白盾の乙女のダンジョンアタック
その日、白盾の乙女の四人は、リーヒルが操る小型ゴーレムと一緒に、|パキートが根城にしていた遺跡周辺の森で新たに発見されたダンジョンへと足を運んでいた。
エレオノールの肩の上、リーヒルはダンジョンの入口周辺を見回して一言。
「思ったよりも人が少ないのだな」
「自分としてはそっちの方がありがたいっす」
「女ってだけで絡んでくる連中がいるからね」
アビーの妹君に当たるセリーヌ嬢の依頼で戻った本拠地での一件しかり、白盾の乙女は女性ばかりのパーティということで、他の同業者から下に見られることがままあって、特に初めて訪れた場所では絡まれることが多いのだが、魔王城とされる遺跡周囲の森を進み、このダンジョンまでやって来ている時点でその実力は保証されているようなものであるからか、少なくともここにいる冒険者には不用意に話しかけてくる輩はいないようだ。
そんな周りの状況をこれ幸いと、エレオノール達は立ち止まることなくダンジョンへと突入し、入口から地下に向かって緩やかに下る通路を進みながら。
「しかし、しっかりした作りのダンジョンですね」
「ダンジョンとしては珍しいタイプよね」
白盾の乙女はこれまでに幾つかのダンジョンに潜った経験がある。
しかし、その殆どが洞窟タイプのもので、こうしたしっかりとした構造物があるダンジョンはほぼ初めてだった。
「だけど、この壁なにで出来てるのかしら?」
「つるりと滑らかな表面ですが漆喰などではありませんよね」
「万屋で見かけるぷらすちっくってヤツに近い感じっすけど」
「なんにせよ、気を抜かないことだな」
と、ダンジョン内の様子を確認。
白盾の乙女のメンバーが気合を入れ直したところで、
「そういえば、今日はどうしていつもと違うの?」
エレオノールの肩に乗るリーヒルに声をかけるのはリーサだった。
リーヒルが白盾の乙女の前に現れる時は、ミニチュア化したような蜘蛛型ゴーレムを使っている場合が多いのだが、今回はオコジョのような胴が長い白の毛皮をまとう小動物型のゴーレムを操っていたのだ。
「このゴーレムは四獣対策の試作品であるな。
今回のダンジョン探索のついでにどれだけできるか実践で試してみようということになったのである」
「成程――」
「それにこういった動物なら、貴殿等が連れていてもおかしくないであろう」
「たしかに、それはそうですね」
女性ばかりの白盾の乙女が連れ歩く動物とると、大きな蜘蛛型ゴーレムよりもオコジョのような見た目の小動物の方が自然といえば自然である。
と、そんな会話を交わしながらも通路を進んでいくと、脇道から砲弾のように一匹のイノシシが飛び出してきて、それをアヤが一刀の内に斬り伏せると。
「ふむ、倒れても消えないということは、このイノシシはダンジョンが生み出したものではないようだな」
「体や牙の大きさ、殺意の高さからして魔獣であることは確実でしょうが」
「問答無用で襲いかかってくるのは、いかにもダンジョンの魔獣って感じなんすけど」
「ギルドで仕入れた情報によると、ゴーレムやスライムは普通に核を残して崩れるみたいだから複合型のダンジョンなのかしら」
白盾の乙女は倒した後のイノシシを見て、それがダンジョンにコントロールされた存在なのか否かを考察。
「宝箱が見つかっているという報告から、核はまず存在しているとは思うんですけど」
「それも、単純にここが遺跡だからという可能性もあるのではないか」
「どちらにしても、宝箱は確保したいですよね」
そう、本日このダンジョンに来た目的の一つとして、ダンジョン周囲の森に生息する四獣と呼ばれる強力な魔獣の勢力争いへの対応に、結界装置を発見したというその体裁を探すというものがあった。
最悪、その発見自体をでっち上げてもいいのだが、宝箱も回収できたとなれば信憑性が増すというものだ。
白盾の乙女はまず宝箱の発見を最優先に、ダンジョンの性質を調べる為に幾つかのサンプルを手に入れていこうと、今回の探索の目的を改めて確認。
「しかし、イノシシ型の魔獣というと勇者様が倒したという四獣の眷属なのでしょうか」
「そうね。もしかすると縄張り争いに負けた眷属がここに逃げ込んでいるのかも」
エレオノールとリーサが話す内容は、いま周辺で問題となっている四獣と呼ばれる(呼ばれていた)魔獣の勢力図の変化に関するものであり。
「森で出会う魔獣の種類を見るに、群れの首魁が倒され、残った眷属がここに逃げ込んできているというのは、有り得る話であるな」
ダンジョン内に住みやすい場所があるなら、魔獣が住み着くことはあることだと、そんな考察を重ねながらも四人とリーヒルはダンジョンを探索。
