転移実験02
森に配置されていたメイド人形を全滅させた僕は魔法薬で傷や疲れ癒やし、ソニアの実家と思しき建物に向かおうとする。
ただ、その前にソニアからこんなメッセージが送られてくる。
『倒した人形はできるだけ回収しておいて』
「やっぱり彼女達も復活してくるの?」
『そうじゃないけどイズナがさ。虎助が最初に撃ち落としたメイドが家に運び込まれたを見たっていうんだ』
成程、再生能力がなかったとしても、修理すればまた襲いかかってくるって可能性はあるということか――、
僕はソニアのメッセージをそう理解。
バラバラに散らばったメイド人形のパーツを可能な限り回収しつつも魔獣の気配を避けるように森を駆け抜け、見覚えのあるログハウスを見える位置までやってくる。
そして、一本の巨木を目隠しに建物とその前の広場を視界に入れ。
「家の前以外にも屋根のところに気配があるかな」
『みたいだね』
家そのものが生えているのか、それともどこかべつのところから伸びてきているのかはわからないが、屋根を覆うように伸びた枝の中に人形が一体隠れているようだ。
「それで、どっちが前に戦ったメイドだと思う」
以前戦ったメイドは、最後に自爆からの再生をやってのけた。
生身の僕がなんの対策もなしにあの爆発に巻き込まれてしまえば致命傷は確実なので、できれば自爆をされる前にこちらから止めを刺したいが、二体の内、どちらがそのメイド人形なのかがわからない。
『普通に考えれば下だけど、どっちもって可能性もあるから』
前は出てこなかっただけで実は同じメイド人形が二体いるという可能性もあるのか――、
僕はそんなパターンはあまりあって欲しくないと思いながらも空切を構え。
「下は僕がやるから、上を抑えておいてくれる?」
『了解――、
えっと、こういう時は『倒してしまっても構わないのだろう』って言えばいいんだっけ?』
「いや、それだとやられちゃうから」
ソニアの勘違いを改めつつも〈一点強化〉で脚力を強化。
銀騎士から魔法障壁の補助を受けつつ、その魔力を感知してこちらを向いた、家の前のメイド目掛けて一足飛びに距離を詰める。
すると、家の前の広場に入ったところで顔面を目掛けて弾丸が飛んでくるが、その攻撃はダッシュの前にソニアがかけてくれた障壁に弾かれ、僕はそのまま空切で首を狙う。
人形も人間に習って頭に感覚器が集中している為、そこを切り離してしまえば大幅に戦力ダウンとなるからだ。
しかし、バックステップで逃げられてしまった。
正直、いまの一撃を防御してくれれば楽だったのだが、向こうだってこちらの情報は集めているのだろう。
僕は意識を切り替えて回し蹴りを放つ。
だが、こちらはしっかりガードされてしまい、 メイドはそのまま僕の足をがっちりホールド、晒された僕の背中に躊躇なくナイフを振り下ろしてくる。
と、その攻撃に僕は頭上を飛び交う魔弾を意識しながらも踵を振り上げ、軽い牽制からの低いジャンプで後ろに下がることで体勢を立て直して再度アタック。
メイドの懐に飛び込み狙うべきなのはやはり頭部の切断であるが、
しかし、相手はそれも承知のことだろうから――、
ここであえて足などを攻めてみるが、浅く腿を裂いただけで分断までには至らなかった。
そう、空切唯一の弱点として、分断する際は一気にやらなければ意味がならないというものがある。
ただし、それもやりようで、あえて自分から引くことで体の一部を削り取れば、次の分断に繋げられると、削り取った腿一部を横に弾き、追撃を仕掛けようとするのだが、手を払った瞬間、その足の一部分が爆発する。
どうやらメイド人形は表皮の感覚から、分断されてもパーツそのものは繋がっているものと判断。
あえて自分の足を攻撃して、奪われたパーツを遠隔の爆弾に変えたようだ。
しかも、自爆した後は再生が始まり、 一つに集まる性質のおかげで分断された部分の回復も狙える。
とはいえ、その回復には多少の時間が必要となる。
だから僕は、片方の足がなくなったいまがチャンスとメイドに張り付いて、コアがあるだろうボディを狙えば自爆戦術も使えないだろうと、今度は一直線に体の一部を削り取ろうとするのだが、いざ、空切をメイドの胸に振り下ろしたところで脇の部分から肋骨を模した刃が飛び出してくる。
この攻撃は死の抱擁――、
そう、それは前にカースドールだったカオスを修理した時に話題になったギミックで、抱き止めた相手を必ず殺すドールとしての体を存分に使ったトラップだ。
だが、それもあくまで肋骨による攻撃が通ればのことである。
防具の性能が高く、万が一の場合の回復手段を用意しているとなれば、あえて受けるという選択肢も取れると、僕はノーガードで飛び出してきた肋骨の刃を受け止めて、
「もう逃げられないよ」
空切で首を落として決着――
