転移実験03
アヴァロン=エラへの帰還は難なく行えた。
問題は再転移による転移位置の変更だったのだが、こちらもあらかじめソニアから渡してもらった、トワイライトドラゴンを始め、各種希少素材を持ち寄って作った切手のような魔導器によって失敗なく地球へと戻れた。
それからは転移の起点がしっかり元に戻っているのかを確認する為、その切手のような魔導器をマジックバッグの中に収納し、何度か地球とアヴァロン=エラを行ったり来たりして不具合がないかを確認。
その後、ソニアを思いやってか、母さんが『今日はもう遅いから、お風呂に入って家に帰る』と宿泊施設に向かったところで、僕とソニアは工房地下の研究室に移動して。
「それでお姉さんの容態は?」
「肉体的には大きな問題はないみたい。ただ、やっぱり魂が見当たらないんだ』
僕は救出時の状況から体の方を心配してたのだが、そちらには問題がなく、むしろ問題があったのは中身の方だったみたいだ。
ソニアは自分の周囲に漂う複数の魔法窓にせわしなく指を走らせて、
「とにかく場所の安全を確保しないと――」
夕焼けの森に残る銀騎士やリスレム達に指示を送り、自宅とその周辺の調査と整備を進めていく。
「あと、お世話係も作らないと」
「工房のエレイン君を回す?」
「ううん、せっかくだから回収してきた人形を使おう」
「え、あれを使うの?」
ソニアが人形というのは、ついさっき僕達が倒してきたメイド人形のことだろう。
しかし、あのメイド人形はソニアのお姉さんをあんな風に使っていた側の勢力で、なにか仕掛けがあるんじゃないだろうか。
僕はそう懸念をするものの。
「重要なのは中身だし、危ない機能は全部確実に外すから大丈夫。それにあっちの世界にはずっと姉さんを見ていてくれた精霊がいる筈だから、彼らとの親和性なんかも考えて、あの人形を使いたいんだよ」
場所がもともと住んでいた土地だということで、ソニアにはなにかしらのアテがあるようだ。
「じゃあ、ボクは精霊の受け皿を用意するから、虎助は用意していた資材なんかを――って、もう時間が時間か」
「いや、実験の前に三時間くらい眠ったし、僕は仮眠が取れるくらいでいいから」
さすがにここで帰るほど薄情ではない。
それに、こういった状況なら母さんのブートキャンプで経験済みである。
だから、せめて準備が整うところまではやってしまおうと、
「転移の設定とかは?」
「今した」
「じゃあ、荷物を運んでくるね」
ソニアの指示でベル君と一緒に工房に走り、ストックしてあった建材の中から、適当なものを箱型のマジックバッグに詰めていき。
それらマジックバッグをフローティングボードに積み込んで、ゲートに向かうと、前に転移実験を行った時に使ったビーコンサイズの転移制御装置をセット。
フローティングボードごとゲートに押し込むようにして現地に物資を送り込むと、ソニアの方に連絡が行ったみたいだ。
『おっと、物資が向こうに届いたか。
まずはバックヤードの設置からだ。
森の家の倉庫が無事なら、そこを改造するのがいいんだけど――大丈夫みたいだね。
じゃ、スタート』
ソニアがすぐに夕焼けの森に残る銀騎士に指示を出し。
『家の調査と改装が終わったら後はこっちと同じかな。
ベッドの近くに生命の樹を植えて、後は銀騎士達がやってくれるから、虎助はそのまま帰っちゃっても大丈夫だよ』
後の作業はゴーレム任せになるみたいだ。
僕はお役御免のようなので、
「そう、じゃあちょっと仮眠を取ってくるよ」
◆
開けて翌日――、
二時間ほどの仮眠を取って、いつものように早朝訓練をこなした僕は、夕焼けの森の拠点整備の進捗状況の確認をと工房の地下にあるソニアの研究室を訪れていた。
すると、ソニアの研究室には大量の魔法窓が浮かんでおり、そこには銀騎士を始めとしたゴーレム達がツリーハウスの内部を改装する様が映し出されていた。
「結構出来てるね」
「ま、基本はこっちで作ってたから向こうでやることは組み立てるだけだし、運搬も高いところからフローティングボードを使って一気に運べたからね。
リスレムなんかの操作もエレイン達に任せっきりだし」
たった数時間とはいえ、休みなく働くことのできりゴーレムを効率的に動かせばそうなるか。
「それで家の守りはどうするの?」
「当面は迷いの結界で覆っちゃおうって考えてる。
そもそもあの森は隔絶された空間になるから、外からの侵入を察知する方に重点を置いた方がいいと思うんだ」
そういえば、あの森はもともととある大陸のとある国の中に存在していたって話だったっけ?
