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ジャングルクラブ

 今夜はクリスマスイブ。そして、明日はクリスマスだそうですよ。

 はい。キャッキャウフフな予定なんてありませんよ。

 お暇でしたら読んでみてやって下さいませ。お願いします。(魂の叫び)

 元春による自分の命をかけた壮絶なノリツッコミから一時間、ドローンゴーレム・カリアの挙動や不具合暴走の有無を確かめたり、その索敵能力を試したり、エレイン君達を含めたネットワークの連動性を確かめたりと、様々な実験をおこなっていたところ、上空に浮かぶカリアからの魔獣出現の方を受ける。

 そんな報告を受け、僕達がゲートに向かうと、そこには昔ながらの和風家屋に付きがちな小さな森が形成されていた。


「なんだありゃ?」


「植物系の魔獣ですの?それともドライアドのような精霊の類ですの?」


 マリィさんの分析に元春の目がキランと光るけど、これ以上、マールさんみたいな存在が現れたのなら元春の体力が持たないのでは?そう思うのだが、そこは持ち前の煩悩力でカバーするのだろうか。

 ――と、そんな冗談はともかくとして、


「あれはおそらくジャングルクラブですね」


「「「ジャングルクラブ?」」」


 僕の予想にマリィさんと魔王様、そして元春が声を揃える。


「直訳すると森林蟹とかそういう名前になるのかな。えと、この翻訳、マリィさん達にも通じてますか?」


「ええ、最近、わたくしも虎助達が使う言葉を普通に理解できるようになってきましたから」


 カタカナ英語と日本語の微妙なニュアンスの違いが翻訳魔導器(バベル)を通じてどう伝わっているのか、確認する僕にマリィさんは問題ないと答え、魔王様は頷きを返してくれる。

 考えてもみれば、僕もソニアから教えてもらう魔法理論なんかのアレコレとか、異世界の言葉に対してだいぶ細かなニュアンスまで読み取れるようになってきた。多分、いつの間にか頭が翻訳魔法に適応してきたのだろう。

 そんな風に僕が自分達の身に起きる微妙な変化にそんな事を考えていると、一人、そんなことはよく分からねえ――というよりも、目の前の魔獣に危機感を募らせているのだろう。元春がやや早口でこう話しかけてくる。


「つか、虎助知ってんのか。もしかして前に戦った事があるとか?」


「ううん。会うのは初めてだよ。でも、前に他の世界からやって来たお客様から素材を買い取った事があるからね。どんな魔獣なのかは知ってるんだよ」


「んで、ジャングルクラブだっけ?あれってどんな魔獣なんだ?危ねーヤツなんか?」


 たしかモズクショイとかそんな名前だったかな。このジャングルクラブは、そんな変な生き物特集なんかでよく取り上げられるその蟹をそのまま魔獣化させたような存在だ。

 背中の上に粘土をベースとした土台を作り、そこの植物の種なんかを植え付け、育てることで、自分をマングローブの一部としてカモフラージュ。近付くものを大きなハサミで一撃と結構厄介な魔獣なのだというと、そんな説明をしてあげたところ。


「ちょ、結構ヤバそうなモンスターじゃねーか。さっさとやっちまた方がいいんじゃね」


 元春は慌てたようにこう言ってくるのだけれど、


「う~ん。木材とかが手に入れるのが難しかった少し前までならいざしらず、今はあんまり旨味はない相手だからね。追い返せるなら追い返したいんだど……」


 一匹につき、差し渡しにして二メートル以上、あからさまに重量級の蟹の大軍を追い払うのは結構骨が折れる作業になりそうだ。

 そして、


「魔王様はどうしたら良いと思います?」


「……蟹は美味しいと聞いた」


 もしかして魔王様にとって魔獣はある意味で仲間なのでは?と気を使って聞いてみたのだが、どうも魔王様にとってジャングルクラブは食料にしか見えないらしい。

 やっぱり龍種であるリドラさんまでとはいかないものの、せめてある程度のコミュニケーションが取れるような相手じゃない限り、殲滅対象に入るのだろうか。

 考えても見れば、魔王様が住む森は死の森なんて呼ばれているらしいし、魔素が特濃の森で生きていくには、皆が仲間なんて甘い考えは捨てなければ生きていけないのだろう。

 最初から友好的な相手以外は敵くらいの考え方で丁度いいのかもしれない。

 魔王様の言葉から死の森の過酷さを僕が想像する一方で、そんな事情など全く知らない元春が気になったのは魔王様の言葉そのものだったようだ。


「でもよ。見た目的にあれってヤドカリみてーなもんじゃねーのかよ。食えんのか?」


「どうなんだろうね。僕が前に仕入れたのは背中で育てた木とそれの土台となっていた背殻だけだから、身がどんな味なのかは知らないんだよ。でも、タラバガニなんかはヤドカリの仲間だって話もあるし、ジャングルクラブも美味しいのかもしれないよ」