イノシシやオオカミの魔獣との戦闘を何度かこなしながらもダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。
すると、小一時間ほど進んだところで、植物園を思わせる区画に辿り着く。
荒廃しているように見えながらも、しっかりと区画分けされているように点在する植物に、白盾の乙女が少し不気味なものを感じながらも、慎重にその区画の調査を始めようとしたところ、背後から飛んでくる鋭刃が複数枚。
その攻撃自体はエレオノールの盾とアヤの剣によって防がれはしたが、これにリーヒルが鋭い反応を見せる。
「あれはバロネスリリィの眷属か?」
「知ってるんすか?」
「実はこの森の中にはもう一つダンジョンが存在していたのだが、そこを根城としていた百合の魔獣がいるのだ。
あれはその眷属に似ているのである」
それは、現在リーヒル達の仮拠点で育てられている植物の百合から変化したと思しき魔獣だった。
「同じものなのですか?」
「見たところ同じであるように見えるものの、調べねばわからんというのが正直なところであるな」
「ならば、その素材もしっかり確保しなくてはな」
初撃こそ驚いたものの、種がわかれば、動かない相手など万屋で鍛えられた白盾の乙女の敵ではない。
飛んでくるナイフのように鋭い葉っぱを大盾を構えたエレオノールが弾き、相手の弾切れを狙って、アヤとココが一気に距離を詰め、百合の根本を一刀両断。
地面に倒れた花を一本回収しようと、アヤがしゃがみ込もうとしたところ、後方にいたリーサから鋭い声が飛ぶ。
「アヤ、ココ、上よ」
その声に二人がその場から飛び退くと、そこに落ちてきたのは薄緑色をした半透明の物体で、
「古典的な攻撃だな。中身は――核があるタイプか」
一概には言えないのだが、体の中に核があるものは魔法生物というのが一般的だ。
「しかし、弱点が見えてるならやりやすい」
「動きを止めるわ」
「アヤさん、核があれば情報になりますので、なるべく傷つけないようにしてください」
「わかっている」
そんなスライムの核は魔導器やゴーレムのコアとして使えるものが多く、なにより今回はこのダンジョンの調査にもなるのだ。
リーサのフォローにエレオノールからの声掛け。
アヤは核を直接狙わずに体を真っ二つに斬り裂くように、剣を唐竹割りの要領で振り抜こうとするのだが――、
「硬い」
予想以上にスライムの体が硬かった。
剣を半ばまで食い込ませることができたものの両断するには至らず。
ならばと、もう一度とアヤがスライムの体に埋もれた剣を強引に引いたところで、スライムが素早い動きでその場から逃走。
「待てっ」
「逃げられたわね」
「アヤさん、悔しいのはわかるっすけど気を取り直して行くっすよ」
思いの外、逃げ足の早かったスライムに、アヤが不本意そうに剣を鞘に収めたところで、ココが誂うように声をかけ、スライムが逃げた方へと歩を進めるも、
その後、スライムとの遭遇はなく。
「なんか、前の通路とは雰囲気がまったく別物っすね」
「リーヒルさんが言ってたバロネスリリィの影響かしら」
植物園の区画を跨いだ通路の先は、壁に蔦がびっしり絡まっているような状態で、
ただ、襲いかかってくる魔獣は相変わらずオオカミとイノシシばかりなのだが、
「しかし、ここまでオオカミとイノシシが争っているのを見ていないのは少々不思議だな」
オオカミとイノシシが共闘することは無いものの、二種の棲み分けはできているようで、ここまでオオカミとイノシシが争っているような姿は見られなかった。
「もともと敵対関係にないってのはありえないわよね」
「であるな」
魔獣というのは凶暴なもので、時に同族すらも牙の餌食にするような生き物なのだ。
それがきっちり棲み分けされていることはありえない。
「やっぱり何かによって管理が行われてるのかしら」
「その可能性は高いようであるな」
リーサとリーヒルが歩きながら話していると、行く手を阻む蔦をナイフで切り払っていたココが、急に壁の一角を覆う蔦を引き剥がし。
「ここ、扉になってるっす」
どうやら隠し扉を見つけたみたいだ。
「罠とかじゃないわよね」
「感知系の魔法には反応ないっすけど」
訝しげに壁を見るリーサの言葉に、ココは目に宿した魔法越しに壁を見ながらそう応え。
「我が先に入ろうか」
「エメラルダも行くっすか、危ないっすよ」
リーヒルがまずゴーレムである自分が入ると手を上げて、それに続くようにココのスクナであるエメラルダが羽音を立ててココの懐から飛び出して、やる気を見せるのだが、さすがにそれは危険過ぎるとストップが入り。
