レアドロップ
それは魔女の皆さんと聖水作りをした後のこと――、
僕が店の前で引き取り手のなかった武器を整理していると、ベンチから作業を眺めていた元春がこんなことを訊ねてくる。
「そういえばこーゆーのもレアドロップとかになるん?」
「一応、そうなるのかな?」
ちなみに、元春が急に湧いて出たのは魔女の皆さんが居なくなってからである。
聞けば、メリーさんを前にすると緊張してしまうようで、今の今まで工房に隠れていたようだ。
しかし、メリーさんの場合、実年齢はともかく、見た目は少女のようなので、本命的な意味合いからすると元春の好みとは少し違うような気もするけど、その辺りの基準は一体どうなっているんだろう?
と、そんな困った友人の女性の好みに関するエトセトラはどうでもいいとして――、
「しっかし、今回マオっちが持ってきた武器、普通に強そうなのばっかじゃね」
「知能が高い魔獣は武器を選んで拾うから」
多分、今回見つかった武器はそうした魔獣の集団が拾い集めたものだったのだろう。
そして、魔獣そのものが様々な実績を手に入れることによって、持っていた装備も強化されるケースもあるらしく。
「ってことは、武器のレアドロなんかも狙えねーことはねーっとことか」
「とはいっても、ゲームとかみたいに確実に手に入れられる保証は無いみたいだけどね」
環境によっては折角手に入れたいい武器も、手入れが行き届かずに劣化するなんてこともあり得るし、そもそも魔法が当たり前の世界においても、下位とはいえ魔法金属を使った良質な武器というものは流通量が非常に少ないのだ。
「それに、そういう武器が、まとまった数、落ちているような場所は、拾われる前にリビングソードなんかに変質するような環境になっちゃってることが多いから、自分で勝手に動き出すってパターンもあるし」
「けどよ。リビングソードなら勝手に強化されるかもだし、逆にいいんじゃね」
この世界に存在するものには平等に実績というものが与えられる。
例えば、リビングソードに変質した剣も、なんらかの条件をクリアすれば実績を獲得することが可能であって、武器としての格を上げることもできるのだが。
「そういった魔法生物の強化はマイナス方面に振れている場合が多いから」
「大量の聖水が必須って感じか」
「今回はケースは別の理由だったけどね」
「そういや、この武器ってエルフが倒した魔獣が持ってたって話だったっけか」
「ガラティーンさん達がこれを見つけた時の状況からの推測になるけどね」
今回、浄化実験で使った呪われた装備は、夜の森の外苑に現れたエルフ達の調査をしてくれているガラティーンさんとクレラントさんが見つけてきてくれたものだそうで、その発見状況から、いま元春が口にしたようなことがあったんじゃないかという推察がされているのだ。
「てか、そのエルフ達ってなにやってたん?
