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聖剣を求めし者

(わたくし)、男性の方が粗相をしてしまうのを始めて見てしまいましたの」


 遠い目をしたマリィさんの言う通り、指を切り落とされた無精髭の彼はおしっこを漏らし気絶してしまった。

 まあ実際、「君にピッタリの武器だろ――」と、この万屋のオーナーに初めてこの剣を見せられた時に、自分の体で実演させられた僕としては、失神してしまう彼の気持ちが分からないでもないのだが、

 きちんとこういうものですよと教えた上でのこの惨状を見たら、彼は本当に盗賊のリーダーなのだろうか。と疑ってしまうもしょうがないだろう。


 ともあれ、切り落とした指をくっつけたのなら処置は無事完了。

 すっかり元通りとなった指先を確認、魔剣を回収したのなら、次にすべきは割れた薬瓶が散乱する床を後片付けだ。

 放心状態でズボンを濡らす髭面の彼とその部下の処遇をエレイン君達に任せた僕は、床を汚した原因は自分にもあると、オーナーのお手伝いを終えて帰ってきたベルの手を借りながらも、荒らされた店内の片付けに取り掛かる。

 危険なガラスの破片を除去。無事だった商品や飾り棚などを亜空間へと一時避難。未だフワフワしているマリィさんに移動してもらって、コンクリート土間に広がるポーションやお小水が入り混じった液体を店の外へと箒で掃き出すと、店の裏手にある井戸から組み上げてもらってきた水でざっと洗い流す。科学ではなく魔法による特殊加工が施されている為、床の水気もすぐに取り除かれる。

 後は棚を戻して再び商品を搬入すれば元通り、ようやくお客様対応に取り掛かれる。

 因みにそのお客様というのは、勿論マリィさんのことではなく、野盗を討ち倒してくれた正義感溢れる青年の事だ。


「あの、それでご用はなんでしょうか?」


 いらっしゃいませとかいろいろとばしちゃったけど今更だよね。

 営業スマイルと共にそんな言葉を投げかけるのだが、へんじがない。ただの――じゃなくて、やっぱり野盗とはいえ問答無用で指を切り落としたのがマズかったみたいだ。ショックで言葉も出ないらしい。


 と、そんなこんなで呆然と立ち尽くすだけだった青年だが、「大丈夫ですか」「お茶でも出しましょうか」と、声を掛けることによって少しずつだが正気を取り戻してくれたみたいだ。

 出されたお茶に「すまない」と口をつけたところで、ようやく店にやってきた目的を思い出したか、ハッとした後すぐに、僕の肩を掴みこう訊ねてくる。


「――っ!そ、そうだ。外にあった巨像が支える大剣に書かれていた『エクスカリバーあります』というあれは本当か?」


「ほ、本当ですよ。えと、一応あれがエクスカリバーって事になっているんですけど――」


 どういう理由があるのか?彼の手には過剰な必死さが宿っているようで、肩を掴む手には爪が食い込まんと力が込められていたのだが、僕はその痛みを顔に出さず、店の中央に飾られる綺羅びやかな剣へと手を差し向ける。

 一方、青年の方も、店に入った時点でこれが目的のものだとは感じていたのだろう。指し示された黄金の剣を見るやいなや「やはりこれが」と震える手を伸ばし――、


「すまないがこれを俺に売ってはくれまいか?金ならそれなりにある。足りないのならすぐにでも調達してくる。だからお願いだ。俺にこのエクスカリバーを譲ってくれ」


 体を向き直し、そう懇願すると、懐から取り出した革袋をカウンターにカシャンと乗せて、再び肩を掴んでくる。

 対して僕は「構いませんが――」と肯定の意思を示しながらも、どこか歯切れの悪い声でもってそれに応じる。


「なにか問題でもあるのか?」


 口籠る僕に不信を抱いたのだろう。怪訝そうにする青年に声をかけたのは、僕達のやりとりを傍から見ていたマリィさんだった。


「エクスカリバーは所有者を選びますの。正しき所有者が手にすれば羽のように軽く、邪念を持った者が使おうとすればその程度に応じて鉛――いえ、まるで大地そのものから見えない鎖が繋がっているかの如く重くなっていきますの。 果たしてエクスカリバーが貴方程度の剣士を選ぶのかしら?」


