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●志帆と十三の北陸探訪

 福井県の山の中――、

 この景色には似つかわしくないギターケースを背負う男女は間宮父娘だ。

 二人は妙に開けた山の中腹にある見晴台のような小崖の上から、外界を見下ろすように鎮座する巨石を見上げ呆然と声を漏らす。


「でっかい岩」


「ここが使われなくなった工房か、まるで小瀬の重ね岩だな。

 いや、こちらの方が圧倒的に大きいか」


 そう、ここはかつて魔女たちが使っていた工房の跡地。

 二人は八百比丘尼の情報を手に入れるべく、ここを訪れていた。

 ちなみに、こんな人里からもそう遠くなく、観光地になりそうな大岩がまったく知られていないのは、前に志帆が調査へと赴いた錬金術師の館のように認識阻害の魔法がかけられているからだ。


「だけど、工房って言ってもただでっかい岩があるだけなのね」


「資料によると、この岩に寄り添うように作られた施設はここを出る際に解体したみたいだ」


 十三は魔法窓(ウィンドウ)を片手にそう言うと、ギターケースの中からバイク乗りがかけるようなゴーグルを取り出し。


「まずはグラムサイトで周りの確認だ」


「了解」


 志帆と十三がゴーグルにはめ込まれた特殊なレンズ越しに巨石を見上げると、巨石周辺の魔力の流れや精霊が踊る姿が一気に視覚化され。


「ねぇ父さん、これって本当に駄目になった場所なの?」


「専門家じゃないからわからないが、地脈は常に変化しているという話だから、この場所が破棄されて何十年と経つ間に地脈が元の流れに戻ったとかじゃないのか」


 素人目から見ても、この大岩から吹き出す魔力の量は、とても使えなくなったパワースポットには見えなかった。

 そんな志帆の疑問に十三が自分なりの答えを返し。


「佐藤に伝えといた方がいいかな?」


「そうだな。頼めるか」


 志帆が魔女側の判断を仰ぐメッセージを送り、その一方で十三が大岩の撮影を始める。

 するとしばらくして、十三がなにかに気づいたように地面に下ろしていたギターケースを手に取ると、これに志帆が、


「どうしたの父さん?」


「いや、この大岩を流れる魔力はどうも上の方から流れているみたいなんでな、上からの写真も撮っておこうかと思って――」


「わかった。ギターは私が動かすから父さんは写真に集中して」


「済まないな」


 志帆は十三がまたがったギターケースの後部に素早く乗り込むと、魔法の箒代わりのギターケースを浮かせ、ゆっくりと大岩の上まで移動。

 十三の誘導でベストな撮影ポイントを探し。


「岩の上はすり鉢状に削ってあるのか、その周りに刻まれるのは魔法陣か?」


「浄化を使って綺麗にしちゃう?」


 志帆の問いかけに、巨石の歴史的な価値などを考えて少し迷う素振りを見せる十三。

 しかし、しっかりと調査をするなら綺麗にしなければならないと――、


「望月さんに確認を取って、よかったら浄化を使おう」


 志帆に極東支部の長である望月静流の許可を取ってもらったところ、タイミングが良かったのか、すぐに許可がおり。


「じゃあ、俺がやらせてもらう」


 十三が最近やっと無詠唱で使えるようになった浄化の魔法を発動。

 すると、干からびた苔や汚れの下から、精緻に刻まれた幾何学的な模様と不思議な文字列が顔を出し。


「これは魔法陣というよりもルーン石碑に近いもののようだな」


「なにそれ?」


「ヨーロッパなどで見つかる石碑だ。

 その多くはヴァイキングの時代に作られたというが」


「ふーん、なんでそんなのがこんなところにあるの?」


「さあな、あくまで似たものというだけだ。

 使われているのもルーン文字ではなく独自の文字のようでもあるところを見ると、それが変質したものか?

