●放課後の一幕
◆今回は幼馴染四人の短い日常回を四本立てです。
◆虎助side
今日はみんな予定があるということで一人の帰り道。
いつものように保健室に立ち寄った後、まず向かったのは一棟がすべて本屋という駅前のビル。
学校帰りにわざわざ回り道をしてまでここにやって来たのは、妖精飛行隊の指揮官的存在であるリィリィさんから特殊な買い物を頼まれたからだ。
僕はビルに入ると文房具が並ぶ階まであがり、カゴにボールペンにマスキングテープなど、お店で使う消耗品をカゴに入れつつも、目的の品を求めてフロアの奥へ奥へと進んでいく。
すると、そこには知ってる顔があって――、
「あれ、大谷さん」
「えっ、間宮君!?」
それはクラスメイトの女子だった。
僕と同じく目立つタイプではないのだが、サブカルチャーなどに詳しく、席が隣になったこともあって、元春が迷惑をかけたことをキッカケに話すようになった女の子だ。
ちなみに、そんな彼女はポワポワと色々なサイズの水玉が書かれたマンガのトーンを、慌てたようにカゴの奥へと押し込んでいる最中だったようで、
「あ、あれ~、ここに居るってことは間宮君もマンガとか描く人なのかな?」
「ううん、実はバイト先の友達の頼みで道具一式を買いに来たんだけど」
「そうなんだ」
どことなくホッとしたような――、残念そうな息を吐く大谷さん。
この反応は僕を同好の士と勘違いしてのものだったのかもしれない。
とあらば、
「あの、よかったら、どんな道具を使うのとか教えてくれないかな」
そう、リィリィさんに頼まれて、僕が買いに来たというのはマンガ道具一式だった。
もともと、漫画好きだった妖精の皆さん。
どうやらその一部が、最近になって魔法窓のお絵かきアプリを使い、自分達でも漫画を描き始めているみたいなのだ。
ただ、これは練度にもよると思うのだが、アプリを使って漫画を描くと、自分が思っている線が描けないとのことで、手書きでも試してみたいと、道具を買ってくるようにとお願いをされたのだ。
「えと、その人は完全初心者ってこと?」
「いや、普段はデジタル(?)で描いているみたいなんだけど、手書きも試してみたいってことで道具を頼まれたんだ」
一応、事前に情報を集め、いろいろと希望を出してもらったのだが、
せっかく、ここに漫画を描いている人がいるんだから、その意見を参考にした方がいいだろう。
と、大谷さんに軽く状況を伝えた上でアドバイスをしてもらい、原稿用紙にペン(ペン軸とペン先のセット)、インクなどの雑多なマンガ道具を選んでいって、
「ありがとう。今度お礼に差し入れでもするよ」
「あっ、それなら……」
なにか言い難そうな雰囲気を察して僕の方から聞いてみると、どうも大谷さんはマンガ描きの趣味の所為か、最近肩のコリが酷いそうで、僕がやっている足ツボマッサージに興味があるという。
だったら今度、保健室の三上先生にでも話しておいてくれればマッサージをすると約束を交わして、そこで大谷さんとわかれると、手早くレジを済ませて近くのコンビニに向かう。
実は魔王様からゲームで使うプリペイドカードを買ってくるように頼まれているのだ。
そんなコンビニへの移動中、誰かと待ち合わせをしている宮本先輩を見かける。
ただ、その顔にはクリスマスに会った時のような憂いはないようなので、例のお守りが効いたみたいでよかったと思いながらも、僕は近くのコンビニに入り、魔王様から頼まれていたプリペイドカードを三千円分購入すると、どうせここまできたんだからと繁華街から少し外れた場所にあるホームセンターに寄り道をして、使用頻度が高いにもかかわらずアヴァロン=エラでは手に入り難い、ステンレスの鋼板を何枚か買い込むと、後はいつものように近所の駄菓子屋で和室の駄菓子の補充するべく、交通量の少ない裏通りを自宅方面に向かって走っていく。
すると、そろそろ駄菓子屋も目前といった住宅街の路地裏で、エンジンを掛けたまま外の様子を伺っている不審人物が複数乗っている車を発見。
その様子から、またハイエストみたいな連中が何かやらかそうとしているんじゃないかと、そんな心配が脳裏をよぎり、気配を消してその車に近付いてみると、その車内にいたのは、前にひよりちゃんに――というよりも義姉さんの制裁を受けた連中で、