「マジかよ。じゃあ、あのヤドカリ?蟹?も、うめーかもしんねーのか」


 はて、元春が蟹が好きなんてイメージはあんまりないんだけど、何故そんなに目を輝かせているんだろう。

 オークのベーコンも美味しい美味しいって食べていたから、もしかすると、元春の頭の中では魔獣イコール普通の動物よりも美味しいとかそんな構図ができあがっているのかもしれない。

 まあ実際、体内に大量の魔素を保有する魔獣の肉は、普通の獣よりも質がいいなんて話をアムクラブから来た探索者さんから聞いたことがあるし、ジャングルクラブもまた普通の蟹より美味しいのかもしれない。


わたくしは、その蟹という生物を食べたことはありませんが、虎助が美味しいというのなら美味しいのでしょう。逃す手はありませんの」


 そしてマリィさんも今まで食べたことがない蟹という食材に興味津々のようだ。

 しかし、元王族であるマリィさんなら蟹なんて腐るくらい食べていそうだけど……、

 このお姫様は意外といいものを食べさせてもらっていなかったのだろうか。

 そういえば、昔の殿様は毒味やら何やらとした後にやっと料理が運ばれてくるとかで、冷めた料理ばかりを食べさせられるなんて話を聞いたこともある。マリィさんもそういった一人なのかもしれないな。

 それでなくても現在絶賛自宅(城)軟禁中の今は仕入れられる食料も制限されているのだろうから、この万屋で美味しい食べ物をできるだけ食べたいと思っているのかもしれない。


「でも、あんまり沢山取っても保存が問題なんですよね。この前の空ガツオも、もっと前のベヒーモの肉が大量に残っているんですよ」


「そうなのですか?」


 オークの肉はベーコンを作ることによってお店で販売、大量消費することに成功したものの、高級食材であるベヒーモの肉や、先日入手したばかりの空ガツオは、その処理方法を検討中ということで、バックヤードの、特に食材保存を目的としたスペースを圧迫しているのだ。


「ディストピアとかこないだもらったポーチみたいなもんが普通にあるから、俺はてっきり無限にしまっておける道具袋みたいなのがあるとか思ってたぜ」


「長期保存を考えなければしまっておく場所には不自由していないんだけどね。ゲームとかみたいに保存を考えないでいいようなものってなると、わりとレアな素材が大量に必要だったりするんだよ」


 たとえば食材を半永久的に保存するマジックバックともなると、亜空間が持てるようなクラスの生物の素材であることに加えて、時間や氷などと、保存に係る素養が高い個体の素材でなくては、その効果は付与出来ないのだ。

 つまり、最低でも氷属性を得意とし、プライベートな亜空間を保有する巨獣のシンボルでもない限り、元春が言うような保存用の魔導器の作成など不可能なのだ。

 そんな保存に秀でたマジックバックの作成についての簡単な概要を伝えたところで意外な人から手が挙がる。


「……時間凍結の魔法鞄なら私が持ってる」


「本当ですか?」


「……前にエルフが落としていった。神獣の革で出来てる」


 変なこと言っちゃったかな。とも思ったのだが、ここで気を使っても逆に暗い空気になりかねない。

 だから、


「じゃあ、余った肉なんかは魔王様にあげちゃえばいいんですかね」


「……ん、ありがたい」


 魔王様にとって忌まわしい過去はこちらが気にしてあげないのが正解だったみたいだ。

 いや、魔王様はあえて意図的にエルフの話題をここで出してきたのかもしれない。もう負けない。もう恐れない。そんな意思があると、何気ない会話の中に入れ込んできたとか、

 さすがにこれは僕の考えすぎかな。

 どちらにしても魔王様が特に怯える様子もなくエルフの話をしてくるなら、僕達としては平然と受け答えをするのが最善だろう。

 そんな繊細な裏事情を孕む僕と魔王様の会話の一方で、ビビリで、ヘタレで、でも欲望に忠実な僕の友人といえば、どうも魔王様が持っているマジックバッグに興味があるようだ。


「やっぱりあのウサギを狩っておくべきだったか」


「テンクウノツカイは神獣だから、空間に関しては個人が持つ亜空間を利用すればいいと思うけど、時間凍結とかの付与は難しいと思うよ」


 まあ、神獣の素材なら使いようによっては保存に適したマジックバックも作れなくは無いだろうが、それでも、魔王様が持つようなウルトラレアなマジックバッグを作るのには、素材となった生物の能力が大きく関係してくるのだ。


