聖剣騒動再び
目の前で抜き取られた黄金の剣を呆然と見ていたマリィさんが手を叩く。
「あっ、わかりましたわ。このエクスカリバーは偽物ですの」
「偽物って、この神々しい刀身は聖剣以外の何物でもないのでは?」
信じられないというよりも信じたくないのだろう。現実逃避するようなマリィさんの台詞にキュルケさんから冷静なツッコミが入る。
しかし、マリィさんは引かない。媚びない。省みない。
「いえ、絶対偽物ですわ」
普段の態度はどこへやら、まるで駄々っ子のようにプイッと顔を背けるマリィさんに、困ったような顔を浮かべるレイさんたち四人。
「す、すいません。マリィさんはエクスカリバーにたいそうご執心でして、いま説得しますから」
だったらここは僕が間に入るしかないな。
マリィさんを説得する材料にと、ちょっとレイさん達にも失礼かとも思ったけれど〈鑑定〉を発動。エクスカリバーを分析するのだが、
「あれ、本当だ。これ偽物ですね。さすがはマリィさんです」
魔法を発動させた瞬間、マリィさんの言い分が正しいことが判明してしまう。
「本当ですか?」
「ええと――偽物といいますか。エクスカリバーをモデルに作った別の聖剣というのが正しい表現ですかね」
あれ、これってちょっとマズイ流れなんじゃないかなあ。
僕は自分が出した鑑定結果に軽く冷や汗を垂らしながらもレイさんからの質問に答える。
因みにその鑑定結果というのがこれである。
〈エクスカリバー2〉……【最果ての魔女】ソニア=モルガナによって鍛えられた未完の聖剣。所有者と共に宿る精霊も成長し、聖剣そのものも進化していく稀有な特徴を持つ。
いや、ゲームの隠し武器とかじゃないんだからこのネーミングセンスはどうなんですか。
示された鑑定結果に僕はそんなツッコミを心の中で入れながらも、とにかくまずは、こんなふざけたイタズラを仕掛けた張本人であるソニアに連絡を取ないと――と、魔法窓を開いて事の真相を問い質すメールを送ってみると、そのメールにされた返信は意外な内容だった。
返信によると、どうも昨夜、万屋の改装中にエクスカリバーが進化の兆しを見せたということで、看板商品がいきなり無くなるのもマズかろうと考えたソニアが已む無く、このエクスカリバー2を用意したとのことだ。
「已む無く用意したとな。この聖剣はそんなレベルではないと思うのじゃが」
たしかに、ドノバンさんがそう言いたくなるのも分からないではないのだが、製作者がソニアであり、尚且つ、
「素材は本物と同じものを使っていて、実際に光の精霊が宿っていますからね。一応、聖剣と語られるきちんとした体は揃えてあるみたいですから」
模造刀が本物の聖剣になってしまっても仕様がないと、追加でした説明に、今度はキュルケさんから悲鳴のような声があがる。
「光の精霊を、しかも意図的に、オリハルコン製の剣に宿すだなんて――、そんな離れ業が可能だというの?」
「これは本当に偶然なんですけど、ちょうどたまたま光の原始精霊を宿した魔導器が手元にありまして、それを流用して作ったそうなんですよ」
因みにその魔導器というのはエレイン君達の基幹部品であるゴーレムコアという魔導器だ。いつか資材置き場から拾ってきた小型のゴーレムを元に、新しいゴーレムを作ろうとしていたところ、というか、それ以前のエレイン君達を作っていた時から、たまたまゴーレムコアに宿ってしまった貴重な精霊を、いつか他のことに使えるのではと丁重にストックしていた一つを使ったみたいだ。
しかし、キュルケさんからしてみると、そんなゴーレムコア自体の存在が信じられないもののようで、
「た、たまたまって――、光の精霊が宿る魔導器っていうと伝説級の魔導器になるのよ。分かってる?」
こっちの喋り方がキュルケさん本来の喋り方になるのかな。
僕は取り乱すキュルケさんに苦笑いを浮かべながらも、
「とはいっても、宿っている精霊は原始精霊。まだ確固たる自我を持っていない精霊の赤ちゃんみたいなものですから、聖剣といっても伝説に語られるような力は持っていないみたいですね」