そんな連中の傍らにはロープにスプレー、スタンガンらしきものと、また何かやらかしそうな雰囲気が見て取れたので、ここは警察に連絡をと車から十分距離を取ったところでポケットに手を伸ばすのだが、
ちょうどそのタイミングでターゲットでも現れたのか、車が動き出そうとしたので、僕は強めの殺気をぶつけて彼等の動きを妨害。
すると徐行状態で車が進み、ギャリっと嫌な音が聞こえて車が停止するなんてハプニングがあったものの、それは自業自得ということで、
僕が考えるべきなのは後の始末はどうするかなのだが、
とりあえず今日のところは未遂に終わったということで、車のタイヤをパンクさせ、スタンガンやスプレーを使えなくするだけに済ませ。
後の仕置きは義姉さんにでも頼もうかと、車内の様子に車のナンバーと証拠を写真に収め、その画像を添付したメッセージを送信。
結果はまた後日ということで、予定通りに駄菓子を買って自宅からアヴァロン=エラに。
「今日は少々遅かったですわね」
「頼まれた買い物をしていたんですけど、ちょっとありまして、
それで魔王様のカードは三千円分でよかったですよね」
「……ん、ありがと」
「あと、リィリィさんに頼まれていた画材を買ってきたんですけど」
「……受け取る」
魔王様が受け取った紙袋を興味津々となりから覗き込んでいた玲さんが、
「ねぇ、これってマンガの道具じゃない。
あの子たち、マンガ描いてるの?」
「みたいですよ」
しかし、さっと覗いただけですぐにマンガの道具がわかるとか、玲さんも漫画を描いていたとか?
という詮索は自分の中だけにしておくとして、
「ちょっと興味あるかも」
妖精のみなさんが描く漫画、気にならないと言ったら嘘になる。
「……見せてもらう?」
「出来れば」
玲さんも魔王様とのやり取りもすっかり慣れたものだ。
その後、まだ未完成ながらも妖精の皆さんから送られた四コマ漫画を読みながら、僕達はまったりとした時間を過ごすのだった。
◆元春side
「じゃあ、カレンダー写真はこれで決まりだね」
「佐倉先輩を口説き落とせなかったのが痛かったな」
「虎助にも協力してもらったんだけどな」
「さすがのネゴシエーターも爆乳地味メガネ先輩の陰キャ力は突破できなかったってか」
「てか、ねこちゃん先輩が自分の人気にまったく気づいてないって感じだわ」
「佐倉先輩のようなタイプは自己肯定感が低いのがテンプレですからな」
「たしかに、そんなイメージはあるかも」
放課後の部室棟――、
写真部内で語られる会議の内容は、年度末に写真部が独自に発表する電子版のカレンダーの件である。
それは卒業生の人気者を十二人配した写真集仕立てのカレンダーで、
その写真もすでに取り終え、後はカレンダーにする写真の選定だけだと、写真部員達は作業を進めていた。
ちなみに、このカレンダーには新聞部恒例の会員限定版もあって、公序良俗にこそ反しはしないものの、視点やポーズなどがかなり際どいものが使われるカレンダーとなっており。
現在写真部の面々はそれら写真を、ああでもないこうでもないと専用アプリを使って、カレンダーとして仕立て上げていた。
そうして、作業を進めること一時間ほど――、
最後にファイル公開の時間を設定し。
「今年の仕事はこれで終わりか」
「まだエイプリルフールの写真集めが残ってるから」
「だけど、あっちは新聞部のネタに合わせないとだろ」
そんな会話を交わしながらもパソコンをシャットダウン。
元春を始めとした写真部の面々は帰り支度を済ませると部室の外に出て、
下駄箱へと向かう中、元春が何気なく提案するのは、
「そだ。どうせだから打ち上げってことで味千にでも寄ってかねー」
「いいですな」
「待って、いまからラーメン食べたら晩御飯が食べられなくなっちゃうから」
「おいおい、男子高校生の腹を舐めんなよ」
「いや、それでも――、
っていうか、元春君って結構食べるけど、よく太らないよね」
「たしかに、それは言えてますな」
小柄な同級生の小関はともかく、後輩の大徳寺はまさにぽっちゃり系といった体型だ。
