転移実験と魔法植物
魔女のみなさんとペーパーゴーレム作りをした少し後、僕は近所にあるクラフトワークスの集配センターを訪問していた。
「こんばんわ、黒枝さん居ますか?」
「うん、店長やない。こんな時間にどないしたん?」
「前に言っていた転移実験がうまくいきましたので、例のものをお届けにあがりました」
そう言って見せるのは木箱に詰められた鉢植えだ。
これは転移先の位置情報をいじって、ゲートを潜った際に本来なら戻るべき世界を変えさせる転移実験の一環で、魔王様の拠点近くで採取した植物を仮死状態にさせずに、アヴァロン=エラを経由して地球に持ち込んだものであって、実は前もって魔女の皆さんに、そうして地球に転移させた植物を育ててみてはどうかと打診してあったのだ。
「で、どんなんがあるんか聞いてもええ?」
「勿論です」
しっかり種類を確認して適切な育て方をしなければ枯らしてしまうのがオチである。
僕は持っていた木箱を床に下ろして、まずは薬草類からと木箱の中身を紹介していく。
「この少し青っぽいディルのような植物が賢者の箒、魔法薬の階位を引き上げることができる薬草です。
その隣のドス黒いヨモギみたいなのが血洗草、布や革製品をマジックアイテムにする際の触媒として優秀で、
その奥の下手な飴細工のような植物がダンブルクリスタルといって、魔法薬の安定剤として使える植物みたいです。
あと、この二株だけ用意した花はフェアリスといって精霊の魔力を宿す花で――」
ちなみに、フェアリスという花はフレアさん達のパーティ名の由来にもなった薬花で、高位聖水の材料にもなる植物だ。
本来なら精霊が収める地でしか育たない植物なのだが、多くのスクナを抱える魔女のみなさんなら育てられるのではないかと、今回ラインナップの一つに加えてみた。
「こっちに少し大きいのがフェアリーベリーになりますね。
そして、最後に苗の方がコウゾ、クワ、ザクロの古代種になります」
ちなみに、ここでいう古代種というのは、魔法的な観点に立ってのものであり。
「なんか豪華すぎて言葉にならんけど、とにかく直ぐに運ばんといかんわな」
「あっ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。
鉢にミスリルを粉にしたものが練り込んでありますので、普通の土地でも数日くらいならそのままでも平気だと思います」
そんな僕の言葉に一瞬きょとんとする黒枝さん。
しかし、すぐに僕の肩をガシッと掴むと――、
「ミスリルを練り込んだ鉢ってマジかいな」
「ミスリルといっても鋳造防具を作る際に出たバリを砕いたものですよ」
そう、この鉢に使っているミスリルもまた、聖水作りの際にメリーさん達に渡した精霊金と同じように、万屋の商品を作る際に出た端材を利用したものなのだ。
だから、驚くようなことでもないと黒枝さんを落ち着かせると、彼女は「言われてみれば店長の店ならミスリルもそんな扱いやわな」と納得してくれたようで、
「しかし、変なとこに飛ばんでよかったなあ」
黒枝さんが思わず漏らした安堵の声は何に対してのものだったのだろうか。
ただ、その懸念に関しては、別に箱ごと転移させた訳ではなく、株の小さな薬草などから、一つ一つ確認しながら転移を繰り返しての実験だったので、たとえ転移に失敗したとしても、一番の被害は転移する座標をごまかす装置になるくらいだ。
とはいっても、その装置の喪失が場合によっては相当な損害となるのだが……。
「大物なんかは皆さんのところで育ててもらっている世界樹に飛んでくれた方が良かったかもですけどね」
最後に冗談交じりに僕がそう言うと、黒枝さんは「たしかにそうやな」と明るい笑顔を浮かべ。
「しっかしコレ、他の支部が騒ぎそうな案件やな」
「その鉢があれば海外にも持っていけると思うんですけど、難しいですか?」
「生物は運ぶ国によって面倒やねん。
それにコイツ等、見た目が完全にこっちのもんやないやん、防疫所で引っかかるやろ」
植物などの国内持ち込みはオーストラリアなどが特に厳しいと聞くが、そもそもここにある植物は地球に存在しない植物ばかりなのだ。
「ま、条件によっちゃ、森を使うか、教授やっとる内輪の者に運んでもらうっちゅう手もあるんやけど……、そこいらは上の者等が決めるか」
