幕間・〇〇の封印・封印が緩んでいる?
◆二十章終了です。
夕方、棚卸しを済ませた僕がカウンターに座って魔法窓を見ていると、元春がスチーマーの中から肉まんを取り出しながら聞いてくる。
「なに読んでんだ?」
「エマさんからの報告書だよ」
「エマって、イギリスだかから来たちっちゃ魔女なお姉さんだったよな」
さすが元春、女性のことだけはおぼえている。
「今になってセイレーンなんて強力な魔獣が現れたのが不思議だからって、向こうにいる魔女の皆さんがいろいろと調査してるみたいで、これはその中間結果」
「ふーん、けど、今になってってことはやっぱ昔は今よりファンタジーだったん?」
「少なくとも今よりは魔獣や不可思議現象の数が多かったみたいだよ」
これは八百比丘尼さんのこと一つとってもよく分かることだと思う。
「で、セイレーンが出てきた原因はわかったん?」
「なんか、クリスチャン・ローゼンクロイツが施した封印が解けたのが原因じゃないかってことみたい」
「おお、ローゼンクロイツ」
「有名な方ですの?」
予想外の名前に盛り上がる元春のテンションにゆっさりと首を傾げるのはマリィさんだ。
「実在の白魔術師だそうですよ」
僕も中学のころに元春から聞いただけだから詳しくは知らないけど、かの有名な薔薇十字団の創設者になるのかな?
ただ、その人が居たとされる時代が、魔女の多くが魔女狩りによってヨーロッパを去った後の時代だということで、
封印が施された当時、欧州には工房関係者がおらず、その封印に関する資料がまったく手元になく。
「だから、同じように封印された魔獣が他にもいるかもしれないということで、いまヨーロッパの魔法社会では大騒ぎになってるみたいです」
「けどよ。それって魔女のお姉様方と関係なくね」
たしかに、その封印自体は魔女の皆さんとは関係ないのだが、
「いまヨーロッパの魔法界で一番実力があるのが工房の皆さんだから、もしも封印が解けてしまった場合、皆さんにお鉢が回ってくるかもしれないんだよね」
だから、前もって対策が打てるのならしておきたいと、いまは現地の秘密結社などと接触して関連資料を集めているところなのだそうだ。
「そんで、どんなバケモンが封印されてたとかわかってるん」
「今のところ判明してるのが、吸血鬼とか狼男とかの有名どころみたい」
「あれ、でも、狼男ってハイエストにもいたよな」
「封印されてるのは魔獣の方だから」
一部の封印系の魔法は人間すらも封印できるというが、かのローゼンクロイツが封印したのは、いわゆるワーウルフとかコボルトとかそういった存在だったみたいだ。
「あれ、じゃあ、逆に吸血鬼も超能力者の中にいたりするの?」
「一部の魔人がそれにあたるのではなくて?」
狼男はともかくとして、吸血鬼のような超能力者ってなると、血を媒介にした契約系の魔法の派生になるのかな?