同じような食事をしているのに、かたや割りと筋肉質な体をしている元春が不思議だと小関は言うが、
「たるんだ体をしてると師匠にどやされるからな。
あと、お前等も一回指導を受けてっから他人事じゃねーと思うんだけど」
「ちょっと、怖い冗談はやめてよ」
「なんの話です?」
「前に話さなかったっけか、
虎助のお袋様が厳しい人でな。俺等もその薫陶にあずかってんのよ」
これに後輩二人が『前にどこかで聞いたような』とそんなリアクションをするも、次の言葉でその表情が一変する。
「なんならバンドーと大徳っちも鍛えてもらうように頼んでやるけど」
「遠慮しまっす」「ですぞ」
「ま、そりゃそうなるわな」
◆次郎side
オレンジの光が差し込む図書館――、
そこに集まるのは次郎とクラスを同じくする友人一同。
彼等はそこで次郎から勉強を教えてもらっていた。
「次郎、ここは?」
「この公式を当てはめて――」
「ああ、そっか」
次郎からのアドバイスを受けた友人がペンを走らせ問題を解くと、リフレッシュとばかりに椅子に体を預けるように伸びをする。
「悪いな。勉強見てもらって」
「いいえ、報酬さえしっかりしてもらえれば構いませんよ」
「構わないって、
それよりも報酬なんだけど、本当にあれでいいの?」
「そもそも俺等の助けとか必要なのか?」
「転ばぬ先の杖というヤツですよ」
次郎がこの勉強会の報酬に要求したのは、アイドルのライブチケット争奪戦などへの協力だった。
そう、お金では買えないものを手に入れようとする時、借りられるマンパワーは多ければ多いにこしたことはないのである。
「で、今は何をやっているんだ。
なんか凄い手捌きでパソコンを弄ってるみたいだけど」
「動画の編集ですよ」
「そういえば知り合いの地下アイドル(?)だかの手伝いをしてるんだったっけ?」
次郎が編集している動画はユイたんのこと、彼の相棒――いや、最押しの歌姫の動画なのだが、それを正直に話したところで信じてもらえる筈もなく、訳を知らない友人に説明する時はそういう説明をすることにしていた。
「しかし、次郎は勉強しなくていいのか」
「学校のテストなら授業を受けていれば事足りますが、何か?」
「くっ、この天才め――」
物見高校は公立ながら進学校として有名なだけあって、しっかり授業を受けていれば着実に力が入るような授業が組まれていた。
ただ、それが出来る人間というのはなかなかいないもので――、
「勉強は日々の積み重ねが重要なんですよ」
「わかってはいるんだけど」
「俺らの場合、部活もあるしな」
ちなみに、次郎が教えるこの二人が、どうして放課後のこの時間に普段なら絶対立ち入らない図書館にいるのかといえば、
本日、二人が所属している部活動の顧問が出張でいないことに加えて、ニ学期末のテストで二人が大量の赤点を取ってしまったことにより、三学期のテストももし同様の成績だったのなら部活動の禁止が言い渡されてしまうからと、チームメイトなどからの懇願もあって、こうして次郎から勉強を教えられているのである。
ただ、二人とも根っからの体育会系だけのことはあって、勉強に集中できる時間は決して長くはなく、それを見越してこの勉強も部室棟のトレーニング器具が空くまでという予定だったのだが、勉強を初めて二十分で早くも限界を迎えてしまったようだ。
「ああ、体動かしてぇ」
「しっ、ここは図書館ですよ」
「そりゃわかってるけど、今は部活も大事な時期だからさ」
「そういえば春休みにも大会があるんでしたか」
「そそ、春は戦力に偏りがあるから、僕等としても目立つチャンスが多いんだよね」
「ただ、狙ってる大学が推薦でも成績が必要とかな」
「それが普通でしょうに」
志望校によって多少の差はあるものの、スポーツ推薦でも成績というものは必要だ。
そう、大会の結果だけがすべてではないのである。
「僕は正直、もう少し内申の上げたいかも」
「俺は進みたい方向が正則と被ってるし、そっちを上げても焼け石に水だろうな」
「ですが、正則君は推薦は受けないと思いますよ」
「そうなのか?」
「ひよりさんの指導も入っていますから」
