万屋における下着事情
万屋には隠れた人気商品がある。
それはミストさん達、魔王様の拠点に暮らすアラクネの皆さんが作るアンダーウェア。
アムクラブから来たお客様が、アヴァロン=エラに辿り着く前に下着を破いてしまって使い始めたのがキッカケで、その丈夫さ、機能性が話題になって需要が高まり、最近ではこのアンダーウェアを求めてやってくる人まで出る次第である。
さて、どうして僕が急にこんなことを言い出したのかといえば、元春がアメリカの魔女さん達が万屋のアンダーウェアを吟味しているところを見かけたようで、こんな熱弁を振るってきたからである。
「なあ虎助、あんな美女さんにこんなスポブラみてーなのばっかり着せるのは勿体ねーって、もっとエロいデザインを増やそうぜ」
しかし、その要望を叶えたとして、それがどう元春のメリットに繋がるのか?
僕が疑問に思っていると、元春が拳を握って熱く語る。
「俺が知ってる下着をアメリカから来た爆乳美女や、どこぞのご令嬢が履いてるとか興奮するだろ。なっ」
いや、同意を求められても全くもって理解できないよ。
と、そんな元春の発言に常連の女性陣から冷たい視線が突き刺さり。
ただ、ここで玲さんが自分のことを顧みてか、こんな意見を口にする。
「でも、種類を増やすのは悪くないんじゃない。フリーサイズだとちょっと弛かったりとかあるから」
「ここだとジュニアサイズは売ってないっすもんね」
しかし、これにまた元春が不用意な発言をしてしまい。
いつものように宙を舞ったところで、僕は玲さんからの要望にこう返す。
「常連のみなさんにはオーダーを聞いて作ってもらってるんですけど――」
「そうなの?」
「私やお母様のものは地球のものでも、なかなかこれといったものが見つからなくて、マオに注文したりしてますわよ」
「そうなんだ……」
おっと、この情報は玲さんは知らなかったみたいだ。
マリィさんの発言に玲さんの目が死んでいるような気がしないでもないが、考えてもみれば玲さんの生活必需品は、こっちに来た当初、環さんが揃えてくれたものなので、自分で買い足す必要はなかったのだ。
一方、マリィさんやティマさん達など、関係者のみなさんは通販サイトなどでデザインを調べ、それを元に魔王様の拠点に暮らすアラクネのみなさんに作ってもらっていたりして、
特に魔獣討伐を生業にしているみなさんは衣類の摩耗が激しく、アラクネの糸で作られた丈夫なアンダーウェアというのは、地球における補正などの概念も相まって、重宝されていたりするのである。
「玲さんもなにかあったら要望を出してもらえれば、ミストさん達が作ってくれますよ」
「……歓迎」
僕の言葉を魔王様が引き継ぎ、玲さんにその注文の仕方を教えていると、当然のように復活してきた元春が自前の魔法窓から、肌色成分多めのインターネットページを開き。
「この辺がオススメだぜ」
「あんた、小さい子になんてもん見せてんのよ」
セクシー下着のページをスライド。
これに玲さんの倫理観溢れたツッコミが入るも、実年齢でいえば魔王様は僕達よりも上であって、
それ以前に――、
「……このふわふわの服ならもうある」
「「えっ!?」」
元春と玲さん、言い合う二人に魔王様が平然とした顔で指差していたのはシースルーのベビードール。
「けど、これって――」
「……精霊達に人気」
「あ~、精霊のみんなが着るんだ。それならわかるかも」
精霊のみなさんは実態非実態が曖昧なところがあるから、そんな彼女達がシースルーの下着を着ていても違和感はない。
その一方で、元春が魔王様のこの発言に注目したのはやはり斜め下の方向だった。
「あれ、もしかしてこれ、
精霊のみんなってことはニュクス様もこういう下着をつけてるん」
「ちょっとあんた――」
「……ん、こういうのの黒いのをもってる」
あの魔王様、それ言っちゃっていい情報なんですか?
そして、案の定というべきか、ニュクスさんが黒のベビードールを着た姿をイメージしたのだろう。
元春が気持ち悪い顔でトリップする中、このやり取りを見ていたマリィさんが小首を傾げ。
「この下着になにか問題でも?」
「マリィ?」
意外なところから援護射撃に動揺を隠せない玲さん。
「似たようなものは、私もお城にいた頃に着ていましたの」
「ギルティ」
急に真顔で叫んだ玲さんにオロオロするマリィさん。
そんな二人の温度差を見て、僕はもしかしてと声を上げる。
「あの、この写真だとわかり難いかもですが、この下着は要所要所が透けていまして」
元春が引っ張ってきた写真はどこぞのファッションサイトのものだろうか?