アンデッドが知恵をつけ、進化した先にある吸血鬼がそうであるように、吸血行為によって自分の力を増やすような能力者もいるようで、
「だけど、そんなのがいきなり街に出てきたら確実にパニックが起きるんじゃない?」
「その辺りはしっかり情報統制がされているんじゃないでしょうか、観光地に出たセイレーンも話題にならなかったようですし」
魔女の工房・欧州支部の皆さんが倒したセイレーンが出現したのがギリシャの有名な観光地だったという。
だとするなら目的者もいただろうに、僕が調べた限りではそれらしき情報をニュースとして見かけることはなかったのだ。
「じゃあよ、あっちにもMIB的なのがいるってことか、MIなんとかみたいに」
正式な名称はわからないけど、似たような組織があったとしても不思議はないかな。
「ただ、今回みたいに強い魔獣と戦うとなるとウチの助けがないと厳しいみたいなんだよね」
「そこだけ聞くとなんか虎助がすごく感じるわ」
「世界を裏から動かしてます的な?」
僕がその中心ということには異論があうとして、アメリカでの工房作りなんかを考えると、元春と玲さんが言っていることも、あながち冗談とも断じられないのが怖いところであり。
「僕としてはこれ以上なにもないことを祈るしか無いですね」
「それってフラグなんじゃね」
元春が笑おうとしたその時だった。
シュポっと気の抜けたSEが鳴って、メッセージアプリを映す魔法窓が立ち上がる。
そして、元春の不吉な予言に魔法窓に視線を落とせば、そのメッセージの送り主は今まさに話題に登っていたヨーロッパの魔女の一人のエマさんで、
本当になにか起きたのかと少し身構えてしまったものの、よくよく読めばそのメッセージはここでの修行のお礼とヨーロッパの皆さんからの追加注文のようで、僕がホッと胸を撫で下ろして返事をしようとしたところ。
「ちょっと待て、なんでお前、エマちゃんの連絡先を知ってんだ」
「あんたアドレス交換してないの?」
玲さんの言葉に「へっ?」と間抜けな顔をする元春。
「みんな交換してるでしょ」
「ええ、当然の礼儀ですの」
「……グループチャットにも入ってる」
ちなみに、魔女の皆さんはソニアやサイネリアさん、アビーさんなんかとも連絡先を交換していて。
「なんで俺だけ?」
「元春は皆さんの前にほとんど顔を出さなかったし、出したとしてもブラットデアで全身を固めていたから」
そう、元春は魔女の皆さんと行動する際、お姉さんタイプが多くて緊張するからとほぼフルアーマーの状態だったから、魔女の皆さんからは鎧の人という認識となっていたのだ。
「でもよ。キサラっちとかとは結構仲良くなってたじゃん」
たしかに、年上でも見た目や性格があまりお姉さんではない魔女の皆さんとは積極的に関わっていた。
だがしかし、彼女達の殆どが自分から積極的に話しかけるようなタイプでもなく、たったの数週間では連絡先を交換するまで仲良くはなれなかったのだ。
とはいえ、元春に希望がない訳ではなく。
「リュドミラさんはまだ残ってるけど」
「それはそうなんだけど、中二姉さんってちょっと怖いじゃん」
うん、モジモジして気持ち悪い。
「だったら、佐藤さんは――ダメそうだから、小練さんか計良さんにお願いするとか?」
「うーん、タバサっちはともかく、あの二人って実は偉い人なんだろ」
いや、どちらかといえばリュドミラさんの方が偉い人なんだが、元春の場合、いつものタイミングの悪さを発揮しそうで、
そんな元春を横目に、僕が注文の品を用意しようと魔法窓片手に立ち上がったところ、玲さんから、
「それで何を頼まれたの?」
「メモリーカードと各種魔法ですね」
どうやら、今回の対セイレーン用に作った魔法で万屋式の魔法が注目を浴びているようで、術式などを研究する為にいろんな魔法式を送ってもらいたいみたいだ。
「へぇ、スクナカードとか人気になりそうなのに、そっちの注文はないの?」
「スクナカードは高い買い物になりますし、あと精霊と友誼を結ぶなら万屋でやった方がという魔女さんが多いみたいです」
しっかり調べたわけではないので正確なところはソニアでもわからないみたいだが、ここアヴァロン=エラはゲートを通じていろんな世界と繋がっている所為か、多種多様な原始精霊が集まっていて、スクナカードを使うなら万屋でというのが魔女の皆さんの認識になっているようだ。
「ってことは、ヨーロッパ美女が来るん?」
「今のところそんな予定はないけど」
ただ、さっき話題にあがった封印の状況によっては新たに工房から誰かが来るかも知れないと僕が言えば、元春が「楽しみだな」といやらしい笑顔を浮かべるのだった。
◆日曜日にちょっとした設定を出して、水曜日に次章の開幕。
プロット作成の関係から、その次の投稿は一週間後の水曜日になりそうです。