実際には実績獲得などの影響で、下手に全力を出せないという理由があるのだが、
「マジか、だったら別に勉強しなくても――」
「駄目ですよ。君達のことは先生からも虎助君からも甘やかそうに言われているんです」
「いや、先生はわかるけど、なんで虎助君が?」
「来年から先生が戻ってくるんですよ」
「それって、またイズナさんのカルチャースクールが始まるってこと?」
「はい、なので二人とも頑張りませんと」
そんな次郎からの情報に、二人は戦々恐々としながらも、さっきまでのダラけた空気が嘘のような真剣な眼差しで勉強に取り組むのであった。
◆正則side
「あんまり根を詰めるなよ」
放課後のグラウンド――、
数十本の五十メートルダッシュを終えたタイミングで、顧問の教師から声をかけられたのは正則だ。
最近タイムが伸びておらず、焦りがあるのではとの心配から声をかけられたようだが、実はそうではない。
単に実績獲得によって自身の潜在能力が開放された結果、身体能力が上がり過ぎてしまい、並の選手なら体のどこかに不調が出てしまうようなハードトレーニングが出来るようになってしまっただけである。
その上で、上がり過ぎた身体能力をセーブするべくマジックアイテムを装備している為に、見かけ上はタイムが伸び悩んでいることになっているのが現状で、
一般の人から見れば過酷すぎる練習の見た教師から『無茶はするな』と『なんなら長距離走にコンバートしてはどうか』と打診されているのだが、本人としては短距離走の方が自分の性に合っていると、卒業した先輩との約束もあるからと短距離で勝負しているということになっていた。
と、いつものように顧問のストップがかけられた正則は、体を解すように動かしながら短距離のトラックを後にする。
「まー君、また言われたですね」
「ああ、といっても手を抜くってのもな」
そう言って正則にタオルを差し出すのは一つ下の幼馴染のひよりである。
ひよりも幼馴染の繋がりから、アヴァロン=エラへ至り、正則の現状を正確に把握しているだけに、こうした反応になってしまうのも当然だろう。
そんな二人が和やかに会話を交わしているそこに近付いてくる一人の男子部員。
彼はひよりのクラスメイトで正則と同じ短距離を専攻している後輩だ。
高校に入ってからの練習でメキメキと頭角を現し、いまやそのタイムは一部の競技で正則を上回り、部活内で二番目を位置につけており。
そんな状況も相まってか、どこか上から目線で二人に――というよりも、ひよりに向けてこう声をかける。
「大須賀さん、先輩ばかりにかまけてないでタイムを測ってよ」
「コースには先輩がついてるのにどうして私が測るです?」
「いやぁ、春の大会が近いからさ。ねっ」
「はぁ?」
短距離のトラックにはすでに先輩マネージャーがついているのに、どうして自分がタイムを測らなければならないのか、まったくもって意味がわからない。
表情や口調こそいつものひよりであったが、その内心は実にトゲトゲとしたものになっていた。
と、そんな表面上は気付きにくい一触即発の事態に動いたのは、正則やひよりとは中学生からの付き合いになる陸上部の新部長だった。
彼は誰もその後輩を止めない中、気配を殺して彼の背後に忍び寄ると軽く頭を小突き。
「調子に乗るな。
くだらないことやってる暇があったら少しは体力をつけろ。そんなんじゃ地方予選も勝ち抜けんぞ」
後輩男子を引きずって練習に戻っていく。
そんな、二人の姿に正則は苦笑いを――、ひよりは面倒臭そうな息を吐き出し。
「まったく、まー君が全力で走ったら、あんな態度なんて取れないのです」
「さすがにそれは出来んだろ」
今の元春が全力で百メートルを走ったら、世界記録を超えてしまう可能性だってある。
しかし、正則としてはそんな目立つことは出来ないと、ちょうどいい高さにあるひよりの頭をポンポンと軽く叩いて、走るのが駄目なら上半身を鍛えるだけだと、各種筋トレグッズが揃っている部室棟の前に向かって歩き出すのだった。
◆数話にわけようとも考えたんですが、面倒なので一括投稿にしました。
ということでといってはなんですが、次回投稿は日曜日の予定です。




