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●穏健派の再接触

 場所はルディリア第ニ都市――フィルマにあるとあるオープンカフェ。


「この度も先触れもなく、申し訳ありませんでした」


 この街に買い出しにやって来たプルの向かいに座り、そう頭を下げるのは神秘教会の司教の一人である妙齢の女性だ。

 彼女は以前、プルにロベルトの危機を伝えた人物である。


 その後、音沙汰が無かった為に、プルとしては接触はあの一度きり、特別なものだとの受け止めをしていたのだが、この日、再び接触があったのだ。


「それで今日はどういったご要件なのでしょう?」


 某都市の巨大大学の地下にある神秘教会の研究(ティアマト)機関に送り込んだネズレムから送られてくる情報によって、聖騎士団に強制装着させた〈息子殺しの貞操帯〉の解除が進んでいることはプルの知るところにある。

 だとするなら、その報復にまた何らかの動きがあるのではと警戒をするプルだったが、彼女から告げられた内容はある意味で意外なもので。


「実は聖騎士達を要する派閥内で新たな聖女召喚をしようとする動きがあるようです」


 それはつまり玲をふたたび召喚される可能性があるということか?

 プルは思考を回しながらも続きを促す。


「どうしてそれを我々に?」


「聖女様のことにつきましては本当に申し訳なく思っているのです。

 そもそもあの魔法陣は本来世に出るべきものではないのですから」


「世に出るべきではない?」


 神秘教会における聖女という存在は特別な存在で、過去にも一人、玲の他に聖女が召喚されていることが大々的に喧伝されている。

 そんな聖女を呼び寄せる召喚陣が『本来世に出るべきではない』とはどういうことなのか?

 疑問を重ねるプルに彼女は言う。


「そうですね、これはお話しておくべきでしょう。

 実はあの魔法陣は先達の研究にて、危険なものであることが判明しておりまして」


「先達の研究――ですか?」


「ええ、われわれ神秘協会(・・)は本来、世界の神秘を研究し、管理する為に存在しているのです」


 ただ、続く彼女の話によると、現在の教会を取り仕切っている連中は、その先達が集めた財産を、教会(・・)の名の下に私服を肥やす為に使っているらしく。

 過去にあった聖女召喚も、そうした目的から行われた実験の成功例でしかないようだった。


「つまり、どういうことでしょう?」


「どうということはありません。

 聖女様には一応の警戒をしていただければ幸いであるというだけです。

 後は我々が――、

 いえ、今更こんなことを言ったところで信じてもらえるとは思っていませんが、身内の不始末は身内で対処せねばなりませんので」


 どうやら、いまプルと同席している彼女が属する派閥は、今のこの状況を協会(・・)を本来の姿に戻すいい機会だと考えているようだ。


 ならば、自分はどのように動くべきなのか。


 プルは再び考えを巡らすも、最終的に、この情報を受けてどう動くのかは、マスターであるロベルトの決定次第だと思考を中断。

 その後、先に受け取った情報を補完するべく、幾つかの質問を女司教に投げかけて、十分な情報を得られたところで彼女と別れるのであった。


   ◆


 そんな接触があって翌日――、

 プルの帰還に先んじてロベルト達は万屋を訪れていた。

 理由は勿論、プルが受け取った情報を玲や虎助に伝える為である。


「ってことで、玲の再召喚があるのかもしれないから気をつけてくれ。

 ――ってことなんだが、そこのところどうなんだ?」


 ロベルトが訊ねるそこのところというのは玲の安全についての確認だ。

 それに虎助は「そうですね」と魔法窓(ウィンドウ)を開いて。


「もし再召喚があったとしても、ゲートの結界で十中八九その召喚は防げるみたいなんですけど、問題は召喚を防いだ後ですね」


 ゲートの結界機能を使えば玲をターゲットとした強制的な召喚を防ぐことは難しくない。

 しかし、それを防いだ後に召喚者側がどう動くのか――、

 プルに接触してきた女史の話を信じるのなら、そういった連中については内々に処分するという話であるが、神秘教会側のこれまでの対応を見るに、それを無条件に信じるのは難しく。


 そして、こちらからの介入で召喚に失敗した場合、また別に何かやらかしてくるのは目に見えているので、楽観も出来ないと、そんな懸念を口にする虎助に対し、ロベルトは「たしかに――」と呟き。