ちなみに、いま黒枝さんが上げた森を使うというのは、魔女の皆さんによって手入れされた森と地脈を利用した擬似的なワームホールのことである。
しかし、その森にもいろいろな使用条件や大量の魔力が必要なようで、
そんな会話を交わしつつも、僕は黒枝さんと一緒に持ってきた植物達を奥の倉庫に運び込み。
「それにしても、こんだけの植物をポンと出せるどういうこっちゃねん」
「さすが大精霊が収める森ですね」
「いや、そういうことやないんやけどな。
てか、精霊っちゅうんなら自分んとこにもおるやろ」
「ディーネさんは万年井戸に引きこもってってますから」
たしかに、アヴァロン=エラにも大精霊はいるにはいるが、そのディーネさんが外に出てくるのは、お酒を持っていく時くらいで、普段は工房裏の井戸の中に作られた自室に引き篭もって、推しのライブ配信を見たり、アクアやオニキスと一緒になって歌ったり踊ったりしているくらいだ。
と、話題がアヴァロン=エラ在住の愛すべき水の大精霊に移ったことで、言っておかなければならないことを思い出す。
「そういえば、こちらでフェアリーベリーから実が取れたら、お酒を作って欲しいリクエストがきてますよ」
「ん、ベリー系の酒ってーと果実酒になるんよな。贅沢な使い方やな。
しかし大丈夫なん、その実、なんやけったいな効果があるって聞いたような気がするんやけど」
「それに関してはお祈りすれば大丈夫みたいですよ」
「試したんかい。
てゆうか、それならそっちで作ればええんやない」
「それが、フェアリーベリーの果実酒は凄く美味しいみたいで、作ったら作った分だけ飲んでしまうそうなんです」
『すみません』と頭に手を添えた僕の言葉にゴクリと喉を鳴らす黒枝さん。
その反応から見るに、黒枝さんもなかなかにお酒が好きな人のようで、
「ただなあ。アタシの一存じゃ決められんのよ」
「なにかしらのお礼も考えていますので、静流さんに話を持って行っていただけるとありがたいです」
「しゃーない、頼まれたるわ」
僕の軽いお願いにいそいそと魔法窓を開いて、たぶん静流さん辺りにメッセージを送信しているのだろう。
「そういや、アメリカからメリーが来とるんやろ。どないな感じ?」
「頑張っていますよ。今日はペーパーゴーレム作りをしました」
関西弁の黒枝さんと物静かなメリーさんに交流があるのはあまりイメージできないが、聞けば黒枝さんとメリーさんはいわゆる同期という関係で、それなりにメッセージのやり取りなんかをしているみたいだ。
「ペーパーゴーレムっちゅーことは、これってそういうことなん?」
そう言って、黒枝さんが見るのは、先に紹介した苗の一つ、コウゾの苗だ。
「それもありますけど、紙作りの素材に関しては前々からご相談がありまして」
「ああ、最近はええ和紙も手に入り辛くなってきたしなあ。
山本らが忙しくなりそうやな」
生産者が減少しているのと、需要が増えてきたというアンバランスな状態にあるという。
ちなみに、黒枝さんのいう山本さんという方は、本好きが講じて一から本を作りはじめてしまったという趣味人な魔女さんで、魔女さん達の紙作りはこの山本さんが中心となって進められるようだ。
「そういや佐々木ちゃん。元気?」
「はい、元気ですけどどうしました?」
「いやな、三月になると通販が忙しくなってくるんよ。
できればバイト頼めんかと思ってな」
どうしてここで急に佐々木さんの話題が出るのか聞き返すと、黒枝さん曰く、この時期、クラフトワークスでは贈答用のギフト販売が多くなるようで、出来れば佐々木さんの手を借りたいみたいだ。
ただ――
、
「どうでしょうか?
僕たち来年は受験生になりますし」
「やよなあ」
残念そうにする黒枝さんに、僕は少し考えて、
「もしよろしければ後輩にあたってみましょうか」
ちょっと前にひよりちゃんに相談された下着のことから、そっちから誰か引っ張ってこれるかもしれないと僕が言うと、黒枝さんの表情がぱぁっと明るくなり。
「頼んでええん?」
「話を通すだけですけど」
「悪いけど頼むわ」
誰か来てくれるかどうかは、あくまでひよりちゃんの伝手にかかっているので、どうなるのかは何とも言えないが、相談してみることを約束して僕はクラフトワークスを後にするのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