ここはやっぱりやられても損害がゴーレムだけのリーヒルが先に扉の向こうを調査して、なにも仕掛けがないことを確認してからココとエメラルダが続くということで決定。
エレオノールが魔法窓を展開して、リーヒルの操る鎌鼬型ゴーレムの視覚とリンクさせると、リーヒルが隠し扉を少し開けて部屋の中に突入。
「罠はないようであるな」
そうして一応の安全が確認されたところで、ココとエメラルダが入室。
部屋の中になにか仕掛けがないかを調べた後、残る三人を招き入れる。
「ロッカールームに似ていますね」
「ロッカールームであるか?」
「防具なんかを置いて着替えるような場所ね。万屋にそういうところがあるのよ」
宿泊はしないがお風呂に入りたいという客の為、万屋のお風呂場には鍵付きのロッカールームが併設されている。
そこに似ていると言うリーサに、リーヒルがエレオノールの肩上に戻りながらも。
「つまり壁に並んだ扉には衣類や武具が入っている可能性があるということであるか」
「はい。
ただ、ここが普通のロッカールームだとしたら隠されていないと思うんですよね」
もし、ここがそういう用途で使われていたとしたら、もっと目立つ場所にある筈だ。
しかし、この部屋は一見すると扉とわからないようになっている訳で、
単にそういう場所と言ってしまえばそれまでなのだが、
「とりあえずココ、それを調べたらどう?」
と、リーサが指差すのは、一見質素な宝箱にも見える床に置かれた大きな箱だ。
これにココが「またっすか」と面倒臭そうに顔を顰めるも。
「ココが調べるのが一番安全なのだから仕方がないだろう」
アヤにまで言われてしまえば仕方がない。
先ほどと同じ感知系の魔法でその箱を調べてみると。
「仕掛けはないみたいっすけど、鍵がかかっているっすね」
「もしかして、このロッカーもぜんぶ鍵がかかってる」
「待って下さい」
ついでなのでとココは周囲を見回し、ロッカーの一つ一つを調べて「そうみたいっすね」と応えたところ、エレオノールがそんなココの肩に手を置き。
「ココ、その鍵は開けられますか?」
「仕掛け箱みたいな鍵っすから、無理やりこじ開けるしかないんじゃないすか」
「じゃあ、無理やり開けるならロッカーの方ね。
持ち運びができる箱の方は万屋で開けてもらうって手もあるし」
「そうですね。
この箱なら例の話にも使えそうですし」
エレオノールが言う例の話というのは、ダンジョンに入った際に少し話した、このダンジョンがある森の入口に作られた拠点周りの結界に関する仕込みのことだ。
それを鍵がかけられていた宝箱の中に入っていたものとして報告すれば信憑性も増すというもので、
「アヤさんの出番っすね」
「私か」
「鍵だけを綺麗に斬るならアヤさんっしょ」
白盾の乙女の中で剣を使っているのはエレオノールとアヤである。
ただ、エレオノールは盾がメインで、剣の扱いもかなりのものではあるものの、やはり剣を一筋に戦うアヤには敵わない。
なにより、アヤの愛剣はまかりなりにも聖剣なのだ。
ということで、ロッカーの鍵を壊すのはアヤの役目となり、アヤがロッカーの扉を軽くノック。
その強度を確認した上で、
「いけそうだが、この感触、ラグナロクが傷まないか心配だな」
「いやいや、アヤさんの腕とラグナロクが合わされば余裕っしょ」
ココの発言には根拠というものがないのだが、言っていることは間違ってもないとアヤはため息を一つ。
「仕方ない。離れていてくれ」
仲間とリーヒルをロッカーから離したところで、剣を上段に構えて精神集中。
「頼むぞラグナロク」
裂帛の気合で持って振り下ろした剣はキンと甲高い音を鳴らし。
「見事である」
「これで開けられると思うが」
「仕掛けはない筈っすけど、念の為にこれを使うっす」
ココが用意したのは小さな鉤爪つきのロープ。
それを使って離れた場所から扉を開けると、そこに収められていたのは統一感あるデザインの装備一式で、
「これは衣服と、マジックアイテムか?」
「魔法銃みたいね」
「まさか、このロッカーすべてに入っているのか」
「隣も開けてみよう」
見つかったものがものだけに、これにはアヤも積極的なようだ。
「中身はほぼ同じね」
「けど、これって不味くないっすか」
「たしかに、威力にもよるが他のロッカーにも魔法銃が入っているってなると、面倒な連中がここに集まって来ちゃうのかもしれないわね」
場合によっては国が出てくるような案件になってしまうかもしれない。
「リーヒル殿」
「仕方無かろう」
エレオノール達は回収した上でしっかりと扉を締め、持ち帰れる床置きの箱をすべて回収し、足早に元来た道を引き返すことになるのだった。