 いや、魔女の歴史を考えるとこっちが本流になるのか……」


 ブツブツと考察をはじめてしまった十三に、志帆は少し困ったような顔をしながらも、十三を正気に戻すように少し声を張り。


「それで、これが八百比丘尼って人に関係あるの」


「いまここで俺が判断するのは難しいな。

 この魔法陣も写真に撮って分析をしてもらおう」


 十三が巨石に刻まれた魔法陣の全体像を収め、そのデータを志帆に送ってもらうべく、いったん下に降りようとしたところ、背後の茂みがガサリと揺れて、その音に十三と志帆が振り返えると、そこには和服姿の女の子が立っていた。


「はっ、なんでこんなとこに女の子がいるの?」


「待て志帆、なんか変だ」


 グラムサイトをかけている十三が止めるのを待たず、女の子に話しかけようとする志帆。


「大岩様に近づくな」


 すると、謎の少女がいきなり火球を撃ち出して、

 これに志帆が拳で対応。

 飛んできた火球を殴り消し、そのまま少女を確保するも、

 ポンと小気味いい音がなったかと思ったら、志帆の腕の中で女の子が子狸に変身。

 枯葉まみれの地面を蹴って逃げようとするのだが、


「逃がすと思う」


 志帆が野生の勘で超反応。

 地面を蹴ろうとする子狸の尻尾を素早く掴み、元の状況に戻ったのかと思いきや、


「志帆違うぞ」


 十三の声を合図にしたかのように志帆の手元から子狸が消える。


「は、これってどういう状況?

 あの子はどうなったのよ?」


「志帆は捕まえたと思ってたかもしれないが、あの子が狸になった時点で逃げられていたんだ」


「嘘?」


「志帆の反応からして幻覚を見せられていたんじゃないか」


 十三の発言は一般人が聞いたら正気を疑うようなものなのだが、魔法という力を知っている二人からしてみると、至って現実的なことであり。


「チッ、父さんの前で私に恥をかかせるなんていい度胸じゃない」


 志帆は静かにそう呟くと、いま自分の持てる最大の探索魔法を周囲に解き放つのだった。


   ◆


 そんな子狸との接触から数時間――、

 志帆と十三は野営の準備をしていた。

 あっさりと逃げられた悔しさから、志帆は相棒(スクナ)のフェア子と一緒に周辺の調査を行ったのだが、結局子狸は見つからずに、そろそろ日も暮れるという時間になってしまったので、今日はここでキャンプをすることになったのだ。


「広げるよ」


「思ったよりもしっかりしているな」


 ワンアクションで広げられたテントに興味津々の十三。

 そんな十三の反応に志帆は得意満面な笑顔を浮かべ。


「おっきい虫の触覚を使ってるんだよ」


「フレア君が持ってくるアレか」


「そ」


 ペグを打ち込みテントを固定。

 相棒(スクナ)のフェア子にお湯を沸かすようにお願いしながらギター型のマジックバッグを手にとって、


「ラーメンでいい?」


「ああ――」


 テーブルと椅子の用意をしていた十三にそう声をかけて数種類のカップラーメンを取り出すと。


「しかし、マジックバッグは便利だな」


「あれ、マジックバッグなら前の撮影の時に持ってったんじゃなかったっけ?」


「お前達に言われて持っていったが、さすがにあれを大っぴらに使うことはできんだろ」


「そりゃそっか」


 十三が海外の撮影にマジックバッグを持っていったが、緊急時でもなければ使うタイミングがないと話しながらも、二人それぞれに好きなラーメンを開けたところで、フェア子が沸かしたお湯を注いで、待つこと三分。


「これはっ!?

