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黒いキメラ

 場所はカイロス伯爵領近隣の魔の森を望む宿営地――、

 立ち並ぶテントの中に設けられた救護所では緊迫した空気が流れていた。


 そんな救護所やって来たのは二人の小さな部下を連れた妙齢のメイド――トワ。

 彼女はテントに入るなり、まっすぐ一番奥のベッドに向かい、そこに寝かされた黒くくすんだ包帯まみれた女の顔を覗き込む。


「……トワか、こんな無様な姿で済まないな。

 私はもう駄目だ。

 弟のこと、領のこと、後は任せたぞ」


「シルビア姉様、アナタにそんな弱気は似合わないですよ」


 弱々しげな異母姉の言葉にトワはいつも通りの丁寧な口調でそう返すと、すかさずとある魔法を発動させる。

 すると、先程まで死の淵に居るように見えたシルビアが上半身を起こし。


「似合わないってお前な――」


 思わず出てしまった文句の最中、自分の体の変化に気付いたのだろう。

 シルビアは自分の顔や手、腕に巻かれた真っ白な(・・・・)包帯を引き千切るように取り去ると、ペタペタと自分の体のあちこちを触ってその状態を確認、驚いたような声でトワに訊ねる。


「トワ、お前――、

 一体なにをした?」


「なにをと言われましても、浄化の魔法を使っただけですが」


「浄化の魔法だと!?

 これほど高位な魔法をいつの間に?」


「それはまた後ほど――」


 トワが使ったのは、最近便利魔法としてしか認識されていない万屋の浄化魔法だ。

 それは蓄積されたデータから呪力や瘴気なども払うことも出来てしまうというとんでも魔法で、

 ただ、それをどのように習得したのかを、今ここで説明しているような時間はないと話を打ち切り。


「それで、お姉様をここまで追い込んだのはどのような相手なのです?」


「……まあいい。

 そうだな、あれは多分キメラだ」


「お姉様にしては歯切れが悪い言い方ですね」


「見た目があまりに異質過ぎるのでな。

 キメラはキメラであるが、様々な化物が溶けて混じったようなあの姿――、

 なにより、私をあの情けない状況に追い詰めた瘴気。

 それらは私が知っているキメラとはまた別種のものであるとしか思えないのだ」


 浄化に関するトワの曖昧な返しに不満げにしながらも、シルビアは自分を窮地に陥れた相手の思い出すようにそう応え。

 トワは先程までのシルビアの状況を鑑みて眉を顰めながらも。


「それで出処は?」


「言うまでもないだろう。フォルダニアだ」


 フォルダニアというのは、このカイロス辺境伯領と接する隣国の一つである。

 カイロス領にある鉱山を狙って、数年に一度ちょっかいをかけてくるその国には【ウルデガルダの五指】には及ばないものの、腕の立つ錬金術師が多数在籍しており。


「とはいっても意図して出してきたという訳ではないようだがな」


「どういうことです?」


「そのキメラの被害は向こうの国でも出ているそうだ」


 そう、シルビアが戦ったというキメラの被害はフォルダニア国内でも発生していた。

 実際、キメラを領外のこの地で留められたのも、フォルダニアなどに潜むスパイから、事前に情報を得ていたからでもあって。


「どちらにしても放置は出来ませんか」


「やるのか?」


「その為に私を呼んだのでしょう」


 そう言ってトワは箒に偽装した聖槍メルビレイを解き放つと、側に控えていたシルビアの副官に「案内しなさい」と一言、テントを後にするのだった。


   ◆


 そうしてトワが連れて行かれたのは、宿営地から数百メートル森を分け入った先にある大きな湖のほとり。

 砂と砂利が広がる湖岸に、数名の魔法使いの手によって張られた強固な魔法障壁の中にその化け物は閉じ込められていた。


 様々な魔獣を溶かして固めたような黒いキメラ。

 各生物ごとにわかれた形を保っているものの、障壁を展開する魔法使い達が居る陣営の逆サイドに集められた兵士たち目掛けて体当りする度に、グチャリと潰れるそんな姿を見て、トワに連れられこの討伐にやってきたルクスとフォルカスが思わず声を上げる。


「うわっ、ドロドロだ」


「気持ち悪いです」


 そんな二人が声に振り返るのは、結界の前に展開された陣営の中央で仁王立ちしていた白髪頭の巨漢――カイロス伯爵だ。


「来たかトワ」


「お父様、ご安心ください、お姉様は無事です」


「そうか」


 そっけないながらにどこか安堵を宿した父の声に、トワは一瞬口元を綻ばせるも、すぐに気持ちを引き締め直し、結界に閉じ込められた黒いキメラを鋭い視線を向け。


「あれがシルビア姉様を追い詰めたキメラですか?」


「まあ、シルビアもあの獣にどうこうされた訳ではないのだがな」


「あの瘴気ですか」


「うむ、彼奴の体を斬り裂くと血霧のように吹き出すようだ。

 まあ、シルビアが倒れたのは、彼奴に取り込まれそうになった兵士を助けるべく、突っ込んだのが原因だ」


 カイロス伯爵の説明にトワは繰り返し魔法障壁に当たっては潰れる黒いキメラを観察、撒き散らされる瘴気を睨みつけるようにして。


「やれるか?」


「その為に私を呼んだのでしょう」


 そう、今日ここにトワを呼んだのはカイロス伯爵だ。

 彼は以前相対した際、トワが使った聖なる輝きを放つ槍に、このおどろおどろしいキメラへの活路を見出していた。


「では、お父様、中に入る準備をお願いします」


「危なくなったら合図を出せ、結界を張り直す」


 あの化け物を結界から外に出す訳にはいかない。

 しかし、目の前で娘達がやられるのを黙ってみているつもりはないと、そんなカイロス伯爵の号令で、まずはトワ達三人の背後に結界が展開され、続けて黒いキメラを取り囲んでいた結界が解除される。