これから幾多の困難を乗り越え、この聖剣に宿る精霊が成長を遂げたとしたら、伝説の聖剣と並ぶ力が得られるかもしれないそうだけど、それには相当の時間を費やす必要があるとのこと。
そんなエクスカリバー2の概要を懇切丁寧に説明することで、どうにかキュルケさんを落ち着かせた僕は、改めてエクスカリバー2を持つレイさんに向き直り、
「それでどうしましょうか。えと、本物のエクスカリバーの抜剣に挑戦してみたいと仰るなら、一応、そちらの方も用意いたしますけど」
ある意味でこれは詐欺のようなものではないか。偽物を店頭に飾ってしまうなんていうとんだ失態に、恐る恐る質問を送る僕に、レイさんは語りかけるような視線でエクスカリバー2を見詰め。
「いえ、僕にはこの子で十分です。むしろ僕を選んでくれたみたいですから、このエクスカリバー2こそが僕の聖剣です」
おおっ、さすが聖剣に選ばれし者は言うことが違う。幼くても光の精霊の人を見る目は確かなようだ。
「決まりみたいですね。では、僕はエクスカリバー2の鞘を用意しますから、皆さんも欲しいもの選んでくださいね」
「「「皆さんはとはなんのこと(ですか)(じゃ)?」」」
騙し討ちのようにエクスカリバー2を売りつけてしまったんだ。僕が大容量になった足元の収納から、こういう時の為にと作り置きしておいた本物のエクスカリバー用の鞘を取り出しながら声をかけると、レイさんを除く三人が少し呆けたように疑問符を返してくる。
「何のことって、あの山羊を討伐した分前の話ですよ。レイさんの報酬はエクスカリバー2でもいいかもしれませんが、皆さんの報酬はまだじゃないですか」
『何を当然のことを――』肩を竦めながら返す僕に三人は戸惑うようにしながらも、
「わし等ももらっていいのか?」
「当然ですよ」
「エクスカリバーも貰えるのよね」
「勿論です」
「オリハルコン製の剣なんですよ」
「精霊が選んだ人ですから大丈夫でしょう」
そのリアクションから察するに、どうも皆さんは聖剣一本でカプリコーンの分前をぜんぶ使ってしまったと思っているようだ。
しかし、ゴーレムとはまた別の、機械的なギミックが詰まったカプリコーンは、使われている技術もそうなのだが、その素体にも未知の魔法合金が使われていたりして、オリハルコンをふんだんに使った剣を譲り渡したのだとしても余裕でお釣りが来る代物なのだ。
それでなくともエクスカリバー2の件で迷惑をかけたのだ。むしろもっと沢山の商品を持っていってもらっても構わない。
僕の言い分にしばらくキョトンとしていた三人だが、全てを肯定して微笑むだけの僕に本気を見たようだ。どこか納得しきれないという曖昧なリアクションをとりながらも、それぞれに店の中へと散らばっていき、暫く、
「じゃ、じゃあボクはこの魔法銃を――二丁欲しいんだけどいいかな?」
最初に戻ってきたのはサンドラさんだ。持ってきたのは万屋の人気商品である魔法銃。
他のお客様と同じく、手のひらサイズ。各種様々な異常状態を魔弾を撃てるのが気に入ったらしい。
「ならば、ワシはこの盾をいただくとするかの」
次に戻ってきたのはドノバンさん。魔鉄鋼にアダマンタイトの欠片をびっしりと貼り付けたスケイルシールドを選んだみたいだ。
ドワーフの重戦士でもあるドノバンさんらしい選択だ。
そして最後に一人カウンターの前で考え込んでいたキュルケさんはというと、
「私はどうしましょうか。私の場合、ここにあるマジックアイテムなどよりも、先ほど少し話していいいただいた原始精霊などの情報が気になるのですが」
キュルケさんは商品よりも情報の方をご所望ですか。
「だったらこういうのはどうですか。〈メモリーカード〉っていう魔導器なんですけど――」
僕がカウンターの引き出しから取り出したのは一枚のカード。