「それに、必ずしも玲さんが召喚のターゲットとして選ばれる訳ではありませんから」


「たよな。

 そうなると結局、大本をどうにかするしかないってことか」


「けど、玲を召喚した魔法陣はナタリアが壊しちゃったんじゃなかったっけ?」


「正確には玲を送り返す召喚のプロセスを調べる為に陣そのものを奪っただけなんだけど。

 それに、あの召喚魔法は欠陥だらけだから」


「そうなのか?」


「ええ、ここのデータベースに照合をかけてわかったんだけど、魔法式の構築がめちゃくちゃで、莫大な魔力を使って、どうにか特定の才能を持つ相手を引っ張って来やすいところから引っ張ってくるだけの代物になってるみたい。それが新しく作り直されるとなると、どうなるのか――」


「ん? 地球人の玲が召喚されて、引っ張って来やすいところからってのは少しおかしくないか」


 たしかに、引っ張ってきやすいところから該当する人物を召喚するというのが、その魔法の第一条件だとするのなら、同じ世界の人間が選ばれるのではないかと考えたのはロベルトだけではないだろう。

 しかし、これにはナタリアが最初に指摘しためちゃくちゃな魔法式に原因があって。


「実は、この魔法が召喚の参照にしているのが、まったく別の世界の座標ようなの」


「なんで、そんなことになってんだ?」


「それが、亜空間から召喚獣を呼び出すタイプの魔法を改造したのが原因みたい」


 そう、玲がその被害にあった聖女召喚の魔法陣は、ゲームにありがちな強大な力を持つ何らかの召喚獣を別空間から喚び出して、その力を行使するといったタイプの魔法を改造したもののようで、

 結果、その魔法陣を使って喚び出される聖女は、魔法陣がある世界の人物ではなく、まったく別の次元から喚び出されるものになってしまったのだという。


「成程、それなら訳知りの奴等が危険視するのも当然だな」


「いつ暴発するかわからないもんね」


 なにより、まったく知らない場所から、また別の聖女が召喚されたら大変だ。


「ただ、このまま放置って訳にもいかないでしょ」


「馬鹿やった輩にも示しがつかないしね」


 結局のところ、他の世界から無理やり誰かを誘拐するような連中には手加減の必要はないというのが、ここにいるメンバーの総意であって、


「しかし、連中になにか嫌がらせするにしたってどうすりゃいいんだ」


「一応、魔法陣を分析して、あえて玲さんが引っかかるようにこちらで調整をすれば、こちらからゲートを通して身代わりに何かを送り込むことが出来なくはないみたいなんですけど」


 困ったようなロベルトの声を受け、そう発言したのは手元に魔法窓(ウィンドウ)を浮かべた虎助だった。

 どうやら会話の途中で万屋のオーナーであるソニアと連絡を取り、アイデアをもらっていたようだ。


「じゃあ、転移されそうになったら、玲の代わりに玲そっくりのアンドロイドを送ってボコボコにするとか?」


「ホリルさん。それはちょっと――」


 あまりに直接的なホリルのアイデアに難色を示したのは玲である。

 玲も自分を召喚した連中にこちらから何か仕掛けることには賛成なのだが、それを自分そっくりのアンドロイドにやらせるのは気が進まないようだ。


「だったら、神とか精霊とかそんな感じのデザインにするとか」


「それなら、まあ……、

 だけど、あの教会に神様の像とかってありましたっけ?

 わたし結構あそこにいましたけど、そういう像とかって見たことないんですけど」


「たしか羽が生えた聖騎士みたいなのがいなかったか?

 例の女司教の話を信じるなら、後の創作って可能性が高いけどな」


 この対策会議の発端となった女司教の話を信じるとするなら、神秘教会というのはもともと旧世代の物品や技術などを調査・研究・管理する為に立ち上げられた組織となる。

 それが、発見されたマジックアイテムなどを使って活動資金を集めていく中で、徐々に宗教的な要素を帯びていき、いつの間にか、今のような姿に取って代わられたとなれば、宗教的な偶像に関しては後の創作である可能性が高いと思われ。


「いっそこっちで適当に作っちゃうのはどう?」


「それだと説得力に欠けるんじゃないか」


「じゃあ、例えば石組みの四足を使うとか」


「ん、石組みの四足っていうと、旧世代に街の防衛を担っていたゴーレムだったか」


 ホリルに続き、ナタリアが言った『石組みの四足』というそれは――、

 古の時代、かの世界で都市の防衛をしていたという伝説的なゴーレムで、

 そういったものの残骸は今でも各地に散見でき、旧世代のマジックアイテムなどを研究・収集していたという神秘教会なら、詳しく調べれば、そういった資料の一つや二つが伝説的な扱いで残っていてもおかしくないのではないかという考えからのアイデアだが、ここで虎助の手が上がる。


