バレンタインのあれこれ
放課後、万屋の和室にはいつもと同じのんびりとした空気が流れていた。
ただ、いつもと違う部分が一つある。
それはコタツの上のお茶菓子だ。
「今日はお茶菓子までチョコづくしかぁ。さすがはバレンタイン」
「いただきものなので皆さんにもと思いまして」
「あんた、そんなに貰ったの?」
「違いますよ。ほとんどが次郎君からのおすそ分けです」
次郎君のマジックバッグはアイドルグッズなんかで埋め尽くされている。
そして、こんなに沢山もらってもどうせ駄目にするだけだからと、明らかに義理と思われる市販品のチョコレートを、義理として自分が食べる分だけを確保した後、一緒に帰ってきた僕にわけてくれたのだ。
「でも、殆どがってことは、虎助も一応もらったんでしょ」
「とはいっても、マッサージのお礼なんですけどね」
それは文化祭の準備の時に、ひょんなことからクラスメイトにすることになった足つぼマッサージ。
それが保健室の三上先生を通して各方面に伝わってしまったようで、僕が貰ったチョコレートはそんなマッサージを受けにきた女子達からお礼として送られたものなのだ。
「それは……、
まあ皆で普通にお店で買ってきたものみたいだし大丈夫なのかな」
はてさて、玲さんはなにを言い淀んだのか。
「そういえば、今日は元春の姿が見えませんが部活動ですの」
「元春はまだチョコを諦めてないみたいで、下校時刻まで粘るそうです」
「粘ったところで貰える確率はゼロでしょ」
あまりに無慈悲な玲さんのコメントに、僕は「あはは――」と空笑い。
「でも、クラスメイトからは貰っていましたよ」
「そうなんだ。
【G】のこともあるし何も貰えないかと思ったけど」
「一年の時から同じクラスの女子は慣れもありますし、その人達はたまたま教室に来た同級生にも配っていましたから」
実際、欲しい人はどうぞお好きにどうぞというような配り方だったので、元春もチョコレートにありつけたという訳だ。
ちなみに、チョコレートを配っていたのが一人ではないというところも味噌である。
「けど、こんなに貰えるなら、わたし達が通販で買う必要なかったんじゃない」
そう言って、玲さんが丁寧に包装を剥がすのは、女性陣がお金を出し合ってお取り寄せしたチョコレート。
「いいではありませんの。おかげで新しい味との出会いになりますし」
高級そうな箱に入ったそれは一つ一つ違う味のもののようで、玲さんも箱の中の色とりどりのチョコレートに視線を彷徨わせると「たしかに――」と呟き。
「じゃあ、みんな好きなの食べてみようよ」
「ですわね」
「……虎助も」
僕も魔王様に誘われるがままに、シンプルなチョコを一つ手にとって、
「やっぱお高いのは違うかも」
「抹茶とチョコレートというのがどういうものなのか、味合わせてもらいますの」
「……ねっとり濃厚」
ちなみに、今回購入したお取り寄せは、いろいろな味の生チョコが二十種類入っているというもので、
玲さんの提案で、ここにいる四人で五つづつ選んで食べようかということなったのだが。
「あの、それだと元春のはどうなるんです?」
一応、バレンタイン名目でお取り寄せをしたということで、元春も食べられることになっていて、
それを、一人五つづつ食べてしまうと、元春の分が無くなるんじゃないかと僕が訊ねると、玲さんはわざとらしく肩を竦め。
「来てないんだし、いいんじゃない」
「自業自得ですの」
「……間に合わなかった。残念」
「仕方ないですね。
じゃあ、僕の分を半分残しておきます」
チョコレートートの美味しさも相まってか、魔王様までもが元春の犠牲もやむなしとなる中で、僕が元春にも残しておこうと自分の分を我慢しようとしたところ、これに玲さんが「むぅ」と眉を顰め。
ただ、直ぐになにか思いついたように指を立て。
「待って、これをこっちに入れれば解決なんじゃない」
手に取ったのは、僕がマッサージのお礼に貰ったチ○ルチョコの詰め合わせ。