 今どきのインスタントは随分と美味くなってるんだな」


「それ、結構前からあるヤツなんだけど」


 十三が選んだラーメンは名店が監修したという触れ込みのラーメンだった。

 しかし、発売開始から数年が経過し、カップラーメン界ではすでに定番の商品となっており。


「そういえば父さんってそういうのは持ってかないよね。なんで?」


「俺達が行く場所は、大抵迂闊にゴミが捨てられないような場所だからな」


 遺跡や国立公園、未開の土地など、十三が仕事で訪れる土地は基本的にゴミを持ち帰らなければならない場所が多い。

 だからこそ、ゴミがたくさん出てしまうような食料はなかなか持っていけないと、そんな撮影の裏事情を話しながら食事を取っていると、その芳しい匂いに誘われてか、ここでようやく志帆が周囲へと広げていた魔法に引っかかる反応がある。


「父さん」


「来たのか」


「多分ね」


 現状、志帆の魔法には何がどこからやってくると言い切れる程の精度はない。

 しかし、場所が静かな山の中なら大雑把に相手の位置を感じ取ることはでき。


「罠に引っかかってくれるといいんだが」


「私としては引っ掛かっても引っ掛からなくてもどっちでもいいわ。

 ただ、今度は逃さないだけ」


 そんな言葉を二人が交わした次の瞬間、カラカラと乾いた音が森の奥から聞こえてきて、

 これに、十三が「かかった」と声を上げると、志帆が自分の顔の横を飛んでいたフェア子を掴んでキャンプ地から飛び出していく。

 そして、炎を出したフェア子を明かり代わりに真っ暗な夜の森を駆け抜け、音の発生源に辿り着くと、そこにあった罠に引っ掛かっていたのは逃げた時のままの子狸で。


(つ~か)まえた」


「離せ」


「狸が喋った!?」


 狸が喋ったことには少し驚いた志帆だったが、よくよく考えてみたら、頭の上のフェア子は勿論、義弟のバイト先には喋る植物なんて存在もいるのだからと、スッパリ意識を切り替え。


「で、アンタは何者よ?」


 なにか情報が引き出せればと捕まえた子狸に話しかけるのだが、子狸は「離せ離せ」の一点張りで、


「ちょっと、人の話を聞きなさいよ」


 あまりに自分の話を聞かない子狸に、志帆が『このままぶん回してバターにでもしてやろうかしら』と考えたその時だった。

 すぐ眼の前の林の奥から枯葉を踏みしめる音が近付いてきて、

 現れたのはこんな夜の森に居るのは不自然な杖をついた老人だった。


「すまんが離してやってくれんかの」


「誰?」


「大爺様……」


 そんな老人の登場に急に大人しくなる子狸。

 志帆はそんな子狸の反応から、相手がこの子狸の保護者的な存在なのだと悟り、「仕方ないわね」と振り上げかけた右手を下ろし「変なことしようとしたらどうなるのかわかってる?」子狸に脅しかけながらも手を離す。

 すると、子狸は枯れ葉を舞い上げる勢いで地面を蹴って、大爺様と呼ばれた老人の後ろに回り込み。

 そんな子狸の行動に志帆が「ちょっと」と口を尖らせると、ここでようやく現場に十三が辿り着いたようだ。

 それを待っていたように老人が口を開く。


「お前さん方は巫女様の使いの者か?」


「巫女様?」


「海神の巫女様じゃ」


「海神の巫女。

 それはこの方のことですか」


 わからないという志帆の一方で、海神の巫女というワードにピンと来た十三が見せるのは、現在万屋で保護されている八百比丘尼の映像だ。

 すると、それを見た老人の反応は絶大だった。


「おお、巫女様、巫女様じゃ」


「どういうこと?」


「うーん、どうもこの老人は八百比丘尼その人を知っているってことだな」


「えっと、ちょっとよくわからないんだけど」


 志帆が疑問に思うのは、数百年前の人間である八百比丘尼のことをこの老人が知っていることである。

 ただ、そもそも志帆が知る八百比丘尼という人物も数百年以上に渡り現世に存在する人物で、さらに日本には猫又などの妖怪が数百年生きるという逸話はままある話だ。

 十三は志帆にこの老人がそういった存在ではないかと言い聞かせ。


「話を聞かせてくれますか」


「勿論じゃ、ついてきてくだされ」


 八百比丘尼の映像に対する老人の反応――、

 そして、今の声音からして罠の類はないだろうと、子狸に不満げな視線を送る志帆を宥めて、老人の後についていくのだった。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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