行方不明になってた子供はちゃんとエルフんトコに帰れるんだろ」
元春が指摘する行方不明の子供というのは、年始にリドラさんが龍の谷から帰ってくる途中で遭遇した、ボロトス帝国の奴隷輸送団とエルフの戦士との小競り合い中で行方不明になったエルフの子供達のことである。
この現場でリドラさんが目撃されたことから、夜の森の外苑にもエルフの調査が入っていたのだが、
つい先日、元獣人奴隷であるヤンさん達の調査でその子供達も無事(?)発見され、夜の森の外苑に姿を見せていたエルフ達も自分の里へと戻っていくと思われていたのだが、まだ引き上げていないエルフの姿もちらほら見えるようで、
「それなんだけど、妖精飛行隊の皆さんが調べたら、なんか残ってるエルフ達は占いの結果で動いていたみたいなんだよ」
「占い?」
占いというワードを聞いた途端、胡散臭そうな顔をする元春。
しかし、この占いというのもあながち馬鹿に出来なく。
「どっちかっていうと天気予報とかそういうのに近いかな。
周辺の魔素の流れを読んで、一部のエルフが森の中を大勢の精霊が移動したことに気づいたみたいなんだよ」
「そういや、前にマオっちのトコにどっかの山から精霊が引っ越してきたんだっけか」
そう、一部エルフが自然の中の魔素の流れから森を移動する精霊の存在を読み取り、その精霊を自分達の里に引き込めないかと動いているようなのだ。
「しっかし、精霊なら見つかったエルフの子供がゲットしてんじゃねーの」
「まあ、確保できたといっても影の精霊が一体だし、それでエルフの全体が満足できるかといえばそうじゃないだろうし」
魔王様の拠点、周囲の森に暮らすエルフ達は大きな括りで一纏めにされているものの、広大な森の中に点々と里があるような状態で、そこに一体しかいない精霊を招くとなれば不満の一つもあるようで、
「なんてゆうか、エルフも意外と俗っぽいな」
武器を軽く整備しながら魔王様の拠点のはるか外苑でチョロチョロするエルフ達の話をしていると、正面ゲートから光の柱が立ち上り、続けてアラームが鳴り響く。
「魔獣が来たみたいだね。
元春はどうする?」
「とりま、どんな相手かだな。
弱そうだったら戦うけど、強そうだったら即逃げだな」
おっと、今日はまだ魔女の皆さんが店の裏手で訓練を続けている手前、珍しく元春も参戦するようだ。
元春が変身バンクに入るのを横に、僕はゲート周りの結界の調整やら、上空のカリア、そしてエレイン君との連携を確認。
元春の着装が終わったところでゲートに向かうと、そこにはさっきまでの話がフラグになったか、おどろおどろしい赤拵えの鎧で身を固めた鬼武者とでも評すべき存在が佇んでいた。
「これって戦ってもいいヤツか」
元春が気にしているのは相手が生きた人間とかの可能性だろうけど。
「あの鎧、見た目からして明らかに呪われてるし、カリアのスキャンでも生体反応はないみたいだから気にしなくてもいいと思うよ」
今のところの情報として魔法生物の可能性が高いようだが、こういった手合は個体差も大きく、特殊個体のアンデッドという可能性もあったりして、
何にしても相手の出方を見なければ正体が掴めない。
「とりあえず、虎助――って、なんで俺!?」
しかし、いざ戦いを始めようとしたところ、鬼武者は僕の背中を押してくる元春の方に襲いかかり。
僕はそんな思わぬ行動に元春を引っ張り倒すようにしながらも低い姿勢で回避を選び、その脇を抜ける際に最近使えるようになった氷入りの〈散水〉を発動。
相手の体勢を崩し。
「鎧を着てるからとか」
魔獣や魔法生物がなにを判断に人を狙うのかは、その相手によってそれぞれだ。
単純に目の前にいたから襲いかかってくるという相手もいれば、何か特定のものに反応して襲いかかってくる相手もいる。
今回はそれが元春に反応したということになるからと、応えながらも元春の体を引き起こし。
「元春は囮になって回避に専念してくれる。エレイン君をつけるから」
「マジか!?」
「この状況だとそれが一番だと思うんだよね」
元春には後で駆け付けてくるかもしれない玲さんや魔女の皆さんの安全に配慮して、結界の外に逃げてもらうって手もあるけど、相手がどうして元春を狙っているかの理由がわからない以上、できればここにいて欲しいというのが本音である。
「じゃあ、行くよ」