したかと思いきや、相手は人形、彼女は首が斬られても冷静だった。
自分の手元に敵がいるのなら、そのまま殺してしまえばいいとばかりに、スカートの中に隠していたナイフを取り出すと、見えないながらも僕の首元を狙ってくる。
しかし、僕の判断の方が少し早かったみたいだ。
なにも爆発を利用できるのはメイド本人だけではない。
僕は振るわれたその腕に至近距離から魔法銃を連射。
自分もダメージを受ける覚悟して、強い衝撃を与えることで自爆を誘発すると、狙い通りにメイドの腕が膨らみ、ナイフをまともに振るうことができなくなってしまう。
と、メイドはその部分を自切してして逃げようとするのだが、
ここで逃がしてなるものか――、
僕は至近距離での魔弾連射の影響が残る体を無理やり動かし、メイドの首を狙っていくのだが、ここでメイドの後方から魔弾が複数差し込まれる。
ソニアと戦っていたメイドが僕を狙ってきたのだ。
この状況に僕はソニアが操る銀騎士がやられてしまったかと思ったのだが、どうやらそのメイドは盾を使って強引にソニアの弾幕を抜けてきたみたいだ。
『虎助――』
「大丈夫」
すぐにソニアがディロックを投げ込みフォローしてくれるが、この隙に僕と戦っていた方のメイドが自爆特攻を仕掛けてくる。
これに僕は先の銃撃で少し薄くなってしまったものの、龍鱗の守りを全開に――、
盾代わりの解体包丁を取り出して、それからエリクサー使用と、防御と回復を重ねてなんとかやり過ご――すことが出来ずに体のあちこちに裂傷や火傷を負ってしまったが、先に飲んだエリクサーがそれらをすべて帳消しにしてくれる。
後はソニアが戦っていた方のメイドかと、爆発により舞い上がってしまった砂煙の中、箒のような銃杖を持ったメイドを見つけて近づくのだが、そこにナイフを持った右腕が割り込んでいくる。
「体がなくても大丈夫なんて流石は人形だ。
いや、こっちは君の力かな?」
僕はふいに襲いかかって来た人形の腕を切り払い。
『いま、人形のコアがある場所を調べてるから引き付けてて』
相手を引き付けるのは僕の得意分野だ。
再生をしながら襲いかかってくるメイド人形の各部を僕が引き付けている間に、銀騎士がスキャンを完了してくれたみたいだ。
『はっ、体の中にコアがない?
あー、補助の人形はともかく、再生する方のコアは家の中にあるのか』
ただ、その結果は疑問含みのものだったらしく、追加の説明によると――、
『いや、グラムサイトを通してみたら、家の方から魔力の糸が伸びてるみたいなんだよね』
つまり、この再生メイドは家の中にいる何者かに操られているとか、そういう受け止めでいいのだろうか。
『だから、まず倒すのはこっちのメイドで――』
ソニアが特攻してきた腕が作った隙に後ろに下がろうとしていたメイドを銃撃。
僕がそれを追いかけるように一点強化を使ったフレアスラッシュもどきで一閃して、首を撥ね飛ばすと、空中に舞い上がったそれをソニアが狙撃。
止めを刺して言う。
『後は再生途中のパーツを細かく分断、障壁で包んでやればしばらく動けない筈だよ』
◆
突発的な戦闘が始まってしばらく――、
どうにかこうにか再生メイドを行動不能に追い込むことに成功はしたものの、落ち着いてもいられない。
「周囲に気配はないね」
『ここからは念の為、不可視モードでのやり取りで行こうか』
また別の何らかの方法で復活されてしまったらたまらないと、巨大樹をくり抜いたようなソニアの自宅(仮)前での戦いの後、メイド達との戦いで負った傷を回復させたところで建物への突入となるのだが、ここがソニアの考えているような場所なら、彼女としては勝手知ったる自分の家になる。
だとすれば、その内部構造は入ってすぐに吹き抜けの大広間が一つあるだけで、後は階段状の荷物置き場とオープンスペースな寝室などになっているらしく、入ってしまえば一目瞭然となるみたいだ。
そして、この家に鍵の類はついていないそうで、
曰く、森事態が強力なセキュリティになっている上に、家の中には沢山のお手伝いゴーレムが常駐している為、鍵そのものが無いらしい。
ただ、いま僕達が突入しようとしている家の中からは動きているものの気配はほぼ感じられないとなれば、トラップが仕掛けられている可能性もあると、警戒しながら建物内に突入したところ、まず目に飛び込んできたのは蜘蛛のような機械に囚われた女性だった。
しかし、彼女自身からは敵意のようなものは感じられない。
とはいえ、注意するに越したことはないと、僕が彼女に向けて僕が魔法銃を構えようとしたところ、視界の端に一つのメッセージが浮かび上がる。
『ありがとう、君のおかげだ。
まさか一発で姉さんの居所を引き当てるなんて、本当に君の力は規格外だよ』
このメッセージはつまりそういうことなのか。
ただ、この状況は一体?