それが、いまはその森だけが世界から切り取られたような状態になるから。
「だから世界樹のところに簡易ゲートを設置して、こっちの結界機能を移していこうと考えているんだ」
ちなみに、森に設置される予定の簡易ゲートはそにあの口内にあるそれとは違い、アヴァロン=エラにあるゲートの小型版になるみたいだ。
「ゆくゆくは工房みたいにしたいんだけど、絶対的に資材が足りないから」
森は常に夕方の樹海のように森が広がっているだけの世界になる。
世界樹が植えられているような岩盤がそのまま隆起したような岩山も幾つか存在するのだが、それを資材とするにはかなりの手間であり。
「アヴァロン=エラから持ち込もうにも手頃な岩は殆ど使っちゃったし、
最悪ディロックを持ち込んで魔法で構築することも考えてはいるんだけど」
土や岩などで防壁を作ることは出来るけど、魔法で作られたそれはあくまで魔力を繋ぎにした簡易的なものなので、何年何十年と保たせるものを作るとなると、一部の巨獣や龍種並の魔力が必要になってくる。
そうした強力な魔法をディロックに込めるのはなかなか大変なことで、さらにその先の加工のことも考えると、耐久力や魔法的な観点から自然石というのがマストな選択となれば――、
「魔王様に頼んでみようか」
魔王様達が暮らす洞窟の入口には地下の拠点を広げる際に削った岩などが放置されている。
それを譲ってもらうのはどうだろう。
「それでも足りるかっていうと微妙だけど、貰えるなら貰っちゃおうか』
ということで、今から連絡をするにしても、時間的にはまだ寝ているだろうから、魔王様には後で連絡を入れるとして、
「アヴィンジットみたいな巨獣が来てくれれば楽なんだけど」
ソニアがポロリと零したアヴィンジットというのは、背中の甲羅が鉱山のようになっている巨大亀のことである。
前に転移してきた時は宝石などを狙って採掘していたが、質にこだわらなければ大量の石材を手に入れることが出来るのだが、そうそう都合よく転移してきてくれる筈もなく。
「それなら街喰いの殻を使うのはどう?」
「えっと、なんだっけそれ?」
「賢者様の世界で見つけたおっきいカタツムリだよ」
かなり前に賢者様のところから打ち上げた人工衛星からの写真で見つけた超巨獣。
その背中には山のような殻がついており、これを石材の変わりとして使えないかと提案してみたところ、これにソニアが興味を持ったみたいだ。
「実際に触ってみないとわからないけど、巨獣の殻ならいい素材になるか」
「じゃあ、賢者様に相談してみるよ」
とはいえ、こちらも時間が時間なので、また後で連絡しようとしっかり予定に入れたところで、
「あ、だけど、すぐに手に入れるのはちょっと難しいかも」
「ああ、例の聖女召喚?」
そう、現在あちらの世界では、賢者様と因縁のある秘密教会の一部勢力が聖女召喚を目論んでいるようで、場合によっては玲さんが再び召喚されるなんて可能性もあるらしく。
いつその召喚が行われてもいいようにと対策を固めているのだが、どうもあちらはあちらでいろいろと事情があるようで、召喚の儀式を行うドロップの集まりが悪く、儀式に取りかかれない状況になっているようなのだ。
「なんならこっちでドロップを用意しようか」
たしかに、アヴァロン=エラのありあまる魔力を使えば、儀式に使うドロップなんてすぐに用意できるだろう。
「作ったとしてどうやって渡せばいいかなんだよね」
だがしかし、ドロップ自体は希少なものではないとはいえ、あちらの世界での取り扱いは重要なエネルギー物資なのだ。
それを大きな宗教組織がかき集める程の量を取り引きするとなると、一個人が扱うのはあまりに不自然で、
かといって仲介となる組織を見つけるのも難しく。
「とりあえず賢者様に確認してみるね」
「任せた」
◆