 つまりはそういうことなのだ。

 どんなに素晴らしい切れ味を誇る剣だとしても、たとえ強大な魔法効果を持っていたとしても、使えなければナマクラ以下、お金を渡されても持って持ち帰れないのだとしたら売買が成立したことにはならないのだ。

 マリィさんの台詞に実感が篭っているのは、彼女自身、現在進行形で台座から動かせない悔しさからくるものだろう。

 しかし、青年はそんなマリィさんの忠言は無用な懸念だと一笑に付す。


「ならば心配ない。モタルカの勇者と呼ばれる俺に抜けずして誰に抜けるというのだ」


「自称勇者を声高に叫ぶ輩はどこの世界にもいますのね」


 サラリと手櫛で前髪を撫でる青年の不遜に、すかさずマリィさんが嫌味を返し、二人の間に険悪な空気が生まれる。

 同族嫌悪――ではなく、同じ剣を求める者としてライバルとなる相手を少しでも蹴落としておきたい。マリィさんの態度にはそんな心情が反映されているのかもしれない。

 とはいえ、本題である聖剣不在でいがみ合っているのは不健全。剣を挟んだ奇妙な三角関係を収めるのには行動が一番だ。

 ということで、


「二人共落ち着いて下さい。まずはチャレンジしてみてからでどうでしょう」


「ですわね。現実を見せつけられてしまえば嫌でも気づくというものですの」


「もしかして君は失敗したのか?」


 その提案にマリィさんが牽制を飛ばし、勇者を名乗る(・・・・・・)青年の言葉がマリィさんの正鵠を射抜く。


「なっ――」


 言葉を失うマリィさんを見て青年は、ふふん。と鼻で笑うと、悠々とした足取りでエクスカリバーが刺さる黒石の台座の上に立ち、ビシっと指差し宣言する。


「見ているがいい。君が手にできなかった聖剣が抜かれるその瞬間を――」


 青年の大言壮語にマリィさんの表情がみるみる鋭くなっていき、先ほどゴロツキ三人達とのやり取りでオペラグローブに装填されていた魔法が再び活性化をし始める。

 と、それを目にした僕が、これはいけない。とマリィさんを宥めようとする一方、

 マリィさんがとある大陸で五指に入る程の魔導師とは露程にも知らない青年は、その怒りも自分が聖剣を抜き取りさえすればおさまるだろう――とばかりに微笑を浮かべて、突き立てられたエクスカリバーの柄を握り込み。


「君達は運がいい。真の勇者が誕生する伝説の一幕に立ち会えるのだから」


 自信たっぷりにそう言い放つと、まるで力を入れていない風に抜き取ろうとするのだが、

 次の瞬間にはムッと表情が曇り、剣を握る右手に明らかな筋肉の強張りが見て取れるようになる。


 マリィさんもすぐにその異変に勘付いたのだろう。一転していやらしく口元を歪めたかと思いきや、どうしましたの?そう言わんばかりに見下す視線を青年に放つ。

 対して青年は、そんな憐れむような視線に「こンの――」とか「どうして――」などと、ついつい必死さがまろび出してしまった自分の醜態に気付いたのだろう。いかにも、しまった!!と聞こえてきそうな表情を浮かべるも、