地球でお馴染みとなった縦53.98mm、横85.60mmの手のひらサイズそのカードは、マリィさん達にも渡した〈インベントリ〉のダウングレードヴァージョンでもあり、魔導書としても使える魔導器なのだ。
「こんなに小さな鉄片が魔導書、ですか?」
だが、キュルケさんはただの金属カードが魔導書であると信じられないらしい。
ならば百聞は一見にしかず、僕が〈メモリーカード〉を使って魔法窓を展開すると、
「これは先ほどから虎助さんが使っていた魔法ですか」
「はい。この〈メモリーカード〉という魔導器は、カードに記憶させた知識をこうやって空中に投影することができる魔導器なんですよ」
「成程、それならばこの小ささも頷けます。しかし、こんな小さな魔導書にどうやって情報を詰め込んでいるというのです?」
そこまで言ってから、しまったというような顔をするキュルケさん。
まあ、魔法技術の云々なんて話は一般的に他人にする話じゃないらしいのだから、そんなリアクションをとってしまうのも分からないでもないのだけれど、
この〈メモリーカード〉という魔導器は特に秘匿とされるようなものではないから、
「それはですね。カードのここのところに〈インベントリ〉という小さな魔導パソ――いえ、魔導結晶が埋め込まれていてですね。それが大量の情報を蓄えているんですよ」
僕がICカードでいうところの読み取り部分を指し示すと、キュルケさんがその先を覗き込むようにして、
「その〈インベントリ〉というものは、メモリークリスタルのようなものですね」
それってたしかマリィさんの世界にもあるっていう映像を記録する水晶のことだったかな。
「まあ、それと同じようなものだと考えていて下さい」
正確には似て非なるものなのだが、僕にその辺りの魔法素材論を詳しく語れる程の知識が無いということで、適当に誤魔化して、ただこの〈メモリーカード〉がどのようなものかだけを伝えていく。
「それ以外にもこれとリンク――えと、魔力線でいいんですか?それを繋げたアイテムを操ったりもできますね」
因みに僕がゲートに備わった結界系の魔法を自由に扱えるのもこの機能のおかげである。
と、あらかたの説明を終えたところで、キュルケさんに僕が持つデータの目録を魔法窓として展開、その中からコピーして欲しいデータを選んでもらうのだが、
キュルケさんがあれもこれもと選んでいる内に、そのデータ量は軽く小さな図書館をも上回る量になってしまい。
「これは――、一枚だけだともしかしたら容量が足りなくなっちゃうかもしれませんね。百枚くらい渡しておきましょうか」
「いいんですか?」
正直、それでも〈メモリーカード〉が二枚あれば事足りるデータ量なのだが、キュルケさんが自分の世界に帰ってこの〈メモリーカード〉というアイテムを広めてくれるのは、万屋としてもありがたい。
それにだ。
「これ自体は大して高いものではないですからね」
カード本体がミスリルで、インベントリに当たる部分には〈賢者の石〉由来の希少な素材が使われているものの、一枚に使われている素材の量は極小で、価格は銀貨十枚と簡単な初級魔法が込められた魔具程度の価格に抑えられている。
だから、百枚渡しても全く問題なく、逆にこちらの方が恐縮してしまうくらいの値段にしかならないのだ。
ということで、キュルケさんの報酬もきまったところで、
「以上の四点でよろしいですか」
「「「「はい(おう)」」」」
商品を受け渡し、
「それで、この後はどうしますか」
「どうしますとは?」
「一応、食事なんかの準備もできますけど……」
僕としては素材のお礼がまだまだ足りないように思える。だから、もしもお腹が減っていたりするのなら簡単な食事くらいは用意できますけどと言うのだが、
「残念だけど。元いた場所に仕事を残しているからね。すぐに出発しないと」
「じゃな、あんまり時間をかけると、あの口煩い領主がなんて言うかわからないからな」
どうやらレイさん達の依頼主はちょっと面倒な人物らしい。
え~。とサンドラさんはご不満の様子だけど、