ということで、学校帰りにこの件を賢者様に相談したところ、賢者様達の第一声がこれである。
『面白そうじゃない』
『うん、興味あるね』
『しかし、潮涸球もあるし、お前の出番はないんじゃないか』
「基本的にはそれで行こうかと思いますけど、なにしろ相手はあれだけの巨獣ですから」
それだけで倒せると楽観しない方がいいだろう。
『とはいえ、街喰いが居るのは魔境の奥の奥だろ。現地までどうやって移動するんだ』
「小さい飛空艇ならウチから出せますけど」
街喰いがいる場所がかなりの秘境ということで、賢者様はそこまでの道中を心配をしているようだが、前に義姉さんの迎えや母さんや加藤さんと一緒に皇宮警察に乗り込んだ時に使ったボルカラッカの骨で作った飛空艇を使えばいいと、僕なんかは単純にそう思っていたのだが。
『空から魔境へか……、
しかし、それだとあんまり高く飛べねぇし、危なくないか』
「賢者様のところにはその問題がありましたか」
それは魔素の分布によるものなのか、なにかしらの魔法的な要員が存在するのか、賢者様達が暮らす世界では、飛行機が飛ぶような高高度にフェニックスなどの強力な魔獣の存在が確認されていて、飛行船の類はあまり高度が上げられないのだ。
「魔境の魔獣がどれほどの強さなのかはわかりませんが、魔法障壁や結界でどうにかなりませんか」
『初撃さえ防いじまえば逃げ切ることは難しくないか』
ということで、移動の際の魔獣による奇襲対策は、またこちらで考えるとして、
「ただ、玲さんの件もあるんですよね」
『ドロップの確保が進んでないんだっけ?』
『確保を進めているようですが懐古派の妨害もあって進んでいないのが現状のようです』
「懐古派?」
途中、プルさんから入れられた聞き慣れないワードに語尾に疑問符をつけたところ。
『接触してきた本来の姿に戻そうとしている派閥です。本来はハブイ派と呼ばれているらしいのですが、こちらの方がわかりやすいかと思いましてつけました』
成程、こちらの方が名前で呼ばれるよりもわかりやすい。
『こっちから接触するとか』
「それも僕達も考えたんですけど、怪しいと斬り捨てられるのがオチじゃないかと」
『たしかにな』
『でも逆に、いますぐにどうこうできるようなことじゃないってわかってるんだし、さっさと行って帰ってくればいいんじゃない』
飛空艇を使えば、流石に日帰りは無理でも三日もあれば日程的には十分だ。
「問題は潮涸珠がどれくらい効くかですね」
『ちなみに、ダメだった場合はどうするんだ?』
「ナタリアさんに上位の氷魔法を使ってもらって――」
『私が止めを刺すのね』
これが通常の生物なら凍った時点で決着はつくだろう。
しかし、相手は街を飲み込むほどの巨獣なのだ。
ただ凍りつかせただけでは倒せない可能性が高く。
賢者様はそういった場合の懸念をしているようだが、これにホリルさんがやる気を出し。
『例のアレも試せるし、最初からそっちの作戦でもいいんじゃない』
『いや、それだと俺が潮涸珠作った意味は?』
『それこそ倒せなかった時の場合だから』
手段と目的が逆になってしまっているような気もするが、ホリルさんとナタリアさんの二人がやる気を出しているなら、むしろ任せてしまった方がいいのかもしれない。
「そうですね。玲さんのこともありますし、そういうことなら、またホリルさんとナタリアさんとプルさんの三人で行くっていうのはどうでしょう」
『たしかに、目的が狩りとなるとロベルトは足手まとい』
『『ですね(そうね)』』
『ちょっ、お前ら――』
『マスターの安全は大切です』
具体的な作戦はさておき、街喰いの討伐には皆さん前向きなようなので、後は飛空艇などの回収をソニアと相談していくことにしよう。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