 すると、なにかしらの方法で三人が結界内に入ってきたのを察知したのか、黒いキメラが三人の方へと向き直り、力を溜めるように四肢を踏ん張ばったかと思いきや――、


「まずは浄化がどの程度効くのかの確認からですね。ルクス、フォルカス準備は出来ていますか」


「「はい」」


 そのまま結界を壊さんとばかりの勢いで突っ込んでくる。

 しかし、三人はこの突撃を華麗に躱して、結果自爆するような形になった黒いキメラに浄化の光を浴びせかける。

 すると、その光を浴びた黒いキメラの体表から黒い煙が上がり。


「効いてる?」


「多分?」


 ただ、それが大きなダメージとなっているのかといえば、そうとは言えない。

 トワはメルビレイにまとわせた水に浄化の魔法を上乗せすると、無造作に振り回し、形を取り戻そうとする黒いキメラに浴びせかける。

 すると、黒いキメラの体がまるで熱湯をかけられた雪のように蒸発。


「さすがメイド長の槍。凄い効き目だね」


 メルビレイを本能的に脅威と察知したか、すかさず距離を取ろうとするキメラに、トワがメルビレイを横薙ぎにすると、黒いキメラの行く手を塞ぐように水のカーテンが生み出され、急停止をかける黒いキメラにルクスとフォルカスが襲いかかる。

 しかし、その攻撃はまるで泥沼に突き入れるかの如く沈み込み。


「やっぱ普通の武器じゃ駄目かぁ」


「ちょっとルクスちゃん。このままじゃ飲み込まれちゃうから」


 逆に二人がキメラに取り込まれそうになってしまうも、二人は自分の体を起点として浄化の魔法を発動。

 黒いキメラの体を溶かすようにしながらも離脱すると、そのままバックステップで距離を取り。


 そこにトワが割り込みをかけるように刺突。

 追撃をかけようと黒いキメラが振り上げた前足の一本を吹き飛ばすも――、


 キメラはすぐに粘土のような体を流動させて欠けた右の前足を補い。

 そのまま引っ掻くような攻撃でトワに追いすがるのだが、


 トワは穂先にまとわりついた水を弾けさせてこれに対抗。


「二人は後方から浄化で支援を――、危ないと感じたら水のディロックを使いなさい」


「「了解」」


 トワの指示で後方に下がった二人は青い宝石を片手に、メルビレイを警戒する黒いキメラを背後から浄化で牽制し、しばらく慎重な立ち回りが続く。

 そうして、十分ほど戦いが続いた頃だろうか、黒いキメラの動きに変化が訪れる。


「なんか、アタシだけ狙われてない?」


「ここまでの攻撃でルクスが一番与し易いと判断したのでしょう」


「えっ、なんで?」


 トワの指摘に驚いたようにするルクス。

 実際、トワ・ルクス・フォルカスの三人の中で戦闘力が一番劣るのはフォルカスになるだろう。

 ただ、それはあくまで浄化能力に限ったことであり。


「どちらにしても結界に覆われたこの場に逃げる場所はありません。

 ルクスとフォルカスは一緒になって浄化を使いなさい」


 黒いキメラの思惑はどうあれ、いまは閉じ込められた状態にある。

 だから、あえて危険を犯す必要はなく。

 確実に相手を追い詰めていこうとルクスはフォルカスと合流。


 トワは二人の援護を受けつつも、黒いキメラの敵意を自分に集めるような攻撃的な立ち回りを展開。

 相手の弱点を探るように浄化の力を宿した水をまとわりつかせたメルビレイで、考えられる獣の急所を攻撃していくが、黒いキメラはただ姿を変えるだけで特にダメージを受けていないように見え。


「これってちゃんと効いてるのかな」


「最初にトワ様が倒したライオンはあれから出てきてないから意味はあるとは思うんだけど」


「ならば二人は尻尾の蛇を中心に責めなさい」


 黒いキメラの状態から、一応はダメージを与えているのではないかと判断したトワは、ルクスとフォルカスに浄化でも倒せそうな部位を攻撃するように指示。


 すると、これが幸いしたか、黒いキメラの体から徐々にその体を構成していた獣の姿が削られてゆき。

 いったい何匹の獣を消滅させたか、トワが浄化を乗せた刺突を黒いキメラの体に深々と突き入れたところでガラスが砕けたような音が小さく響き、いままでの再生力が何だったのかというあっけなさで黒いキメラは溶け落ちてしまう。


「なんか思ってたよりも強くなかった?」


「というよりも、メルビレイとの相性があまりに良すぎましたね」


 メルビレイは当然のように、浄化の魔法なくして挑んでいたら、自分達も異母姉と同じようにやられていたかもしれないと、トワは黒いキメラが作り出したヘドロのような水たまりを見下ろし、メルビレイを箒の姿に戻し。


「それでは結界を解いて貰う前に、この汚いものは掃除してしまいましょう」


 浄化の魔法を発動させつつさっと地面を()くようにすると、波紋が広がるようにヘドロなような黒い粘液に汚染された地面に薄いさざなみが走り、後に残ったのは砕けた斑色の魔石だけだった。


 トワはそれを綺麗な布を使ってその魔石を拾い上げ、光で透かしながらこう呟く。


「見たこともない色の魔石ですね。

 これはソニア様に調べていただいた方が良さそうです」

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