当初の予定と逆になってしまったが、元春を前面に押し出し、僕がちょっかいを出していくという形で戦うこととなり、遠く店の方から数名の魔女さんが走ってくる気配を感じてか、元春も「ちっくしょっ、やってやらあ」と如意棒を手に果敢に鬼武者に向かっていくのだが。
「はれっ」
その攻撃は相手の巧みな剣技で受け流され、返す刀で胴を撫で斬りにされてしまう。
「なに今の音、ギャリって、ギャリっていった」
「大丈夫、表面をちょっと削られただけだから」
「ちょ、それってヤバくね」
「それだけ相手の武器がいい武器だってことだよ」
これは、やはりさっきの会話がフラグになっていたのか。
ただ、元春のブラットデアにはアダマンタイトの粉が混ぜられているので、相手が相当な技量を持っていたとしても、すっぱり輪切りにするということはないだろうと、僕は元春からの文句を適当に流し、「それよりもみんな見てるよ」と元春の奮起を促しつつも鎧の首を空切で分断。
「首チョンパしたのに普通に向かってくるんだけど」
首を斬っても相手が動くのは、ただ空間的に分断しただけなので当たり前といえば当たり前なのだが、鬼武者の動きの正確さを見るにそれだけではなさそうだ。
「と、危ない」
「なになにどしたん?」
「切り落とした首から魔法が飛んできたんだよ」
魔槍系魔法の亜種だと思われるが、ドロドロと真っ黒な光線のようなものが後ろから飛んできたのだ。
魔力の気配に気付いて間一髪で避けたからよかったものの、気付かなければ致命的なダメージになっていたかもしれない。
「おいおい、大丈夫かよ」
「うん、もう結界の中に閉じ込めたから」
防御と隔離の一挙両得の作戦だ。
そして、ここでわかったことが一つある。
「元春、上にいるカリアによると、どうもこの鎧、中身が無いみたい」
つまり、鬼武者はリビングアーマーの系統という訳だ。
となればその核となる部分を壊すのが手っ取り早いと、僕はマジックバッグの中から爆発の魔法が込められたディロックを取り出し。
「元春、僕が隙を見てこいつを鎧の中に投げ込むから、そうしたら思いっきりその鎧をぶっ飛ばして」
「っておい、なんか無茶ぶりなんですけど」
元春を相棒に細かい作戦なんて立てても無駄だと、即興で簡単な役割分担を決めると、鬼武者が元春にご執心なのをいいことにちゃっかりその背面にポジショニング。
鬼武者の攻撃が確実に元春を捉えるタイミングで、用意したディロックを遮るものがなくなった首の部分から投げ込み。
「元春、如意棒」
ややも強引なカウンターで元春に鬼武者をノックバックさせ。
「逃げるよ」
素早く鬼武者との距離を取ればディロックが爆発。
「やったか――って、これフラグか?」
形を残す鎧に元春から不安の声が溢れたが、
「いや、倒せたみたい」
上空のカリアが相手の行動停止を確認してくれて一件落着。
「ふう、久々にビビった」
まあ、ブラットデアがなかったらエリクサーを使う羽目になっていただろうから、この辺の戦力判断は戦い始める前に防御を固めた元春の正解だった。
ということで、傷がついたブラットデアは預かるとして、さてなにから調べようか。
具体的に言えば刀か鎧か実績か、どれを先に調べるか元春に聞いたところ。
「刀じゃね」
やはり中二心が疼いたか、元春のリクエストで刀の鑑定をしてみた結果、その刀はオルティーナという名前付きの装備だったようで、
「ちょ、こんな見た目で横文字ネームとか」
「刀身はともかく、持ち手や鞘は西洋風だからいいんじゃない」
カテゴリーでいうのならサーベルなんかの部類に入るんじゃないのかな。
ちなみに、鎧の方もよく見れば、見た目こそ日本の甲冑に近いものの、どちらかというとそれは某映画の暗黒卿が身につけている鎧のようで、その鑑定結果もセルフィーアという名前付きのものだった。
リビングアーマーの剣技などから察するに、持ち主は名の知れた剣士だったのではなかろうか。
「念願のレアドロップをゲットしたわけだけどどうする」
「どうするっつったって、あからさまに呪われてそうなやつが持ってた武器だぞ」
「鎧の方は?
ブラッドデアの強化とかに使えそうだけど」
「それ呪われたりしねー?」
「特に呪われてるようなこともないみたいだから大丈夫だと思うけど、気になるなら聖水できれいにするけど」
「ああ、もう、適当にやっちまってくれ」




