも、先に煩わしい仕事を片付けておこうというシルビアの希望もあって、やって来たのは城の中央に作られた執務室。
普段滅多に使わないその部屋は元の城の雰囲気を残しており、やや寒々しい雰囲気はあるものの家具や調度品は洗練されたもので、先に入ったマリィが部屋の中央に作られた歓談スペースの一人がけのソファーに座ると、ユリスとシルビアがマリィのソファを頂点に、向かい合わせに置かれたロングソファのマリィに近い席を確保。
彼女が護衛として連れてきた妹二人がそれに続き、トワを始めとしたメイド達がお茶やお菓子を容易したところで、シルビアのもう一人の妹のリースを中心に、黒いキメラの被害に始まり、カイロス領――主に黒いキメラが入り込んだ魔の森――の状況、そして黒いキメラの発生源であるフォルダニアの動きに関する報告をしていき。
「しかし助かりました。マリィ様が送ってくださった魔導書のおかげで森の被害が少なく済みましたので」
説明が途切れるタイミングでシルビアが話題にしたのは万屋で作られた初心者用の魔導書だった。
これにより、カイロス領が接する魔の森では黒いキメラがもたらした汚染の除去作業が行われるだろうと、探りを入れるようなその物言いに、マリィは視線はふいとユリスに視線を送り。
「これから話すことは他言無用でお願いしますの」
「それは父上にも――ということですか」
「可能ならばそうしていただけるとありがたいですの」
「理由を聞かせていただいても?」
鋭さが宿るシルビアの問いかけにマリィは微かに苦笑をするように頷き。
「おじ様に治世を疎かにされては困るからですの」
「それはどういう?」
「それにつきましては説明するよりも実際に見てもらうのが一番ですの。私についてきてくださいますの」
そう言って、マリィは立ち上がると後の執務をユリスに任せ、困惑気味のシルビア達を伴い城内に建てられた尖塔へと移動。
塔を登る狭い螺旋階段の途中にあった開きっぱなしの隠し扉から小さな部屋へ入ると、そこには大きな鏡に天体模型のようなものがくっついた巨大な魔導器が鎮座しており。
「マリィ様、この魔導器は一体?」
「私も詳細までは理解しておりませんが、別の世界へと繋がっている魔鏡ですの」
「別の世界に繋がっている?」
別の国、別の大陸ではなく、別の世界?
そんなお伽噺に出てくるような魔導器が存在するのか?
にわかに信じがたいとティファリザは驚くが、この魔鏡の出自に関しては資料がまったく残っていない為、最初にこの魔鏡を発見したマリィとしてもこれ以上説明することは難しく。
先にも言ったように、ここは論より証拠とシルビアの手を取り。
「私がエスコートを致しますので、皆様にはついてきていただけるとありがたいですの」
領主自らが案内役を務めるとあらば変な疑いをする訳にもいかない。
なにより身分でいえばマリィの方が圧倒的に上だと、シルビアと妹二人は唯々諾々とマリィの案内に従って魔鏡の中へ。
すると、目の前の景色が一転して、周囲は赤土の荒野に変わり、正面には巨大なゴーレムが佇んでいた。
そんな光景に身を硬直させる三人。
ただ、そこはカイロス伯爵に連なる者としての薫陶のおかげか、不意に近付いてきた小さなゴーレムの存在に素早く身構える一方、マリィはそんな三人の挙動に苦笑して、
「私が来たと虎助に伝えてくれますの」
一言、小さなゴーレムの頭上に現れた『メッセージを送信しました』というフキダシに頷くと、
「では、参りますの」
遠く見える小さな小屋のようなものに向かって歩き出し、シルビア達も慌ててその後を追いかけて、
「マリィ様、あのゴーレムは?」
「ここには強力な魔獣なども訪れることがありますので、その備えですの」
「な、成程――」
マリィは巨大ゴーレムに釘付けになるティファリザの掠れ声に楽しげに答えながらも、平然とその股下を潜り抜け、辿り着いた小さな店中へ。
「いらっしゃいませ」
「虎助、シルビア様をお連れしましたわ」
「ようこそおいでくださいました皆様。僕はこの店の代理店主で間宮虎助と申します」
「こちらこそ、貴殿等には世話になったようで申し訳ない」
と、シルビア・ティファリザ・リースの簡単な自己紹介があり。
「それで後は予定通りに?」
「ええ、例のものは用意してありますの」
「訓練場に用意してありますので、いまご案内しますね」
カウンターから出てきた虎助の誘導で移動した訓練場には、一組のテーブルセットと幾つかの奇妙なオブジェが並べられていて、マリィがそのラインナップに満足気に頷いたところで自信満々にこう言い放つ。
「さあ、シルビア。論より証拠の時間ですの」
◆予告通り、次回投稿は水曜日になりそうです。