「あの、それそのものは作れなくもないと思うんですけど、あまり大きなものだと召喚魔法に弾かれません?」


「その可能性があったか」


 転移の身代わりを果たすとなれば、常に玲の近くにあることがその身代わりを置いておく必要があって――、

 なにより召喚魔法にも呼び寄せられる限度というものが存在しており。

 大質量のものを召喚するとなると、多大な魔力が必要となり、ロベルト達が暮らす世界の魔素濃度を考えると、いくら大々的な儀式魔法を行ったとしても、対象が異世界ともなると、あまり大きなものは喚び寄せられないのではないかというのが虎助の指摘で。


「じゃあ、転移直後に幻覚みたいなを見せるマジックアイテムを送り込むとか」


「それならいけそうですね。少し前に仕留めたナイトメアシープの角を使えばそういったマジックアイテムも作れるでしょうし、出力を最大にして使い捨てのマジックアイテムにしやれば効果も大きくなりますから――っていうのはやり過ぎですかね」


「むしろやり過ぎなくらいがちょうどいいんじゃない」


 少なくとも玲を召喚した連中に限って言えば、誘拐と監禁の罪は免れ得ない。

 であるなら、やり過ぎなくらいの方が今後の為にもなるとホリルが言えば、これにナタリアが賛同。


「問題はどういったものにするかだけど」


「さっき言ってた石組みの四足の幻影とかを暴れさせるんじゃダメなの?」


「悪夢の形を取るなら、直接的な苦痛よりも精神的な方向でいった方がいいでしょ」


 これは精神系魔法の仕様上の関係で、直接的な苦痛よりも精神的な苦痛の方がより大きな効果を発揮できるからこその考え方だ。


「そういえば、その悪夢ってヤツはどこまで自由にできるんだ?」


 と、そんなロベルトからの疑問に虎助が「待って下さい」と、このマジックアイテム作りの核となるソニアに確認のメッセージを送れば、

 単純に悪夢を見せるというだけなら年単位で持続が可能であって、

 ただ、条件を凝ったものにしたり、何らかの魔法を付与することになった場合、悪夢は単発で終わってしまうのではないかというのがソニアの答えで。


「つまり、こだわりにこだわって最高の恐怖を与えるか、長くダラダラ嫌がらせをするのかって二択になるのか」


「その中間を狙うって方法もあると思いますけど」


「だけど、あんまりこだわっても上手くいくとは限らないから、普通に罵声を浴びせ続けるとかでいいんじゃない。シンプルな方が長く苦しめられるんでしょ」


「けど、罵倒ってあんまり意味なくないか」


「それはロベルトが罵倒されるのに慣れてるからでしょ」


 神秘教会に限らず、異才の錬金術師であるロベルトには敵が多い。

 故に、ロベルトは理不尽な罵倒を受ける場面もそれなりに経験してきており、特に今も隣に寄り添うアニマの誕生に関しては、神秘教会を筆頭に多くの組織からの非難を浴びてきたという経験があるのだ。


 ただ、その一方で、これから悪夢を送り込もうとしている人物達は、その身一つで人からの悪意にさらされるような状況などほぼ皆無であると思われ。

 そんな立場の人間が、毎晩毎晩夢の中で、多くの人物からの罵倒を受け続けるとなったならば、それはかなりのストレスになるのではというのがホリルの主張で、


「玲はどう思う?」


「いいと思います。教会の偉そうな人達には文句を言っても言い足りないですから」


 被害者である玲がそう言うなら、ロベルトも「まあ、そんなもんか――」と納得。


「しかし、罵倒って言ってもどういった罵倒にするんだ。やっぱり教会を馬鹿にするような内容か?」


「相手は生臭坊主でしょ。そんなのが効く?」


 ロベルトは自分が対峙してきた神秘教会の関係者から、信仰を否定するような罵倒を提案するも、今回のターゲットは、自分の権威を高める為に玲の召喚を行ったような連中だ。

 そんな連中に宗教観の否定を突きつけたところで、なんらダメージは与えられないのではないかというナタリアの意見は尤もなもので。


「なら普通に見た目をけなすとか?

 だけど、悪夢を見せるのって個別にも対応とかできるのか」


「その辺は大丈夫みたいですね。根幹にあるのは悪夢を見せる能力ですから、例えば自分が言われて嫌な身体的なコンプレックスを条件にすれば、その人の見た目をけなすような悪夢を引き出すようにも出来るみたいですよ」


「つまり、設定とかシチュエーションとかをしっかり定めてやればいいってことか」


「だったら、いまから皆でアイデア出しね。

 皆で選んで一番良さそうなものでマジックアイテムを作ってもらいましょ」


「そうだな。玲もそれでいいか」


「はい」

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