リボンなデザインのラインなどで誤魔化されてはいるものの、それはもう下の肌色が透けているようなデザインのものであり、マリィさんは魔法窓の反対側から見ていた所為で、それを把握していなかったのではないのかと、そんな指摘をしてみたところ、マリィさんは改めて魔法窓をしっかりと見てから顔を真っ赤に染め上げて、
「破廉恥ですの!!」
放たれた火弾に元春が再び宙を舞う。
そして、マリィさんが昔着ていたのは、あくまで透け感のない同じ様なデザインの下着であって、シースルーなんてあり得ないという弁明(?)がなされたところで、マリィさんが轟沈。
「魔王様、この下着の中が見えないようなものは――」
「……ミストに聞いてみる?」
その後、魔王様が魔法窓を広げ拠点と連絡を取ってくれた結果、
少し生地が重くなってしまうものの、透け感のないベビードールは作れるという回答があって、それを見た玲さんが一言。
「あの薄さにも理由があるってこと?」
どうなんだろう?
個人的には、ベビードールがシースルーになっていることに、そういった意図は無いと思うんだけど……。
「試してみるべきじゃね」
ここで元春が再々復活。
だったら実際に着て確かめるのが一番だと、また妙ちくりんなことを言い出して。
「だけど、あんた変な想像するでしょ」
「当然するっすよ」
いや、胸を張って堂々と言うのもいかがなものかな。
「着なくても想像はするっすけどね」
元春が血走った目をマリィさんに向けたところで本日三回目の天誅が玲さんによって下され。
「ってことでマオっち、ベビードールを頼む」
ただ、さすがに日に三回の魔法攻撃ともなると、玲さんも心配になったのか、ある程度の手加減がされたみたいだ。
元春は空中で体勢を立て直すと、その勢いのまま素直な魔王様を強引に言いくるめ。
それから二十分後――、
お店のカウンターには妖精のみなさんが届けてくれた、ミストさんの私物だという紫のベビードールと、この短時間に作ったとは思えない神々しさすら感じる白く光沢のあるベビードールが二つ並べられていた。
「さ、マリィちゃん、試着をどうぞ」
「なにを馬鹿な。
どうして私がこんな――」
「着心地を確かめるだけっすから、
ね、ちょっとだけ。
せっかくマオっちが用意してくれたんだし」
ここで元春が情に訴えるようなことを口にすると、マリィさんはどことなく迷ったような素振りを見せるのだが、さすがにこんな甘言にマリィさんが乗ってくる筈もなく、「やっぱり駄目ですの」と本日最大の火弾の嵐に元春がぶっ飛ばし。
これはさすがに自力での復活は難しいかと、僕が死にかけのゴキブリのようになってしまった元春に、魔法の回復役を振りかけたところ、元春はすぐに復活。
「あ゛――」と頭を振りながら和室に戻ってくると、さすがにこれ以上、マリィさんへ粘着するのは危険だと判断したのか、ちょっと投げやりに。
「じゃあ、玲っちでいいや」
「じゃあってなによ。じゃあって」
「けど、マオっちにお願いしたら事案じゃん」
ある意味で間違ってはいないと思うけど、あえて言う必要はないのではないだろうか。
「だったらあんたが着なさいよ」
「いいんすか?」
「だから着ればいいじゃないって言ってるでしょ」
「そこまで言われたらしょうがないっすね」
玲さんの逆ギレのような言葉に、二つのベビードールを素早く引っ掴む元春。
すると、それを見た玲さんが少し慌てたように立ち上がる元春に声をかける。
「ちょっと本当に着るつもりじゃないわよね」
「玲っちが着ろって言ったんじゃないっすか。
ってことで裏で着てくるわ」
はてさて、それは思惑通りの展開だったのか。
玲さんが呆気に取られる中、元春が店の裏に消えて――しばらく。
戻ってきた元春が鼻息荒くこう語る。
「ヤバいな、あの開放感。
次、玲っちの番っすよ」
「ちょ、ちょっと――、
本当に着たの?」
「もちっすよ。見るっすか、証拠写真は用意してるっすよ」
そう言って、魔法窓を浮かべる元春に、玲さんは半眼になりながらもプイっと横を向き。
「見ない」
「だったら、いいんすね」
「じゃあ、虎助が――」
正直、なんで僕が確認しなければならないのかといけないかという思いはあるのだが、玲さんから縋るような視線を送られてしまっては見ないという選択肢はなかなか取れない。
ということで、僕がしっかり口元を抑えつつ、その魔法窓を覗き込むと。
「……しっかり着たみたいです」
うん、元春ならやるだろうなとは思っていたけど、実際にそれを目の当たりにすると吐き気しかないというものだ。
パンツを履いていたのは最後に残った良心か。
とにかく、約束は約束だと玲さんも盗撮を警戒しつつも万屋の奥に引っ込んで、問題のベビードールを試着したみたいだ。
そして、ベビードールの着心地を確かめた玲さんは頬を赤らめながらもこう評す。