「ウサギ?テンクウノツカイ?なんですのそれは?」


「あれ、マリィさんはあの時いませんでしたっけ?一ヶ月半ほど前になりますか、神獣がこの世界に迷い込んできたんですけど」


「聞いてませんの。どうして教えてくれなかったのです」


「どうしてといわれましても――」


 そもそもあの場にいなければ教えたところで意味がない。

 ふむ。これは――、ゲートの研究もそうなんだけど、今度、ソニアに異世界への連絡手段の開発も頼んでおいた方がいいのかもしれない。いや、さすがにそれはソニアの負担になってしまうだろうか。


「というか、倒すならさっさと倒しちまった方がいいんじゃね。なんか臨戦態勢になっちまってるぜアイツ等」


 僕がマリィさんの文句からごちゃごちゃと考えている間にジャングルクラブはこちらを敵と認めたようだ。

 まるで建機のようなハサミを振り上げ前進(・・)してくるジャングルクラブの動きを見て、


「……倒す」


「倒します」


 マリィさんと魔王様が魔力を込めた手の平を突き出す。

 その好戦的なお姿は頼もしい限りなのだが、


「あの、二人が本気やったらオーバーキルになっちゃいますから。素材を取るならそれなりの魔法を使ってくださいね」


「大丈夫ですの。手加減しますの」


「……(こくこく)」


 いや、普段から魔獣狩りをしているかもしれない魔王様はともかくとして、マリィさんの手加減は安心できないんですけど――ということで、


「わかりました。とりあえず一人一体たおすことにして、後はそれぞれ手の開いた人が倒すという感じでいきましょうか」


 そんな僕の提案を聞いて、「ひい、ふう、みい、よお――」とジャングルクラブの数を数える元春。そして、


「一人一体って俺もかよ」


 僕に掴みかかってくるのだが、


「元春には鎧があるじゃないか」


 元春には超絶合身で高防御でシャイニングな自動鎧がある。あれを装備すればジャングルクラブの一体くらい、どうにかなるのではないかというのだが、


「いやいやいやいや俺だけ接近戦なんてありえねーだろ。完全にフレンドリファイアの餌食だっての」


 そう言って、失礼にもマリィさんと魔王様を指差す元春。

 たしかにマリィさんがどんな魔法を選択するのかいかんによっては、元春が想像した通りの結末になりかねないが、


「それなら心配ないよ。僕も前に出るから」


 せっかくだから一匹くらいは新鮮な状態で確保したい。僕が前に出ればもしもの時に元春を助けることもできるだろう。

 そんな僕の提案に元春は、


「だったら虎助が俺の分もやってくれりゃあ――」


 前衛を僕一人におしつけようとして、いや待てよ――と何か思いついたかのように言葉を止めると、


「なあ虎助。お前の空切であの蟹のハサミだけを切り飛ばすって出来ないか」


 唯一にして最大の武器を失ったジャングルクラブなど、ただのわさわさ動く森でしかない。そういうことなのか。

 あまりにも、マリィさんどころか魔王様までもが冷たい視線を元春に浴びせるのだが、当の本人は全く気付いていないようで、


「まあ、元春がそれでいいならいいんだけど。でも、そんなことをして倒しても、たぶん実績とか取れないと思うけど、それでいいの?」


「おう。実績が取れたらめっけもんで、命あっての物種だ」


 ある一定以上のリスクを犯さなければ討伐系の実績は手に入らない。しかし、そんなことは百も承知だと言い切ってしまう元春はある意味で潔いが、元春としては自分の能力アップよりも安全の方が重要らしい。

 僕はそんな元春の選択をらしいと思いながらも苦笑して、


「じゃあ、マリィさんに魔王様には後衛の蟹をお願いできますか」


「「了解ですの」」


「で、元春は僕が初めに倒した蟹の処理をお願いするね」


「任されろ~」


 と、元春の気の抜けた返しに脱力しながらも突撃。

 とはいえ、その後の戦闘は特に波乱もなく、一方的な殲滅によって幕を閉じ、元春も一匹のジャングルクラブを仕留めることが出来たようだ。

 はてさて、これで実績が取れたのか、取れたとしたらまた問題だなあ。

 そう思いながらも僕は倒したジャングルクラブをどう料理しようか。まるで隕石が落ちた後のように荒れ果てる偽物の森を目の前に、そう考えるのであった。

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