それは、少し窮屈な感じを受けるも、なんとか枠に収まる大きさで、
「ほら、虎助だけ食べないってのも悪いじゃない」
「勿論です」
「……仲間外れはよくない」
出資者である皆さんが言うのだから仕方がない。
元春ならこれでころっと騙されるという信頼も相まって、僕は元春の分の高級チョコレートの確保を諦め、三人が勧めるままに高級チョコレートへと手を伸ばすのであった。
◆
一方その頃、物見高校正門前では――、
数名の男子生徒が横一列に並び、チョコレートの寄付を募っていた。
「可哀想な俺達に――、清き一チョコをお願いします」
『お願いします』
選挙前の政治家かくや必死な形相で頭を下げる元春。
しかし、それに続く男子達の顔には諦めの表情が浮かんでおり。
「なあ、これ逆効果じゃね」
「諦めんなよバッキャロー」
腑抜けたことを言う友人達に、かつて存在したというスポ根ドラマにありがちな拳による熱血指導を行う元春。
それに思いっきり仰け反るフリで応える彼もある意味で同類と言えるのだが……。
「そうだよね。チョコなら一応貰ったし」
「それって佐々木が配ってた『どうぞご自由に――』ってヤツだろ。そんなの貰ったのには入んねーだろ」
そう、ここにいる彼等は、全員チョコレートは貰っているの。
例え、それがお返し目的で適当に配られたものだとしても、チョコレートをもらえたという事実には変わりない。
だからこそ、それで満足してしまった友人達に気炎を吐きかける元春。
ただ、ここで爆弾を投げ込む仲間が現れる。
「あの僕、実は他の人からも貰ったんだけど、もういいかな――って」
「裏切り者だ。粛清だ」
控えめに発せられたこの発言に、緩み気味だった場の空気が急にドロドロとした嫉妬渦巻くものに一変する。
そして、裏切り者を取り囲み、今まさに吊し上げが始まろうとしたその時だった。
「まったく何をやっているのさ、君達は――」
かけられた声に一同が振り返ると、そこにはピシッと背筋の伸びた三人の男女が仁王立ちで立っていた。
「ありゃ新委員長様じゃん。どしたん?」
「どうしたかって、校門でそんなことやってたら止めに入るのは常識でしょ」
実際、一部の下級生から変な人が陣取っているという連絡が風紀委員に入っていた。
「まあいい――、
委員長、コイツ学校でチョコとか貰ってます。捕まえて下さい」
「別にそういう校則違反とかはないけど」
その一方で、本日チョコレートを貰った生徒が風紀委員の指導を受けるといったようなことはなく。
「俺、休み時間にポテチとか食ってたら怒られたんすけど」
「それは当たり前っしょ」
なんでもない放課の時間に教室でポテトチップスを食べ始めたら、それは怒られても已む無しというものだ。
「理不尽」
「アンタTPOって知ってる」
校則に限らず、ルールというものの中には明文化するのが難しいものはある。
「じゃ、どうすりゃいいってんだよ」
地面に四つん這いになって拳を打ち付ける元春。
そんな彼の姿はまさに理不尽の権化であった。
すると、その情けない姿にほだされたという訳ではないだろうが、今季新たに風紀委員長任されている大久保兼子が、面倒臭そうにしながらもスカートのポケットから小さなケースを取り出し。
「仕方ないな。手、出して」
小粒チョコが入ったケースを突き出せば、元春が満面の笑みを浮かべて手盃を作り。
そんな元春の横には、一緒にチョコレート募金を集めようとしていたメンバーが並んで膝立ちになり。
「先輩に言われて、用意しておいてよかったよ」
大久保が文句を言いながらもケースの中からチョコを数粒つづ彼等の手の平に落としていくと、
「これでいいでしょ。じゃあ解散」
「ぐへへ、委員長様の人肌チョコ」
「これは直ぐに食べるべきか」
「まあ、このまま持って帰るのも難しいし、すぐに食べるべきだよね」
予想以上に気持ち悪い反応が返ってきて、思わず顔をしかめる大久保であった。