「まあ、どれがどうとはいわないけど悪くはないわね」
◆
さて、そんな話があったからではないだろうが、
翌日の放課後、僕はひよりちゃんからこんなことを相談される。
「先輩、下着ブランドを立ち上げるつもりはありませんです?」
「えと、ひよりちゃん。いきなり何を言ってるのかな?」
「実はいま、一年生の間で万屋で売っているインナーが噂になっているんです」
聞けば、一ヶ月くらい前の雨の日に、車と水溜りのピタゴラスイッチによって、びしょ濡れになってしまった友人に、ひよりちゃんがフリーサイズのインナーウェアを貸したそうな。
すると、それをとても気に入ってくれたみたいで、後日ひよりちゃんが万屋で買って帰ったものを譲り渡したそうなのだが、これに体育を同じにする同学年の女子が食いついたみたいだ。
ひよりちゃんにその出処がどこなのかという質問が寄せられているらしく。
成程、事情はなんとなく理解したけど、とりあえずその前に――、
「二人共、盗み聞きはよくないよ」
「冷たっ!?」
僕が懐にアクアを召喚した直後、物陰から立ち上がる二つの影。元春と正則君だ。
さて、この二人がどうしてコソコソしていたのかであるが――、
「ノリがひよっちの様子がおかしいって言うから、こりゃなにかあるんじゃねーかってつけてきたんだけど」
「マー君」
と、そんな感じでひよりちゃんがちょっと嬉しそうになったり、ラブコメがあったりしながらも、ここまでの経緯を二人にも説明。
「虎助のところのインナーの着心地は異常だからな」
地球の機能性インナーを取り寄せて研究をしている上に、糸そのものに魔法的な効果を持たせているから、ひよりちゃんの友達の反応も妥当なものだとも言えよう。
「しっかし、ブランド立ち上げとか大袈裟じゃね。普通に友達に頼まれただけなんだろ」
「元春先輩は甘いです。こんなに着心地がいいインナーを女の子が放っておく筈がないです。
特にマリィ様ご用達のインナーは……、
む、胸のおっきな友達に注目されてるです。
まったく、元春先輩はすぐにパンツだのブラジャーだの言うクセに、そういうこだわりがわかっていないのがダメダメです」
実際、マリィさんやユリス様の意見が入ったインナーは、詳しい効果は省略するが、これを着けているだけで動きやすさがまったく違うとお客様にはかなり好評で、
そんな捨て台詞のようなひよりちゃんの言葉に元春が地味にダメージを受けながらも。
「けどよ、ひよっち、それでブランド立ち上げっていうのは行き過ぎなんじゃね。
適当にシマモトで買ってきたとかじゃダメなん?」
ちなみに、元春が言うシマモトというのは地元の商店街にある服屋のことで、
どこで仕入れてきたのか分からない謎ブランドの服がお手頃価格で手に入る、地元マダムに重宝される街の洋服店だ。
「それだとシマモトさんに迷惑かけることになるかもですから」
たしかに、同じものを取り寄せて欲しいと言い出す人がいるかもしれないか。
しかし、そうなるとだ。
「黒枝さんにも話を通さないといけないな」
「黒枝さんって言うと猫工房の店長さんだったか」
僕の呟きを拾ったのは正則君だ。
「うん、ウチの商品って表向きクラフトワークスで扱ってもらってることになっているから」
世界中の工房と取引するにあたって税金などの問題が発生することから、万屋の商品は基本的に魔女のみなさんが世界的に展開している『クラフトワークス』系列の商品の一つとして扱ってもらっているのだ。
「いろいろ考えてんだな」
「取り引きの額が額だからね」
最近だと、ウチに訓練に来るアメリカの魔女さんの訓練費用やディストピアの制作で受け取ったお金、あれがかなりの額になっていたりするのだ。
ちなみに、そんな取り引きで発生した会計は、クラフトワークスと提携していることにしてあり、その売上が、母さんが義父さんと義姉さんの為に立ち上げたペーパーカンパニーに入ってくるようになっている。
だから、あのアンダーウェアもその一つとして扱えばいいんじゃないかと伝えると、今度は元春が、
「んで、ブランド名はどうすんだ?」
「えと、実際に販売してるのはウチだけど、品物を作っているのは魔王様のところのミストさんだから、それは魔王様達にお願いしないと」
そうして、魔王様に連絡してミストさんたちに話を通してもらったところ、シンプルにアラクネというブランド名がいいということで、次からはデフォルメされた蜘蛛のマークのタグをつけてくれることが決まったみたいだ。
「とまあ、そういう感じなったんだけど」
「完璧です。
これならみんなに言っても大丈夫そうです」
インナーは定期的に仕入れているし、個人的には地球での売値がかなり高くも思えるのだが、ひよりちゃんも納得しているようなので、値段の方もこれでいいのだろう。