 だがすぐに平静を装い直し、一度エクスカリバーから手を放して小休止。


「さすがは聖剣エクスカリバー。そう安々とは手にいれさせてくれないか」


 乱れてしまった前髪を軽く整えながら、誰に聞かせるでもない言い訳のような独り言を呟き、今度は両手で十字に伸びた鍔の部分をしっかりとホールド。


「いいだろう。俺を本気にさせたことを後悔するなよ」


 およそ無機物にかけるべきではない台詞を言い放ち、


「フンッ!!」気合一発。


「フンガッ!!」エクスカリバーを抜こうとするのだが、


「このぉっ!!!!」黒色の台座に突き刺さる黄金の剣はびくともしない。


 それからしばらく彼の一人相撲は続き…………………………………………………………………約一時間後。

 怒りも笑いも嘲りも通り越し、すっかり飽きてしまったマリィさんが上がり框に腰を下ろしあくびを手の平で隠しているその足元で、


「何故だ。どうしてこの俺に抜けないのだ」


 精も根も尽き果てて、息も絶え絶えな青年が、小一時間前とある男性客が粗相をしてしまったタイル敷き床に寝転がり、目元を両手で覆い悔しさを噛みしめる。

 と、そんな傷心の青年につまらなそうな声が降り注ぐ。


「エクスカリバーは汚れた心を読み取ってその刀身の重さを変えるという話はしましたの。逆説的に言うのなら、抜けないという事実は、貴方の心に悪しき心が存在すると教えてくれているのでなくて」


 それはマリィさんにも返ってくる理論なのでは?というのは余計なツッコミだ。

 ドリルのような金髪をくるくると指先に巻き付け、ここぞとばかりに毒を浴びせかけるマリィさんに青年が怒りを爆発させる。


「なにを言うのだ少女よ。私は魔王に囚われた姫を助ける為に聖剣を欲しているのだぞ。正義の為なのだ!!」


「でしたら、そのお姫様を助けて、何かやましい事をしようなどと考えているのではありませんの?」


 正直過ぎるマリィさんの指摘に青年の顔が真っ赤に染まる。

 腹筋の力だけで体を起こすと、体をよろけさせながらも声はしっかりと反論する。


「馬鹿な事を言うな!!俺は純粋に姫を愛しているのだ」


 己の抱く純粋な想いを訴えかける青年。

 しかし、マリィさんは冷淡にも青年の情熱的な言葉を斬り捨てる。


「いくらあなたが愛していようとも、姫が愛しているとは限らないのではなくて」


 続けて、


「第一この手の話は事後承諾が殆どでしょう。私の世界でもよくありましたの。だとしたら、そこに下心が生まれる余地があると思うのですが、どうですの?」


 マリィさんもまたその立場から、望まぬ結婚を勧められたりもしたと聞いたことがある。

 それ自体は自らの実力によって覆したらしいのだが、

 ともすれば、青年が助け出そうしている姫君と同じ立場に成り得ただけに、その事情にも詳しいのだろう。

 だが青年は諦めない。


「そんな事がある筈がない。格好良く魔王を倒したのなら、姫だって俺のことを好きになってくれる筈だ。それに王は言ったのだ。姫を助け出した暁には姫を俺の妻にしていただけると」


 青年の言い草に「どうせそんなことだろうと思ってましたの」と半眼を向けるマリィさん。

 そして、僕がこう訊ねる。


「えと、それってつまり、そのお姫様は助けた人のお嫁さんになるって事ですか?

 もともとの知り合いとかそういうのじゃなくて」


「君はなにを言っているのだ。俺のような庶民に一国の姫と接点がある訳無いだろう。勇者の俺とて、l数度言葉を交わしたことがあるくらいなのだからな」


 当然だとばかりに言ってのける青年に、マリィさんはわざとらしくも大きな吐息を吐き出して、まるで我儘を言う子供にでも言い聞かせるように、青年の主張を正していく。


「いいですの。まだ出会ってもいないというのに、愛を押し付ける行為は下心以外のなにものでもありませんのよ」


「しかし、格好良く助ければ姫だって――」


 だが、青年もただ黙っていない。即座に反論しようとするのだが、

 マリィさんはその声を途中で遮って、きっぱりと言い切る。


「でももヘチマもありません。無理やり結婚を決めるなど最低の男がすることです」


 静かな怒りを灯したマリィさんの下す処断に、言葉を失うしかない自称勇者の青年だった。

 残念勇者フレアの登場です。結局、最後まで名乗りませんでしたね。

 因みにフレアはあくまで自称(・・)勇者です。


 聖剣=魔法剣の一種。聖なる属性を持つもの。強力な性能を秘めたもの。

 世界によって何を聖剣とよぶのか、その概念が違うみたいです。(適当)

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