僕が見る限り、彼女は無理やりにメイド人形の修理をさせられているみたいだが、僕達のことはまったく気にしていない様子だ。
そんな僕の疑問を察してか、ソニアは続けて、
『あの魔導器には見覚えがある。
あれはたしか強欲な蜘蛛という名前の看守が死刑囚死体を操る時に使う魔導機だった筈だ』
死体?
それじゃあ彼女は――、
『それを今から調べるから――』
端的なこのメッセージの裏に隠されたソニアの想いが如何ほどのものかは僕にはわからない。
ただ、僕は自分のするべきことをするだけだと周囲に警戒を向け。
銀騎士の目元からはスキャンの光が放たれる。
一方、スキャンをされるお姉さんの側はメイド人形を組み立てる以外の行動は許されていないのか、メイド人形の修理を続けるばかりで、
そんな彼女の周囲を銀騎士がゆっくりと回りながら緑色の光が照射され、ソニアからのメッセージが更新される。
『悪いけど、空切で姉さんの体を強欲な蜘蛛から外してくれるかい。
ただ、強欲な蜘蛛そのものが姉さんの生命維持装置にもなっているみたいだから壊さないようにお願い』
生命維持――ということは、つまり彼女はまだ生きているのか?
ソニアからの願いに僕は空切を構えてお姉さんに近づく。
接近したことにより何らかの攻撃をされることも警戒したが、やはりそうした行動は彼女の――いや、強欲な蜘蛛の動きに組み込まれていないようで、
糸繰り人形のように強欲な蜘蛛に動かされる彼女は周りの状況をまるで気にするようでもなく、人形の修理を続けていた。
僕はそんな彼女の動きを邪魔しないよう、強欲な蜘蛛本体から伸びる無数の足の一本一本を丁寧に分断していき。
『そろそろ外れるから彼女を支えてくれる』
『わかってる』
作業の最中、僕とお姉さんの動きを邪魔しない位置にいた銀騎士の腕が、僕のメッセージの後、お姉さんの前にすっと差し込まれる。
それを見て、僕が空切をお姉さんの体を支えていた数本の足を一気に分断すると、お姉さんの体が強欲な蜘蛛から開放され。
『こっちの空中に浮かんでるみたいになってる本体はどうしたらいい?』
『さっきも言ったけど、そいつが姉さんの生命維持にもなってるみたいだから、そのままでお願い』
強欲な蜘蛛はお姉さんが切り離されたことで空中に浮かんでいるような状態になり、心配な部分もあるのだが、ソニアが言うのならそういうものなんだろうと僕は強欲な蜘蛛を放置。
『それでこれからどうするの?」
『まずは家の防備を固めることだね。
姉さんの体は強欲な蜘蛛によって維持されているから、離すことが出来ないし』
聞けば、魔女の皆さんの工房がそうであるように、この家にもパワースポットがあるようで、強欲な蜘蛛はそれによって動かされているのだという。
『だったら僕はしばらくこっちに居た方がいい?』
『いや、虎助は万屋に戻ってきて、転移の実験をする為にそっちに行ったんだからね』
そういえば、僕がこの世界にやってきたのは、あくまで転移によって変わってしまう空間的なアドレスを変更できるかの実験だった。
もともと、この森の調査云々に関しては出来る範囲でという話だったのだが、いきなりの襲撃でその問題が一気に解決しちゃったから、前提が飛んでしまっていたのだ。
ということで、僕はすぐにアヴァロン=エラに戻り、そこから地球へと転移出来るかを確かめることにするのだった。




