呼び出し
放課後、風紀委員会からの呼び出しを受けた。
どうせ元春がまた何かやらかしたのだろうと思っていたのだが、どうも用があるのは僕の方らしい。
一体なんだろうと思いながら、教室まで迎えに来てくれた顔なじみの風紀委員の花園君についていくと、連れて行かれた委員室は物々しい雰囲気で、
新委員長である大久保さんに促されてソファに座ったところで一言。
「間宮君に学校でいかがわしいことをしているという疑惑があがっています」
「えと、それはどういう?」
珍しく真面目な口調の大久保さんにまったく心当たりがないとその詳細を訊ねたところ、
どうやら、いま同学年の男子の間で、僕が保健室で何かいやらしい事をしているという噂が立っているそうだ。
しかし、場所が保健室となると、僕にもその噂の心当たりがあって――、
「もしかしなくても足つぼマッサージのこと?」
「聞かせてくれる?」
実は文化祭の準備の時の一件以来、女子からたびたび足つぼマッサージをしてくれという依頼が舞い込んでくるようになっていたのだ。
だから、週に二度程、三十分くらいを目処に放課後の保健室を使って、僕は足つぼマッサージをしていたのだが、
その際、マッサージを受ける姿を見られるのが恥ずかしいという女子がいて、たまたま保健室にやって来た男子生徒が追い出されたというケースがあったので、それが誤解を招いたのではないかと証言をすると。
「しかし、どうして女生徒ばかりとそんなことを?」
ここで会話に割って入ったのは三組の大東君だ。
あまり面識がないのだが、どこか睨みつけるような視線から察するに、あまり良い印象を持たれていないようだ。
たぶん元春由来の風評被害だろう。
「文化祭の時にマッサージしたのがクラスメイトの女子で、そこから口コミで広がっているから、男子には伝わってないんじゃない」
男子で僕の足つぼマッサージを受けたのは唯一元春だけで、他は女子ばかりだったことを説明すると、女子の風紀委員からは『成程――』というような反応は得られたのだが、男子からの理解はあまり得られなかったみたいだ。
「しかし、男子が女子にマッサージをするというのはどうなんだ?」
「僕がやるのは足つぼマッサージだし、マッサージをする保健室には三上先生もいるから」
そもそも僕がマッサージをするのは足裏で、先生がいる部屋の中で不埒な真似はできないだろうと弁明を続けるのだが、始めから敵対モードの大東君がこれに納得してくれる筈もなく。
その後、ここまでの話を聞いて、花園君が宥め役に回ってくれたのだが、
それを押し退けけるように、次々とあがる男子部員の否定的な意見に、委員長の大久保さんもこのままでは埒が明かないと判断したのだろう。
「じゃあ、私が実験台になるからちょっとやってみてよ」
自らを実験台にマッサージをしろと言い出すと、ここで一年の男子委員が「待ってください」と慌てるように前に出てきて「まだ証言が本当かどうかもわからない内に先輩がやるのは――」と難色を示すも、これに大久保さんは溜息を一つ。
「じゃあ、林君が受けてよ」
「自分がですか」
「そりゃそうでしょ、君が止めたんだから」
「僕は構いませんけど」
僕としては潔白が証明できるなら、誰が受けてもらっても構わない。
と、そんな先輩二人に挟まれては、林君としても自らが実験台になるしかないと覚悟を決めたのか、渋々といった様子で近くの椅子を持ってきて。
「じゃあ、そこのウェットティッシュを借りてもいいですか?
マッサージをする前に拭かないと――」
「なっ、先輩は自分の足が汚いとでも?」
「いや、足なんて誰でも汚いでしょ」
僕としては自分の手を拭くためにそう聞いただけなのだが、大久保さんはバッサリとその意見を切り捨て、林君がショックを受けてしまったが、それを僕がフォローするのもおかしいので、彼には委員会室のウェットティッシュで自分の足を拭いてもらって、マッサージを始める前にこっそり浄化の魔法を発動。
「じゃあ、始めるからリラックスしてくれるかな」
「はい……」
さっそくツボ押しを始めると、マッサージを受けている林君の苦悶の声が漏れ始め。
その反応を見ながらしばらくマッサージを続けていると。
「こんな感じだけど、どう?」
「いや、どうっていわれても」
「ねぇ」
なぜか周囲は唖然とした反応で、
どうしたものかと林君を見てみれば、すっかりリラックスムードのご様子で。
「僕は普通にマッサージをしたつもりなんですけど」
「えっと、どうなの林君?」
「ふあっ、しゅごいです」
「そういうことじゃなくて、ちゃんとしたマッサージなのかを聞いたんだけど」
大久保さんは林君の反応に少し呆れ気味だったのだが、林君もなかなかにお疲れだったみたいだ。
その後、まともな反応が返されることはなく。
「その、間宮君はマッサージしただけなのよね」
「してるとこ見てたよね」
「見てたけど、これは……」
そう言って、大久保さんが見下ろすのは蕩けきった林君の姿。
たしかに、ここまでの反応となると変なことをしたんじゃないかと疑われても仕方がないのかもしれないが、僕としては本当にただ誠心誠意マッサージをしただけであり。
「だったら他に誰か試してみる?」
「そ、そうね。じゃあ、大東君」
「俺? 次は大久保がやるんじゃ――」
「は? この件は男子達が持ち込んだ話でしょ。自分でやらないでどうするのよ」
正論の上にギラリと睨まれてしまっては大東君としても従うしか無いようだ。
ウェットティッシュで自分の足を拭いてから、ブツブツと小声でつぶやきながら足先を突き出し。
「林がやったなら意味ないんじゃ……」
「いいから、間宮君に揉まれんさい」
なんか趣旨が変わってきているような気がするけど、大久保さんの迫力に大東君も諦めてしまったようである。
なので、ここはいつものように浄化の魔法を使ってマッサージを始めようとしたところ。
「間宮、なにかしたか?」
「まだなにもしてないけど」
「そ、そうか」
魔法に反応した?