「依頼が終わったら好きなもの食べさせてあげるから我慢なさい」
パーティ内でお姉さんらしき立場にあるキュルケさんにそう言われてしまっては反論もできないのだろう。
ガックリと立ったまま項垂れてしまうので、ちょっと可愛そうだなと思った僕は「だったらこれだけでも持っていって下さい」と、お店に並べる前だったコンビニの惣菜パンを渡していく。
「なんじゃこれは?」
「パンのようではありますが、結界で封じられていますか?」
キュルケさんが結界?と首を傾げたのは、クアリアを参考に、錬金術で変質させたビニール袋のことだろう。以前から菓子パンなどを売ったりしていたのだが、異世界のダンジョンにビニールゴミが大量に溢れるなんて事になったら困るかもしれないと思い、ソニアに言って、これ専用の特製錬金釜を作ってもらったのだ。
また自分の知らない技術の登場にキュルケさんなどは大きな興味をそそられたみたいだけれど、カプリコーン討伐の分前に聖剣プラス貴重なアイテムの数々、そして食料までお土産として持たされたとなれば出発しない訳にも行かない。そう思ってしまったのだろう。
後ろ髪を引かれながらも、レイさんの「じゃあ皆行くよ」の掛け声でレイさんパーティは万屋を出発。
そんな彼等を「気を付けてくださいね」と見送って、ふぅと一息。
レイさん達パーティがいなくなった店内で、四人が品物を選んでいる間、妙におとなしかったマリィさんが、待ってましたとばかりににじり寄ってくる。
その目的は勿論。
「虎助、私にもエクスカリバーのコピーを作ってくれますね」
うん。マリィさんならそう言うと思っていましたよ。
「マリィさんがそう仰るのでしたら僕達としては作るのも吝かではありませんけど、エクスカリバー2を、いや、この場合はエクスカリバー3になるのかな。すぐにそれを造るのは無理だと思いますよ」
「どうしてですの?」
「光の精霊が宿った魔導器のストックが無いからです」
僕の宣告にガクリと膝を落とすマリィさん。
その姿はまるで世界の終わりを目撃したような人のようで、ちょっと可哀想ではあるのだが、
「まあ、こればかりは運ですから。
でも、どんな精霊でもいいのなら作れなくもないと思いますよ」
例えばマリィさんが得意とする火の属性の精霊を宿したゴーレムコアならすぐにでも用意できる。
そんな僕の提案に、むむむと考え込んでしまうマリィさん。
「でも、いまオーナーが開発中の新しい魔法式が完成すれば、もっと簡単に精霊付与が可能になるんですけどね。その分、宿る精霊の質は少し落ちてしまいますけど」
その技術を使えばスーパーにレアな光の精霊も比較的簡単にゲットすることができるのではないか。そんな可能性を示す僕の言葉に、
「もう虎助っ!! これ以上、私を惑わせないで」
もう私はどうしたらいいの?とばかりにマリィさんはボリューミーな金髪を振り乱す。
僕はそんなマリィさんの可愛らしい拗ね方にクスッと笑いながらも「すいません」と謝って、
「でも、フレアもタイミングが悪いですよね。いつものように、ここに来ていたらもしかしてエクスカリバー2を手に入れられていたかもしれませんのに」
プンスカ怒るマリィさんの気を逸らすように可能性の話をすると、マリィさんはフッと冷静な顔を取り戻し、
「だとしてもです。フレアに聖剣が扱えるとは思えませんの」
「…………それはそうかもですけど」
酷い言い草ではあるけれど、ある意味で真理といえなくはない。
さて、フレアさんが戻ってくる前にエクスカリバーの進化は終わっているだろうか。
もし、間に合わなかった時の為にも、また一本、違う聖剣を作って貰っておいた方がいいのかな。
主不在の漆黒の台座を前に、そんな考えを巡らせる僕だった。
〈メモリーカード〉……カード型の魔導書――という事になっているが、その機能はスマートフォンやタブレットに近い。その大きさは地球の国際基準にそって作られており、キャッシュカードなどと同じサイズ。