いや、単に足裏を触られるのが苦手なタイプかな。
僕は大東君の反応を少し気にしつつもマッサージを始めると、やはりくすぐったいのが苦手だったのか、マッサージをはじめてすぐに町村君の口から「あっあっ、やめて」と情けない声があがり始め、これに女性陣から「変な声ださない」と怒られる一幕があったりしつつも、しっかり五分ほどマッサージをした結果、大東君も林君と同様に動けなくなってしまったようだ。
「やっぱ風紀委員の仕事は大変なんだね」
「いや、これはそういうことじゃないと思うんだけど」
テストの後だし二人とも疲れていたんだろうと頷く僕の「疑いは晴れた?」という質問に、大久保さんは「どうなの?」と周囲に意見を求め。
「先生もやってもらってるみたいだし」
「そもそもこれって男子から案件でしょ」
「そんな、僕は大東先輩に言われただけで」
「俺も今日集まってくれって言われただけだからな」
残った風紀委員が固まってコソコソ相談した後、彼女達の視線が向かうのは、まだ少し呆け気味の大東君達で、
「で、結局どうなのさ」
「問題、ないんじゃないか」
「そ、そうですね。本当に足ツボマッサージをしてるだけみたいですし」
最終的に二人も納得してくれたのかな?
実際には面倒そうな大久保さんの迫力に負けたような感はあったんだけど。
「じゃあ、行っていいかな?」
「ごめんなさいね」
「ううん、僕も週二回はやり過ぎかなって思ってたし、
今度、三上先生に相談してみるよ」
そう言って『じゃあ――』と部屋を出ようとしたところで大久保さんを始めとした女性陣から「ちょっ、ちょっと待って」と慌てるような声がかかり。
「先生に相談するってどういうこと?」
「いや、みんなに誤解させちゃったみたいだから、これからはマッサージを控えようかなって――」
僕がそこまで言ったところで大久保さんが慌てたように、
「ちょっ、それは大袈裟過ぎなんじゃないかなーって、
先生には私から話を通しておくから、間宮君はそっちの指示に従って」
「わかった。お願いするね」
「任せて」
よくわからないけど、これまで通りマッサージをすることになるのかな?
僕は大久保さん達の反応を少し不審に思いながらも、委員会室を後にするのだった。
◆
一方、虎助が出てった後の委員会室。
「ちょっと、どうするのよコレ?」
「そうするったって――」
「間宮君のマッサージを止めさせるのは得策じゃないわよね」
「男子ですらあんな感じだもん、絶対ファンが付いてるから」
「もし私達が原因でやめるってなったら――」
「暴動になるかも」
これに慌てるのが花園を除く男子委員である。
「ぼ、暴動って先輩? 冗談ですよね」
「冗談じゃないのはマッサージを受けた二人ならわかるでしょ」
脅しをかけるような大久保の言葉にぎこちなく頷くのは、実際に虎助のマッサージを受けた大東と林だ。
その反応にはどこかおそれのようなものが滲んでおり。
「とにかく、生徒への説明は大東君がやってよね」
「なんで俺が――」
「なんでって、話を持ってきたのは大東君でしょ。
まあ、花園君以外の男子もいろいろ文句があるみたいだし、手伝ってもらえばいいじゃない」
と、大久保から向けられる視線はかなり冷たいもので、
それを自分に向けられたものとして受け取ったのか、ここで林が控えめな声でポツリ提案するのは、
「間宮先輩に協力してもらうとかはダメなんでしょうか」
「それはダメ」
「どうしてですか?」
「男子にまでやって欲しいって人が出たらどうするの?」
虎助のマッサージ活動はあくまで虎助のボランティアで成り立っている。
そこに男子の施術希望者まで加わったら、マッサージを受けられる女子が減ってしまうのは当然の成り行きで、
もし、そうなった場合、その恨みがキッカケを作った風紀委員に向けられることは想像に固くないと、実際に虎助のマッサージを間近に見た風紀委員の女子達はそう判断したのだ。
そして、その後の話し合いの結果、最終的にこの件は、話を持ち込んだ風紀委員がその責任を追うべきだと、特に見栄と僻み混じり理由から、虎助につっかかっていた大東と林を筆頭に、大半の男子委員が噂の鎮火に奔走することになるのだった。




